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悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第9章:忙しない日々
223/527

レーンVSトゥーラ2

⋇決着







「呑み込め」


 悠長に相手の動きを待っていられないので、私は大波をトゥーラに差し向ける。私の左右を通って襲いかかる巨大な津波は、観客席すら呑み込まんばかりの大きさと高さだ。余裕でクルスたちも巻き込まれるだろうが、彼なら大丈夫だろう。なので私は安心して被害を気にせず全力を振るった。


「おりゃあ~っ!!」


 しかし、さすがというべきか。殺到する大波をトゥーラは正面から突き破った。大地を蹴り砕き暴風を纏って飛翔し、拳の一撃で津波を粉砕するというデタラメな手法で。

 その速度、力、やはり先ほどまでよりも遥かに向上している。遠目だからこそ動きを認識できたが、恐らく近付かれれば私の強化した反応速度でも対処できない。やはり遠距離から仕留めなければいけないな。


「渦を巻け――メイル・シュトローム」

「ぐお~っ!?」


 とはいえ、元よりただの津波程度で仕留められるとは思っていない。大波に穴を開けられた瞬間、私は即座に大波を渦潮へと変貌させた。突如地上に発生した渦潮に巻き込まれ、トゥーラが水に流されていく。


「えぇい、陰険な真似ばかりしおってからに~!」

「別に正面から力比べをしろなどというルールは無い。閉じろ――アクア・プリズン」

「がぼ~っ!?」


 まだ軽口を叩く余裕があるようなので、躊躇いなく追撃する。渦潮を形作っていた水を球体上に押し固め、その中に彼女を閉じ込めた。もちろん簡単には出られないよう、水の牢獄の内部でも渦を巻かせている。

 しかしこれでも彼女に対してはまだ不十分だろう。まだ足りない。


「沸騰しろ――ライズ・ヒート」

「っ~~!!」


 故に加熱の魔法を行使し、水の牢獄を沸騰させる。大量の蒸気が生じて水の牢獄の内部が見えなくなってしまうのが難点だが、激しい渦潮に蹂躙されながら熱湯に焼かれるのはなかなか堪えるはずだ。


「さて、これで終わりにはしないでくれよ?」


 念のために仕込み(・・・)を続けながら、立ち上る蒸気の中を窺う。

 初めは戦うつもりは無かったはずなのだが、今は不思議と高揚している自分を感じる。恐らくは容赦なく魔法をぶつけられる相手との戦いだからだろう。これだけ遠慮なく魔法を繰り出し戦えるのは、正直な所実に楽しい。その上で、戦闘スタイルこそ異なるが実力が近いのもまた素晴らしい。

 互いの策や技を互いに食い破り、鎬を削って高みを目指して戦う。悪くないね。私はバトルジャンキーではないはずなのだが……。


「――ハハハハハ~! ここまで戦える魔術師を見たのは初めてだ~! さっきのはさすがの私も死を覚悟したよ~!」


 などと思考が横道に逸れた瞬間、蒸気を突き破ってトゥーラが突撃してきた。肌の所々が熱湯で焼け爛れているにも拘わらず、実に楽しそうな笑顔を浮かべている。

 当初は私が気に入らないからこそ戦いを仕掛けてきたはずだというのに、今では私同様戦いを楽しんでいるようだ。やれやれ、私も類友という奴なのかもしれないな。


「切り刻め――エア・ブレイド」

「あま~いっ! それくらいは見えるぞ~!」


 迎撃として空気の刃を大量に放つが、それらは全て曲芸染みた動きで全て躱されてしまう。

 空気の流れで察しているのか? いや、見えると言ったからには目で反応しているのだろう。恐らくほんの僅かな空間の揺らぎから位置と数を察しているに違いない。


「次はこちらの番だ~!」

「クッ……!」


 百を超える空気の刃は全て躱され、吹き飛ばすために全方位に放った暴風は蹴りで真っ二つに裂かれ、私は彼女の接近を許してしまった。すでお互い拳の射程内。近接が不得意な私としては、この距離に近付かれた時点で負けに等しい。

 魔法を駆使して何とか距離を取ろうとしたものの、残念ながら向こうの洗練された動きの方が速かった。


「は~っ!!」


 私の左手首目掛け、彼女の拳が叩き込まれる。衝撃を操れるのだから触れる箇所はどこでも良いのだろう。極論私の指先を殴りつけ、心臓を破裂させる事だって不可能ではないはずだ。だが対策はすでに講じてある。


