キラの本性
「おっ、もう出発ってとこか? 間に合って良かったぜ」
僕がハニエルからお説教を受けてると、しばらくして筋肉ダルマことクラウンがやってきた。
集合時間知らないのによくもまあドンピシャなタイミングで来たもんだ。正直いらない奴だが、今だけはお前を歓迎してやろう。これでお説教終わるだろうし。
「……で、お前らは何やってんだ?」
まあその疑問も尤もだ。何せ僕は公衆の面前で地面に正座させられて、ガミガミとお説教されてたんだからね。女の子のプライバシーを調べるなんて人としてやっちゃいけないとか、人として恥ずかしいと思わないんですか、とか色々と。
誘惑と好奇心に負けてつい経験人数とかも調べたって言ったらこの様だよ。何で勇者の僕が公衆の面前でお説教かまされなきゃいけないの? しかも契約して相手は奴隷みたいな状態の立場なのに。これはその内立場を分からせてやらなきゃいけないな。
「何でもないですっ! もうっ、勇者様なんか知りません!」
クラウンが来たことでお説教は切り上げてくれたけど、ハニエルはまだぷりぷり怒ってて僕からぷいっと顔を逸らす。
そんなこと言ったって男の子がエッチなのは仕方ないじゃないか、全く。むしろ契約で縛ってるお前にエロいこと要求していないだけ、僕はまだマシな方だと思うよ? まあその内するけどさ。
「さて。それじゃあ皆揃った事だし、そろそろ出発しよっか。ところで次の街に行く手段って何? 徒歩?」
「徒歩でも行けなくもないが、十日近くかかるからおすすめはしないよ。あそこに乗り合いの馬車があるからアレを使おう。それなら五日かそこらで辿り着くはずだ」
「オッケー。じゃあ皆で冒険の旅に出発だ! 平和のために頑張ろうな! えいえい、おーっ!」
「おーっ!」
とりあえず一声上げてみたけど、同じく元気な声を上げてくれたのがクラウンだけっていう悲しい状況。レーンは我関せずって顔してるし、キラは何か僕を警戒してるっぽいし、ハニエルに至っては機嫌悪そう。協調性皆無だな、このパーティ……。
初めて乗る馬車は、思ったよりも揺れが少なくて結構快適だった。たぶん技術水準が高いから揺れに関しての対策もしっかりしてるんだと思う。電車に乗ってるような少し心地良い感じの揺れしか伝わってこないから、正直かなりびっくりしたよ。
わりと誰でも使えるっぽい空間収納の魔法があるせいかな? 馬車の荷台には特に積み荷とか無くて、たっぷり十人くらい座れる余裕があった。おまけに座席も座り心地が良い感じ。
惜しむらくは僕らの他にもたっぷり利用してる客がいることかな? 出発する馬車は二台あったけど、どっちにも五人全員が一緒に乗ることはできなかったから分乗するしかなかったんだよね。
ちなみに人選は任されたから僕が振り分けました。ハニエルは翼デカくて場所取りそうだし、まだ怒ってたから僕と別の馬車。筋肉ダルマと同じ空間は暑苦しそうだからこっちも別の馬車って具合に振り分けておいたよ。
結果的に僕とキラ組、レーンとハニエル、クラウン組っていう風に分乗した。あっちの馬車凄い暑苦しくて狭そう……。
「……で、どういうことだよ? あんた、本当にあたしのこと知ってんのか?」
街を出てしばらく経ったところで、隣に座ったキラが青い瞳を鋭く細めて睨んでくる。心なしか口調がだいぶ乱れてますね。秘密がバレて余裕が無いのかな?
