魔石発掘
『今日は良い知らせと悪い知らせがある。君はどちらから先に聞きたい?』
「おっと、なかなか胸躍らせる事言うじゃない?」
とある日のお昼過ぎ。昼食を食べてからいつもの電話ノルマ達成のためにレーンに電話した僕は、そこでなかなか胸が躍る言葉をかけられた。グッドニュース&バッドニュースか。嫌いなものを最後に食べるかどうかって言う話と通じるものがあるよね?
「じゃあ……悪い方からで頼むよ」
『ほう? ちなみに、何故悪い知らせを先に選んだのかな?』
僕が悪い知らせを先に選んだ事が意外だったのか、少し興味深そうな声が返ってくる。二択の一方選んだだけでそんなに好奇心出すの? レーンは人生楽しそうだね?
「悪い知らせを先に聞いて、良い知らせで心を慰めるって感じだよ。つまらない理由で悪いね?」
『いや、つまらなくはない。君にもまともな人間らしい感性があると知れた事は、それなりの収穫だよ』
「そうっすか。で、悪い知らせは?」
『君はミザールという街を知って――』
「三行」
安定のクソ長話が始まる気配がしたから、即座に話をぶった切って要約を求める。本当にコイツは油断するとゼロコンマ一から百まで語ろうとするからなぁ。これさえ無ければ普通に良い女なんだけど……。
『…………とある鉱山で、大量の魔石が発掘された。協議の結果、王はその魔石を全て勇者召喚の魔法陣に使用する事を決定した』
やっぱり縮めようと思えば出来るみたいで、極めて簡潔な答えが返ってきた。街の名前とか出す必要なかったじゃん。何故わざわざ近隣と思しき街の名前から話を始める?
しかしそれはそれとして、大量の魔石が全部勇者召喚に消費されるのか。これはたぶん聖人族が元々攻めの姿勢である事に加え、僕による邪神の挨拶も影響してそう。魔獣族と協力して邪神に対抗する姿勢は欠片も無く、とりあえず目先の敵を排除するのに全力を注ぐつもりなのが容易に窺えるね。しかもその方法が異世界人を操り人形にして特攻させるっていう……。
「随分と勿体ない事するねぇ。ちなみにそれでどれくらい召喚が近付く感じ?」
『………………』
「レーンさん? おーい? 聞こえてるー?」
どれくらい召喚までの期間が縮まるか尋ねたけど、どうにも答えは返ってこなかった。ただただ謎に迫力のある無言の時が流れるだけだったよ。もしかして怒ってるのかな?
『……ああ、聞こえているとも。いや、君は最初からそのような感じだったね。ここで感情を露わにして怒りを示すだけ無駄というものだ。落ち着け、落ち着け……』
やっぱり怒ってるみたいで、怒りを抑え込んで打ち震えてる感じの呟きが聞こえてきた。これは相当キテますね。こういうわりと面白い反応してくれるからわざと話をぶった切ってる所もあるんだよなぁ……その内マジでぶん殴られそうだけど。
『……それで、何だったかな。ああ、そうだ。次の勇者召喚までの期間がどれほど縮むかの話だったか。詳しい魔石の量がまだ分からないので断言はできないが、少なくとも一年以上かかる見通しだったのが半年程度には縮まるだろう』
「結構縮まるなぁ。半年かぁ……」
『君としてもこれはなかなか困る事態ではないかい? 特別な力を得た、新たな勇者が召喚されるんだ。魔法陣を破壊するなり何なり、対策を色々と考えておくべきだと思うよ』
さっきブチ切れそうなのを必死に抑え込んでたわりに、優しくも警告してくれるレーン。コイツ本当は僕の事大好きなのでは?
それはともかく、確かに勇者は危険な存在だ。魔法とはまた別の異能を授かって召喚されるから、そこらの有象無象とは桁違いに強い可能性がある。実際話に聞いてた雷を操る勇者だとか、不死の勇者だとかはもう字面から心底厄介そうだしね。まあ未だに出会った事は無いけどさ。本当にまだ生きてんのかな?
「いや、魔法陣の破壊はしないよ。妨害もしない。聖人族には是非とも勇者召喚の儀式を行って貰おうと思ってるよ」
ただ、僕は優勝召喚を止める気は微塵も無かった。何ならむしろ協力してあげても良いくらいだ。女神様とお喋りして計画した邪神完全復活の流れ的には、勇者召喚はむしろ必須な要素だからね? 聖人族には是非とも召喚の義を行って貰わないと困る。
『ほう? 破壊はせず、妨害も直前まではしない……召喚の義を何かに利用するつもりかい?』
「その通り。女神様とお話して、ちょうどいい利用方法が思い浮かんだからね。聖人族には頑張って勇者召喚の義を進めてもらうよ。ケケケ……」
『あくどい笑い方だ。しかし、しっかりと先を見据えているのなら私としても一安心だ。詳細が判明次第報告するよ』
「はいはい、よろしくねー」
ネタバレが嫌いなのか、レーンは納得を示してもその利用方法については何も聞いて来なかった。あるいは勇者召喚って事で何となく予想がついてるのかもしれない。賢い女は大好きだよ?
