初めての殺しあい
僕としては、殺さず契約魔術を受け入れさせて奴隷にしてしまうのも良いかと思った。だってなかなか可愛かったし、契約を結べば強制的に同意させて武術の経験や記憶を奪うこともできるだろうからね。
だけどこれはレーンからの僕に対するテストでもあったから、残念ながら殺すしかなかったんだよ。僕が殺人を犯すことができるかどうか。自身の手を血で染めることに心が壊れて、狂ってしまうことが無いかどうか。それを確認するためのテストだったから。
「どうだい、感想は?」
「……催してきた。あと何か新しい性癖に目覚めそう」
もちろん僕はこの程度のことで心を痛めるような人間じゃないから、廃人になったり発狂したりする心配なんて一切必要ない。
そもそも僕には世界平和の実現という崇高な使命と、僕の愛しい女神様の願いを叶えるという深い愛情がある。その二つの前じゃ殺しの百回や千回、屁でもないね。あと普通に興奮して死体にキスまでしちゃったし。まあまだ温かかったしセーフでしょ。
「正直なところ、君が殺人程度で心を揺れ動かすような人間でないのは分かっていたよ。とはいえ確認ができたから私としても大助かりだ。その様子なら目的達成のために何ら躊躇なく邁進できるだろう」
台詞自体は嬉しそうなんだけど、レーンは何故かゴミを見るような酷い目で僕を見てくる。
さては僕が元気っ子にキスしたから焼きもちか? ハハハ、可愛いなコイツぅ。
「そうだろそうだろ。何せ女神様お墨付きの強靭な精神だからね。さて、それじゃあ次の段階に進もうかな?」
殺しそのものも目的だったけど、当初の目的はここからだ。僕は元気っ子ことアネットの額に手を当て、目を閉じる。
イメージするのはアネットの頭の中から僕の手を伝って、記憶が頭に流れ込んでくる光景。短剣の扱いを積み重ねてきた記憶、身体に刻み付けた最適化された動きの数々。それら短剣の扱いに関わる全ての記憶を奪い取り、僕の頭と身体に刻み付ける!
「――技能強奪!」
魔法を発動した瞬間、頭にずきりと痛みが走った。
大量の情報が一気に流れ込んできたんだから頭痛くらいは当然だね。でも僕が奪い取った情報は記憶全てとかに比べればほんの僅か。頭が爆発することなんてなく、頭痛もすぐに収まった。傍目から見たら僕には何の変化も無いと思う。
でも中身は全然違うよ? アネットの短剣に関わる全ての記憶と経験を奪い取った僕は、今や短剣を手足のように扱えるっていう確信があったからね。武術の心得なんて微塵も無かったにも拘わらずだよ? 魔法様々だね!
「……成功かい?」
「うん、成功だ。短剣っていうのがちょっと解せないけど、一つでも武器を扱えれば勇者としては十分でしょ。必要になったらまた今回みたいに殺して奪えばいいしね」
「私としては頼もしい発言なんだが……こんな男に無限の魔力を渡す女神様の采配や人選が少々心配だね。まあこんな世界を創ってしまったお方だ。無理もないか」
「ドジっ子だからねぇ。それじゃあ目的の力をゲットしたところで、次の確認行ってみようか?」
第二の目的を果たした僕は跨っていたアネットの身体から離れて、必死に何事か叫んでるけど猿轡で何を言ってるか分からない残り二人からも距離を取る。
そして両手に短剣を具現化。何の装飾も無いシンプルなやつとはいえ、謎物質でできてるから強度は折り紙付きだ。
僕の殺人に対する感情や反応の確認、武器の扱いの修得。これが今夜の目的だったけど、実はまだもう一つ目的があったりする。これから行うテストは一つ目とは違って、レーンからじゃなくて僕が僕自身に送るテストだ。
せっかくだからこの機会に知りたかったんだよね。本気の殺しあいの中で、戦い方っていうものをさ。僕は平和ボケした国の出身だから、やっておかないと後々困りそうだし。
「了解だ。では君のお手並みを見せて貰おうか」
「――テメェええぇぇぇぇっ!! よくもっ、よくもあたしの仲間を殺しやがったなあぁぁぁぁっ!!」
「し、信じられない……同じ人間なのに、どうして顔色一つ変えずにあんなに酷いことを……!?」
レーンが指を振って二人の猿轡をボロボロに崩すと、途端にメスゴリラの口から怒りの叫びが上がる。ゆるふわの方は悲しみだと思うけど、言ってることはちょっと間違ってるね。僕はちゃんと顔色変えたよ? 興奮したしたぶん顔は赤くなってたはず。
「あー、はいはい。お涙ちょうだいの台詞や倫理観云々の御託はいいから、ちょっと僕と殺し合おうよ。ほら、もう動けるし魔法も使えるようにしてあげたよ? 二人で一緒にかかっておいで?」
そうして僕はこの欲望の牢獄の、二人の身体を拘束する魔法と、魔法の使用を封じる魔法の部分を取り消す。
身体の自由が戻ったことに気が付いた瞬間、二人はすぐさま起き上がって虚空から武器を取り出してたよ。切り替え早いなぁ。
あといつのまにかレーンも僕の後ろ、結界の端に立ってた。さりげなく僕を盾にしてやがるな……!
