ストーカー撃退
⋇前半トゥーラ視点、後半ベル視点
主に番犬の役目を仰せつかった私は、鼻歌交じりに来客を待っていた~。いや~、主に役目を与えられるのは本当に気分が良いね~? こう、理性と本能がそれぞれ喜びをもたらしてくれるというのかな~? 暖かい多幸感に包まれ、天にも昇る心地だよ~。これで役目を完遂して、主に褒めて貰えたらもう……ウェヘヘヘヘ!
「……お~? アレが主のストーカーとやらかな~?」
そうして数十分ほど待っていると、屋敷の正門を飛び越えて敷地内に入ってきた三人の少女たちの姿が目に入った~。
この時点ですでに不法侵入だからとっちめても構わないだろうが、できればギリギリまで罪を重ねさせた方が主に有利に働きそうだ~。高ランクの冒険者なら軽い犯罪くらいは見逃されることもあるからね~。ひとまず向こうから仕掛けさせる方が良いかな~?
「ちょっと何よ、アレ!? 犬獣人が、犬小屋に……!?」
「予想を遥かに上回る鬼畜です。とんでもないクソ野郎ですね」
しばらくして、三人の少女たちが玄関前に辿り着いた~。犬小屋に入っている私を見て目を丸くしたのは悪魔の少女、主を侮辱したのは兎獣人の少女、その二人から若干距離を取って苦い顔をしているのが狐獣人の少女か~。
ふむふむ。種族と人数から察するに、この屋敷の元々の持ち主だった少女たちかな~? あれは三十年ほど前の事件だから、もしかすると彼女らは私より年上かもしれないな~?
「や~や~、君たちが主のストーカーかな~? 主に目を付けるとはなかなか分かっているじゃないか~。だ~が~、悪いが主は君らの存在が煩わしいようなんだよ~。ここは大人しく回れ右して帰ってくれないかな~?」
とりあえず犬小屋に入ったまま三人にそう声をかけるが……まあ、大人しく帰りはしないだろうね~。私は嬉々としてやっているが、本来獣人を獣扱いする行為はご法度だ~。向こうから見れば犬小屋に入れられながらも、主人の命令を忠実に実行しようとする可哀そうな獣人に見える事だろ~。
「……こんな扱いをされてるのに、あんな奴に従うなんて見上げた忠誠心ね。でもそんな姿を見せられたら、大人しく帰るわけにもいかないのよ!」
「そうです。少し手荒になりますが、あなたの目も覚まさせてあげます」
「ちょ、ちょっと二人とも!?」
むふふ、予想通りだ~。狐獣人の少女はまだ理性があるようだが、残りの二人は今すぐにでも屋敷の中に殴り込みをかけそうな感じだね~? それに忠誠心の高い私がそれを止めようとするのも織り込み済みで、暴力で捻じ伏せようとしているようだ~。これは主の好きな言葉である正当防衛が成り立つね~?
「やれやれ、私は自ら望んで主に仕え奉仕しているというのに、勝手に主を悪と断定し糾弾するとは~……これならまだ主に思いを寄せたストーカーの方がマシだったね~?」
少々名残惜しいが首輪から鎖のリードを外し、犬小屋から出て軽く伸びをする~。う~ん、一時間ほど入っていたせいか身体の節々がパキパキと鳴るね~? これは少し運動をして身体をほぐしたいところだ~。
「良いよ~、かかってきたまえ~? せっかくだから新技を少し試させてもらおうかな~?」
「コイツ……!」
「これは強いですね。間違いないです……」
まだ構えてもいないというのに、こちらが意識を戦いに向けただけで向こうは一斉に身構えていたよ~。腐ってもSランクだけはあるということかな~? 長く職務から離れたせいで今の冒険者の質がどんなものかは知らないが、今のところは及第点かな~?
「あーもう、知らないわよ……私は手は出しません。傍観に務めまーす……」
しかしどうやら血気に逸っているのは二人だけで、狐獣人の少女は戦う気は無いようだ~。両手を上げて後ろに下がり、戦意は無いと語っていたよ~。まあそう言われたとしても、警戒を解いたりはしないがね~?
「行くわよ、リリィ!」
「了解です、ヴェラ」
そして二本の短剣を構えた悪魔の少女が前に出て、兎獣人の少女が徒手で後ろへ下がる~。ふむふむ、前衛と後衛が一人ずつかな~? 軽い運動にはなかなか良さげだね~?
