新生
美味しいカレーを食べてしばらくゆっくりした後、僕はリアが修得した呪法を見せて貰う事にした。せっかく地下牢にサキュバスがいるんだから、もちろん実戦形式で。そもそも復讐のための力なんだし、実戦で使えないなら話にならないからね? あるいはその辺を完全に捨てて力を特化させてる可能性もあったけど、一応リアにその辺を聞いたら実戦でも問題無く使用できるって言ってたよ。
「やあ君たち。ご機嫌いかが?」
だから僕は地下牢にぶち込んでたサキュバスたちを、全員地下闘技場のコロシアムに転移させた。突然だだっ広い空間に転移させられて目を丸くしてたサキュバスたちだけど、次の瞬間には僕に向けて敵意と殺意を魔法と一緒にぶつけてきたよ。
「このクソ野郎! 死になさい!」
「家に帰せ! この拉致監禁野郎!」
石の塊やら水の弾やら風の刃やらが怒涛の如く襲ってくるけど、そんなもん痛くも痒くも無い。だから僕は魔法攻撃に参加せず即座に逃走を図った賢いサキュバスだけを魔法で昏倒させて、転移で地下牢に送り返した。
幾ら力をつけたって言っても、ここで躊躇いなく逃走を選択できる賢い奴にはリアも苦戦しそうだからね。ある程度は間引いておかないと。
「……随分口が悪いなぁ? 男を誘う時の甘ったるい猫撫で声はどうしたの?」
「何なの、コイツ……! 魔法が効かない……!」
魔法で撒き上がった土埃が晴れると、そこには驚愕の面持ちで固まってるサキュバスが六人ほど。うん、この数ならまあ大丈夫かな? 呪法の詳細を聞いてないから断言はできないけど、リアの極まった憎悪と殺意ならこの程度の数は余裕でしょ。
「抵抗は終わった? それじゃあお話を始めるよ。君たちにはこれから僕の仲間と殺し合いをしてもらう。君たちが一人でも生き残る事ができたなら、その時は全員解放してあげるよ」
「……嘘じゃないでしょうね? ちゃんと自由にしてくれるの?」
「もちろん。まあ、生き残る事ができればの話だけどね?」
ちゃんと解放するし、自由にしてあげるよ。この世からな!
どのみち疑わしくても向こうはこっちに従うしか無いしね。精々ありもしない自由を求めて死に物狂いで頑張って欲しいな。
「……良いわ、やってやろうじゃない」
「さっさとぶち殺して帰りましょう。全員で協力すれば男なんてイチコロよ」
少なくとも僕を打倒する事はできないって悟ったみたいで、六人のサキュバスは存外素直に頷いてくれた。良かった、物分かりが良くて。ダメならもう少し棒立ちノーガードでサンドバッグになるか、力の差を見せつけてやらないといけなかったから。
まあ本当に物分かりが良い奴らはすでに地下牢に送り返してるから、ここに残ったのは中途半端に頭が回る奴らかな? あの地下牢で魔法が使えない事は知ってるだろうし、そこから十人近く転移させたし、そんな力を持ってる奴に対して攻撃してくるとか危機感が足りないね。
「よし、準備出来たみたいだね。じゃあ選手入場だ――リアー?」
「はーい!」
僕が観客席の方に声をかけると、すぐさま小柄な影が飛び出してきた。
もちろんそれはみんなご存じ復讐に取りつかれたロリサキュバス。新しい普段着であるちびっ子女盗賊みたいな格好に、短剣二刀を携えてやる気満々で僕の隣に着地したよ。どう見ても子供、しかもどう見ても同族のリアに、サキュバスたちは驚愕に目を丸くしてた。
「え!? アレって、ほんの少しだけ私たちの様子を見に来た領主様そっくりの子……!?」
「嘘でしょう? まさか同族同士で争わせて、しかも子供を殺させるつもりなの……!?」
「お、落ち着きなさい! 私たちは生き残る事ができれば勝ちなのよ! あの子を説得するなり気絶させるなりすれば、殺さなくても済むはずよ!」
