家庭訪問
「こんにちは、クルスくん。この前はごめんなさいね? これはお詫びの気持ちよ?」
そんなわけで迎えた姦し娘共訪問の日。約束通り来やがった女狐が玄関で僕に菓子折りを手渡してくる。ぶっちゃけこんなもんパイ投げの如く顔面にぶつけてやりたいけど、そんな事をしたらそれはそれで面倒な事になりそうだからできない。あーもうっ、コイツら転んで頭打って死なないかなぁ?
「ありがとう。でもできればお詫びの気持ちより、僕が言った事を守って欲しかったなぁ。何でソイツも連れてきてるの?」
まだ女狐とウサギ娘だけなら許せたけど、許せないのはもれなく三人で来やがったから。ウサギ娘はともかくとして、例の悪魔っ子まで来てるんだよ。コイツできれば連れてくんなって言わなかったか? おぉん?
「あんたみたいな危ない奴のところに、二人だけで行かせる事なんてできるわけないじゃない! 思い通りにはさせないわよ!」
「しかも初手から喧嘩腰で失礼極まってるし。Sランク冒険者って言っても所詮はこの程度か……」
挙句初手から噛みついてくるんだからもうイラついて堪らん。完全に感情論で僕を悪者の狂人扱いしてるし、それが間違ってないんだから反応に困るわ。
だから内心の動揺を押し殺して皮肉たっぷりに呆れを示してあげました。そしたら怒りがオーバーフローしたみたいに一周回って冷静になったのか、悪魔っ子はスッと瞳を細めて僕に向かってゆっくりと――
「――むぐっ!」
「抑えて、ヴェラ! 大人しくするって言ったから連れてきてあげたのよ! 約束を忘れたの!?」
「とりあえず静かにするです。失礼なのは間違いないです」
僕に向かって足を進めようとしたところで、女狐とウサギ娘が二人がかりで悪魔っ子を押さえつけ、口を塞いで強引に黙らせてた。惜しいな? あのまま僕に殴り掛かりでもしてたら正当防衛が成り立つところだったのに。
「……まあ、僕はそこの高ランク冒険者の恥晒しとは違うからね。心の狭さと小ささが胸に出てるようなソイツと違って、海のように広く大きな心で受け入れてあげるよ。短気で礼儀もなってない野蛮人とは器が違うって所を見せてあげるべきだと思うし?」
「んーっ!! むーっ!!」
「良いから大人しくしなさい!」
「あまり暴れるなら締め落すです」
せっかくだからもっと挑発すると、真っ赤な顔で唸りながら僕を睨みつけてくる悪魔っ子。でも女狐に身体を締め上げられて、ウサギ娘に首をキメられてるせいでさすがに抜けられないらしい。ていうか君ら、仲間なんだよね? わりと容赦なく締めてるけど……?
「……ごめんなさい、騒がしくしてしまったわね? それじゃあ、あなたの仲間たちにお話を聞きたいのだけれど、構わないかしら?」
「もちろんいいよ。隠す事なんて何もないからね?」
そうして悪魔っ子の顔が青くなるまで容赦無く締め上げた後、何事も無かったかのように話を続ける女狐。悪魔っ子も物理的に頭から血が抜けて落ち着いたみたいで、咳き込んではいるけどこっちに襲い掛かってくる様子は無かったよ。残念。
「そう、良かったわ。あなたの仲間って確か……三人だったわよね? ちょうど人数も同じだし、せっかくだから三人で別々にお話をしてもいいかしら?」
などと意味深な笑みを浮かべて尋ねてくる。
なるほどね。何で悪魔っ子まで連れて来たのかと思ったら、同時に全員に話を聞くことで僕が同席できない環境を作るのが目的だったか。本当に性格悪い女狐だなぁ?