「食らうです――アース・ウィップ」
こちらも手甲を装着すると、その隙に兎獣人の少女は魔法で攻撃を仕掛けてきた~。庭の芝生が捲れ上がり、下から土で出来た巨大な鞭が二本顔を出してきたよ~。あ~あ~、ベルが綺麗に手入れをしている芝生だというのに、そんな無体な真似を~……。
「ちょうど試すのに良さそうな攻撃だね~。きたまえきたまえ~?」
クイクイと指で招くと私から見て左側の鞭がしなり、風を切って迫ってきた。同時に右側の鞭が振り被られ、回避した瞬間を狙うように力を溜めているね~? だがもちろん、私は回避などしないよ~? 迫る土の鞭に腕を掲げ、手甲で受ける~!
「――むんっ!」
そして私は絶妙な筋骨と重心の移動を一瞬の内に繰り返し、腕に生じた衝撃を分散して受け止めた~。足元から逃さず、しかしその場から動くことも無くね~?
そう、これこそ私が最近鍛錬している新たな衝撃操作技術だ~。ベルにやられた私は大きすぎる衝撃を受け流す事が難しいと悟り、新たな防御の技術を磨き始めたのさ~。一万の力を持つ衝撃を受け流せないのなら、一の衝撃一万回分として受ければ良い――そういう発想から編み出したのが、この衝撃分割技術と言うべきか~。甚大に過ぎる衝撃を切り刻み分割して受け止める事で、威力を最大まで殺す技術だね~。私がこれを極めた暁には、ベルの一撃を受けて平然と仁王立ちする事ができるだろ~! ハハハハハ~!
「ん~、なかなか上手く行かないな~? やはり精進あるのみだね~?」
しかしまだまだ鍛錬不足の技術であるため、この程度の受けやすい衝撃すら十分割して受け止めるのが精々だ~。こんな拙い技術ではベルの一撃を捌く事など夢のまた夢、先は長そうだね~?
ともかく私は追撃の右の鞭も同様にして捌いたが、逆に今度は衝撃を八分割程度にしか出来なかった~。う~、こんな情けない様は主に見せられない――むっ、殺気~!?
「――危ないな~? 頭が馬鹿になったらどうしてくれるんだい~?」
「なっ……!?」
鞭を捌いている間に気配を消して背後に回っていたらしい悪魔の少女が、私の首の後ろ目掛けて短剣の柄頭を打ち込んできた~。さすがに不意を突かれると反射でいつもの衝撃操作をしてしまうから練習にならないな~?
「何で!? まともに入ったはずなのに……!?」
「まともに入るとはこういうのを言うんだよ~? せりゃ~!」
「ぐっ……!?」
驚愕に凍り付いた悪魔の少女へ、私は少し弱めに後ろ回し蹴りを叩き込んでやった~。腐ってもSランクではあるようで、私の一撃に合わせて跳ぶ事で何とかダメージは抑えたようだ~。
尤も、本気でやれば身体を爆散させて殺す事など造作も無いがね~? ただここは主の屋敷の敷地内だから、あまり汚すのはどうかと思うんだ~。できれば玄関前を血や臓物で汚すのは避けたいと思ってね~?
「ほらほら、かかってきたまえ~? 威勢が良い割には実力はその程度か~い?」
それにこの程度の連中なら、トレーニングにはちょうど良いからね~? 適度に手加減すれば嬲って楽しめるし、腕を鍛える事もできるし、主の命令を忠実に遂行する事もできる。正に一石三鳥だね~!
「頭きた! もう手足の一本くらい覚悟しなさい!」
「手加減はしません。本気で行くです」
「あーあー……私は知ーらない……」
更に挑発を重ねてやると、悪魔の少女は顔を真っ赤にして、兎獣人の少女は目つきを更に鋭くして敵意を深めてきた~。狐獣人の少女は戦いが終わった後の事を憂いているのか、頭を押さえて俯いていたよ~。ハハハ、私の主に目を付けたのが運の尽きさ~! 精々ボロボロになるまで私の糧とオカズになってもらうよ~!
