ベルの強さ
⋇ようやく案内が終わりました。長い
「……ま、案内はこんなところかな。それじゃあ各自、好きに過ごして良いよ。今日からここが、僕らのお家だ!」
地下牢と拷問部屋の案内を終えた僕は、リビングに戻ってみんなにそう宣言した。
今日からここが僕らの拠点。もう宿屋に泊まる必要は無いし、ベッドが軋むのを気にする必要はどこにもない。ここは結構な高級住宅地でもあるから隣の物件までかなり距離があるし、騒音その他もほとんど気にしなくていい。ああ、マイホームって本当に素晴らしいね?
「わーい! それじゃあリア、もう一回お外の遊具で遊んでくるねー! ミニスちゃんも一緒に遊ぼー?」
「しょうがないわね。レキたちにお土産買いに行くつもりだったから、ちょっとだけよ?」
「はいはい、いってらっしゃーい。気を付けてねー?」
早速お外に繰り出すロリコンビを、手を振って送り出す。
ぶっちゃけマイホームを買ってもミニスの行動はあんまり変わらないなぁ。これまでも行く先々でお土産を買って、冒険者ギルド経由で故郷に届けてるみたいだし。
まあ僕も定期的にミニスの両親にお手紙出してるんだけどね? 一応愛娘を預かる身としては、ちゃんと定期的に近況を報告するのが義務だと思うし。
「……それで、君らはどうするの?」
二人がいなくなった後、僕は傍らに残ったキラとトゥーラに視線を向けた。何でコイツらは広いソファーに座ってるのに、僕の左右にピッタリくっついてきてるんですかね?
「なあ、あのメイドって本当に魔将なのか? ただのガキにしか見えねぇぞ?」
「本当だってば。アレは僕の魔法で変身してるだけで、本当の姿は醜悪で冒涜的な化け物の姿だよ? 見た目に騙されちゃ駄目だぞ?」
最初にちゃんと説明してあげたのに、どうやら未だに信じきれないみたい。キラは胡乱気な瞳をしながらベルについて尋ねてきた。まあ今はロリサキュバス姿でメイドのお仕事してたし、疑うのも正直無理はないか。
「なるほどな……よし、じゃあ戦わせろ」
「え、何で?」
「魔将って事は強いんだろ? だったら鍛錬の相手にはちょうど良いじゃねぇか」
「私もできれば戦ってみたいな~? 存在も知らなかった四人目の魔将、どれほどの怪物か興味があるよ~」
「バトルジャンキーがよぉ……」
どうやらキラもトゥーラもベルの力量が気になるらしい。指を鳴らし、舌なめずりしながら戦意を醸し出してるよ。
しかし、どうなのかな? ベルが本当に強いのかどうかは僕も知らないんだよなぁ。まともに戦う前にベルを変身させたせいで戦意がコロッと無くなっちゃったし。確かにあの全触手からのレーザーは脅威だろうけど、うーん……。
「……分かった。じゃあベルに聞いてみるから、戦うのは向こうが良いって言ったらね?」
「分かった。良し、トゥーラ。ウォーミングアップに付き合え」
「良いよ~。私も久しぶりに本気を出せそうな相手だし、準備運動をしないといけないからね~?」
僕の言葉に頷いたキラは、ノリノリのトゥーラを引き連れてリビングを出てった。裏庭で軽くやりあうつもりなんだろうね。これもマイホームのだだっ広いお庭だからこそできる事だ。
とりあえず僕は犬猫と戦ってくれるかどうかを聞くために、ベルを探しにリビングを出た。探索の反応からするに二階の廊下にいるみたいだね。何やってるんだろう?
「おーい、ベルー? いるー?」
「む? 私を呼んだか、ご主人様よ?」
廊下まで行って声をかけると、そこには窓を丁寧に拭き掃除してるベルの姿があった。今はリアの姿に変身してるせいか凄い身長低いし、上の方届かないんじゃないのかな……?