だが残念だったな? こちとら昨日会議でたっぷりと予習をさせてるから、皆受け答えはバッチリだぜ。たぶん。
「もちろん構わないよ。ただ僕も全員が屋敷のどこにいるかは把握してないから、そっちで探してくれるかな? 僕は今からちょっとお出かけしないといけないからさ?」
「あら、良いの? 探す振りをして、あなたのお部屋を探ったりしちゃうかもしれないわよ?」
「別に構わないよ。見られて困るものなんて何も無いしね。ベッドの下以外は」
「あら? それじゃあベッドの下を探してみようかしらね?」
「何が出て来ても知らないよ? それじゃ、鍵は開いてるからどうぞご自由に」
ニヤリと意味深に笑う女狐たちに背を向けて、僕は正門に向けて歩き始めた。
実際見られて困る物は無いからね。キラのコレクションは壁の中だし、ヤバいものは大概地下二階よりも下にあるし。ベッドの下に関してはむしろコイツらが見つけて精神的ダメージを受けるように、悪魔と兎獣人と狐獣人のかなりドギツイエロ本を仕込んであるからね。精々見つけて悲鳴を上げるが良いさ。
「……おかしいな~? 何故私が主の仲間からハブられているんだ~……?」
玄関を去る時に犬小屋からそんな声が聞こえて来たけど、僕も三人娘も完璧にスルーしてたよ。たぶんコイツらもトゥーラは色んな意味で駄目だって思ってるんだろうなぁ……さっき僕の仲間たちを三人って言ったのが良い証拠だ。まあ好き好んで犬小屋に入ってる変態をハブるのも当然か……。
「――さて、どうしようかな?」
一旦屋敷を出て近くの物陰に隠れた後、消失で姿を消して屋敷に戻ってきた僕。
もちろんさっき言ってた用事があるっていうのは真っ赤な嘘だ。どうせ仲間たちから話を聞くに当たって僕の存在は邪魔だろうし、それなら自分から消える事にしたんだよ。そして姿を隠して話の場に同席して、こっそり盗み聞きするってわけ。これはミニス達にも伝えてあるから、きっと僕に見られると思って頑張って嘘をついてくれるだろうね?
ただし問題が一つ。それは僕が一人しかいない事。だから話を聞きに行けるのもまた一人だ。キラ、リア、ミニス、今は誰の所に行くべきか迷ってるんだよ。
「……よし。キラの所へ行こう」
少し迷ったけど、最終的にキラの所へ行く事に決めた。
聖人族の首都に潜伏してた魔獣族の連続殺人鬼だから、虚言も演技もお手のものなんだろうとは思うよ? その辺りはミニスとかリアの方が不安だし。でも三人の中でコイツが一番血の気が多いから、嘘とは別の意味でちょっと心配なんだよ。話を聞きに来た相手によっては絶対血を見る結果になりそうだしね。
というわけで僕は消失をかけたまま転移でキラの部屋近くへと転移。そうして物質を透過できる透過の魔法で壁を通り抜け――ひえっ、壁の中の目玉コレクションと目があった! 心臓に悪いわ、これ……。
「――じゃあ単刀直入に聞くわ! アイツの秘密を教えなさい! どうせ禄でもない秘密を隠してるんでしょ!」
「うわ、最悪の人選」
そうして壁を通り抜けた僕が見たのは、よりにもよってな光景だった。そう、ベッドに腰掛けたキラを見下ろす悪魔っ子だね。何でお前が一番血の気の多い奴の所に来ちゃうかな? タイミングは良かったけど人選が最悪だ。
ちなみにキラちゃんは相当機嫌が悪そう。凄い不愉快そうに眉を寄せてるし、猫耳も伏せられてる。尻尾なんかベッドをバシバシと叩く勢いで揺れてるよ。単刀直入に聞くまでにここまでイラつかせる事ができるとか一種の才能では?
「ねぇよ、そんなもん。そして知ってたとしてもテメェには教えねぇ」
「ふふん。猫人にしては忠誠心があるわね? だったらこれでどう!」
キラの不機嫌バリバリな声も意に介さず、殴りたくなる得意げな笑みを浮かべる悪魔っ子。そして空間収納に手を突っ込むと、そこから大きな革袋を取り出してキラの足元に放った。ドスン、と結構な音が出てたよ。かなり重そう。
「金貨三百枚よ! もし真実を話してくれたらこれをあげるわ! 足りないって言うなら、情報の価値次第で倍は出しても良いわ!」
うわー、まさかの買収だ。正直通貨を偽造しまくってる僕はイマイチ価値基準が分かんないんだけど、金貨三百枚って結構なもんじゃない? そこまで出して僕が悪人だって事を証明したいの?
「何なら他にも、冒険者ギルドに口利きしてあげてもいいわよ? Sランクのあたしの口添えがあれば、ランクも上がりやすくなるんじゃない?」
挙句コネも使って金銭と権力、両方を情報の対価として差し出そうとする悪魔っ子。最早執念の域だね。そんなに僕の事嫌い?
