謎の三人娘
「ようこそ。冒険者ギルド、セントロ・アビス第三支部へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「すみません、荷物を遠くの村に届けてくれる依頼を出したいんですけど――」
そんなこんなで、冒険者ギルド。尻を蹴られて人除け代わりに連れて来られた可哀そうな僕は、受付で手続きをしてるミニスを遠くからぼんやり眺めてた。ぶっちゃけ僕は用事が無かったんだけどなぁ……定期的に冒険者として仕事はしてるけど、二日くらい前にしたばっかりだし。
「……仕方ない。せっかく来たんだから何か依頼を受けてくかぁ」
でも何もせずに帰るのもアレだし、仕方なく依頼を受ける事にしたよ。人除けの役目もミニスは今は手続き中だから、終わるまでは大丈夫そうだしね。お金とか物品を送って欲しいって依頼だし、結構時間もかかると思う。
そんなわけで僕は依頼が貼り出されてる掲示板の前へと移動した。でも支部とはいえ首都にある冒険者ギルドだからか、掲示板の前にも結構人がいてかなりウザったい。具体的には遠目からじゃ掲示板が全く見えないくらい。混みそうだからあえて本部じゃなくて支部の方を利用してるのに、支部でさえこんなに人がいるんだよなぁ……。
「えーっと、何か面白そうな依頼無いかなぁ? フィアフル・ベア討伐、ブラック・ウルフ討伐、新種スライム討伐、ギガンティック・セン――これは見なかったことにしよう」
人混みの間に身体を捻じ込んで、とりあえず討伐依頼を重点的に見ていくけど、いまいち興味をそそられる感じの依頼は無かった。
え? 最後の依頼をちゃんと見ろ? やだよ。ていうかさっさと誰かムカデ討伐しろよ。押し付け合ってんじゃねぇぞ、クズ共。
「――おい見ろ、アレ……!」
などと掲示板と睨めっこしてると、一人の男の声を皮切りにギルド内の雰囲気がざわついた。周りを見れば、皆してギルドの入り口を眺めてるみたいだ。僕も釣られてそっちを見ると、そこには三人の女の子が立ってた。
兎獣人、狐獣人、悪魔の三人パーティかな? 周囲の奴らが注目してる理由は良く分からんけど、とりあえず解析。
名前:ヴェロニカ
種族:魔獣族(悪魔族)
年齢:47歳
職業:冒険者
得意武器:短剣
物理・魔法:7対3
聖人族への敵意:大
魔獣族への敵意:小
名前:リリアナ
種族:魔獣族(兎人族)
年齢:45歳
職業:冒険者
得意武器:素手
物理・魔法:3対7
聖人族への敵意:大
魔獣族への敵意:小
名前:クラリエット
種族:魔獣族(狐人族)
年齢:52歳
職業:冒険者
得意武器:杖
物理・魔法:1対9
聖人族への敵意:大
魔獣族への敵意:小
んー……? 何だろう。見た事無い奴らのはずなのに、何か見覚えがある気がするな?
それはともかく、三人揃って同族にちょっぴりだけ敵意があるのか。珍しいな? もしかして三人揃って詐欺にでもあった口なんだろうか――あれ? 何かますます覚えがあるような……んー、駄目だ思い出せない。
「Sランクパーティの<ネバー・アゲイン>じゃない。どうして本部じゃなくて支部に来たのかしら?」
僕が頭を捻ってると、周りにいた冒険者の女がそんな情報を零してくれた。
なるほど。何で皆してあの三人を見てるのかって疑問だったけど、普段は冒険者ギルドの本部を利用してるSランクパーティだったからか。ちょっとした有名人みたいな感じなのかな? まあ僕は正直どうでも良いし、いまいち思い出せないから無視しよう。思い出せないって事は大した記憶でも無いだろうしね。
それよりも皆の目があっちに向いてる今がチャンスだ。掲示板の目立つところにクソデカ害虫駆除の依頼書を張り直してやれ。一応ムカデって益虫らしいけど知った事じゃないね。
「よし、せっかくのチャンスだ。俺ちょっと口説いて来ようかな?」
「やめとけ、若いの。あの三人は男なんて鼻にもかけないぜ。一度騙されて痛い目を見てるからな」
お、どうやら僕の予想は当たってたみたいだ。男に騙された過去があるから、総じて同族に対する敵意として解析の結果に影響したっぽい。騙されるようなお花畑な脳みそしてるのが悪いんじゃないですかね? 知らんけど。
「うーん……特に良い依頼も無いし、クマさん討伐にしようかな。まだ屋敷の内装が寂しいからクマさんの毛皮を敷くのも良さそうだし」
しばらく迷った僕は、消去法でクマさん討伐にする事を決めた。他はめっちゃつまらなさそうだし、実入りもなさそうだしね。あ、でも毛皮を納品しなきゃいけないんだろうか? それだったらやる意味が無くなるなぁ……うーん……。
「――あんたがそうなのね! そこのムカつく顔した男!」
なんて声に振り向いてみれば、さっきの三人娘の内の一人――ヴェロニカって名前の悪魔っ子がこっちの方を指差してた。よく見てみるとなかなか可愛らしいじゃないか、コイツ。綺麗な青い目に反して燃えるような短めの赤い髪。悪魔尻尾と一緒に揺れるポニーテール。露出が高めの格好してるのも健康的で良いね。でも何か滅茶苦茶敵意を感じる睨み顔だから差し引きゼロかな。
しかし一体誰の事を言ってるんだろうね? 掲示板周りにはいっぱい人がいるから分かんないよ。でもまあ僕には関係の無い話か。
「さて、こうなったらいっそ討伐以外の依頼から――」
「無視すんじゃないわよ! あんたの事よ、あんた!」
僕が掲示板の方に向き直ったら、悪魔っ子ヴェロニカはもう一度声をかけてきた。しかも今度は僕の肩をがしっと掴んで。ん? 何で?
