ウォー・オブ・ワイフ
「ただいまー。戻ってきたよー」
涙なしには語れない感動の再会を終え、僕はレーンを引き連れてマイホームへと戻った。
あ、ちなみにハニエルはお留守番だよ。レーンが眠らせたみたいだし、連れてきてもただただうるさそうだしね。連れてくる意味は特に無いなって。
「お~、お帰り主――むっ!?」
満面の笑みでお出迎えしてくれたトゥーラだけど、何故か次の瞬間には険しい顔で凍り付いた。どうしたんだろうね? コイツの考える事は良く分からん。
「やっぱそいつだったか。よぉ、元気か?」
「そうだね。頭のおかしい男からしばらく離れていたおかげで、すこぶる快調だよ。君の方も元気そうで何よりだ」
キラに関しては普通にレーンとフレンドリーな挨拶を交わしてる。いまいち戦績が悪くて役に立ってない感じのキラは、国境での別れ際にはレーンに対してちょっと喧嘩腰というか挑戦的な感じだったっけ。さすがに時間が経って落ち着いたのかな? まあ結局戦績は悪いままだけどね。
「……主~、その女は誰なのかな~?」
凍り付いてたトゥーラが再起動したかと思えば、妙に敵意を溢れさせながら尋ねてくる。まさか主である僕に対して敵意を抱いてんのかぶっ殺すぞって思ったけど、トゥーラが睨んでるのは僕じゃなくて隣のレーンだった。あー、そういえばコイツらは初対面だったか。
「こっちのいかにも魔術師って感じの奴は、レーンカルナ。魔術大好きな僕の真の仲間だよ。で、こっちのクソ犬はトルトゥーラ。SもMもいける両刀使いでありながら、ギルドマスターっていう役職についてた武術特化の変態だよ」
「ああ、君がクルスの言っていた……」
とりあえず二人にそれぞれ紹介すると、レーンは納得の声を零した。トゥーラにはレーンの事話してないけど、レーンにはトゥーラの事結構話したからね。具体的には冒険者ギルドでのギルマス暴行事件の詳細とか。
「……何はともあれ、私たちは仲間という事になるね。よろしく頼むよ」
「む~……!」
「……何だい?」
「分かったぞ~! 君も主の正妻の座を狙っているんだな~!?」
「……は?」
レーンの挨拶を無視して唸ってたかと思えば、突然指を突き付けてそんな事を言い放つトゥーラ。
あーあ、思考がぶっ飛び過ぎててレーンが理解できないって感じの顔してるよ。背景に宇宙が見えてもおかしくないくらい理解できてなさそう。ちなみに僕も理解できない。
「隠しても無駄だ~! 主の隣にいるのが当然とでも言うような、その落ち着き払った態度~! この私がいるにも拘わらず、自分が正妻だと信じ切っている澄ました瞳~! 私には分かる~! 君こそが最大の強敵だとね~!」
「……いや、別に私は――」
「だ~が~! この私の目が黒い内は、主の正妻の座を譲る気は無いよ~! 文句があるのならかかってきたまえ~! 相手になってやろ~!」
「……誰か助けてくれ。彼女は話が通じない」
ボクシングのような構えを取って左右にステップを踏み始めたトゥーラに、レーンは早々に匙を投げた。ツッコミ役がツッコミを放棄するって相当じゃないかな。
しかし、なるほど。トゥーラはレーンが正妻だって思って警戒してるのか。まあぶっちゃけ異常性癖の犬猫とどっちが良いかって言われたら、そりゃあ僕はレーンを選ぶよ。当たり前だよなぁ?
「話が通じないなら戦って捻じ伏せれば良いじゃん?」
「だな。あたしも全力でやりあうお前らを見てみてぇ」
それはそれとして、僕はこの正妻戦争の結果が気になるから躊躇なくやり合う事を勧めた。キラも僕と同意見みたいだね。
そもそもの話、この二人は性格とか戦い方はほぼ対極に位置する感じの存在だ。レーンはクールで物静かな魔術特化型、トゥーラは陽気でうるさい物理特化型。その上二人とも自分の技をかなり研鑽してる。戦ったら絶対面白そうじゃん? 魔法と物理、果たしてどっちが強いのかみたいな?
「仮にそうするとしても、まずは誤解を解いてくれないかい? 要らぬ怒りを買いそうで不安なんだが?」
「よし、分かった」
何かレーンはいまいち気が乗らない感じだから、ここは戦いを避けられなくする事にした。具体的には――
「トゥーラ。実はコイツ、僕がこの世界にきて初めてキスした相手。ちなみに僕のファーストキスね?」
「おい」
レーンと肩を組んで、コイツがファーストキスの相手だとトゥーラに伝える事で。何か耳元で短くドスの利いた声をかけられたけど気にしない。
予想通りトゥーラは相当なショックを受けたみたいで、犬耳と犬尻尾の毛を逆立てて驚愕の表情を浮かべてたよ。
「な、何だって~!? 貴様~、何と羨ましい事を~! こうなったら決闘だ~! どちらが真の正妻か、はっきり白黒つけようじゃないか~!」
「私としては君が正妻で一向に構わないし、むしろ私はクルスの女でなくても一向に構わないんだが……話を聞く気はないんだろうね……」
トゥーラは完全にやる気になったのに、レーンはいまいちテンションが低い。ていうか僕の女じゃなくても良いってマジ? そんなの許さないよ? お前は例え転生しようと未来永劫僕の女だからね?
