新たな女神
「ふぅ……」
ヤること全てヤり終えた後、僕はエアタバコをふかして一人黄昏る。
何だろうね、とっても清々しい気分だ。素晴らしい夜を経験した僕の心の中は、まるで周囲に広がるこの光景みたいに純白に染まってるよ。心が綺麗に洗い流されたような感じだ。まあ奥の方がどす黒いのはどうしようもない感じか。
「いやー、マジで最高だった。さすがはサキュバス。何だかんだで最初から最後まで僕の理想とペース通りいけたし、百点満点の夜だったね。これでリアが初めての相手だったら言う事無かったんだけどなぁ……女神様もそう思わない?」
リアとの一夜を思い返しつつ、傍らに立つ女神様にそう尋ねる。
そう、ここは女神様との逢瀬の場。だから何もかもが真っ白な世界に女神様が立ってるんだ。何か侮蔑の表情を浮かべてるのが多少気になるけど、それはわりといつもの事かな?
「………………ふんっ」
「いたぁい!? 何で殴ったの!?」
同意を求めたら何故かロッドで殴られた。ただ特に振り被ってもいない辺り、無茶苦茶優しい方だね。最早ツッコミレベルの一撃だよ。女神様はキレると全力で振り被ってからぶん殴ってくるからね……。
「……もう良いわ。いちいちお主の働いた悪行を並び立てるのも疲れるだけじゃ」
「えー? でも僕、今回は特に悪行なんて働いて無くない?」
前回の女神様との遭遇から働いた悪行って何だろうね? 偽造通貨広めまくってる事かな? でもアレは最初からやってる事だし……。
「……城のメイドを凌辱しおったのは悪行ではないと言うのか?」
「うん。僕の溢れ出るパッションが抑えられなくなっただけだからね。それに事が終わったらちゃんと記憶は消してあげたから、十分優しい方でしょ?」
女神様が言ってるのは、僕が魔王城に初侵入した時のお話だね。その時に見かけたメイドさんがあまりにもエッチだったから、突発的に襲い掛かってそのまま最後まで致したんだ。でも最後に殺したりはせず、記憶を消して解放してあげたんだよ。優しいでしょ?
「むぅ……それなら、まあ……度し難い蛮行には変わらぬが、お主の今までの悪行に比べれば、辛うじて見逃せなくもないか……?」
女神様も僕にしては優しい行動だって思ってるみたいで、特にお咎めは無かった。もの凄い不服そうな表情してるのがちょっと気になるけどね。どっちつかずは良く無いと思うし、ここでちょっと燃料を投下してみようか?
「まあ、絶対に妊娠する魔法を使った上で中出ししちゃったんだけどね? 二、三か月経って妊娠に気付いた時が楽しみだね!」
「貴様ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「そうそう、女神様はこうやってキレないと――はぶぅ!」
少し燃料を投下しただけで、女神様の感情はどっちつかずから一気に怒りに振り切れた。渾身の力を込めた、反応できない速度のスイングが僕の鳩尾に叩き込まれるぅ……!
「はぁ……はぁ……! 本当に碌な事をせんな、お主は……!」
「だって品行方正に生きる僕なんて僕じゃないもん……」
しばらくロッドで叩きのめされた僕は、ボロボロの身で何とか身体を起こした。
女神様ったら最近激しくて困るよ。たぶんトゥーラの技術で衝撃を受け流せるところを見せちゃったのが原因かな? 毎回それができないレベルのヤバい一撃をバカスカ叩き込んでくるんだよ。それでいて簡単には死なない程度に力を緩めてるのが恐ろしい。あの時調子に乗って女神様の一撃を受け流してしまった事、少し後悔してます。
「……あっ、そうだ。女神様が言ってた魔王城地下のアレって、巨大な魔法陣の事だよね?」
「うむ、それじゃ。地上の聖人族を全て殺す凶悪な魔法を発動する、危険極まる魔法陣じゃ。千五百年ほど前だったか、その時の魔王が城の地下にアレを刻ませたのじゃ。無論発動に必要な魔力が莫大でどう足掻こうとすぐには発動できんかったが、まさか長い年月をかけて九割まで充填するとはな。その根気を他の事に向けて欲しいものじゃ……」
気になってた事を尋ねると、女神様はほとほと呆れた様子を見せながら頷いてくれた。
まあ真の意味での世界平和を願う女神様からすれば、あの魔法陣はあまりにも迷惑なものだからね。千五百年かけてまで敵種族を滅ぼそうとするその熱意と根気に呆れるのも致し方なし。とはいえ実際に魔法陣に魔力を供給してたのはほぼベル一人っぽいけどね。あの魔法陣の階には結構ホコリが積もってたし、人の出入りもほとんど無かったと思われる。
「知ってるとは思うけど、とりあえず魔力を供給してた魔将をあそこから連れ出したから、しばらくはあのままでも大丈夫だと思うよ。破壊――はちょっとマズそうだから今はやめといた」
「うむ、それが最良の選択じゃな。千五百年をかけて九割まで魔力を充填させたあの魔法陣が破壊されれば、魔王が自暴自棄になって全面戦争を始めかねん。折を見て破壊するべきじゃろうが、今は手を出さん方が良いじゃろう」
やっぱり僕の対応は間違ってなかったみたいで、女神様は珍しく良くやったとでも言いた気な顔をしてた。まあ誰でも何十年もかけて積み重ねてきた何かを台無しにされたら、そりゃ自棄にもなるってもんだ。
「だよね。で、今度は地下最深部に居た魔将の話なんだけど……」
「………………」
「おーい、こっち見ろー。目を逸らすなー」
ベルの話をしようと思ったら、女神様は唐突に明後日の方向に視線を向けた。しかも何やら居心地悪そうな顔してる。この反応からすると、ベルをあんな姿に作ってしまったのはやっぱり意図的なものっぽいですね。まああの世界の生物は魔物以外は女神様設計のはずだし、当然と言えば当然だ。
「前から思ってたんだけどさ、何で女神様はちょくちょく変な特性を持つ種族を創ってるの? ベル――ベルフェゴールがその筆頭だけど、快楽を得ないと死んじゃうサキュバスとか、アホみたいに太陽光やら銀やらニンニクに弱い吸血鬼も大概だよ? ちょっと可哀そうじゃない、アイツら?」
「う、ぐ……そ、それは……」
僕が詰問すると、女神様は泣きそうな顔で言い淀む。やっぱりそんな風に作ってしまった自責の念はあるっぽいね。しかし泣きそうにプルプルしてる姿もまた可愛いなぁ……ここは悲劇的な体質に創られてしまった奴らのためにも、しっかり糾弾して泣かせないといけませんねぇ?
