家庭訪問終了
「本っ当にごめんね……お騒がせして……」
「申し訳ないです……」
他愛ないお喋りという名の仲間たちへの尋問が終わった後、何食わぬ顔で屋敷に帰ってきた風を装った僕は、玄関で真っ先に女狐とウサギ娘から謝罪を受けた。それはもう謝罪のお手本みたいに深々と頭を下げてきたよ。
どうやら二人とも僕が清く正しい人間だという事を理解してくれたみたいだ。しっかりと信憑性のある嘘で騙したらしいリアとミニスは頑張ったね! 後で褒めてあげよう!
「むー! むーっ!!」
ちなみに悪魔っ子は縛り上げられて猿轡を噛ませられて、二人の足元でうーうー唸ってる。そりゃあ表向きはお喋りとかいう体裁を取ってたのに、その相手とガチの殺し合いを繰り広げてたんだから仕方ない。
あ、縛ったのは僕じゃないよ? 全部女狐たちがやりました。まあ悪魔っ子は何でか僕を睨んでるけどね? 決して曲がらず一貫して僕を悪と断定するとか、最早逆に感心してくるよ。
「いいよいいよ。ちゃんと僕が清廉潔白で純一無雑だって分かってくれたみたいだしね?」
「ええ。あなたはとっても愛されてるし、彼女たちを愛しているって事が良く分かったわ。純粋な子供があんな風にあなたを慕っているんだもの。表面上はどうあれ、あなたは綺麗な心の持ち主なのね」
「です。実に乙女で純な反応を見せて貰いました」
「そう? 何かどんな事言われたのかめっちゃ気になるんだけど……?」
ここで何故か女狐とウサギ娘はぽっと頬を染め、僕から視線を逸らす。何でお前らが純な乙女みたいな反応してんの? リアたちは一体お前らに何を話したの……?
「ま、まあいいや。誤解が解けたならもう二度と来ないでね? 特にソイツは永久に出禁だから、つぎ来たら容赦なくメイドに処理させるから、そのつもりでね?」
遠くからじっとこっちを睨んでるベル(ミニスの姿)を指差しながらそう言うと、途端に三人娘はビクッと身体を震わせた。最早トラウマレベルでベルの強さを思い知ってる感じだなぁ。正直どんな風に蹂躙されたのかその現場を見れなかったのが悔しい……。
「え、ええ、それで構わないわ。これだけ問題を起こしておいて、全て水に流して貰っているんだもの。もう頭が上がらないわ。本当にごめんなさいね?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「……っ!」
なかなかドライな事を言う女狐、ひたすらに謝罪の言葉を繰り返すウサギ娘、そして縛られたまま無言で震える悪魔っ子。三人とも滅茶苦茶顔が青いのが笑える。可愛らしいメイドに怯えるSランク冒険者パーティとか情けなさすぎん?
「……それじゃあ、今度は冒険者としてのお仕事の中でまた会いましょう?」
「さらばです」
「むーっ!!」
何にせよ目的は果たしたっぽいから、三人娘はようやく帰ってくれたよ。縛り上げられた悪魔っ子をロープで引きずりながらね。
ていうか冒険者としてのお仕事をしてればまた会う機会があるのかぁ……嫌だなぁ。やっぱ早めにアイツらを片付けた方が良いかもしれない。
「……で、お前らは何言ったの?」
三人娘の姿が正門を出て見えなくなった所で、一応は見送りに来てた仲間たちに聞いてみる。
なお、大体挑発の言葉しか口にしてないキラと、ハブられてそもそも話をされてないトゥーラは除く。ここで僕が尋ねたのはロリコンビだ。
「えー? リアは変な事言ってないよー? ただご主人様がとっても優しくてリアたちのために色々してくれる良い人で、リアはとっても大好きって言っただけだもん」
「ほーん。実際はどう思ってる?」
「大好きなのは本当だけど、良い人じゃあないよね?」
「うん、正解。嘘と真実をしっかり理解している。プラス二十点」
「えへへー」
どうやらリアはちゃんと予習通り、嘘に僅かばかりの真実を織り交ぜた虚構を語って聞かせたらしい。少し不安だったけど見事にアイツらを騙してくれたみたいだ。ご褒美に頭を撫でてやったら可愛らしく頬を緩ませてたよ。相変わらず角が邪魔で引っかかるけどな!