「上等だ! 遠慮なくテメェをぶっ殺してやるっ!」
「……大切な仲間を殺された仇、取らせてもらいます!」
そして始まる二対一の殺しあい。
うーん、とんでもない殺意を向けられてる。僕、初めてだからできれば優しくして欲しいのになぁ。
でも正直なところ、始める前から勝敗自体は見えてる戦いだ。だって僕は魔法も物理攻撃も無効にする結界で自分自身を包んでるから、向こうの攻撃は僕には通用しない。反面こっちは無限の魔力に任せて、相手の身体に直接魔法を使用できる。極論二人の身体が爆発する魔法を使えば、RTA目的なら文字通り一瞬で終わるね。
でもそれじゃあ面白くないし練習にもならない。だから予めレーンと話し合ってルールを決めておいたんだ。相手の身体に直接魔法を作用させるのは禁止。魔法はできる限り間接的に使用すること、ってルールをね。
えっ、防御解けって? 解くわけないでしょ。僕だって死にたくないし痛いのは嫌いなんだよ。もっといっぱい欲望のままに生きて、可愛い女の子たちに苦しみを与えたいんだ。フェアプレー精神なんてクソくらえ!
「アースニードル!」
初手はレーンが持ってたみたいな杖を構えたゆるふわ――シルヴィ、だったかな? による魔法。
突然石畳がボコボコ動いたかと思いきや、先が尖った小さな破片がミサイルみたいに突っ込んできた。速度もなかなかで、少なくとも僕が野球ボール投げるのの三倍くらいは速い。それも数十個くらいいっぺんに来るんだから堪ったもんじゃないね。
「皆して石畳使うなぁ。魔力節約しないといけない人は可哀そうですね?」
普通なら避けるのに苦労するけど、僕は魔法とはまた違う力で反射神経を加速してる。ましてや面じゃなくて点の攻撃だから避けるのは簡単だった。間を縫うように動いて近づきながら煽るくらいの余裕はあったよ。
ちょっと背後からも殺意を感じて一瞬足が止まったけどね!
「くたばれ下種野郎っ!」
石畳製のミサイル張りを突破したら、そこでは巨大な斧を振り被ったメスゴリラ――アニエスだよね? が待ち構えてた。密度が薄いと思ったら誘われてたのか。なかなかやるな。
だけどさすがにそんな大振りの攻撃には当たらない。僕は華麗に回避を決めようとした。
「ははっ。そんな見え見えの攻撃当たら――おおっ!?」
そう思ったのに、足が動かない。
見ればいつのまにか僕の足が、足首あたりまで石畳に沈んだ状態で固定されてた。いや、僕の足元だけ突然液状化が発生するわけないだろ!? さてはこれもシルヴィの仕業だな!?
「――死ねっ!!」
そして振るわれる巨大な戦斧。
しかも殺意満々の割にはしゃがんで躱せない足元をすくう一撃だよ。食らっても問題ないはずだけど、さすがに無防備のまま食らうのはちょっと怖いね。かといって加速された反射神経でも脱出と回避は不可能。なら、こうだ!
「――うあっ!?」
「ひえっ!?」
石畳に固執する人たちを真似して、僕もアニエスの足元を隆起させた。
バランスを崩す程度の高さじゃなくて、僕の身長と同じくらいに。それで振るわれた斧の位置と軌道が変化してしゃがんで躱せたけど、ちょっと髪の毛が持っていかれそうになった。この年でまだハゲたくない!
「今です! ロック・スピアー!」
とか思ってたら足元の石畳が鋭くなってせり上がってくる! しかも僕の足の間から真上に!
ヤバいヤバい、位置がヤバい! 僕の処女が奪われる! というかアイツ本当容赦ないな!
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
だけど足元が変化したおかげで沈んでた僕の足も自由になった。だからかつてないほど必死の叫びを上げながら全力で後ろに飛んだよ。絶対に僕の処女は渡さないぞ!
その頑張りもあって足元からせり上がってきた岩の槍を何とか躱せたけど、僕のズボンの股の辺りをちょっと掠ったのがとんでもなく恐怖だったね。飛び退くのが一歩遅かったら今度は童貞のまま大切なモノが無くなる所だった……。
「――くたばれえええぇぇぇぇぇぇっ!!」
「げっ!?」
僕が自分の純潔を保てたことに安堵していると、上からそんな殺意に満ち溢れた声が降ってきた。
反射的に見上げると、高さを生かして落下しながら戦斧を振り下ろしてくる殺す気満々のアニエスの姿。タイミング的に避けられない! 二対一とか卑怯だぞ!
「おおおおおりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
だから取るべき対応は迎撃! 両手に持った短剣を重ね合わせて受け止める! 身体能力もそこそこ魔法で強化してるし受け止めきれるはず!
「――ウェイトォォォォォッ!!」
「ぐ、ううぅぅっ……!?」
とか思ってたら直前で武装術が加わって、信じられないくらいに重い一撃が降ってきた!
受け止めることはできたけど両腕が弾け飛んだんじゃないかってくらいに痺れたし、重さで膝まで石畳に埋まったぞ!? この状況はマズイ! 処女が奪われる!
「今だ、シルヴィ! ぶっ殺せ!!」
「トドメです! アース・ジョーズ!」
そして鍔迫り合いで拘束されたままの僕に、シルヴィからの魔法が襲い掛かる。
狙いは僕の大事なところじゃなかったけど、殺意が信じられないくらい高かった。だって僕の左右の石畳が突然無数の棘だらけになったかと思えば、僕を両側から挟むようにガバっと起き上がってきたんだよ? トラバサミかアイアンメイデン、あるいはあんぐり口を開いたサメみたいに。どうせ挟まれて死ぬなら女の子の柔らかいお胸に挟まれて死にたいよ。
仕方ない。こいつらの連携を破る術がいまいち思い当たらないし、ここは多少なりとも卑怯な方法で攻めさせてもらおう。二対一なんだしそれくらいはね?
「――位置交換」
だから僕は石畳のトラバサミに挟まれる直前、魔法を使った。
そして次の瞬間、手を合わせるように閉じたトラバサミの中から真っ赤な血が溢れて、肉の潰れる小気味のいい音が聞こえてきた。