スライム狩り
「ただいま~! 今帰ったよ、主~!」
「おかえりー。会議の盗聴ご苦労様」
大体二時間くらいした後、諜報を頼んでたトゥーラが帰ってきた。
ていうか二時間って……魔王はそんなに長い間会議してたの? 碌な会議じゃなかった事が時間から容易に察せるね。できる奴ならそんな無駄に時間をかけたりはしないでしょ。
「それで、どうだった?」
「ん~、まあ予想通りの方針だったよ~。邪神を名乗る輩を警戒しつつ、情報を集める。かなり長い時間会議をしていた割にはそんな簡単な結論に至ったようだ~」
「まあそれしかできないもんね。魔将に聞いたって邪神なんて存在しないから知らないし、かといって邪神に力を付けさせないために争いをやめるなんて事もしないだろうし……」
やっぱり碌な会議じゃなかったみたいで、二時間も会議をした割にはそんな普通の結論に至ったぽい。他に対応を取れないから結論がそんな風になるのは仕方ないけど、それって二時間も必要? 最低でも十分くらいで終わらない? 会議に無駄に時間をかけるのは無能の証拠だよ?
「とりあえず魔獣族は警戒と情報収集、っと。この分だと聖人族の方も似たり寄ったりな対応をするかな?」
「だろうね~。ただ主要な街や国境の砦ではより警戒を強めるかもしれないね~。この混乱に乗じて戦を仕掛けるという手もあるだろうし~」
あー、そういうのもあるか。混乱と隙に乗じて敵を攻め滅ぼすっていう……。
邪神っていうヤバ気な存在が明らかになったのに、変わらず敵の殲滅しか頭に無いなんて事は止めて欲しいなぁ? でも考えてみると邪神としては挨拶だけで脅威は上手く演出できなかったし、もしかしたら軽く見られてるのかもしれないね。デモンストレーションとして街の一つや二つは消滅させて見せた方が良かったかもなぁ……。
「……まあ国境の砦はともかく、街とかはそこまで警戒も強くならないでしょ。さすがに住民の行動を制限するレベルにはならないだろうから、一住民である冒険者クルスとしては何の心配もなさそうだね」
「そうだね~。安心して色々と暗躍できるというわけだ~。クックック~」
僕の言葉に賛同して、悪い笑みを浮かべるトゥーラ。
でもたぶん暗躍ってほどの事はしないんだよなぁ。どちらかと言えば屋敷に引きこもって細々と研究してる感じになるだろうし。あー、でも冒険者のお仕事があるから外出もちゃんとしないと駄目か。あとサキュバスを捕獲したり、人体実験の被検体を集めたり……これは予定表を作った方が良いかもしれないなぁ?
「あ~、それからもう一つ~。どうやら城の地下から魔将――ベルがいなくなった事にはすでに気付いていたようだよ~? 話を聞く限りでは三日ほど前に気が付いたようだ~」
「あ、ようやく気付いたのか。まあさすがにそろそろ気が付かないと無能が過ぎるもんね」
ベルをメイドとして引き抜いて連れ出して、大体二週間くらいかな? 今になってようやく気が付いたっぽい。これだけ時間がかかる辺り、いかにベルが煙たがられてるかが良く分かるね。たぶんいなくなったらなったで助かるはずだから、積極的な捜索もしないはずだ。
「それについては何か言ってた? ベルの捜索とか、誰が代わりに魔法陣に魔力を込めるか、とか」
「ベルの存在も魔法陣の存在自体も結構な機密らしいから、それらを知っている者たちが交代で魔力を込めていくそうだ~。とはいえ途切れることなく魔力を注いでいたベルと同じ量を供給できるかと言えば疑問だね~? しばらくは放っておいて大丈夫だろ~」
「そりゃあそうだ。あと十パーセントって言っても滅茶苦茶時間かかりそうだな」
千年以上も途切れることなく魔力を注いでたベルと同じやり方が出来る訳も無し、どうせ仕事の合間にちょっとだけって感じのはずだ。残り十パーセントでも一月二月で満たす事は不可能だね。定期的に様子を見に行けば問題は無さそうだ。