「ふふふ、良い肥料が手に入ったな! これで愛しい草花たちにたっぷり栄養をあげる事ができるぞ!」
私の名前はベルフェゴール・カイツール。今でこそ可愛らしい兎獣人の姿をしているが、その実態は魔獣族を守護する魔将にして、あまりにも冒涜的でおぞましい姿と声を持つ醜悪の化身だ。
しかし今はご主人様のおかげでとても可愛らしい姿と声を授かる事ができたため、魔将の使命など投げ捨てご主人様のために働く忠実なメイドと化している。私としては二十四時間年中無休でこき使われてもさして問題は無いのだが、世間体を気にするご主人様はあくまでも普通のメイド程度の仕事しか寄越してこない。そのため私はこうして休憩時間や空き時間に、趣味である園芸に時間を費やしているのだ。
それにしても、何と充実した幸せな日々なのだろうか。自由に可愛らしい姿と声に変身出来て、そんな力を与えてくれたご主人様に奉仕できて、趣味である園芸にも精を出せる。今までの人生では考えられないほどの幸福だ。いっそ怖くなってしまうほどに満ち足りた日々で、正直夢なのではないかと疑っているほどだぞ。目が覚めたら変わらず魔王城の地下深くにいて、醜悪な外見も声もそのまま。そんな恐ろしい現実に戻る可能性が嫌で堪らないから、未だに一睡もしていないほどだ。
もしこれが本当に夢で、意識が途絶えた時にあの空間に戻っていたら……うむ。破壊衝動を抑えられる気がせんな? この世の全てを破壊するために暴れだすかもしれん。やはり眠るのは止めておこう。そんな事より、この幸せを謳歌しなくてはな!
「最早これ以上考えられないほど幸福で満ち足りた日々――だというのに今日は何と、あのイーリス・フロスが手に入った! 美しい虹色の花を咲かせるという幻中の幻の花! たった一粒とはいえ、これが手に入るとは……私は実に幸運だ!」
故にこの幸せを再確認するため、メイド服のポケットに入れていた幻の花の種を取り出し眺める。
この種はイーリス・フロスという花の種。成長すればそれはもう美しい虹色の花を咲かせるのだ。生育が非常に難しく、また回収できる種の数も恐ろしいほどに少ないため、滅多に市場に出回らないのだが……今日の私は、何とこの種を手に入れる事ができた! これが幸運でなくて何だと言う!
「帰ったら早速鉢植えに植えて、最も日当たりの良い場所に置いてやらなければな。いや、それだけでは不十分か。温室を用意して最高級の環境を用意して――ん?」
そんな風に生育の予定を立てながら屋敷への道を歩いていると、屋敷が見えてきた辺りで私の耳におかしな音が届く。金属同士を打ち合わせたり、爆発音が響いたりとかなり物騒な音だ。ウサミミの方にも聞こえてくるので位置が分かりやすく、どうやらご主人様の屋敷の方から音が生じているらしい。
「何だ? 屋敷が少々騒がしいな……?」
イーリス・フロスの種を大事にポケットにしまい、私は足早に屋敷へと駆けだす。何が起こっているのかは分からないが、ご主人様の正体や使命を考えれば何が起こってもおかしくはない。あのご主人様がやられるとは思わないが、敵に襲われているのならメイドの私が排除するべきだろう。
「――何なのよコイツ!? Sランクのあたしたちが、こんなに押されるなんて……!」
「信じられないです。これほどの武芸者があんな男に従っているなんて、才能の損失です」
「あーあー……不法侵入の上に暴力沙汰なんて、これは勝っても負けても罰則は免れないわね……」
「ハハハ~! これがSランク~? しばらく見ない間に冒険者の質は低下しているようだね~?」
近付くにつれ、やはり戦闘行為が行われている事が分かる声も聞こえてくる。どうやらトゥーラが複数人相手に戦っているようだ。耳に届く情報から察するにSランクの冒険者を相手にしているのだろうか? 私が長い眠りに着く前にはそもそも冒険者という職業が存在しなかった故、どの程度の相手なのか見当がつかんな……。
「むぅ。ともかく侵入者ならば、私も排除しなければ……ん?」
そうして私は屋敷の正門に辿り着き、正面からその光景を目にして固まってしまった。
「……は?」
何故なら見知らぬ女たちが、私が丹精込めて育てた愛しい草花を踏みにじり、芝生を荒らし、花壇を壊して戦いを繰り広げていたから――
どっかの性的興奮すると強くなる主人公みたいな技を特訓中のトゥーラ。そして思いの外充実した幸せな日々を送っていてご機嫌だったベルだが……