「………………」
結構な対価を提示されたキラは、無言で足元の金貨の袋を眺めてた。それと同時に尻尾の動きが止まって、伏せてた猫耳が元に戻る。
傍から見れば対価に心が揺れて、僕を裏切ろうとしてるようにも見て取れるよね。でも大丈夫。コイツはこんなつまらないものに心を動かされたりはしないよ。コイツの心を少しでも動かしたいなら、自分の目玉を抉って差し出すくらいの事はしないと。
「……あたしが猫人だから、餌をやればすぐに飛びつくとでも思ってんのか? ハッ、舐められたもんだぜ」
「……へぇ? ちょっと意外だわ。猫人って自分本位で自己中心的な奴が多いから、てっきりあんたもそうだと思ってたのに」
思った通り裏切りなどせず、金貨の袋を興味なさげに蹴り飛ばすキラ。その行動に対して悪魔っ子は眉を顰めるでもなく、むしろ意外そうな顔をしてたよ。まあ世間一般の常識じゃ猫人ってかなりその手の信用低いらしいからね……。
「ま、あんたの忠誠心は見上げたものね。でも考えてみなさい。あんな男と一緒にいて破滅するより、自分一人でも助かる道を選んだ方が賢い選択よ? カッコつけてないで受け取りなさいよ。本当は欲しいんでしょ?」
そして追加の金貨の袋を出して、キラに放る悪魔っ子。どんだけ買収する気満々なんだコイツ……ていうか何がそこまでお前を駆り立ててるんだ。僕は確かに悪だし屑だし外道だけど、証拠が一切無いのに一点の曇りも無く断定されまくるとちょっと辛いものがあるぞ?
「――さすが。愛した男を捨てて被害者面した女は言う事が違うな? 男を愛する自分に酔うのは楽しかったか?」
おっとぉ!? 当然追加の金貨の袋に見向きもしなかったキラが、ここでニヤリと笑いながら挑発をするぅ! これには悪魔っ子も眉を顰めて静かに怒ってるぞ! 一触即発な空気ですねぇ! やっぱここに確認に来てよかった!
「……は? 何が言いたいわけ?」
「テメェは女としちゃクソだって話だ。一度男を愛しておきながら、最後までそれを貫けもしねぇなんて笑わせやがる。男がイカれた犯罪者だった程度で裏切るなんざ、とんだ尻軽女だぜ?」
そうして大仰に肩を竦めながら、更に挑発してくキラ。言ってる事は分かるし共感もできるんだけど、発言してる本人がイカれた犯罪者だからいまいち感動できないなぁ?
とはいえ挑発はバリバリに効いたみたい。悪魔っ子は怒りに顔を赤くして、肩をぷるぷる震わせてたよ。沸点低いなぁ?
「……あんたに何が分かるってのよ!? じゃああんたならどうしたっていうわけ!?」
「もちろん死ぬまで一緒にいるに決まってんだろ。少なくともあたしは、死ぬまでアイツから離れる気は無いぜ。アイツの傍は居心地が良いからな?」
悪魔っ子の怒声にも一切怯むことなく、むしろ嬉しそうに言い切るキラ。最後に何故か唇の端をペロリと舐めてたけど、どういう意図で舐めたんですかねぇ? ちょっとズボンの中で息子が縮み上がりそうになったぞ。
「この時点で、テメェは女としてあたしより下ってわけだ。あたしは何があってもアイツを裏切ったりはしねぇからな? テメェみてぇな夢見がちなビッチとは違うんだよ。とっとと家に帰って可哀そうな自分に酔ってろ、メス豚野郎」
そうして紛う事無き罵倒と勝利宣言を口にして、あまつさえ中指を立てるキラさん。これ完璧に喧嘩売ってますわ。絶対この後血を見る展開になるでしょ?
「ふーん……そう……」
悪魔っ子は冷めた表情で静かに頷いた。さっきまで顔が真っ赤だったのに今はむしろ白くなってる感じだ。でも冷静になったってわけじゃないのは、その震えた声と身体から容易に察せるね。むしろ嵐の前の静けさって感じ? またオーバーフローしちゃった?
「……殺すっ!!」
「ハハハハ、本性現しやがったな! 相手してやるよ、かかってきなメス豚!」
予想通りにブチ切れた悪魔っ子は、獲物を取り出してキラに襲い掛かった。しかしもちろんそんな一撃を食らうキラじゃない。さっと避けるとその勢いのまま窓をぶち割って飛び降り、戦いの場所を外に移してた。
アレは屋敷を壊さないためっていうか、たぶん部屋の壁の中にコレクションがあるから万が一にもそれを傷つけたくなかったんだろうなぁ……ていうかこれどうしよう? 止めるべき? それとも満足するまでやらせるべき?
キラは悪魔っ子と、リアは女狐と、ミニスはウサギ娘とお話してます。トゥーラは見るからに手遅れなのでスルー