「それで? ミニスは何を言ったの?」
「え? いや、命と家族を助けて貰ったから、恩返しのために一緒にいるとか、そんな感じの事よ。予め決められた通りのやつ」
ミニスもしっかりホラを吹けたみたいで、特に気まずそうにするでもなく答えてきた。
うんうん、ミニスも見事に騙せたみたいだね。それじゃあご褒美に頭を撫でてあげ――あっ、避けられた。
「あとは、その……夜の、アレとか……その辺の事を聞かれたくらい……」
「そこまで聞かれたの? 人のプライベートに踏み込んでくるとかデリカシー無いなぁ?」
僕の手を避けた後、顔を赤くして恥ずかしそうに付け足すミニス。
確かミニスとお話したのはあのウサギ娘なんだよねぇ。同族で同性って事も相まって、かなり深い所まで突っ込んだ話をしたっぽい。話の内容が深い所まで突っ込んだりする感じの行為だけに。
「で、最後にキラだけど……」
「……うるせぇ。あたしは悪くねぇぞ」
僕がチラリと視線を向けると、キラはむすっとした感じに睨みつけてきた。どうも悪魔っ子を挑発した挙句、庭でやり合った事を怒られるとでも思ってるっぽい。ガキっぽく不機嫌になってるよ。
全く、僕がこの程度で怒る心の狭い奴だとでも思ってるんですかね? これで怒るようならこんな異常者共と付き合ってられないんだよなぁ。
「僕は怒ってないよ? ただ、ちゃんと叩きのめして分からせてやったよね?」
「……ああ。地面に這い蹲らせて、頭を踏んづけてやったぜ」
「よし、よくやった。さすがだ」
「あ、褒めるんだ……」
ちょっと引いた感じのミニスは無視して、キラの頭を撫でてやる。だってあのクソムカつく悪魔っ子を地べたに這い蹲らせて、頭を踏みつけて地面とキスさせてやったんだよ? そりゃあ褒めるしかないでしょ。
戦ってる場所が芝生の無い場所でベルもニッコリしそうだったし、普通にキラが優勢で心配もなさそうだったから、僕はわりと早い段階で外に行ったせいで決着を見てないんだよね。散歩から帰ってくる風を演じないといけなかったし。
ちなみにキラちゃんは褒められてご満悦っぽい。僕の手の感触を楽しむみたいに目を閉じて、喉をゴロゴロ鳴らしてたよ。たまにそういう可愛い仕草を見せるの止めてくれないかなぁ? 股間によろしくない。
「……んじゃ、あたしは街の外で魔物狩りでもしてくるわ。さっきのじゃ身体が暖まった程度でいまいち面白くねぇからな」
しばらく頭を撫でられて満足したみたいで、キラは一つ伸びをすると正門の方に歩き始めた。
ていうか最近いまいち戦績が振るわないキラだけど、何十年もSランク冒険者やってる小娘を相手にして準備運動程度の力で勝てるのか。やっぱコイツが弱いんじゃなくて大概相手がおかしいだけだな?
