デウス・エクス・マキナ
「さて、それじゃあ戦ってみた感想を聞こうか?」
エクス・マキナの性能テストを終えた後、僕らは地下二階のダミー地下牢に増設した会議室に場所を移した。会議室って言ったけど、ここは俗に言う円卓って感じの作りだよ。その方がカッコいいし。
ちなみに円卓の席はガラガラも良い所。座ってるのは僕とレーン、ミニス、バールだけ。まあ人が少ないのはそもそも真の仲間がそんなにいない事、そして今回ちゃんと協力してエクス・マキナを倒した奴だけから聞き取りをするからだね。犬猫二匹は好き勝手殴ってただけだし。いや、トゥーラは諸々分かった上でサンドバッグにしてたのかもしれないけどさ……。
「何か生き物って感じがしなくて不気味だったわ……」
最初に口を開いたのは、僕の対面の席に座るミニス。要するに一番遠い席だ。僕が座ったら何の躊躇いも無く当然みたいにそこに座ったからね。もう身体を重ねた仲なんだし、ちょっとくらい近くに座っても良いんじゃない……?
「なかなか愉快な性質を持った魔物――いや、アレは魔物なのか? ともかく、愉快な相手だった。我の攻撃があれほど通じんとは、少々自信を失くしてしまったな」
次いで口を開くのはバール。席は僕とミニスの間。というかミニスが真っ先に僕の対面に座ったせいで、間に座った節があるな? 今度からはこっちで席を指定するべきだろうか……?
「私も彼と同意見だ。まさか両種族で共闘しなければ倒せないとは、随分と嫌らしい魔物を作ったものだね?」
最後に口を開いたのはレーン。もちろんコイツが座ってるのはバールの対面だ。そこ座らないとせっかく綺麗に九十度ずつ区切られてる距離が完成しないからね。神経質な奴なら間違いなくそこに座る。僕だって座る。
「まあ目的が真の意味での世界平和だからね。ちゃんと協力してもらわないと困るわけだよ。なのでこういう形になりました」
ちょっと距離が気になるけど、まあ感想を聞くのに支障はない。というわけで普通にお話を進める事にしました。
エクス・マキナ――僕が創った生体兵器は、大体レーンたちが口にした通りの生物だ。世界を滅ぼすための兵器じゃなくて、あくまでも両種族に手を結ばせる事が目的の兵器。だから片方の種族の攻撃に対する完全な耐性を付与して、有効打を受ける度にそれが切り替わるように設定した。過剰な威力の攻撃で協力も無く一撃で倒されたりしないよう、ある程度のダメージは一定値に抑えるような耐性も付与してある。世界平和を推し進めるに当たって素晴らしい兵器だと僕は思う。
でも残念ながらこれでも完璧じゃないんだよなぁ。だってあくまでも聖人族と魔獣族で交互に攻撃しないといけないだけだから、絶対奴隷を使う奴が出て来るもん。まあそこは一応対処方法を考えてるけどさ?
「先の戦いで私たちが気付いた事以外に、何か特殊な能力はあるのかい?」
「能力についてはこんな感じだよ。ほれ」
好奇心丸出しのレーンが尋ねてきたから、僕はスケッチブックに描いたエクス・マキナの設計案を取り出し魔法でコピーして三人の元に飛ばした。軽い姿形のスケッチはもちろん、どういった能力を持たせるのかもちゃんと書いてある。
とはいえ元々殲滅用の兵器でも無いから、さっき触れた点以外に能力があったりはしない。精々交互に殴らなくても十五分経過で勝手に耐性が切り替わる事くらいかな?
「ふむ、なるほど……交互に殴るだけではなく、十五分経過する事でも無効化が切り替わるのか。これならば両種族が協力せずとも、討伐することは一応可能か……?」
「ま、待って待って? アイツら、どんなに強い攻撃を当てても一定のダメージにしかならないのよね? それで倒すのに私十回くらい蹴りを叩き込んだわよ? 交互でニ十回くらい攻撃が必要なのに、十五分放置しても一回しか攻撃できないって……」
ここでミニスが慌てた顔でそう指摘してくる。
そうなんだよね。ダメージの上限を定めてるから必ず一定回数は攻撃しないと倒せないんだわ。かといって下限は設けてないから、上限に達しない程度の控えめな攻撃はそのままの威力だし。つまり一撃一撃が途方も無い威力の攻撃を放とうと、最低でも二十回は攻撃をしないと倒せない。威力がショボいならこの倍は軽く必要になるかな?
「まあ倒すのにめっちゃ時間かかるだろうね。でも大体の街には敵種族の奴隷がいるし、討伐はそこまで難しくないでしょ?」
「いや、それがいない所はどうすんのよ? 小さな村とかは奴隷いない事も多いわよ?」
「大人しく滅べ」
「幾ら何でも酷すぎない!?」
僕が躊躇いなくそう口にすると、ミニスは目を剥いて抗議の声を上げた。
でもぶっちゃけある程度の人的・物的被害は出て貰わないと困るから、小さな村くらいなら幾ら滅んだって構わないんだよなぁ。ただミニスの故郷、リアの故郷、そしてキラの故郷の村に関しては滅ぼさないようにするけどさ。
「まあ、ミニスの心配も尤もだね。特にテラ――聖人族の国の首都は奴隷が禁止されている。あそこに関しては放置して耐性が切り替わるまで待つしかないだろうし、切り替わるまでの時間を五分くらいに短くした方が良いかもしれないね」
「ほう? 聖人族の国の首都は奴隷が禁止なのか。では時間を縮めるのは我も賛成だ。対抗する術が無い以上、アレに大挙して押し寄せられれば首都など簡単に堕ちてしまうだろう」
「なるほど、確かに。そこは要改善だね」
レーンとバールの指摘を受けて、僕は改善案をメモ帳に書き留める。
さすがにデカい街、それも首都が滅びるのはやり過ぎだ。共闘を推し進める兵器だから耐性を消す事は出来ないけど、二人の言う通りに時間は縮めた方が良さそうだね。でも五分でもちょっとアレか? 三分くらいにしておこうかな?