さっきの発言を考えるに、男と戦わされると思ってたらしいサキュバスたちは大混乱。まさかまさかの幼女サキュバス、しかも領主様そっくりの子。これには大いに困惑してるね。
というかリア、そんなちらっと顔を見せる程度にしかコイツらの様子を見に行かなかったのか。呪法の勉強に力を入れるためかな? ということはコイツら、リアの本性が全く分かってないな。
「結構優しい奴らじゃん。向こうはリアを殺す気は無いみたいだけど、リアはどう?」
「リアは容赦しないよ! ようやく自分の手で復讐を叶えるための力を手に入れたんだもん! その練習台にするよ!」
「一貫してて何よりです。じゃあ頑張ってね?」
「うん! 見ててね、ご主人様!」
一切曲がる事の無い復讐の気持ちを全身から滾らせながら、リアはサキュバスたちを狂気に淀んだ瞳で見据える。
凄いよね? 全く無関係の優しい人でも、憎き同族だからって理由で容赦なく殺せるんだよ。環境が生んだ一種の化け物だね。
「さて、それじゃあまずは両者見合って。無駄だけど説得するなら今の内にどうぞ?」
お互いの距離は五メートルほど。絶対開始と同時に無駄な説得が始まりそうだから、先に説得させる事にした。実際僕がそう口にした途端、一番前にいたサキュバスがかがんでリアと視線を合わせるようにして優し気な表情を浮かべたよ。
「……ねぇ、あなた。お名前は?」
「リアだよ?」
「そう、リアっていうのね……リアちゃん、あなたはあの男に騙されてるわ。何を言われたかは知らないけど、私たちが争う必要は無いの。だから協力してここから逃げましょう?」
「そうよ。きっとあの男に誘拐されて、脅されてるんでしょう? でも大丈夫。私たちが助けてあげるわ」
他のサキュバスたちもリアに口々に優しい声をかける。戦う必要は無い、助けてあげる、一緒に逃げよう。歯が浮くような台詞を次々に出してね。
リアが本当に脅されてるだけの普通の子供なら、きっと少しは気持ちが揺れたと思う。みんなとっても優しそうだからね。でも残念ながら、リアはそんな軟弱なタマじゃないんだよ。
「アハッ、おねーさんたちは優しいんだね? 故郷のみんなとは全然違くて、びっくりしちゃうよ。でも、リアは脅されてなんかいないよ? リアはリアの意志で、おねーさんたちを苦しめるの。おねーさんたちはリアを苛めてきたアイツらにそっくりだから、できるだけ痛みと苦しみにのた打ち回って欲しいの。だから、リアと戦おう?」
「ひっ……!?」
溢れ出す憎悪と殺意、そして闇よりも深い狂気に当てられて、サキュバスたちは思わずって感じで一歩後退った。中には腰を抜かして尻餅ついた奴もいる。
そうだよねぇ。こんな愛らしいロリが異常な域の狂気を垂れ流してたらビビるよねぇ……。
「……洗脳でもされてるみたいね。ここまでイった目をしてる子供は生まれて初めて見たわ」
「傷つけたくはなかったけど……これは少し手荒に行かないと駄目そうね。みんな、覚悟を決めなさい?」
全員これはダメだと一瞬で理解したみたいで、懐柔を諦めて力で捻じ伏せる事を選んだみたいだ。でも僕は別に洗脳なんてしてないからね? 出会った時からこんな感じだよ? そこは勘違いしないでね?
「アハハッ。楽しみー、早くやろー?」
リアはもう待ちきれないみたいで、今にも短剣で斬りかかりたそうにうずうずしてる。
向こうに殺す気が無いとはいえ、果たして大人のサキュバス六人を同時に相手取る事ができるのか。そこまで強力な呪法を習得したのか、僕も気になってそろそろ限界だ。
「それじゃあ説得が無駄って事も分かったみたいだし、早速始めようか。さあ――殺しあえ!」
だから僕は観客席に跳ぶと、死合の開始を宣言した。さぁ、同族同士の殺しあいの始まりだ! はてさて一体どうなるのかな!?