「ああ、うん。実はちょっと頼みたいことがあってね……」
「頼み事? 良いぞ、何でも言うが良い! 私は貴様のメイドだからな! 一生懸命ご奉仕してやろう!」
「じゃあ僕の息子と――じゃなくて、僕の仲間たちとちょっと戦ってくれない? 何かやたらにバトルジャンキーな奴らがいてさ、お前と戦いたがってるんだよ」
「む? 私とか?」
一生懸命ご奉仕ってところにちょっと引きずられながらも、僕は聞きたかったことを尋ねた。ちょっと予想外の頼みだったみたいで、若干目を丸くしてるよ。
しかしメイドで奉仕する気持ちはたっぷりあるのに、二人称は貴様か……ふむ。アリだな。
「ふむ、確かに私は魔将の一人ではあるからな。挑みたいと思うのも無理はないか」
「ちなみにお前、戦えるの? その辺僕は知らないんだけど」
「うむむ……この身体で戦うのは初めてなのであまり自信は無いが、まあ有象無象には負けんはずだ。あまり気は進まないが、いざとなれば変身を解除するという手もあるからな」
「変身解除が選択肢にあるなら、外で戦うのはヤバそうだね……」
人型ならいざ知らず、お外で真の姿を解放されるのはあまりにもヤバすぎる。あんな巨体じゃあ幾らマイホームのお庭でも滅茶苦茶目立つし、何より魔将ベルフェゴールがこんな所にいる事がバレちゃう。
千年以上城の地下で眠ってたらしいから、大体の人たちはベルの事を忘れてるっぽいけど、寿命の長い悪魔とかは覚えててもおかしくない。見られるわけにはいかないし、お外で戦わせるのは無しだね。
「よし、分かった。じゃあ魔王城を真似て地下に闘技場を作るから、場所はそこにしようか。作るのに少し時間かかるから、外でウォーミングアップしてる奴らとルールでも決めといてよ」
「うむ、了解だ。この廊下の窓を拭き終えたら行くぞ」
「このメイド魔将、普通に真面目だなぁ……」
何やら魔法で宙に浮いて窓の上の方を拭き始めるベルを尻目に、僕は闘技場を創るために地下へと向かった。
もしかして、ミニスとハニエルを除けばこのメイド魔将が一番まともな奴なのでは……?
「――ようこそ、出来立てほやほやの地下闘技場へ。ちょっと殺風景なのは許してね?」
およそ数十分後、僕らは地下三階に作った出来立てほやほやの地下闘技場へ移動していた。
ちなみに地下二階には地下一階と同じ配置、同じ構造の牢屋と拷問部屋を創ってある。これは侵入者に対して『犯罪は何もしてませんよ?』ってアピールするためのギミックだ。誰かが地下一階に侵入した時、地下二階の牢屋の中と地下一階の牢屋の中を入れ替えるように魔法をかけておいたんだ。
後は地下二階の牢屋に聖人族奴隷とか適当な魔物をぶち込んでおけば、偽装は完璧だね。同族の拉致監禁拷問は犯罪になるけど、敵種族なら問題ないっぽいし。本当に倫理観狂ってるなぁ、この世界……。
何にせよ今は地下三階のコロシアムの話。どれくらいの広さにするかちょい迷ったから、アロガンザのコロシアムを参考にさせてもらった。ていうかそのまんま使い回した感じかな。観客席もしっかりあるし。
ただリングは特にいらないからポイしたよ。別にそんな厳密に決められたルールの上で試合を行う訳でも無し。
「うむむ、凄いな貴様は。こんなに広く立派な闘技場を、たったの数十分で地下に作るとは……女神より無限の魔力を授かったというのは、やはり真実のようだな……」
コロシアムの中心で周囲を見回し、感嘆の声を零すのはミニスの2Pキャラに戻ったベル。
僕が無限の魔力を授かってる事を知ってるのは、もちろん僕が話したからだ。じゃなきゃずっと変身したままでいられるなんて信じて貰えないしね。それに真の仲間じゃないとはいえ貴重な協力者だから、別に話すことに躊躇いは無かった。
ただまあ、例によってコイツも女神様を敬う気持ちが欠片も無いのがちょっとね。いや、コイツの場合はあんな醜くて冒涜的な姿にした張本人なわけだし、恨んでても仕方ないかもしれんな……。
「さて、この闘技場。全て破壊不能にしちゃうと戦いに影響が出る可能性があるから、破壊不可能なのはこの階の天井と壁、そして地面の下およそ二十メートルの部分だけになってるよ。それ以外は普通の物質くらいの耐久性しか無いから、安心して戦術に組み込んでね?」
「ふむふむ、了解だ~」
この情報に頷いたのはトゥーラ。コイツの場合は衝撃を地面に逃がしたりするわけだし、地面を全部破壊不能にすると衝撃逃がすのに影響が出る恐れがあるからね。それはちょっと戦略的にトゥーラの痛手が大きすぎるからこんな形になった。別に贔屓してるわけじゃないよ?
