呪法
「というわけで、今日は魔法の勉強をしまーす。先生はインビジブル・マジシャンことミラさんでーす」
「ミラ先生、よろしくー!」
「よ、よろしく、お願いします……」
僕の紹介にリアが元気に挨拶を口にして、それにミラが若干怯えながら返す。
みんなで夕食を取った後、僕らは空き部屋で勉強会を始める事にした。気分が出るように黒板も学習机も用意したよ。そして教師を務めてもらうミラには女教師っぽいタイツやタイトスカート、眼鏡もちゃんと用意した。レーンとは違ってしっかり身に着けてくれてるのが好印象だね。何だそのデカい胸に美味しそうな太もも、生徒を誘ってんのか? あぁん?
ちなみに衣装渡した時は真っ赤になりながら泣きそうな顔してたよ。あれたぶん着るのを拒否したら酷い目に合わされると思ってたんだろうなぁ。
「君がクルスの言っていた不可視化魔法の使い手か。君が使う魔法は実に興味深い。面白い授業を期待しているよ」
そんなえっろい女教師ミラに対して、純粋な知的好奇心と探求心を向けるのはみんなご存じレーンカルナ。まるで卒論発表に素人質問って前置きしてダメ出しする酷い奴みたいなオーラを放ってるよ。ミラから魔法についての話を聞き出すときは呼べって言ってたから連れて来たけど、コイツのせいでミラが余計に委縮しちゃってるんだよなぁ。『何で聖人族がいるの?』って顔もしてるし……。
「は、はい……できるだけ、頑張ります……頑張りますから、命だけは……助けてください……!」
「それはクルス次第だ。まあ私を唸らせる授業が出来たのなら、口添えの一つや二つは考えてあげても構わない」
「リアもー!」
「ひぃ……が、頑張らなきゃ……!」
涙を零しながら必死の形相で教鞭を握るミラ。授業っていうか戦争に行く兵士みたいな気迫してんな、お前。そんなにどっかのメスガキみたいな末路を辿りたくないのか。
「頑張るのは結構だけど、この授業はあくまでリアのためのものだからね? リアに分かるようにやらないと意味無いからね?」
「は、はい……! が、がん、頑張ります……!」
僕がやんわり注意すると、ミラは泣きながら必死に笑顔を作って答えてくる。笑ってないと殺されるとでも思ってるんだろうか。しかし正直ここまで徹頭徹尾ガチガチに怯えられると、あんまりそそられない不思議。やっぱり臆病な子よりメスガキ分からせる方が一番楽しいんだよなぁ……。
「じゃ、じゃあまず初めに、魔法ってどんなものか、分かるかな……?」
そうして始まったミラによる魔法の授業は、初歩の初歩から始まった。それはまあ良いとして、黒板使わないのが頂けないな? せっかく用意したんだからもっと使ってホラ。
「えーっと……魔力を使って、イメージを実際に創り出す術!」
「せ、正解……私の使ってる不可視化の魔法――紛らわしいから、呪法って呼んでるけど……これも本当は、普通の魔法と変わらないんだ……違うのは、魔力とイメージ以外にも、別のものを具現化の補助に使ってる事……」
「呪法……」
ミラが口にした造語に、レーンと二人してぽつりと呟く。呪法、呪法かぁ……何か物騒だなぁ? 大丈夫? 誰かを呪ったりとんでもなくデカい代償を支払ったりしない?