「じゃあベルの捜索については何か言ってた? たぶん積極的には探さない方針だろうけど」
「ん~、そこに関しては誰も触れたがらなかったというか~……いなくなったならそれでも良いかという雰囲気が漂っていたね~……」
「やっぱそういう感じか。ベル可哀そう……」
やっぱり積極的な捜索はされないみたいで、哀れ魔将ベルフェゴールは行方不明者扱いとして闇に葬られる事となった。
まあベルの見た目とか声とか憎悪の対象を考えるに仕方ない事だよね。そもそもあの冒涜的な姿を変えられないはずのベルが、どうやって何の破壊も目撃情報も無く忽然と消えたのかすら分からないだろうし。まさか降って沸いた元勇者が人型に変身させてメイドとして連れ出したとは夢にも思うまい。
「何にせよ情報収集助かったよ。ありがとう」
「ふふふ、私と主の仲じゃないか~? おっと、そうだ~。お礼というわけではないが、実は主にお願いがあるんだが~……構わないかい~?」
「どうせエロいことだろ。このクソ犬がよぉ?」
「ちが~う! それは後での話で、今お願いしたいのは別の事だ~!」
「結局お願いするんじゃねぇかよ。この発情期のメス犬がよぉ?」
どう転んでもエロいお願いをしてくるつもりのトゥーラの頭に、べしべしとチョップを叩き込む。発情期のメス犬って罵ったけど、コイツ四六時中発情してるようなもんだしなぁ。メス犬にちょっと失礼だったかもしれない。ちなみにチョップされてトゥーラは嬉しそうにデレデレ笑ってた。
「まあそれはともかく、お願いって何?」
「主は確か死体をコレクションしていただろ~? 見た目はどうでも良いから、その内の一体を私の鍛錬用に調整した上で貸してくれないかな~?」
「別に構わないけど、鍛錬用にってどういう調整すればいいの?」
「ん~、そうだね~……身体能力を百倍くらいに強化していて、何時間でも私の鍛錬に付き合える体力があって、私の言う事を聞いてくれるならそれで良いよ~?」
「ほいほい。他には?」
「あとは~……私にミニス並みの再生能力と蘇生能力を授けてくれると助かるかな~。たぶん数えきれないほど致命傷を負うだろうし~……」
「どういう鍛錬する気なの、お前……?」
冷静に考えるとちょっとアレな内容に、さすがの僕もドン引きだ。
身体能力百倍の存在を相手にして、自分には再生能力と自動蘇生をかけた状態で鍛錬するとか……絶対真っ当な鍛錬じゃないな? それこそトライ&エラーっていうか、行って殺られて覚え込むとかそういう事する気なんじゃないか……?
「ま、まあ、向上心があるのは良い事だね。後で作っておくから――代わりにお前に頼みたい事があるんだ。できればキラにも手伝って貰いたいから、ちょっと呼んできてくれる?」
「クゥ~ン。了解だよ~」
僕がそうお願いすると、トゥーラは一声鳴いてからキラを探しに行った。
しかしやる事ドンドン増えてくなぁ。自由だった宿屋暮らしが懐かしい……。
「で、あたしらに何を頼みたいってんだ?」
いつも通りの仏頂面で、キラが僕に尋ねてくる。
トゥーラが五分くらいでキラを連れて戻ってきてくれただけど……キラさん、見事に泥だらけで血だらけだ。コイツもコイツで鍛錬を重ねてたのが見て取れるね。後でコイツにも再生能力を授けてやるかな。
「うん。実はとある魔物をたくさん捕まえて来て欲しいんだ」
「魔物の捕獲か~。とある魔物とは一体何かな~?」
「殺しても良いならどんな魔物でも取ってきてやるぜ?」
我がクソ強いけど基本的には従順な二人は、僕のお願いにむしろやる気を見せる。
というか明らかに戦意を漲らせてる。たぶん僕がとんでもなく危険な魔物の捕獲をお願いするって思ってるんじゃないかな? 残念ながらむしろ真逆なんだ。すまぬ……。