この荷台にも他の乗り合い客がいるから、突っ込んだ話はちょっとしにくい。でも皆家族やら友人やら知り合いやらと楽しくおしゃべりしてるみたいだし、危険なワードを出さなければ特に問題は無さそうだね。そういう突っ込んだ話をしたければ遮音の結界でも張れば良いし。
「さあ? もしかしたら冗談かもしれないよ? あと関係ない話になるけど猫ってかわいいよね?」
「ちっ。マジで知ってんのか、お前……」
危険そうなワードに配慮して、遠回しに種族を指摘する。
意図は伝わったみたいで、キラは酷く苦い顔をしてた。その前に一瞬殺意向けてきたのは何なんですかね? まさかこの場で襲い掛かってきたりはしないよね?
「まあ別に誰かにバラしたりする気はないから安心しなよ。お前の目的が何かは知らないけど、僕は僕で魔王討伐なんかより崇高な目的があるからね。その邪魔をしないならお前が犯罪者だろうがスパイだろうが何でも良いし」
「そりゃどうも。しかしんなこと言うっつーことは、お前の目的は魔王討伐じゃないってわけだ。お前こそ何者だよ? 勇者じゃねぇのか?」
やっぱり秘密を見抜かれたせいなのか、キラの口調がだいぶ砕けた荒っぽいものになってた。ころころ変わってたはずの表情も、レーンみたいな仏頂面になってるよ。
しかし、乱暴な口調の猫娘……アリだな!
「もちろん勇者だよ。ほら見て、この人畜無害そうな顔。とっても優しくて勇者っぽい顔でしょ?」
「ツラだけはな。その割に魔法で女のスリーサイズやら経験やらを調べてたとんでもねぇ野郎じゃねぇか。お前勇者より詐欺師の才能ありそうだぜ」
「あっ、それと似たようなことかつての友達に言われたことある……」
まさか異世界でまで詐欺師呼ばわりされるとは思わなかったなぁ。何でだろ? そんなに僕の外見と内面は乖離が酷いのかな? 顔が良いなら何をしても許されるはずじゃなかったっけ? おかしいなぁ。
「まあいいさ。お前が勇者かどうかは、あたしにはどうでも良い事だからな。むしろお前に対する好奇心が余計に湧いてきたとこだぜ」
「おっ、僕も実はお前に好奇心を抱いてるんだよ。もしかして両想い?」
「あたしにハニエルみたいな反応期待してるなら無駄だぞ。もう知ってんだろうけど、あたしは恋とかそういうのは分かんねぇからな」
そう口にするキラは、本当につまらなさそうな顔をしてる。恋に興味があるけど恥ずかしいから興味ない振りをしてる、っていう良くあるパターンじゃなさそうだ。あのレーンでさえ結構動揺したりするのに、コイツとんでもない堅物だな。
あ、そうそう。キラの気になる情報はこんな感じだったよ。
身長:145cm
スリーサイズ:76/52/78
経験人数:0人
種族的なものなのか意外と身長低いよね。僕よりニ十センチ以上低いとかマジ? ロリじゃん。
「でもさ、そういう子を自分色に染め上げるのが楽しそうだよね。めいいっぱい依存させた後にゴミのように捨てたら、どんな反応をするのか考えただけでも興奮するよ」
「本当に見た目詐欺だな、お前……」
あれ? 何故か僕自身がゴミであるかのような蔑みの目を向けられてる。何故だ、僕はただ性癖を語っただけなのに。
「あっ、そうだ。性癖と言えば、実は一つ聞きたいことがあったんだ。これだけはどうしても答えて欲しいんだよね」
「あ? 何だよ?」
「尻尾……どうしてるの?」
そう、尻尾。キラの見た目が特におかしくなかったから今まで疑問に思わなかったけど、性癖って言葉で思い出した。
キラは猫の獣人である猫人族だから、猫の耳と尻尾があるはず。耳はフードの下に隠せるし、何なら髪型によっては隠せるだろうからそっちはこの際置いとく。問題は尻尾だ。
猫の尻尾って大抵長いもんだし、耳と違って簡単に隠せるようなもんじゃないはず。でもショートパンツからは尻尾なんてはみ出てないし、隠した尻尾らしき盛り上がりとかも全然見当たらない。実に高度な隠蔽だ。だから性癖半分参考半分に聞いてみたんだけど――
「切り落とした」
「はっ!? お、お前……お前っ……!!」
返ってきた答えはとんでもないもんだったよ。自分の猫尻尾切り落とすとか正気? トカゲじゃねぇんだぞ! もっと自分を大事にしろ!