「む~っ!? 何だ、これは~!?」


 彼女が殴りつけた瞬間、私の左手首の内側から同じ強さの衝撃が生じ、叩き込まれた衝撃を完全に相殺した。操るべき衝撃が消えてしまったためか、彼女は目を丸くしている。それでも動きは止まらず拳や蹴りを何度も繰り出してくるが、結果は同じ。私の魔法の前に、彼女の技術は完全に無力化された。


「……リアクティブ・アーマー。君の攻撃に対して等しい衝撃を発生させる事で、威力を完全に相殺する魔法の鎧さ。即興で作った割にはなかなか使い勝手の良い魔法に仕上がったね。いや、どちらかといえば武装術の一種に分類されるのかな?」

「な~っ!? ず、ずるいぞ~! 私の強みを完全に潰しているじゃないか~!?」


 攻撃が通じず飛び退って距離を取った彼女に種明かしをすると、途端にそんな子供染みた言葉が返ってくる。

 さすがに内側から爆散したくは無いし、一度鳩尾を殴られた時点で彼女の技術の危険性は分かっていた。だからこそこのリアクティブ・アーマーの魔法を即興で創り上げたわけだ。彼女の対策として創ったわけだが、これは意外と通常の打撃に対しても効果がありそうだね。

 難点としては常時発動し維持する必要があるため、魔力の消費が少し気になるくらいか。打撃を受けた瞬間にのみ発動できれば大幅に節約できるだろうが、さすがに彼女相手にそこまで素早い反応は出来ない。


「これは命を賭けた戦いなんだろう? 何故わざわざ相手の得意分野で戦ってやらなければいけないんだい? そんなことより、足元がお留守になっているよ?」

「はっ!? こ、これは~!?」


 トゥーラが泣き言を零している間に、私は彼女の足元を氷結させていた。氷に包まれ、足が戒められる形で。

 彼女なら首から下全てが凍らされていようと一瞬で氷を割って脱出できるだろうが、その一瞬があれば構わない。


「焼き切れ――ブレイズ・リング」


 その一瞬で、私は彼女を取り囲むように炎熱のリングを六本形成した。彼女がそのまま動かずにいてくれれば、収縮した超高熱のリングに身体が七等分されるというわけだ。

 まあ、私としては避けて貰えた方がありがたいんだがね? だからこそわざわざある程度大きなリングを形成して、避けられる余裕を用意してあげたのだから。


「ぬお~っ!? 食らうか~!!」


 期待通り、トゥーラは地面が抉れるほどの跳躍を決めて狭まる炎熱のリングから逃れた。跳躍の直前、彼女の足を戒めていた氷の強度を大幅に引き下げたため、恐らく彼女自身の想定以上の跳躍を決めてしまったはずだ。彼女の跳躍は観客席が一望できるであろうほどの高度にまで達している。


「……ん~? これは~……まさか~っ!?」


 そして、そこまでの高度に達した事で天井の異変に気が付いたらしい。この地下闘技場の天井を満たす黒雲に気付き、顔色を変えていた。

 これこそが私の仕込みの正体。私がアクア・プリズンを沸騰させたのは何も彼女を焼き殺すためだけではない。水蒸気を発生させ、雲を発生させる条件を創るためだ。とはいえ幾ら何でも天井を満たすほどの黒雲を、これほどの短時間で自然発生させる事はできない。五割ほどは魔法で直接形成を補助した結果だ。迎撃や攻撃の魔法に紛れて条件の達成や形成の補助を行ったため、多少時間はかかってしまった。

 しかしここまでくれば最早隠す必要もない。もう一つ必要なのは、黒雲が雷雲へと変わるイメージ。


「ライトニング・ボルト」

「ぬお~っ!?」


 故に私は、杖先から上空へと一筋の雷撃を放つ。トゥーラは即座に宙を蹴って避けたが、最初から彼女を狙った一撃ではない。私の放った雷撃は黒雲へと吸い込まれ、差し詰め雲間から見える稲光の如き光を発した。

 その瞬間、私のイメージはあれが黒雲ではなく雷雲だと塗り替えられる。雷雲は先ほどの電撃を雲間で走らせているかのように、ゴロゴロと重く不吉な音を鳴らしていた。


「あ~っ!? マズイ、速く地面に~!」


 次の展開が予想できたのか、トゥーラは宙を蹴って一目散に地面へと降りようとしていた。だが遅い。雷は彼女よりも速いし、何より地上に降りても無意味だ。これは自然発生した雷雲ではなく、意図的に創り出した私の支配下にある雷雲なのだから。


