魔将と魔将
「おっと、電話だ。誰からだろう」
犬猫がスライム狩りに出かけた少し後、ちょっとリビングでだらだらして休んでたら電話がかかってきた。今日は電話がいっぱい来るねぇ?
「おお、ブラザーからじゃないか。まだ日は高いけど起きたのかな?」
携帯の液晶を見れば、電話をかけてきてるのは我が兄弟。女運ゼロにして死体愛好家の吸血鬼の真祖、魔将バールだ。
まだ日は随分高い時間帯なのに電話をかけてくるなんてどうしたんだろうね? 吸血鬼って事もあって基本は夜型のはずなのに。
「はい、もしもし」
『ほう? 本当にこれで会話ができるのだな。こちらが魔力を使う必要も無く遠距離の相手と会話を交わせるとは、なかなか素晴らしい魔道具ではないか』
「魔力はこっち払いだからね。もしかしたら結構な魔力を消費してるのかもしれないよ? まあ僕はそんなの分からないけどさ」
通話を開始すると、まず聞こえてきたのは感嘆の声。自分は魔力の消費無しに遠隔会話出来るからか驚いてるよ。まあ一般的な遠隔通信の魔道具って、使ってる間は全員がずっと魔力を消費してるらしいからね。驚くのも無理はない。
「それでどうかしたの? 何かあった?」
『うむ。我は深く眠っていた故聞き逃したが、貴様が邪神を騙った声はこちらにも届いたぞ。おかげで中途半端な時間に目覚めさせられ、魔王との会議に参加させられてしまった』
「あはは、ごめん。でも昼にやらないと意味無いからさ?」
素直に悪いとは思ったけど、それは仕方のない事だ。だって真夜中にやったら大体夜勤の人か吸血鬼しか聞いてないじゃん? 夜勤で大変な人を脅かすのはちょっと気が引けるし、邪神の声を届けたいのは吸血鬼だけじゃなくて全ての種族にだ。だからわざわざ朝方にやるしかなかったんだよ。
『分かっている。我もそれを責めるつもりは無い。それよりも貴様、魔王城で一体何をした?』
「え? 何の話?」
許されたかと思えば、唐突な話題転換。何か僕が魔王城でヤバい事をしたみたいな感じに言われてる。
ヤベェ、僕何かやったかな? 不法侵入、強姦、婦女暴行、誘拐……うん、ヤバい事しかしてないな! とりあえずごめんなさいしよう!
『ごく限られた者しか知らぬ、魔王城地下最深部に眠る魔将の一人……アレが、忽然と姿を消したそうだ。貴様が顔を見に行くと言っていた存在がな?』
「あ、何だその事か。びっくりした。僕が働いた諸々の悪事を責められたのかと思ったよ」
思ってたのとは違ったから、僕はほっと胸を撫で下ろした。実は何だかんだで魔王城初侵入の時だけじゃなく、あれから更にもう一回メイドを漁りに行ってたりするからね。これまで三人、魔王城のメイドを手にかけたわけだし。
『……まさか、アレを殺したのか? いや、責める気は無いが……よく無事であったな? アレの凶悪性は直に顔を合わせたであろう貴様が一番理解しているだろう?』
「そだね。アレは凶悪だよね……」
電話だってのに若干声を潜めた感じのバールに、僕も思わず賛同する。
うん、アレは本当に酷かったからね。姿を視認したら恐怖に襲われ、声を耳にしたら吐く。バールがいまいち名前とか詳細を教えてくれなかったのも分かるよ。できれば思い出したくも無かったんだろうねぇ。まあ僕には効かなかったけど。
「でも殺してはいないっていうか、うーん……ちょっと待っててね? おーい、ベルー!」
ただ誤解は解いておかないといけないし、僕は直接ベルと話させてあげる事にした。メイドとして引き抜いたよ、って言ってもいまいち信じて貰えないだろうしね。だから一旦保留にして、大きな声でベルを呼んだ。
「――呼んだか、ご主人様よ?」
するとほんの三秒くらいでリビングの扉を開けて、ベルが姿を現した。コイツ基本的に僕が屋敷のどこにいても、呼べば数秒で来るんだよね。ちなみに今日の装いは白髪青目のトゥーラになってる。まともなトゥーラって何か違和感が滅茶苦茶凄い……。
「うん。今この携帯電話――魔道具を通して、魔将バールとお話をしてるんだ。コイツは僕の真の仲間になった奴だから、ちょっと挨拶してやってよ。どうにも僕がお前を殺したって思ってるみたいだからさ」
「ほう、アイツか……良いだろう。では、私の素の声で挨拶をしてやらなければ失礼だな?」
どうやら精神攻撃する気満々みたいで、ベルはニヤリと笑いながら喉に手を当てる。どうやら姿はそのままで声だけ素に戻すみたい。しかし電話越しでも音波攻撃は有効なんだろうか。だとしたらマジでヤバい兵器だな。
