修得完了
リアが呪法のお勉強を始めてから、今日で三日が経過した。
リア自身が復讐のために精力的に取り組んでるし、ミラ先生も真面目に教えてるし、たぶん呪法の修得までにそこまで時間はかからないと思ってた。そもそも勉強って言っても発動する呪法の内容を煮詰めてる感じだからね。
「――ご主人様ー! リア、ついに呪法を使えるようになったよー!」
「マジ? 意外と早かった。ていうか三日で覚えられるもんなの?」
だから三日目の夕刻にリアが笑顔でそんな報告をしてきて、胸に飛び込んできたのは相当驚いたね。短くても一週間くらいはかかりそうだと思ってたから、ここまで早く仕上げて来るとは予想外だよ。
「で、できない人は幾らやっても無理ですけど……要は、燃料に出来るほど激しい感情を持っているかどうかですから……」
「なるほど。要するに才能みたいなもんか」
リアの後から歩いてきたミラ先生(女教師スタイル)に尋ねると、そんな答えが返ってくる。僕がお勉強の場にいなくてもその格好なのか……。
というか呪法そのものが才能というか、適性のいる魔法だからね。深度の深い感情を抱いてれば、すぐに修得できても不思議じゃないか。だとするとたぶんレーンは修得できなかったに違いない。だってミラ先生の後ろから歩いてきたレーンはすごく残念そうな顔してるし。
「……私も何とか呪法を扱ってみたかったが、まるで駄目だったよ。これほどの悔しさは久しぶりだ……」
「いや、お前には必要ないでしょ……」
クソ犬を正面から捻じ伏せ、大天使と刺し違える力を持っておきながら、まだ強くなる気かな? 最終的にどこを目指してるの?
「……それはともかく、覚えたって言うなら早速見せて貰おうかな? 被検体なら地下牢にいっぱいいるし」
「うーん……今は無理かなー? リアの中の憎しみとか殺意が、使っちゃったから今はちょっと足りないの」
早速リアが修得した呪法を見せて貰おうと思ったけど、燃料となる悪感情を全部使っちゃったっぽい。今は無理って言われたよ。
ていうか、リアの中の憎悪や殺意が消えるって相当悪食な呪法ですね……どんなヤベー効果の呪法を習得したんだろうか……。
「それじゃあ仕方ないか。じゃあいつならできそう?」
「えっとねー……二時間くらいしたらできるよ!」
「使い果たしても二時間で再使用可能かぁ。えらくコスパの良い燃料ですね……」
憎悪と殺意が綺麗に消え去っても、二時間でそれらが再び胸の中を満たす。ミニスが一回しか呪法を用いた蹴りを使えなかった事考えると、やっぱりリアの闇は相当根が深いですね……。
「二時間というのはあくまでも自然な状態で過ごして二時間だ。恐らくサキュバスを目の前にすれば、即座に発動可能なまでに憎悪や殺意が湧いてくるだろう」
「なるほどね。でももうすぐ晩御飯だし、普通に二時間待とうか。根を詰め過ぎても良くないし」
何より今日の晩御飯はベルお手製のカレーだ。エントランスに入った時点でとんでもなく食欲をそそるスパイスの香りが漂ってくるし、まずは満足行くまで腹ごしらえをしたい。うちのオカンが作るカレーは美味いぞ?
「ああ、それと――コイツはどうしようか? リアが呪法を覚えた以上、もう用済みなんだよねぇ?」
「ひっ……!?」
僕が目を向けると、ミラ先生は腰を抜かしてその場にへたり込んだ。顔から血の気が失せるほど絶望してるのに、『解放してやるって言ってたのに!』なんて言葉を口にしてこない辺り、あれが嘘だって事には薄々気が付いてたみたいだね。
「お、お願いします……! 何でもしますから、命だけは助けてください……!」
「彼にその手の台詞を吐くと、死んだ方がマシな目に合うよ」
「ひいっ……!?」
僕の脚に縋りついて命乞いをしてくるミラに対して、レーンが無情な追い打ちをかける。いや、どっちかっていうと助言かな? 僕も今の命乞いで命だけは助けてあげようと思ってたし。
「お、お願いします! お願いします! あ、靴! 靴を舐めましょうか!? 言ってくれれば、どこでも舐めますよ!? も、もちろん、私の身体を好きにしたって構いません! い、一応処女ですし、締まりは良いと思います! だから、どうか……どうか、あの人のような目にだけは……!」
そうして信じられないくらいにプライドの無いお願いをしつつ、泣きながら必死に縋りついてくる。これが闘技大会の本戦出場者の姿か……悲しいなぁ……。
「あの人……?」
「たぶんアイツだ。僕が角と翼と尻尾を吹っ飛ばしたメスガキ小悪魔。アイツ夜道で不意打ちしてきたから、刺される度に痛覚が増していく魔法の茨でお仕置きしてやったんだ。身体の外はもちろん、下の口と上の口から中に茨を突っ込んで逆サボテンみたいな状態にしてやったよ」
「随分とまあえぐい事をするものだ。その後、彼女はどうなったんだい?」
「極限まで肉体を死に近付ける魔法で疑似ゾンビ化して、意識だけは残して永久に苦しめてあげてるよ。今はその状態でネクロフィリアの吸血鬼のメイド兼肉奴隷やってる」
「君に人の心は無いのかい?」
メスガキの辿った末路を語ると、レーンさんが汚物を見るような目で僕を見てきた。そういうお前だって魔法の話じゃ見境も倫理観も無くすじゃないか。人の事言える立場?