「……スライム」
「……スライムだぁ?」
「スライム~……?」
案の定、僕が答えると二人は肩透かしを食らったようにがっかりした表情になってた。
スライム。その辺によくいる魔物。大きさは大体両手に乗せられるくらい。高さは膝下より更に低い感じ。ぶよぶよとした半透明な不定形の身体の中に丸い核を持った、動く巨大な細胞みたいな生き物。
媒体によってはクソ強かったり無茶苦茶凶悪だったりするけど、この世界のスライムはそんな事は無い。たぶん聖人族の五歳児でも素手で倒せるレベル。雑魚中の雑魚、経験値も一しか入らないとかその辺りの存在。だから二人の反応も仕方ない。
しかし逆にどんな魔物だったら満足したんだろうね? ドラゴンとかその辺? じゃあ国境にいた竜人魔将を捕まえて来いって言ったら、滅茶苦茶張り切って飛び出しそう。魔将とかの強さを考えるに返り討ちにされる可能性が無くもないけど。
「何だってそんなクソザコ魔物を捕獲するんだ。しかも数が必要なのかよ」
「うん、ちょっと実験に必要でね。ただスライムなら別に種類は問わないし、生け捕りでなくて良いよ。壊れた核でも持ってきてくれれば、後は蘇生させれば良いだけだし」
本当は必ずしもスライムである必要は無いんだけど、スライムが一番手間も面倒も無くて助かるんだよね。その辺にたくさんいるから数が必要でも困らないし。雑魚魔物を有効活用してあげようとしてる僕って優しい……優しくない?
「ふむふむ。何体分くらい必要なんだい~?」
「多ければ多いほど良いかな。少ないと困るけど、別に多くても困らないし――あっ、そうだ。ちょっとそこのギルマス。スライムとはいえ魔物を一個人が街に入れて家で飼うって大丈夫?」
ちょっと調べてなかった事に気が付いたから、腐っても冒険者ギルドのギルドマスターなトゥーラに尋ねる。
まあダメでも普通にやるんだけどね? 良いならダミーの方の牢屋に何匹か入れとくのも手だし、あくまでもそのために聞いただけ。
「基本的には許可されていないが、今回の場合はスライムだから平気だよ~。スライムは自我を持たない下等な魔物で何でも食べる性質があるから、下水処理に役立っているからね~。尤も自我のある魔物や凶暴な魔物は厳しい制限が課されたり、禁止されたりしているがね~」
「なら問題無いね。それじゃあよろしくお願いするよ」
「了解だ~。適当に百体くらい持って帰るよ~」
「ならあたしは二百持って帰ってくるわ」
トゥーラが百体仕留めるって言った途端、キラがその倍の数を仕留めると申告した。途端に二人の間にピリッとした空気が漂う。
なるほど。質が期待できないから数で勝負ってとこか。本当に競うの好きですねぇ、君ら……。
「ほ~? だったらどっちがより多く持ち帰れるか勝負しようじゃないか~?」
「上等だ。時間は……今から三時間でどうだ」
「良いよ~。それじゃあ、勝負開始だ~!」
トゥーラがそう言い放った途端、二人は弾かれたように駆け出して行った。たぶん街の外にスライム狩りに向かったんだろうね。一体何百匹仕留めてくるんだろうか。
何にせよ、僕の役に立ってくれるんなら文句はないんだけど……。
「……大丈夫かな、アレ。この付近のスライム絶滅しない?」
ちょっと生態系に影響が出そうで心配だなぁ。幾らカースト最底辺の魔物とはいえ、雑食で下水処理にも使える有用な魔物だし。
僕はあくまでも世界を平和にするのが目的で、生態系や自然環境を破壊するつもりはそこまで無いし、用が済んだらスライムは自然に戻した方が良いんだろうか……?
⋇余談ですが猫は飼い主に自分が仕留めた獲物を見せに来たり、プレゼントしに来たりすることがあるらしい。うちのはネズミの玩具を水に沈めてトドメを刺すくらいですね