「別のものー?」
「強い感情……想い、願い、欲望、意思……とにかく、常軌を逸した域の強い感情がいるの……その感情を燃料のように燃やして、魔法の効果や魔力の効率を飛躍的に引き上げる……それが、呪法の正体……」
首を傾げたリアに、ミラが丁寧に説明する。
なるほど。レーンが前に言ってたのとほぼ同じ感じだね。強い想いが力になる。やっぱ少年漫画の王道みたいな感じだ。それなのに呪法なんて物騒な名前つけたのか、コイツは……。
「……ふむ。強い感情を燃料にする事で、魔法をブーストするというわけか。やはり感情が薄れている私には無理そうなのが悔しいところだ」
「君それ必要? 無くても十分に強くない?」
「強さ云々は関係ない。私もやってみたいだけだ。そして更に魔法の深奥へ……」
「あ、そっすか。はい」
知識欲と探求心全開のレーンは、自分に出来なさそうなのが非常に悔し気だ。コイツには簡易版無限魔力の<ウロボロス>バージョンⅡも作る予定だし、今でさえ真の仲間内でも最上位に入る強さなのになぁ……。
「なるほどー……具体的には、どういう感情ならいけるの?」
「……これを、見て」
しっかりノートを取りながら、ミラ先生に質問を投げかけるリア。それに対してミラ先生は少し迷う素振りを見せた後、滅茶苦茶居心地悪そうに自分の側頭部に生えた小さな角を指し示した。
「私は、角しかないニカケの悪魔……それも、角がこんなに小さくて、片方しかないゴミみたいな存在……だから、いつも思ってたの。消え去りたい、誰にも見られたくない……そんな風に子供の頃から考えてた……だから魔法の勉強をした時、真っ先に思ったの。誰にも認識されなくなる魔法が欲しい、って……」
「なるほど。その結果、不可視化の魔法が完成したというわけか。察するに強い感情と具現化するイメージが噛み合っていなければ、そうそう上手くは行かないんだろう?」
「は、はい。例えば……もし私が自分以外の生き物を全て滅ぼして、人の目を全て無くすことを考えていたら、呪法は完成しなかったと思います……消えたかったのは、あくまでも私ですから……」
リアのための授業だってのに容赦なく質問するレーンに対して、しっかりと答えるミラ先生。
なるほど。呪法にはなかなか厳しい前提条件が必要なんだな。ある種狂気に近い域の意志や感情、そしてそれに沿う形の魔法のイメージ。つまり狂的な域で誰々を殺したい、誰々が憎いって思って殺しを行う奴は、程度に差はあれ無意識的に呪法を発動してる可能性があるってわけかな? なかなか危ないな、それ……。
いやでも魔法には詳細なイメージが必要だし、勝手に呪法として発現するほどの魔力や想念を持ってる奴は早々いないか。少し前に田舎娘がやったような気がするけど、アイツはメンタルが異常だから例外かな。
「はい、先生に質問がありまーす」
「ひっ……! え、えっと……ど、どうぞ?」
それはともかく、ここでちょっと気になった事が出てきたから先生に尋ねる事にした。しっかり手を挙げて質問があるって口にしたのに、それだけでミラ先生はびくっと怯えてたよ。僕を何の脈絡もなく襲い掛かる化物か何かだと思ってらっしゃる?
「そんなに人目が苦手で消えたいと思うなら、そもそも何で闘技大会に出たの?」
「そ、それは……冒険者ギルドのマスターに勧められて、断れなくて……それに、私の呪法は人前で最大の効果を発揮するから、いけるかもしれないって、思ったので……」
「あ、そうなんだ。こんな奴に闘技場での大会参加を勧めるってマジ……?」
何でそこまで人目がクソほど怖いのに闘技大会出たのかって思ったけど、どうやらやむにやまれぬ事情があったらしい。幾ら消え去りたいって渇望が最も高まるであろう場とはいえ、それでも闘技大会に参加するとか前向きなのか後ろ向きなのか分からんな、コイツ……。
「なるほどー……じゃあ、リアでもその呪法っていうのは覚えられるかな? リアはね、サキュバスを殺したくて苦しめたくて堪らないの。できるだけ苦痛を味わわせてから、ひき肉みたいになるまでグチャグチャにして殺したいの」
「ひいっ……!?」
そして呪法の魅力に取りつかれたリアが、文字通り呪いの域に達しそうな闇を零し始める。愛らしいピンクの瞳に深淵よりもなお暗い狂気が浮かんだせいか、ミラ先生が腰を抜かしちゃったよ。コイツいちいちビクビクしてて生きづらそう。
「え、えっと……できなくは、無いかな……ここまで深い憎悪を抱えてるなら、それを糧にして呪法を使う事ができるはずだから……」
「本当!? やったー! じゃあリアも呪法覚える! どうやるの!?」
「ひゃっ……!」
机から身を乗り出すリアに対して、またしてもミラ先生はビクビクしてる。何か段々可哀そうになってきたなぁ。僕がそんな風に感じるって相当じゃない?
「そ、その……まずは、方向性を定めないと駄目かな……自分がどんな呪法を覚えたいかを明確に決めて、イメージを明瞭で詳細にしないといけないから……」
「方向性……とにかく苦しめて殺す」
「ひいっ……!」
そして顔を輝かせてたリアが突然真顔で恐ろしい事を口走ったせいで、三度腰を抜かすミラ先生。こういうの何て言ったっけ? 蚤の心臓? その内心臓麻痺で死にそう。
「これはなかなか時間がかかりそうだね。一日二日では終わらないだろう」
「だねぇ。しばらく夜は勉強会かな?」
レーンの言う通り、これは色々な意味で時間がかかりそうだ。
でも今のところミラ先生はちゃんとリアにも分かるように授業してるし、教える態度も丁寧だ。これはわざわざ僕が付き合う必要は無いかな。後は三人でじっくり勉強とリアの呪法の修得を頑張って貰おう。僕はもう机に噛り付いて勉強したくないし。
クッソビビりのミラ先生(女教師スタイル)