「いってらっしゃい。どうせならスライムの核を補給してくれると嬉しいかな」
「気が向いたらな。じゃあな」
ついでにエクス・マキナの作成に使う素体の収集をお願いすると、キラはこっちに背を向けたままひらひらと手を振って歩いて行った。
ちなみに気が向いたらって言ってたけど、頼むといつも百以上は狩ってきてくれるんだよ。面倒な事だからわりとマジで助かってる。
「……まあ何はともあれ、これでようやく煩わしい奴らがいなくなって清々するよ。忘れた頃にお礼参りに行ってやるからなぁ?」
「あっ、やっぱりあの人たち殺すんだね?」
「いや、殺しはしない。サキュバスたちと同じく、地下牢に監禁して拷問しまくるだけだよ」
何てことも無いように尋ねてくるリアに、あの三人娘の処遇を教える。殺したらそれで終わりだから普通に生き地獄コースだよ。僕なら殺しても蘇生できるからそれも責め苦の一つには入るけど、『死』自体は苦痛じゃなくてむしろ安らぎの類だと思ってるしね。
「それ殺された方がマシだと思うんだけど……」
「あんなクッソ無礼な事しといて楽に死なせて貰えるわけないよなぁ? 向こう十年くらいは地獄を見せるよ? それにほら、ここでアイツらを拷問すれば可哀そうなヴィオの慰めにもなるだろうしね?」
「その優しさをどうして真っ当な方向に向けられないのかしらね……」
ミニスがちょっと怯えつつも控えめにツッコミを入れてくる。
一瞬『優しさって何のことだろ?』って思ったけど、どうやら僕がヴィオの慰めになるようあの三人娘をここで拷問する事を優しさと認識してるみたい。一応慰めとは称してるけど、別にそこまでの気持ちじゃないんだよなぁ。どっちかっていうと同類憐れむ気持ちに近い。だってもし僕が女神様から力を授かれなかったら、絶対辿った末路はヴィオとどっこいどっこいのはずだからね。欲求は抑えられねぇんだ……。
「……僕、本当は虐待されて育ったからね。真っ当な愛し方っていうのが分からないんだよ」
「あっ……ご、ごめん……」
とりあえず口から出まかせを言ってみると、ミニスは普通に信じちゃったみたいでばつが悪そうにしながら謝ってきた。
素直に謝っちゃうんだ? ていうか虐待されて育ったって言う発言をあっさり信じちゃうんだね。僕ってそんなに歪んで見える? それとも真っ当に愛されて育った村娘には、僕みたいなのが自然発生するのは信じられないんだろうか。
「ていうのは冗談だから、引っかかるお前が馬鹿みたい――ぐふうっ!?」
わりとマジの同情と憐憫の目を向けられたからすぐにネタ晴らしをすると、途端に鋭い回し蹴りが僕の脇腹を捉えた。
もちろん蹴りを放ったのはミニス。ちょっと僕の今回の冗談がお気に召さなかったみたいで、惚れ惚れするくらいに冷たい目で加減一切無しに蹴りを叩き込んできたよ。兎獣人の脚力をフルに使った破滅的な一撃。防御魔法無かったら内臓が爆発しちゃうよぉ!
「さてと、じゃあ私は買い物にでも行こうかしらね。リア、一緒に行く?」
「うん、行くー!」
蹴られて吹っ飛んで芝生に突っ伏す僕を尻目に、ロリコンビは仲良く手を繋いでおでかけに向かった。
いやぁ、身体を重ねる関係になったせいか最近のミニスは容赦なくツッコミを入れて来るなぁ? 僕の一挙一動に怯えてた奴隷時代が懐かしいね?
「大丈夫かい、主~? 容赦なく蹴られたね~」
そのまま芝生に寝転がってると、トゥーラが近寄ってきて顔を覗き込んでくる。一応心配してくれてるっぽいね? でももちろん僕は無傷だ。実際ノリで悲鳴を上げてるけど毛ほども効いちゃいないし。
「まあミニスはあれくらい反抗的なのがちょうど良いからね。僕は全然気にしてないよ。あの情け容赦の無いツッコミも癖になって来るし」
「ほ~!? なるほど~、遂に主も私と同じ性癖に目覚めて――あふんっ!」
「えぇい。お前と一緒にするなSM変態ワンコ」
まるで同胞を見つけたように瞳を輝かせる変態に対して、足払いをかけて転ばせる。
僕はツッコミを入れられるのが好きなだけで、決して暴力を振るわれるのが好きなわけじゃないぞ! 暴力はむしろ振るう方が大好きだ! 暴力はいいぞぉ!