「お、お願いします! 何でもします! お願いします!」
「うーん、どうしようかなぁ……」
必死に縋りついてくるミラを足元に、僕は腕を組んで考える。
あのメスガキはやること成すことムカついたからあんな末路を辿ったわけだけど、コイツは別に僕を怒らせたりイラっとさせた事も無いしなぁ? 何なら自分の末路に気が付きながらも、真面目に授業をしてくれたみたいだし……。
「ご主人様、助けてあげよー? リア、この人のおかげで呪法を覚えられたんだよ?」
何よりリアも恩を感じてるみたい。僕の服の裾を引っ張って助命をお願いしてきたよ。レーンに視線を向ければ小さく頷いてきたし、まあ助けてやれって事なんだろうね。二人がそう言うのなら仕方ない。
「……メスガキと違って僕の神経や琴線を逆撫でしてきたわけでもなし。特に恨みも無いし。そうだねぇ……メイドとしてここで一生懸命に働いてくれるっていうなら、命も尊厳も助けてあげるよ?」
「は、働きます! 一生懸命尽くします! ありがとうございます!」
ただこのまま解放するわけにはいかないから、メイドとしてここで働かせることにした。一瞬の躊躇いも見せずに受け入れて頷く辺り、自分に選択肢が無いって事はちゃんと分かってたみたいだね。意外と勘も良さそうだ。
「よろしく。じゃあ早速ベルの所に行って新入りになったって言ってきて。その後はベルに従って働いてね。ちなみに逃げても分かるから、命と尊厳が惜しいなら下手な事は考えないのが身のためだよ」
「は、はい! 分かりました!」
やっぱり逃げる気もさらさらないみたいで、ミラはこくこく頷いてからベルを探しに廊下をだばだば駆けてった。
これでこの屋敷のメイドは二人。冒涜の塊である魔将ベルフェゴールと、極度のビビりで不可視の呪法の使い手のミラ。うん、こっちもこっちで変な人材しか集まらないな? 何でこうまともな奴が集まらないんだか……。
「ふむ……メイドか。君にしては非常に優しい対応だね」
「だってベルが一人で大変そうだし、この広さでメイド一人っていうのはちょっと不自然だからね。メイドを雇うのも面倒そうだし、ちょうどいいかなって」
仮に一般的なメイドを雇うとするなら、面接やら何やらをしないといけない。そしてあくまでも雇用関係だから、下手な事をするわけにもいかない。色々と面倒な事が多すぎるから、落としどころとしてはこれくらいがちょうど良いかなって。
「なるほど、合理的だ。ちなみにメイドが足りていた場合はどうしたんだい?」
「うーん……地下牢の看守とか? 滅茶苦茶舐められそうだけど」
あんなびくびくおどおどした看守がいたら、閉じ込めてる奴らに散々いびられそうだ。何なら監禁されてる奴らよりもストレスとか心労溜まりそう。やっぱ向いてないな、アイツ。かといってメイドも向いてるのかと言われたら疑問だね。
「そんな事は置いといて、晩御飯の時間だ。レーンも一緒に食べてく?」
「そうだね。戻っても特にお喋りしてくれない大天使しかいないからね。ご相伴に預かろうか」
「ごはーん!」
何にせよ他にミラに与えられる仕事も無いし、メイドで我慢して貰う事にした。そんなわけで僕らは晩御飯を食べに三人で食堂に向かったよ。今夜はカレーだぜ!
【朗報】ミラさん、メイド内定