「終わりだ――ライトニングフォール・インフィニティ」

「ああああぁあぁあぁぁぁああぁぁっ!?」


 瞬間、雷雲から巨大な稲妻が絶え間なく降り注ぎ、トゥーラの身体を貫いていった。途切れぬ轟音が巻き起こり、視界が白一色に染まる。

 無から放つ稲妻ではなく、雷雲から放つ稲妻。その分イメージは遥かに明瞭で強固であり、威力も規模も桁違いだ。それでいて魔力の消費は控えめなのだから素晴らしい。雷雲の形成までに時間がかかるのと、形成までに要する魔力が多めなのが難点だが……まあ、即興で創った魔法にしては上出来だろう。


「……ふぅ。これほど数多くの魔法を用いた戦いは久しぶりだね。なかなか楽しかったよ」


 千を超える落雷を叩き込んだ後、私は奇妙な充実感に浸りながらトゥーラにそう声をかけた。ここまで遠慮なく数々の魔法を放った戦いは久しぶりだったからだ。実力もほぼ拮抗していたため、相打ちだった大天使ラツィエルとの戦いとは異なり、一種の清々しささえ感じるよ。だからこそ私は自然と頬を緩ませ、彼女に声をかけた。


「……おや?」


 しかし、彼女の姿はどこにも無かった。あるのは地面が深く抉られ焼け爛れ、高熱を発し融解している光景だけだ。

 どうやら夥しい稲妻に身体を焼かれ、塵となってしまったらしい。ふむ……やはり千回に渡る落雷は過剰だっただろうか……?

 






「お疲れー。どうだった?」


 観客席のクルスの元へ足を運ぶと、そんな気の抜けた労いの言葉がかけられた。

 一体誰のせいでこんな殺しあいをする羽目になったと思っているんだ。他にかけるべき言葉はないのか、全く……。


「何を聞いているのか分からないが、とりあえず彼女に関してならすでに超一流の強さを持っていると思うよ。ここまで手こずらされたのは久しぶりだ。ただまあ、経験の差というやつが出たね。私は彼女より人生経験も場数も豊かだ。それが勝敗を分けた要因だろう」

「魔法陣載せた本使わなかった癖に、良く言うよ……」


 トゥーラと戦った所感を述べると、クルスは呆れたような顔をしてそう指摘してきた。要するに『本気を出していない癖に何を言っているんだ』という意味だろう。

 とはいえ別に本気を出していなかったわけでは無いし、アレはそもそもこんな場で使うために綴っている物ではない。言うなればここ一番の決戦兵装。とてもではないがくだらない茶番の末に発生した、正妻を決めるための戦いで使うつもりにはなれないね。


「久しぶりー、カルナちゃん!」


 クルスに呆れた視線を向けられていると、その隣から見知った顔が飛び出してきた。幼い少女特有の丸い顔に、くりくりとした大きな桃色の瞳。そして可愛らしい桃色の髪と、側頭部から生えた大きな角。

 一目見れば忘れることは無い。幼いサキュバスの少女、リアだ。


「ああ。久しぶりだね、リア。元気だったかい?」

「うん! リアはね、最近はすっごく幸せで堪らないの! ご主人様とリリスちゃんのおかげで、立派な大人のサキュバスになれたんだよ!」

「そうか。それは良かったね」

「えへへー……」


 頭を撫でてあげると、リアは感触を楽しむように瞳を細める。

 こんな幼い少女の純潔を散らすとは、やはりクルスは外道の極みだね。とはいえリア自身が非常に嬉しそうだし、笑顔も大いに輝いている。何より話を聞く限りだと、サキュバスにとって性交は生きる上で必須の営みだ。それに嫌がっていないどころかとても幸せそうだし、彼を責める必要は無さそうだ。


「……チッ。テメェが勝ったか」


 などという不機嫌そうな呟きに目を向ければ、クルスの隣に座っている赤髪の少女が睨みを利かせてきていた。

 彼女はキラ。悪名高き連続殺人鬼ブラインドネスであり、実際は魔獣族でもあった生粋の精神異常者。その深紅の瞳から放たれる眼光はとても鋭く、まるで研ぎ澄ませた刃のようだ。しかし彼女の赤い髪の間から生えている可愛らしい猫耳のおかげで、だいぶ軽減されているね。