「良いだろ別に。魔法で治癒すりゃ元に戻るんだし。ここにいるには邪魔だったんだよ。つーか何でお前がそんなに動揺してんだ」
「だ、だって、猫の耳とか尻尾とかニギニギするのが至福じゃん!? それを切り落としたって、お前……!!」
そんなの最早冒涜だ。全世界百億人の猫好き、猫娘好きへの宣戦布告だ。幾ら何でもそれは許されない。そんなのは美少女の股座に見るに堪えない汚いモノを生やすよりも酷い。いや、一部の人はそれで興奮するだろうけどね。僕は無理です。
「あーうるせぇな。じゃあ今度切り落とした時はお前にプレゼントすればいいのか?」
「尻尾だけ寄越せって意味じゃないわ、アホっ!!」
何が悲しくて尻尾だけニギニギしてなきゃなんないんだよ! ちゃんと血が通ってなきゃダメに決まってるだろ! どうせ寄越すならお前の身体ごと寄越しやがれ! 耳もモフってお腹に顔埋めて一発キメてやるから!
「――っと!? 何だぁ!?」
僕が内心で色々と性癖を爆発させてたら、突然馬車が急停止した。僕を含めて乗客全員がつんのめって倒れかけてたよ。これが慣性の法則ってやつか。何か法則外で涼しい顔してる奴が隣にいたけど。
さすがは猫、バランス感覚は抜群だ。ごろにゃーん。
「――魔物だ! 頼んだぞ、あんたら!」
おっと、魔物か。初遭遇だな。
慌てた様子の御者が助けを求めてるのは僕とキラ。実は馬車に乗る時、戦う力のある人は他の客よりも優先的に乗せる代わりに、魔物が出たら戦って御者や乗客たちを守るっていう決まりがあるみたいなんだよね。
正直コイツらは守る価値があるのか微妙だけど、今の僕は一応勇者だし仕方ないかぁ。それに魔物ってまだ見たことなかったし。
「よし! それじゃあ行け、キラ!」
「お前も行くんだよ。中身は腐ってても勇者様だし戦えるんだろ?」
「えー? 魔物と戦ったことないから怖い……」
まあ対人戦闘なら経験したし、何なら殺人も経験済みだけどな!
えっ、普通逆じゃないかって? うるせえ! 普通じゃつまんねぇだろ!
「いいからさっさと行くぞ。人間殺すよりは楽だから安心しろって」
その口ぶりからすると人間を殺った経験がおありなんですね、分かります。まあ別にどうでもいっか。僕も昨日三人殺ったし。
そんなこんなでキラに促されて、僕は渋々荷台から飛び降りた。周囲を眺めれば見渡す限り牧歌的な広い草原や森林が広がってて、素晴らしい光景だね。炎が良く燃え広がりそうで、焼き討ちが捗りそうだ。
『キシャアァァァァァァァ!!』
だけど今重要なのは周りの自然環境じゃなくて、馬車の進行方向から近づいてくる存在。
何かスゲーデカいカマキリが六体くらい、群れを成して近づいてきてるよ。デカい昆虫とかマジ勘弁してほしいよね。
つーか本当に勘弁して! 虫とかただでさえ触りたくないのに、あんなクソデカい虫とかおぞましすぎて泣けてくるよ! 距離があるせいで分かりにくいけど、アレ僕の身長よりデカいからね!?
「よし、半分貰うぜ!」
そんな気持ち悪いカマキリ軍団に、自ら特攻をかけてくキラ。
やだ、カッコよくて惚れちゃいそう……ていうかもう半分と言わず全部あげるから頑張って! 絶対その気色悪い昆虫軍団を僕に近づけるなよ!!