邪神クレイズ
「じゃあ湿っぽい話はここまでにして、クルスくんの今後の予定を聞こうかなぁ? クルスくんはこれからどうするのー?」
ようやくナーちゃんのガチ泣きが収まった所で、デュアリィ様が話題を変えた。まだナーちゃんの目元は赤いし、鼻をズビズビしてるけどね。僕以下って評価は相当ショックだったんだろうなぁ……。
「そうだねぇ、まだ完全に計画してあるわけじゃないけど、しばらくは拠点で魔法開発、兵器開発に勤しむ予定かな。魔法開発はいつもやってるから、兵器開発が主になると思う」
相手が相手だから特に黙秘も秘密にもせず、素直に現時点での予定を口にする。
ようやくマイホームっていう安心できる拠点を手に入れたから、本格的に色々と準備を進める予定なんだ。実験室も作ったし、魔法の実験から生物実験まで何でもできる環境が揃ったしね。問題は被検体とかだけど、まあ人間が必要なら空間収納の中に幾つかストックあるし、それほど困りはしないかな。いざとなれば被検体はその辺から連れて来たって良いし。
「兵器とはまた物騒な。一体何を創るつもりなんじゃ?」
「お手製の魔物って所かな。世界を見て回って思ったんだけどさ、どいつもこいつも敵種族への敵意が根強く染み付いてるんだよ。僕が強大な脅威として君臨しただけじゃ、絶対に和解どころか手を結ぶことも無いくらいにさ。そのためにも僕以外の脅威もあった方が良いかなって」
一般的なファンタジーに例えて分かりやすく言うなら、魔王という脅威だけじゃ足りないから凶悪な魔物を世界中に放つっていう事。基本的に魔王はラストダンジョンの奥で待ってるだけだから、脅威としても差し迫ったものにはならないだろうからね。だから世界中に凶悪な魔物を広げる事で、差し迫った脅威も与えてやろうって話。
「なるほどねぇ。だから君が創った魔物を世界中にばら撒く事で、より危機感を煽るってことだねぇ」
「その通り。さすがは百を超える数の平和な世界を管理する女神様。分かってらっしゃいますねぇ?」
「ふふふ、凄いでしょー?」
完全無欠の女神デュアリィ様は、あっさりと僕の考えを見抜いてきた。僕が賞賛の言葉を投げかけると、笑顔でピースを返してくる。どうせならダブルピースを見せて欲しいかなぁ……。
ただポンコツ女神様は不安が拭えないみたい。酷く心配そうな顔をしてたよ。
「そ、それは本当に大丈夫なのか? お主が創り出す魔物であろう? あっという間に世界が滅亡しそうな気がするのじゃが……」
「大丈夫大丈夫。僕を信じてよ、ナーちゃん? 自分が創り出した生命体が制御不能になって殺されてしまうって展開は結構あるけど、大丈夫だよ」
「そうだよー。私が管理してる世界の中に、人間が創ったAIが暴走して人類に反旗を翻して、機械以外の生命体が全部駆逐された世界があるけど、大丈夫だよぉ」
「安心させるつもりなら破滅した具体例を出すのはやめんか!」
ナーちゃんを安心させるために言ったのに、デュアリィ様と二人揃って怒られた。本当に女神様は心配性だなぁ?
しかしデュアリィ様、よくあるAIが自我を持って反乱する映画みたいなとんでもない世界を管理してますね。でも機械以外の生命体が全部駆逐されたのなら、案外平和な世界になってそう。それはそれで一種の理想郷なのかもしれない。
「あとは、そうだねぇ……世界を壊す存在として、世界の皆に挨拶をしておくのも良いかもしれないね」
「わー、それは良いねぇ。挨拶は大事だもんねぇ?」
「そういう問題では無いと思うんじゃが……」
僕の言葉に微笑んで頷くデュアリィ様と、控えめなツッコミを入れるナーちゃん。何だろうね、いつもはもっとキレのあるツッコミをしてくれるはずなのになぁ。もしかしてツッコミしすぎて疲れてきた?