「すまないね。正妻云々はどうでも良いんだが、手を抜いたらそれはそれで確執になりそうだったからね。手加減はせずにやらせて貰ったよ」

「本気は出してねぇ癖に良く言いやがる……」

「ねー? 馬鹿にしてるよねー?」


 私の発言にキラは更に不機嫌さを増し、クルスが煽る様に賛同する。この二人は何だか面倒そうなのでもう放っておくことにした。すると、自然と残りの一人に目が行くのだが――


「……久しぶり」


 その人物――可愛らしいウサミミを持つ赤い瞳の少女が、リアの隣から挨拶をしてきた。境遇は勿論の事、色素の薄い白髪も相まって実に幸が薄そうだ。

 彼女はミニス。この狂ったメンバーの中で唯一まともな精神を持つ、ごく普通の少女だ。家族を守るためにクルスの真の仲間となったようだが、この疲れ切った表情を見るにだいぶ苦労しているらしい。


「ああ、久しぶりだね。めでたく、と言って良いのかどうかは分からないが、君もクルスの仲間になったのだったか。必要に迫られての事で甚だ不本意だろうし、慣れ合うつもりは無いのかもしれないが、私は君を歓迎するよ」

「ん……ありがと。でも、正直あんたとは仲良くしたいと思ってるわ。他が大概イカれてて、まともに話の出来ない異常者ばっかりだから……」


 わりと切実な呟きを零し、彼女は私に対して縋るような目を向けてくる。捕らえた当初は聖人族に対する敵意を剥き出しにしていたというのに、今ではすっかり丸くなってしまったようだ。それ自体は良い事なのだろうが、丸くなるまでの経緯を考えると同情しか浮かばないね……。


「君も苦労しているようだね……ああ、これは私の携帯の番号だ。何か辛いことがあったらかけてくると良い。話くらいは聞いてあげよう」

「やめて? そんな優しくされたら泣きそう……」


 私の携帯の番号を記した紙を渡すと、ミニスは涙ぐみながらそれを受け取った。やはりとても苦労しているようだ。現状ではクルスが言うツッコミ役を一手に引き受けているのが彼女だからね……後でもう少し優しく接するよう、クルスに頼んであげるべきかな……。

 などと彼女たちと挨拶を交わしていると、アリーナの方から私たちがいる観客席に何かが跳んできた。見ればそこに立っていたのは、一糸纏わぬ姿のトゥーラ。どうやらクルスの蘇生と再生の魔法によって塵から戻ることはできたが、服は戻らなかったらしい。


「いや~、参った参った~。まさかあそこまで情け容赦なく屠られるとは思ってもいなかったよ~……」


 ぶつかり合った事で私に対する敵意も消えたのか、朗らかな笑顔を浮かべてそんな言葉を零す。

 やはり過剰な攻撃だっただろうか。とはいえあそこまでしなければ彼女を倒せそうになかったのだが……。


「しかし負けは負け。悔しいが、主の正妻の座は君に譲ろ~……」

「別にそんなものはいらないんだが……」


 そして彼女は非常に悔し気な顔をしながら、私にクルスの正妻という路傍の石ころよりも不必要なものを押し付けてきた。

 私は最初からいらないと言っていたというのに……これは千発と言わず一万発ほど雷を叩き込んであげるべきだったかもしれないな。何なら今からでも残りの九千発を叩き込むのもありかもしれない。


「だ~が~! 私は絶対に諦めないよ~! いつか君を正面から打ち倒し、必ずや主の正妻の座を手に入れる~! それまで正妻の座は君に預けた~!」

「しかもまたいつか仕掛けてくる気なのか。全く……君はつくづく特殊な人間たちに愛されているね、クルス?」

「嬉しくない……」


 皮肉を込めてそう言ってやると、クルスは肩を落として落胆していた。

 とはいえその目はチラチラと全裸のトゥーラに向けられているので、やはり似た者同士という事なのだろう。いや、その場合は仲間である私も似た者同士に入ってしまうのか……それは少し、遠慮したいな……。





正妻戦争、決着。カルナちゃんの勝利です。

ちなみにこの章、バトル好きではない方には申し訳ないですがバトル回があと二回あります(1、2などの続きは纏めて一回としてカウントした上であと二回)。そして全部違う人たちのバトルっていう……。


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[一言] カルナつよっ。ボコボコにされると思ってた…
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