レーンVSトゥーラ1
⋇レーン視点
⋇安定のバトル回
「ライトニング・ボルト」
戦いが始まると同時、私は雷を放つ魔法で先制を試みた。
すでに戦いの前から思考速度と反応速度を強化する魔法――オーバー・リフレクシスを行使しているとはいえ、相手は素の肉体の力が聖人族を遥かに上回る獣人だ。それも種族の肉体的強さに驕ることなく鍛錬を重ね、神がかり的な肉体操作技術をも手にした正真正銘の強者。正直戦う気はあまり無いが、はらわたを引きずり出されたくはないのでこちらも本気だ。
「おっとぉ~!」
杖の先から迸った細い稲妻は、残念ながらトゥーラの身体を貫くことは無かった。恐らく私が杖を向けた時点で回避行動を取っていたのだろう、あっさりと身を翻して躱されてしまった。幾ら放たれる前に反応していたとしても、雷速を躱すとは驚いたね。
「……さすがは獣人。身体能力も反応速度も桁違いだ」
「お褒めに預かり光栄だ~。まあ、だからと言って手加減はしないがね~?」
ニヤリと笑ったかと思えば、彼女は一気に駆け出した。狙いを付けさせないためか、私の元へ真っすぐではなく右へ左へ縦横無尽に。その速さと挙動も相まって、まるで彼女自身が一条の稲妻と化したようだ。その動きだけでも洗練された足運びなのが容易に見て取れる。
おまけに視界に収まっているというのに、度々その姿を見失いそうになってしまう。これはもしや視線を誘導されているのか? 技を身に着けた獣人というのは本当に厄介だね。
「ストーン・ピラー」
即座に対処法を決めた私は、前方の広範囲に渡って巨大な石の柱を地面から生成する。高さは成人男性の身長と同程度。円周は両手で囲める程度。そして数は百本だ。
「ふふ~ん。こんなもの、障害物にすらなりはしないね~!」
地面からせり上がってきた石の柱を軽やかに躱しながら、彼女は変わらず距離を詰めてくる。むしろ石の柱を蹴り飛ばす形で加速を重ね、視線を遮るカーテン代わりにして速度と隠密性を上げる始末。
傍目から見れば、私の手落ちだと思われるだろう。だがそれは違う。私はあえて石の柱同士の間隔を開け、彼女を密集地帯に飛び込ませたのだ。
「――爆ぜろ」
「むっ!?」
私がそう呟いた瞬間、百本に及ぶ石の柱は全て内部で爆発が引き起こされたように盛大に弾けた。同時に大量の石の破片が高速で周囲に飛び散る。
距離もあるので私は回避できるが、石の柱の密集地帯の中央にいたトゥーラは別だ。四方八方から襲い来る石の破片に逃げ場を無くし、足を止めていた。
姿を捕えることが出来ないのなら、全方位からの攻撃で仕留める。それが私の対処法だ。
「――はっ!」
だがやはり彼女は一筋縄では行かなかった。気合の入った掛け声と共に勢いよく片足を地面に打ち込んだかと思えば、発生した衝撃によって殺到する石礫の勢いが完全に殺された。
あれは確か、震脚という技術だったかな? 魔法も使わず今の攻撃に対処するとは、少々プライドが傷つけられたような気分だね。
「お返し、だ~!」
速度を殺されふわりと浮いてた石の破片が、トゥーラによって蹴り飛ばされ投げ出されこちらへ殺到してくる。
あれらは全て、元は私が働きかけて作り上げた石の柱の破片だ。干渉は容易、消すのも容易。だがあの破片の数々にはもう少し働いてもらうつもりだ。
「――リバーサル」
故に、私は殺到する石礫の運動ベクトルを反転。速度はそのままに元来た軌道を逆戻りさせた。
しかし相手は四方八方から殺到する石礫にさえ対処した者。容易に躱され粉砕され、再び私への疾走を始めんとしていた。
「……クラッシュ・アース」
「ぬおぉ~っ!?」
さすがに彼女に接近を許すのはよろしくない。故に私は前方の広範囲に渡って地割れを引き起こし、彼女を大地の顎に飲み込もうとした。