「よーし、トゥーラ対レーンの決闘だ! コイツはとっても見物だぞ! キラ、ミニスとリアも呼んできて! 皆で観戦しよう!」
「おう。ちょっと行ってくるぜ」
せっかくだからみんなで観戦する事にして、キラにロリコンビを呼びに行かせる。
レーンはいまいち戦う気が無いみたいだけど、そんな事は許さないゾ? しっかり僕の正妻を巡って戦って貰うからなぁ?
「はあっ……どうしても彼女は私と戦いたいようだし、君らも戦わせたいようだね。だがそんな場所があるのかい?」
「大丈夫。この屋敷の地下三階に闘技場を創ってあるから」
「どうしてそんなものを自宅の地下に創っているんだ、君は……」
「こら~! 主と何をイチャついているんだ~!?」
レーンと肩を組んだままお喋りしてると、唐突にトゥーラの手で引き剥がされる。どうやら僕らがイチャイチャしてるように見えたらしい。嫉妬丸出しの表情で僕らの間に入って、レーンをこれでもかと威嚇してたよ。結構可愛い所あるじゃないか?
「さあ、やってきました地下闘技場! 創ったばっかりなのにちょっと使用頻度高すぎない!? ここ闘技場だよ!?」
ギャラリーも揃えて闘技場に移動した僕は、その使用頻度の高さに思わずツッコミを入れた。たぶん寝室とか風呂とか必須の設備を除くと、一番使われてるのがこの闘技場だと思う。どいつもこいつもバトルジャンキーで困るよ、全く……。
「わーっ! カルナちゃんもトゥーちゃんも頑張れー!」
「アイツ久しぶりに見たわね……まあ、どっちを応援するかって言ったらこっちよね。レーン、だっけ? そのクソ犬をぶっ飛ばせー!」
「トゥーラ! そんな奴に負けんじゃねぇぞ! 叩きのめせ!」
「おおっ、応援は半々ってとこかな。僕もどっちも応援してるし」
観客席ではキラとロリコンビが思い思いの応援を二人に投げかけてる。意外な事に応援は偏ってない感じだ。リアと僕はどっちも応援してて、ミニスはレーン、キラはトゥーラを応援してるみたいだからね。
ただリア以外はどうにも物騒な応援してるなぁ。ぶっ飛ばせだの叩きのめせだの。皆さん血の気が多いようで。
「クックック~。貧弱で脆弱な聖人族風情が主の正妻を狙おうとはおこがましいね~。私が身の程を分からせてあげようじゃないか~?」
アリーナの中央。レーンと向かい合ったトゥーラが両手に手甲を装着しながら、かなり凶悪な笑みを浮かべてる。
これは本気で殺りに行くつもりなんだろうなぁ。殺気が段違いだもん。何でそんなにレーンが気に入らないのかは分かんないけどさ……。
「……こんな事を言っているが、良いのかい? 本当にこれが君の真の仲間なのかい?」
トゥーラの殺気を一身に受けてる割には未だ冷静なレーンが、差別的な発言に顔を顰めながら僕に尋ねてくる。
しかしコイツも大概大物だよね。普通は尋常じゃない殺気をぶつけられたらもっと何か反応を示しても良いと思うんだけど……。
「大丈夫。あくまで罵倒として若干差別的な言葉を使ってるだけで、コイツはただ単にお前が気に入らないだけだから」
「それはそれで問題があるんだが……何故私がここまで嫌われなければならないんだ……?」
「む~っ! また主とイチャついているな~!?」
最早トゥーラは全てが気に入らないみたいで、僕がちょっとレーンとお喋りしただけで地団駄踏み始めた。
しかし本当に何なんだ。もしかして犬的にはご主人様に突然つがいができて認められない感じなのかな? キラも微妙にそういう所あるし、獣人って意外と難儀だなぁ……。
「さて、それじゃあ防御魔法は解除っと――ルールやこの階層の作りは予め説明した通りだよ。二人とも、準備は良い?」
「もちろんさ~。内臓を引きずり出してやろうじゃないか~」
「はあ、本気でやるしかないな。これは降参させてくれそうにない……」
ナイフを持ってたら刀身を舐めてそうなくらいノリノリでやる気のトゥーラに対して、テンション駄々下がりでいまいちやる気が感じられないレーン。
ただレーンとしても一方的に嬲られるつもりはないみたい。空間収納から魔石付きの杖を取り出して構えた時には、惚れ惚れするくらいに真剣な目付きで戦意を放ってたよ。ゾクゾクしちゃうねぇ?
「それじゃあ――始めっ!」
二人が一定の距離を取った所で、僕は開始の合図を口にした。それと同時に、一息に観客席へと跳んで戻る。
さてさて、魔法VS物理。果たしてどちらが勝利を掴み、僕の正妻になるのかな?
突発的に始まった正妻戦争! 見事クルスの正妻の座を掴むのはどっちだ!?