そんなわけで、僕は女神様を容赦なく問い詰めようとしたんだけど――
「――それはねぇ、私が渡したマニュアルをナーちゃんがそのまま使っちゃったからだよぉ」
「だ、誰だっ!?」
突然そんなゆるふわな声が聞こえたかと思えば、白一色だった空間に虹色の光が天から差した。そして光の中から静かに降り立ったのは――そう、女神だった。
それも僕のポンコツ女神様みたいななんちゃって女神じゃない。神としての神聖なオーラを漂わせつつ、女神として溢れんばかりの慈愛を放ってる、正真正銘の女神。腰元まで伸びた長い銀髪は美しく光り輝き、青い瞳は全てを慈しむような優し気な光が灯ってる。
そして最も女神らしいのはその女性を象徴する部位。たぶん身長は百五十も無いくらいなのに、胸がとんでもなくデカい。アレは恐らく九十後半はあるはずだ。俗に言うロリ巨乳――いや、ロリ爆乳に分類されるタイプだな。僕としてはロリ巨乳とかはあんまり好きじゃないんだけど、胸に罪はないもんね。スゲェ、揉みたい……。
そんな男の夢を描いたような完璧な女神様が、厳かで薄いヴェールのようなものを纏った過激な姿で降臨なされた。ヤベェ、これは夢か? あ、いや、夢だった。そうだった。
「はじめまして、クルスくん。私はナーちゃんの親友のデュアリィだよぉ。よろしくねぇ?」
しかもそんな完璧な女神様が、もの凄くふわふわした感じにフレンドリーな挨拶をしてきた。具体的には僕ににっこりと笑いかけつつ、手をフリフリして。
正直丁寧に話したり接したりするのは凄く面倒くさいけど、許可もされてないのにこのお方に対して無作法な真似はできない。というわけで僕はその場に跪いて頭を垂れた。
「……どうか直接お言葉を交わす無礼をお許しください。お初にお目にかかります、女神デュアリィ様。貴方様にお目にかかれたこの瞬間、光栄の極みでございます」
「おいっ!? お主、わらわの時と態度が全然違うではないか!?」
そうして丁寧な挨拶をしたっていうのに、隣のポンコツなんちゃって女神様がうるさく噛みついてくる。そういえば隣にいたんだった。完全完璧な女神様の出現で忘れてたよ。ハハハ。
「いや、それは仕方ないでしょ。だってこちらのお方は正に女神様って感じの威光と雰囲気を漂わせていらっしゃるもん。ドジっ子女神様と比べるなんて失礼が過ぎる」
「お、お主、わらわを好いているのでは無かったのかぁ!?」
「確かに好きだけど、だからって虚偽の申告をするつもりはないよ。女神様にはこちらのお方のような女神様らしさが圧倒的に足らないね。月とすっぽんくらいにかけ離れてるじゃん」
確かに僕は女神様を愛してる。でもだからって女神様を慮って虚偽の証言をするつもりは一切無い。
そもそも女神様に女神様らしさが足りないのは事実じゃん? 威厳も威光も慈愛も胸も、何もかも足りないでしょ。逆に女神様の女神様らしいところって何? 無限の魔力だけかな?
「く、ううぅぅっ……!」
「あー、ナーちゃんを泣かせたー。いけないんだー?」
なので容赦なく真実を指摘すると、プルプル震える女神様はついにじわりと涙を浮かべ始めた。
よっしゃ、女神様を泣かせたぞ。顔を真っ赤にして悔しそうに涙を流す女神様だけで、ご飯三杯はいけそうだ。
ちなみに女神デュアリィ様はだいぶ寛大なのか、親友が泣かされても特に怒った様子は見せなかったよ。いや、むしろ面白がってるようにも感じるかな……?
駄女神様にだって友達がいるんです