だがさすがの反応というべきか。彼女はおかしな声を上げつつも、崩れて行く大地を足場に蹴り上がり、岩盤に飲み込まれる事態は避けていた。そうして巨大な窪地と化した穴の中に、全くの無傷で降り立つ。
これだけやって掠り傷一つ負わせられないとは、なかなか悔しいね。やはり本気でやるしかないようだ。
「随分派手になってきたね~? だがこれくらいで足止めできるとは思わないことだね~?」
「もちろん。この程度で足止めできると思うほど君を見くびってはいないさ」
窪地の中から私を見上げ睨みつけてくるトゥーラに対し、私はそう語り掛けた。同時に周囲に散らばる石の柱の破片と、窪地にするために周囲に押しのけられた土砂に対して魔法で働きかける。ひたすらに熱く燃え上がり、溶解するほどに熱を放てと。
「エンバード・ラーヴァ――溶岩の海に沈むと良い」
「むっ!? これは~!?」
そうして創り出した大量の溶岩を、窪地に上から叩き込む。人体など瞬く間に燃え上がり溶けてしまう超高温の溶岩に呑まれ、彼女の姿はあっという間に見えなくなる。
だが油断はしない。最後まで溶岩を注ぎ、窪地を完全に満たすまで手は止めなかった。吹き付ける熱気に汗を流しながらも、溶岩が冷えて黒く固まってきても神経を張り詰めさせ警戒する。
「――ま~だ~だ~っ!!」
やはりと言うべきか、トゥーラは冷えた溶岩の膜を突き破り天高くへと舞い上がってきた。所々肌が焼け爛れ、服も焼け焦げている所が見受けられるが、溶岩に呑まれたにしてはかなり軽傷だ。
恐らく咄嗟に全身から膨大な魔力を放ち、鎧として用いる事でダメージを軽減したのだろう。実際今も彼女の身体からはかなりの魔力が迸っている。クルスの話では彼女は魔法も魔力も使わないとの事だったが、どうやら彼女にその拘りを破らせてしまう程度には危機感を与えてしまったようだ。早々に仕留めないと厄介な事になりそうだね。
「巻き上がれ、ラーヴァ・トルネード」
彼女が空中にいる内に仕留める事にした私は、溶岩を竜巻の如く巻き上げ彼女を飲み込もうとした。表面は冷えて黒ずんでいたが、内部はまだ十分に熱を持っている。加えて周囲に散らばっている岩塊も巻き込み、殺傷能力を引き上げて溶岩の渦を彼女に伸ばす。
「えぇいっ! もうそんな殺意の高い魔法を食らって堪るか~!」
足先に溶岩の渦が届く、その瞬間に彼女は弾かれたように宙を駆った。見間違いかと思ったが、彼女はそのまま雷の如き挙動で宙を駆けていた。
アレは、自分を弾いているのか? いや、違う。宙に足場があるように踏み込みの姿勢を見せている。恐らくは足元の空気を一瞬だけ固め、それを足場にして跳んでいるのだろう。尋常でない反応速度と肉体・魔法の精度が必要になる荒業だ。よくもそれを実戦であそこまで連続して使えるものだね。
「何て馬鹿げた挙動だ。さすがはクルスの仲間だけはある……」
宙を駆け迫ってくる彼女に対して迎撃を試みたが、立体的に動き回られてはいまいち狙いが定まらない。故に私は広範囲を纏めて一掃する方向に転換しようとしたのだが、判断が少々遅かった。そのための魔法を放つ直前、彼女は一気に加速して私の真正面に降り立ったのだから。
「とりゃ~っ!!」
「ぐっ……!?」
そして流麗かつ素早い動きで、腰の入った打撃を放ってきた。咄嗟に躱そうとしたが速すぎて避けられず、私は腹に彼女の拳を受けてしまう。
直後、腹の中で何かが蠢き震える感覚。彼女は衝撃を操る技術を持っている。これは恐らく、彼女が叩き込み炸裂させようとしている衝撃だ……! それを許せば胴が破裂する! ならば、衝撃を相殺すれば良い! インパクト!