「それで、良い方の知らせは?」
『フフフ……ついに完成したよ。<ウロボロス>が』
「あ、そうなの? 良かったねー。ぶっちゃけ僕にとってはどうでもいい知らせかな」
そうして満を持して良い知らせの方を聞いたけど、返ってきたのは実にどうでもいい情報だった。何か嬉しそうに笑ってる辺り、これ百パー自分にとって良い話じゃん。
『別に君にとって良い知らせとは言っていないだろう? それよりも、今この<ウロボロス>にじっくりと私の魔力を馴染ませ、更に微調整も施しているところだ。少し時間がかかるが、それが終わったら――よろしく頼むよ?』
「はいはい。お前のその熱意は病気だね……」
まだまだ無限魔力を諦めてなかったみたいで、もの凄い重さのこもったお願いをしてくるレーン。電話を使ってるせいで耳元で囁かれてる感じに思えて、首筋にナイフ突きつけられて脅されてる気分だったよ。これで『やっぱり作れませんでした!』なんて事になったらどうなるか分からんぞ……。
「ふぅ……あと半年かぁ。長いようで短いような気もするし、必要な事はさっさと済ましちゃうかなぁ」
レーンとの電話ノルマを終えた僕は、いつものように目的のための下準備を始める事にした。マイホームが出来てゆっくり休めるようにはなったけど、逆に腰を据えて準備に精を出せるようになったから忙しさは差し引きゼロって所かな。夜は物理的に精を出してるし。
「えーっと、リストリスト……あった、これだ」
空間収納からやるべき事のリストを取り出し、しばらく眺めてどうするかを考える。マジでやる事が多いからリストアップしなきゃやってらんなくてね……もういっそ僕があと三人くらい欲しいなぁ? 魔法使えば増やせそうな気がするし。
でもたぶん増やしたら本物の座を巡って殺しあう事になりそうだからやめておこう。幾ら自分であろうと頭のネジがイカれた奴らを完全に制御できる自信はない。自分で言ってて悲しくなってくるけど。
「んー……よし。じゃあ今日はこれをやろうかな」
そんなわけで自分で片付けるしかない僕は、今日のお仕事を決めて部屋を出た。今日はお外での仕事。しかもだいぶ遠出しないといけないからね。廊下を歩きつつ伸びをしたり手を伸ばしたりしてストレッチしたよ。
「あっ、ご主人様ー。どこか行くのー?」
「うん。ちょっと空の旅に行こうかなって。一人だとちょっと寂しいし、一緒に来る?」
「行くー!」
道中廊下をポテポテと歩いてきたリアが話しかけてきたから、せっかくだし遠出に誘った。一人じゃ寂しいしつまらないからね。リアは何の逡巡も無く笑顔で頷いてくれたよ。よし、これで少なくとも一人寂しいお仕事にはならないな。
「よしよし、それじゃあ一緒に行こうか。でもたぶんお前の飛ぶ速度じゃ遅すぎるしすぐへばりそうだし、先に魔法をかけておくね。速度強化、無限持久力」
「ありがとー!」
とはいえ素のままだと単なる足手纏いだから、リアに魔法をかけてたっぷり強化しておく。
これから向かう場所はまだ行った事無いから転移できないし、まずは自分で行かなきゃダメなんだよ。向かうことにしたのがついさっきだから先触れも行かせてないし、何より今回は自分で行って自分の目で見た方が良さそうだしね。
「――フフフ、水は美味しいか? 綺麗に咲くのだぞー?」
そんなわけで二人で玄関を出ると、ちょうど花壇にジョウロで水をやってるベル(ミニスの姿)がいた。コイツのおかげで今じゃ花壇もすっかりお花でいっぱいだ。地味に芝生の手入れも行き届いてるし、少なくとも敷地内は完璧って言って差し支えない感じだね。メイドにしといて本当に良かった。
「ちょうど良い所にいた。ベル、ちょっと良い?」
「ん? おお、ご主人様か。どうした?」
「僕ちょっとリアと出かけてくるよ。留守番よろしくね?」
「分かったぞ。しかし、ご主人様の行き先を訪ねられたら何と答えれば良いのだ?」
「仲間たちには別の大陸に行った、って言っといて。それ以外の奴らには何か適当によろしく」
そう、これから僕が向かうのはこことは違う大陸。魔法で色々調べてみると、どうにもここ以外にも大陸が存在するっぽいんだよね。
まあ前から何となく気づいてはいたっていうか、予想はついてたけどさ。だってこの世界も一日二十四時間なのに、聖人族の首都から魔獣族の首都まで大体四十日くらいで行けるんだよ? 明らかに大陸が小さすぎる。
だから調べてみたら、予想通り他に大陸があったってわけ。といってもかなり遠く海の向こうにあるっぽいけどね。とはいえ無限の魔力を持つ僕にはその程度の距離はあまり関係の無い話かな。
「うん? 別の大陸? まあ良く分からんが分かった。暗くなる前には帰ってくるのだぞ? それからハンカチとちり紙だ。持っていくと良い」
「だからオカンかよお前ぇ!?」
一瞬首を傾げながらも頷いたベルは、またしてもオカンみたいな事を言い始めた。そして勝手に僕のズボンのポケットにハンカチとポケットティッシュを捻じ込んでくるという世話焼き具合。やめろぉ! ピンクで花柄でフリフリなラブリーハンカチを邪神のポケットに入れるなぁ!
ここから10章です。この章も動き自体は少なめ。ついに前座で章が二桁入った……。