「……え? 僕に話しかけてるんですか?」
「そうよ! 他にムカつく顔した奴がどこにいるってのよ!」
「マジか。ていうか初見でムカつく顔って言われたのは初めてだわ……マジか……」
どうやら悪魔っ子は僕に話しかけてたみたいだ。気が強そうな鋭い青の瞳でじっと僕を睨んで、肩を掴んだ手に滅茶苦茶力を込めて来てる。まさか僕に話しかけてたとは思わなかった。
いや、それはこの際重要じゃない。重要なのは、僕のこの人畜無害で人当たりの良い優しい顔つきをムカつく顔って言われた事だ。初対面の人は絶対に外見通りの人って思ってくれるのに、内面を知る前にムカつく呼ばわりされるなんて初めてだよ。顔だけは人を警戒させない良い作りだって自信を持ってたのに、これはかなりショックだ……。
「リリィ、コイツで間違いないのよね?」
「ええ、そうです。間違いありません、確かです。ちゃんと尾行して屋敷に入って行く姿も見ましたし、しっかり裏も取りました。その殴りたくなる顔で間違いありませんです」
僕が少なくないショックに動揺してると、悪魔っ子は仲間のウサギ娘に確認を取ってた。
というかウサギ娘もなかなか可愛い。良い感じにロリだし、桃色の髪にウサミミがぴょんと生えてて実に愛らしいよ。三白眼っていうか、同じく桃色の瞳がジトっとしてるのもポイント高し。しかしコイツもコイツで僕の事を殴りたくなる顔って言ったから差し引きゼロだ! お前ら目が悪いのか!? 僕のこの優し気で自己犠牲精神に溢れた素敵な顔が見えないのか!?
「……人をストーカーのように尾行して自宅を把握した上に、初見で殴りたくなる顔なんて罵って来るとは一体どういう神経をしているんですかね? 喧嘩を売っているんですか?」
「やるですか? やってもいいですよ?」
「そうよ! あんたみたいなもやし、私たちにかかれば一捻りなんだから!」
まだちょっと動揺しながらもそう尋ねると、滅茶苦茶敵意に溢れた反応が帰ってくる。ウサギ娘はファイティングポーズを取り、悪魔っ子は僕をもやし呼ばわりして中指立ててくる。こっちはできるだけ丁寧に接したっていうのにこの反応だよ。滅茶苦茶腹立つ。もう言葉遣いはどうでもいいや。
「何だお前ら、マジで失礼だな。表に出ろ。分からせてやる」
「望むところです。ぶん殴ってやります」
「そのムカつく顔を剥いでやるわ!」
喧嘩を容赦なく買ってやることにして、こっちも指をパキパキと鳴らす。途端に周囲にいた冒険者たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていくのが印象的。
ただどっちかっていうと僕よりもコイツらを恐れてる感じの反応だね。『闘技大会優勝者なのに怖がられてないの?』って思う人もいるだろうけど、たぶん僕が優勝者だって事に気付いてる人は少ないからさ。だって参加した時は魔術師ローブで基本フード被ってたし、今は落ちぶれた盗賊みたいな恰好してるからね。ギャップがあって分からんのだと思う。まあギルドの受付嬢とか、知ってる奴らはむしろ僕の方を見て顔を青くしてるけどさ。
「こらこら、喧嘩しないの。ヴェラもリリィも落ち着いて? 気持ちは分かるけど、彼とアレは違うのよ?」
「むぅ……!」
「チッ……」
いっそこの場で殴り殺してやろうかと思ってると、残る最後の一人の狐っ子が仲裁に入ってきた。途端にクッソ失礼な二人は不満げに舌打ちして拳を下ろす。お、どうした? 僕が怖くなったか? ん?