「ごふっ――エクス、チェンジっ!」
自ら腹の内部に衝撃を発生させる事でその一撃を相殺した私は、過剰に発生させた衝撃に自らダメージを負いながらも回避行動に移った。遠くに散らばる石の柱の欠片、それと私の位置を交換する転移魔法で距離を取る事で。
咄嗟だったために衝撃を上手く調整できなかったか。しかし腹が破裂することに比べれば遥かにマシな結果だね。
「……やれやれ、とんでもない化け物だ。異常な性癖を持っているにも拘わらず、君が侍ることをクルスが許しているだけはあるね」
「そういう君も大概化け物じゃないかい~? まさか溶岩に沈められるとは思わなかったし、衝撃を相殺されるとも思わなかったよ~。胴体が弾け飛ぶ勢いでやったんだがね~?」
お互いに傷を負った身体を治癒魔法で癒しながら、遠く離れた位置で会話を交わす。
向こうはどういうつもりで会話に応えているのか分からないが、私は今の内に今後の策を練っている所だ。彼女は生半可な攻撃では仕留められず、またそもそも当たりすらしないだろう。ならばもう少し派手にやるべきかな。
「それに、まさか私が魔法を使わされるとは思わなかったな~。魔将の時といい今回といい、いやはや世界は広いものだね~……」
「それについては私も同意見だ。ただ世界は広くとも、人々の心は酷く狭いがね。全く嘆かわしい事だ」
どれだけ世界が広くとも、人々の心には敵種族への敵意が根付いている。それを揶揄した言葉を口にすると、彼女はおかしそうに笑った。
「いやいや、それを何とかするために私たちが主と一緒に頑張るんじゃないか~。そうでなければ私達は用無しになってしまうよ~」
「そうかい? 何だかんだで彼は酷く固執するタイプのようだし、役立たずになった所で切り捨てはしないと思うがね。うちの居候の大天使が良い例だ」
頭の中がお花畑、人を一人殺しただけで心が壊れる。そんなあまりにもまともで扱いづらいハニエルを、クルスは未だに切り捨てない。彼女が女である以上、男であるクルスにとっては十分に価値があるのだろう。
トゥーラも趣味や性癖は脇に置けば、見目麗しい少女には違いない。用無しとなっても切り捨てられることは無いはずだ。
「例えそうだとしても、私は主の役に立つのが至上の喜びだからね~。できれば用無しになってしうまう事態は避けたいのさ~」
「やれやれ、アレの役に立つ事が喜びとは……君は随分と変わった人だね」
「ハハハ、よく言われるよ~?」
最初の私への敵意はどこへやら、朗らかに笑って答えるトゥーラ。どうやらこの殺し合いで多少なりとも私を認めてくれたようだ。
しかしそれはそれとして戦いを止める気は無いらしい。再び構えを取り腰を沈めた彼女は、先ほどよりも険しい目付きで私を見据えてきた。
やはりどちらかが死ぬまで止める気は無いようだ。仕方ない、私も幾らかプライドを刺激されているし、満足するまで付き合ってあげよう。ちょうど策も固まった所だ。
「――さ~て、それでは続きを始めようか~? ここからは本気で行かせてもらうよ~?」
「ではこちらも遠慮はしないよ。本気で行かせてもらおう」
そしてお互いに魔力を放ち、自らのイメージを具現する。こちらは魔法を行使するに当たって少々複雑な手法を取っているので、残念ながら発動は向こうの方が僅かに早かった。
「――ストラグル・インカ~ネイショ~ン!」
そう叫ぶと共に、トゥーラの全身から炎の如きオーラが迸る。
見た目から効果の判別はできないが、本人の戦い方と性格から考えて恐らくは肉体強化系の魔法だろう。彼女の技への対抗策はすでに用意してあるが、できれば接近は許したくないね。
「――タイダル・ウェイブ」
そして私の方は、巨大な津波を背後に率いる。最早魔力の節約など考えていられる相手ではないため、魔力の消費は度外視し無から生み出した大津波だ。さあ、全てを飲み込む大自然の脅威にどう抗う?
何か200話以上書いてようやく魔法がバンバン使われるファンタジーらしいバトルを書いてる気がする……。