「ちょっと手荒になるけど、組み伏せて絞め落とすわよ! 文句は後で聞いてあげるからね!」
「わあっ!?」
真っ先に動いたのはサキュバス側――いや、どっちもサキュバスか。大人のサキュバス側だった。
魔法で身体能力強化でもしたのか、リアとの距離を一瞬で詰めたかと思えばそのまま力づくで地面に組み伏せた。
「う、ぐ、うぅぅ……!」
そしてうつ伏せで組み伏せられ動けないリアの首に腕を回して、容赦無く締め上げる。苦悶の声を上げて必死に抵抗してるリアだけど、組み伏せられた時に両手から短剣が取り落とされたせいで碌に抵抗できてない。
元々子供と大人で体格差もあるのに、魔法で身体能力を強化された相手に素手じゃどうにもならんでしょ。これはもう勝負あったかな?
「ア、ハハ……アハハハハ……!」
なんて思ってたら、リアは首を絞め上げられて顔全体を真っ赤にしてるのに、恐ろしい事に笑い始めたよ。意識が落ちる寸前なのか、あるいは狂気が極まってきてるのか、そのピンクの瞳は血走ってて正直怖い。
「押さえつけ、られて……酷い事を、されて……まるで、あの頃に、戻ったみたい……! でも、もう……リアは、無力じゃない……! 出来損ない、なんかじゃ……ない……! 復讐のための、力……手に、入れたんだから……!」
「っ……!?」
絞り出される狂気に満ちた声に本能的な危機感を覚えたのか、リアを締め落そうとするサキュバスは腕に更に力を込めた。最早気道や血管の圧迫どころか、首の骨をへし折りかねないくらいの力で締め上げてる。
常人ならもう意識を失っててもおかしくないし、常人相手でもやり過ぎな締め方だ。ただリアは見た目は幼女とはいえ、その小さな身体の中では深淵よりも深い闇の炎を燃やす復讐鬼。内に秘めた狂気のおかげか、リアは意識を保って更に言葉を紡いだ。
「憎しみ、と……殺意を、燃やして……復讐、を……! 変身っ! ルナティック・フォーム!」
「きゃっ……!?」
瞬間、リアの全身から眩い光が放たれた。リアを締め上げてたサキュバスは眩しさに悲鳴を上げて、即座に後方へと跳んで逃げる。何が起こったのかも分からないだろうし、目が焼かれてしばらく使い物にならないだろうから距離を取ったんだろうね。
でもその選択は誤りだ。あのサキュバスはリアの首の骨をへし折って即座に殺すべきだったね。だって光に隠れて見えないリアの身体から、僕でも感じ取れるほどの魔力が迸ってるもん。これは助けようと考えず一も二も無く殺すべきだった。もう手が付けられないぞ、アレ。
数秒ほどで光は収まったけど、もうそこには無力で虐げられてたリアの姿は無かった。代わりに現れたのは、新生したリアの姿。ベースは普段のロリサキュバスだったけど、色んな所が邪悪に変化してる。
元々大きかった角は更に巨大化して、禍々しく捻じ曲がり折れ曲がった歪な形に。デカいコウモリ染みてた翼は、カラスみたいな羽がびっしりと生え揃った翼に。矢印っぽかった尻尾は真っ二つに裂かれたみたいに二本に増えて、長く鋭く鞭のように伸びてる。そして両手首には黒い炎の如き何かが絡みついて不気味に揺らめいてる。端的に言って禍々しさの極致みたいな恐ろしい姿だったね。これがリアの呪法? 変身能力……?
「……アハッ! それじゃあ、始めよう!」
もっと直接的かつ破滅的な攻撃染みた呪法を想像してた僕の前で、リアによる蹂躙がついに始まった。