「強さに関してはどう? あれで適正って感じかな?」
「そうだね、問題無いだろう。少し手ごたえが無い気がするが、耐性の方が遥かに厄介だ」
「うむ。聖人族は多少手こずるかもしれんが、獣人なら子供でも倒せるはずだ」
「そうね。たぶんレキでも倒せるわ。使ってきた魔法もわりと見え見えで避けやすいやつだったし、これ見る限りだと気を付けてれば避けられそうなやつばっかりだし」
「なるほどね。じゃあ強さはこのまま、っと――」
滅茶苦茶真面目に答えてくれる三人にちょっとした感動を抱きつつ、僕はエクス・マキナの改善点を次々と尋ねていった。もちろんこの三人はまともな方だから、普通に答えてくれたよ。リアはともかくとして、犬猫とかがいたらこんなスピーディな会議にはならなかったな、絶対……。
「――よし、こんな所かな。改善点が色々見えてきたよ。ありがとう。ちなみに最後に何か聞きたい事がある人は挙手してください」
しばらくして聞きたい事をあらかた聞き終えた僕は、最後に三人にそう問いを投げかけた。そしたら三人とも素直に手を挙げるんだな、これが。お前ら本当に真面目過ぎん? ちょっとくらいなら弾けても良いんだよ?
とりあえず手を挙げたのが一番速かったミニスから聞いてみるか。何か一人だけ不安そうな顔してるのが気になるし。
「はい、じゃあミニス」
「えっと……私の村も、アレに襲わせたりするの……?」
そうしてミニスが口にしたのは、故郷のド田舎村をエクス・マキナに襲わせるのかっていう質問。やっぱそういう事考えてたか。本当に故郷と家族好きだね、コイツ?
「安心しなって。極力近付かせないようにするし。襲わせたとしても一体くらいだよ。さすがに全く襲ってこない村とかは怪しいからね。一体くらいならあの村の奴らでも余裕で倒せるでしょ?」
「まあ、一体くらいならね……」
僕の答えにほっとした様子を見せるミニス。やっぱレキでも倒せそうっていう言葉は嘘じゃなかったっぽいね? あんな幼女でもエクス・マキナと渡り合えるとか、獣人って本当に身体能力イカれてんなぁ……。
「はい、じゃあ次はバール」
「あのカラクリ仕掛けの生物のような見た目は貴様の趣味か? それとも何か意味があるのか?」
「私もそれを聞きたいと思っていた。あの姿形に何かしらの拘りがあるのかい?」
僕が今度はバールを促すと、レーンと揃ってエクス・マキナの外見について言及してきた。君らそこが気になるの? もっと他に何か無いの?
「うーん……まあ、趣味って言っちゃって良いのかな? あとねぇ、僕の世界にデウス・エクス・マキナっていう言葉があるんだよ。意味としては『機械仕掛けの神』って感じ」
「機械仕掛けの……」
「神……」
二人がぽつりと呟くように、僕の言葉を反芻する。
そう、エクス・マキナの名前はここから取った。でも僕が創り上げた生体兵器であって人権もクソも無い従順な駒に過ぎないから、神を意味するデウスは無し。その結果がエクス・マキナ。何者でもないただの機械仕掛けさ。
「ちなみに他には『神の手によるご都合主義』っていう意味もあるかな。僕は女神様から力を授かって送り込まれた正にご都合主義の塊だし、あやかるにはちょうど良いかなって思ったんだよ」
デウスに送り込まれた僕がエクス・マキナを創り出す。正直僕にしてはかなり良い感じの名前を付けられたと思う。まあ僕はご都合主義なんて許さんけどな! 何もかもを『その時不思議な事が起こった』で済ませるとか許さんよ?
「なるほど……君にしては珍しくまともな理由があったようだね」
「でしょー? あ、一応言っておくとアイツらは身体が金属で見た目が機械仕掛けっぽいだけで、間違いなく生物だよ? 何なら歯車とかの動きは本体から完全に独立してるから、動いてる歯車を止めたって本体に支障は無いし」
珍しく感心してくれたレーンに対して、せっかくなので豆知識も教えておく。
エクス・マキナは見た目もろに機械仕掛けの存在だけど、素体がスライムだかられっきとした生物だ。そして身体の至る所で歯車がガタガタ回ってるものの、アレはあくまでもお遊びとデザインの産物だから止まろうが砕けようが本体の動きに何も支障はなかったりする。『アレが弱点だな!』って攻撃しても何の意味も無いんだよ。
「……では何のために歯車が動いていたんだい?」
「そこは、ほら……カッコいいかなって?」
「………………」
何故か胡乱気な目付きになったレーンに理由を説明すると、途端に呆れたような目を向けられる。
あれれ? さっきまでの感心した感じの表情はどこに? ロマンを追求する事の何がいけないんだよ? おぉん?