「ごめんなさいね? この子たちはちょっと血の気が多くて……不快な思いをさせてしまったのならそのお詫びをさせてくれないかしら? 一緒に食事でもどう?」
狐っ子はぺこりと僕に頭を下げると、お詫びに食事に誘ってきた。
ふむ、そこのクソ共に比べればちゃんと礼節も弁えてるじゃないか。それにコイツも普通に美少女――いや、美女の類かな? 長い金色の髪から生える狐耳が良く似合ってるし、切れ長の赤い目も実に魅力的な感じだ。あと上乳とか太腿がさらけ出されてる恰好してるのが目に毒だし、そこそこ身長高いのも相まってモデルみたいに見える。
ただ、口にしてはいないけどコイツも僕の顔が気にいらないっぽいな? 僕の顔を直視した時、一瞬渋い顔をしたし。何なの? コイツらは優しい顔した男に騙されたの? 完全にとばっちりじゃん。
「君はまだ話が通じるね。でもそこのクソ二匹があまりにも失礼だから一緒の席に着きたくはないかな。そいつらは床で食べさせるってんなら付き合うよ?」
「はぁ!? こっちが下手に出れば付け上がって、やっぱり最低の屑野郎ね!」
「死んでくださいです」
「ちょ、ちょっと二人とも……!」
毛ほども下手に出てなかった癖に、狐っ子の制止を振り切り怒りを露わにする悪魔っ子。ウサギ娘は一見すると感情薄く見えるけど、静かにキレてるっぽい。
初見で罵倒してきた癖に、自分たちが軽く罵倒されるだけでこの反応だよ。こんな奴らと一緒に食事とかどういう罰ゲーム? 絶対にごめんだね。
「ま、そういうわけだから。僕に何か用があったのかもしれないけど、そこの馬鹿二人の頭を冷やさせてから出直してきなよ。じゃなきゃ話なんて聞く気は無いね」
分かり合えそうにないから、僕はコイツらを無視してミニスの所に向かった。何か話があったのは分かるけど、最早聞いてやる義理なんて欠片も無い。土下座して僕の靴を舐めたら考えてやっても良いが?
「ミニスー、依頼出し終わった?」
「え? あ、うん……出し終わった……」
僕らのやり取りを横目に見てたみたいで、ミニスはやけに大人しく素直な返事を返してきた。心なしかウサミミを丸めて怯えてるようにも見える。僕がイラついてるのを敏感に察してるのかもしれないな。実際公共の場所じゃなかったら顔の形が変わるまでぶん殴る所だったし。
「よし、じゃあ帰ろう。本当は何か依頼を受けるつもりだったけど、その気も失せたし」
「う、うん……」
試しにミニスに手を伸ばすと、恐る恐るって感じで手を握ってくれた。普段ならバシって叩いてくるのにね? これは危機意識がしっかり働いてますわ。
まあ別にいつも通り叩かれたって構わないんだけどね? さすがの僕もミニスに八つ当たりするほど大人気なくはない。
「待ちなさい! あたしたちはSランクの冒険者よ! あんたにはあたしたちの言う事を聞く義務があるわ!」
「そうです。お前はまだAランクだそうなので、私たちの方が偉いです。言う事聞かないならギルドに訴えるです」
何気にミニスとお手々を繋ぐ事ができてちょっとだけ気分が良くなったのに、立ち去ろうとしたところでまたしても腹の立つ言葉を投げかけられた。
自分たちの態度を謝罪するわけでも無く、権力を使って横暴を通そうとするってマジ? そっちがその気ならこっちにだって考えがあるぞ? バールの印籠をお前らの顔面に全力で投げつけてやろうか? おぉん?
「好きにすれば? ランクの高さを笠に着て礼儀も弁えず、後輩に理不尽を課すのが高ランク冒険者の正しい姿だって言うんならね。周りで見てる人たちがどう思うかも少しは考えたら?」
「っ……!」
「くぅ……!」
いい加減ウンザリしてきた僕は、周囲の冒険者たちに目をやりながらそう指摘してやった。途端にクソ二匹は渋い顔をして呻く。
一応僕はこのギルドでは問題行動を起こしてないからか、周囲の冒険者もこっち寄りの人が大多数だったよ。三人娘に失望の目を向けてる奴らとか、僕に同情の視線を向けてる奴らもいっぱいいる。他の冒険者ギルドじゃあギルマスをボコボコにしてメス犬にしたり、別のギルマスの目の前でその想い人と熱烈なキスをしちゃったりとやらかしてたけど、ここじゃあわりと品行方正だからね。とはいえもちろん闘技場での事を知ってる奴らは同情も憐憫も見せてませんでしたがね。ちくしょう。
「さ。帰ろうか、ミニス」
「う、うん……」
僕がニッコリと笑いかけながらそう口にすると、明らかにミニスは怯えたような反応を見せつつ頷いた。何なら握ってる手も微妙に固まってる。そんなに今の僕怖いかなぁ? ちゃんと怒りも殺意も隠してるはずなんだけどなぁ?
三人娘が一体誰なのか分かった方は、相当読み込んでるか記憶力が良いお方