「とりあえずスピーカーフォンにして、っと……はい、どうぞ」
『――私ガ殺さレテいタ方が良カッたか? 残念ダったな、ばールヨ?』
『ぐっ、う……!?』
僕が差し出した携帯にベルが鳥肌立つような悍ましい声で囁くと、途端に電話の向こうから苦鳴の喘ぎが聞こえてきた。なるほど、携帯越しでも有効だと。じゃあやっぱり魔道具使った遠隔会議にも参加させられないんだね、コイツ。
「……隣で聞いているというのに、眉を顰める程度で済むご主人様は本当に規格外だな?」
「僕は魔法で防御してるからそういうのじゃないよ。だからってあえて解除して聞いてみる気もしないけど」
どこか嬉しそうに、トゥーラの声に戻して口にするベル。素の声でも会話ができる僕の存在が、コイツの中ではかなり大きいんだろうなぁ。
しかし実際の所、防御魔法を解除して聞いたらどうなるんだろうね? 今までの傾向から考えると精神異常者には効き目が薄いみたいだし、やっぱり僕にも効かないんだろうか? そういう形で精神異常認定されるのはさすがに嫌だなぁ……。
『そ、その声は……間違いない……ベルフェゴールが、そこにいるのか……?』
やっぱり魔将にもベルの声は相当辛かったみたいで、しばらくして震えた感じのバールの声が返ってきた。不意打ちみたいな真似したからダメージデカかったんだろうね。申し訳ない。
「いるよー。あのまま地下最深部に置いておくと魔法陣に魔力が溜まってっちゃうし、かといって殺すとパワーバランスが乱れそうだから、連れ出して僕の屋敷のメイドやらせてる。もちろん声と姿を僕の魔法で変えてね?」
「そういう事だ。私がご主人様に殺されていた方が良かったのだろう? 薄情者め」
『……すまない』
ベルがトゥーラの声でドスの利いた罵倒を口にすると、言い訳一切無しの潔い謝罪が返ってくる。まあ僕もコイツは存在してちゃいけない生物だと思うしね。死んでれば良いと思うのは当然の事だと思う。何なら本人もそれを理解してる節もあるし。
「ふん。まあ私が醜い事は自分自身でも分かっている。私がこの世から消え去る事を望むのも仕方が無いだろう。それを別に責めはしない。だがこれだけは覚えておけ」
そこまで言うと、ベルは僕の手から携帯を取って首を絞め上げるように持ったまま続けた。やめてぇ、お前の膂力でそれをやられたら携帯が壊れちゃうぅ……!
「私は貴様が嫌いだ。その端正な面差しも、鋭い瞳も、美しい金色の髪も。全てを持っている貴様が大嫌いだ。いいか、何か一つでもご主人様の機嫌を損ねる事をしてみろ? 私が直々に貴様を殺してやるからな?」
『……ああ。肝に銘じておく』
そうしてバールの外見をしっかり褒めつつ、明らかな脅迫をかます。同じ魔将って存在のはずなのに、電話の向こうからはもの凄い素直な答えが返ってきたよ。もしかして同じ魔将でもベルの方が強いのかな……?
「……ではご主人様よ、私は仕事に戻るぞ。ちなみに夕食のリクエストはあるか?」
「そうだね、何でも良い――って答えが一番困るんだよね。じゃあ焼き肉が食べたい」
「よし、焼き肉だな! 任せろ、最高の焼肉を作ってやろう!」
脅迫を終えたベルは僕に携帯を返すと、さっきまでの剣幕が嘘みたいに明るい笑顔を見せてくれた。夕食は美味しい焼肉になりそうで嬉しいんだけど、この対応の差を考えるとバールが不憫だ……。
『……去ったか?』
「うん。仲悪いねぇ、君ら……」
そのままお仕事に戻るベルを見送ると、潜めた声でそんな問いが携帯から聞こえてくる。同じ魔将のはずなのに、明らかにバールの方が立場が弱いですねぇ……。
『仕方あるまい。我らはアレと会話もままならず、顔を合わせる事すら難しいのだ。故に我らが避けてしまうのも当然で、アレがこちらを嫌い憎むのも当然だ』
「……ちなみにお前とベル、戦ったらどっちが勝つ?」
『……戦いになると思うのか?』
「うん、その答えで分かったよ。やっぱ危険物だな、アレ……」
どうやらバールでも碌に戦いにならないみたいで、ちょっと情けない答えが返ってきた。まあ視覚と聴覚への暴力持ちで、凄まじい巨体とそれに見合う膂力と防御力を兼ね備え、呆れかえるほど強力な再生能力を持ってる化け物だ。幾ら真祖とはいえ吸血鬼程度には荷が重いね、アレ……。
⋇真面目にメイドやってますが、魔将の中でもベルは別格です。