「そこで二人に折り入ってお願いがあるんだけどさ、脅威として君臨する存在である僕に相応しい呼称と設定を考えてくれない? 魔王はすでにいるから被っちゃうんだよ」
「呼称と設定ー? 私たちで言う『女神』、『世界を創り上げた高次の存在』みたいな感じかなぁ?」
「そうそう。いまいちしっくり来る感じのが思い浮かばなくてね……」
実はこれで結構悩んでる。だってあの世界、もうすでに魔王がいるんだもん。そんな状態で僕が魔王を名乗るのも何か悔しいし、かといって世界の脅威として君臨する以上はそれなりのネームバリューが無いと駄目だし……。
「むぅ……お主にピッタリな蔑称と、働いた悪事の内容ならポンポンと出てくるのじゃがなぁ……」
「そうだねー……じゃあそれを踏まえて、ナーちゃんに封印された邪神っていうのはどうかなぁ?」
「お? なかなか良い案がすぐに出たね」
邪神、邪神かぁ……うん、魔王よりも良い感じだ。惜しむらくはあの世界の大多数の人間が神っていう概念を忘れてる事だけど、覚えてる奴らもいるだろうから些細な問題かな? 邪悪な神、良いじゃないか。
「でも、ナーちゃんの使徒である僕が神を語って良いのかな? 元はっていうか、今も普通の人間だよ?」
「良いよ良いよー。別に何も問題無いよぉ? それに本物の女神二人が許可を出してるんだから、そんなの気にする事ないよぉ」
「そうじゃな。それに仮にも女神であるわらわをからかい弄ぶお主には、邪神という呼称はピッタリじゃ。安心して名乗るが良いぞ」
ただの人間である僕が神を僭称して良いのかっていう事がちょっと不安だったけど、本物の女神様二人が許可してくれたから問題無さそう。これなら他の女神様たちに怒られたりはしないでしょ。ポンコツのナーちゃんはともかくとして、デュアリィ様はかなり立場強そうだしね。
「ふぅむ。じゃあ名前はクルスだから……狂う……クレイジー……よし、邪神クレイズって感じにしよう」
「呼称というか、最早お主そのものじゃな……」
僕自身の名前が結構アレな感じだから、わりとあっさり世界の敵としての名称が決まった。僕にピッタリな名前だって、ナーちゃんも呆れ顔で太鼓判を押してくれてるよ。
そして名前が決まったなら今度は設定だ。女神に封印された邪神、なかなか良い感じの設定だよね? 後は何故封印されたのか、そして何故世界を滅ぼしにかかるのか。その辺りの理由を考えると――
「――邪神クレイズは女神カントナータの夫であり、良き愛妻家であった。しかし無意味に争い殺しあう聖人族と魔獣族の姿に愛する妻が嘆き苦しむ事に耐えられず、独断で世界を滅ぼそうとする……」
「よくもまあそんな真っ赤な嘘が流れるように出て来るものじゃなぁ……」
フィーリングで浮かんできた設定を口にすると、ナーちゃんはまたしても呆れ顔を披露した。でも駄目とかクソとか言わない辺り、さほど悪くない設定みたいだね。
「愛する夫と、慈しむべき子供たちとの間で揺れ動く女神カントナータ……最終的に彼女は子供たちを選び、断腸の思いで愛する夫を封印するのであったー。愛する夫を失ったカントナータは、嘆きの内に姿を消し、この世界は女神の手を離れたぁ……」
「何故お主もあっさり流れに乗れるんじゃ……?」
そして僕が口にした設定を何故かデュアリィ様が引き継いだ。これにはナーちゃんの困惑も深まる。
何て自然なバトンタッチ。それでいて邪神を殺さず封印で済ませた理由も兼ね備えた完璧な設定だ。そうだよね、幾らナーちゃんでもたった一人の愛する男を殺せるわけないよね。あの世界の有象無象のゴミみたいな奴らとは違って、替えが効かない存在だもんね。
「しかし! 悠久の時を経て邪神クレイズが蘇る! 愛する女神が消え去ってしまったのは争いを続けるクズ共が原因だと考え、ついに殲滅の時が始まる!」
「愛する妻よ、見ていてくれー! この世界を滅ぼし、君を苦しめるものを消し去ってあげよぅ!」
また僕が設定を口走って、デュアリィ様が最後を締める。
しかしこのお方、ノリも大変良くて付き合いやすいですね。慈愛に溢れてゆるふわしてるし、それでいて必要悪とかもちゃんと理解してるから、幾つもの世界を管理出来てる。やっぱり完全無欠の女神様じゃないか。僕のポンコツ女神様とは違うなぁ?
「わらわは今正に消え去りたい気分じゃあ……何故お主らはそんなに息ピッタリなんじゃろうなぁ……?」
手を取り合って天に拳を突き上げる僕らを尻目に、そのポンコツ女神様は呆れ果てた感じの呟きを零してた。まあデュアリィ様は僕の世界も管轄してる女神様だから、ある意味僕のママみたいなものだからね。ママと息子でノリが似るのも当然みたいな所あるでしょ。
何にせよ、これで僕の設定が決まったぞ。この世界のゴミ共を滅ぼそうとした結果、女神カントナータに封印された邪悪なる神――邪神クレイズ。後は邪神クレイズとしての姿とかも考えないといけないけど、それはもうちょっと後でも大丈夫かな。その前に準備で色々忙しくなるだろうからね。
よーし、これからもナーちゃんを手に入れるため――もとい、世界平和のために頑張るぞ!
⋇この章はもう一話続きます。恐らく作中でも屈指のヤバいお話。この情報だけで誰視点の話か分かった人は随分読み込んでいる素晴らしい読者様です。