「よし、それじゃあルールの確認だ。もうルールは決めてあるよね?」
「ああ。すげぇ分かりやすいルールにしといたぜ」
「何でもありで、死んだら負け~。実に簡単なルールだろ~?」
「そちらは二人で、こちらは一人。幾ら私がこの身体での戦いに慣れていないとはいえ、一対一では勝負にならんからな?」
三人に尋ねると、びっくりするくらいシンプルなルールが返ってきた。
二対一で何でもあり。死んだ方が負け。清々しいくらいにシンプルだね。吸血鬼の弱点を攻めるのが禁止とかいうアロガンザのコロシアムは見習って欲しいよ。
「む、そうだ。私は魔法を使わないというハンデを加えるのはどうだ。それならば多少は戦いと呼べる程度のものになるのではないか?」
「あぁ?」
するとここで、ベルが可愛らしく首を傾げてそんな提案をした。
この発言からすると相当腕に自信があるんだろうか。ていうか見た目ミニスの2Pキャラで口にした発言のせいか、キラがかなりイラっとしたね……。
「テメェ……あたしたちの事、舐めてやがるな?」
「ん? 別に舐めているわけでは無いぞ? ただ、生物としての格の違いがあるのは当然だろう?」
おおっと、キレ気味のキラに対して自然な煽りをかますぅ!
確かに魔将とただの獣人では格の違いがあってもおかしくないけど、今のベルは髪と目の色が違うだけで見た目は丸っきりミニスと同じだ。そんな姿のベルにこんな煽りをされたせいか、心なしかキラの額に青筋が浮いて見えるぞぉ?
「………………」
「抑えたまえよ、キラ~? 太古から生きる魔将と、たかだか数十年しか生きていない我々では格の違いがあるのは仕方のない事だろ~? ここはあの鼻っ柱をへし折り、魔法を使わせることを目標として戦おうじゃないか~?」
「……チッ、そうだな」
濃密な殺意を垂れ流してたキラだけど、トゥーラにポンと肩を叩かれて説得されたら大人しくなった。
ただ瞳には確実に殺すって感じの鋭さがあるね。垂れ流してた殺意を無理やり内に押し込んでるみたい。本当に凶暴だなぁ……。
「よし、それじゃあ防御魔法解除。三人とも、準備はオッケー?」
「うむ、バッチリだぞ!」
「ああ、いつでも良いぜ」
「私の雄姿を見ていてくれよ、主~?」
軽く距離を取った二人と一人を視界に収め、キラとトゥーラにかけてた防御魔法を解除する。
本当はこのまま始めても良いんだけど、巻き込まれそうで怖いから観客席まで飛び退いたよ。席には面白い戦いが始まるから連れて来たミニス(本物)とリアもいるしね。
「それじゃあ――始め!」
観客席に降り立った僕は、満を持して戦いの開始を宣言した。
さてさて、一体どうなるかな? 魔将VS変態&狂人。なかなか愉快な戦いになりそうだと思わない?
退屈なマイホーム案内の後はいつものバトル回。定期的にバトル書かないと死ぬ病気です。次回はベルの強さが明らかになります