協力者
魔将ベルフェゴール・カイツール。種族はオリジン・リヴァイアサン。見た者に原始的な恐怖を与える醜悪極まる見た目と、聞いた者の気分を尋常でなく害する耳障りな声を持つ正真正銘の化け物。
ただし今は僕の魔法によって、ミニスの2Pキャラみたいな姿形と声になってる。おまけにその身を包むのはフリフリで可愛らしいメイド服。頭には揺れるウサミミと白いヘッドドレスも装備してるし、正直これで魔将と言い張るのは無理があったかもしれない。
「ベルフェゴ~ル……う~ん、聞かない名だね~。本当に彼女は魔将なのかい~? こう言っては悪いが、全くそうは見えないんだが~……」
「ああ、どう見てもコイツの親戚にしか見えねぇぞ」
「ミニスちゃんの双子の妹みたいに見えるー」
「知らないって幸せな事よね……」
そのせいで僕の仲間たちもかなり懐疑的だ。唯一真の姿を見た事のあるミニスだけが遠い目をしてるね。まあアレは視覚と聴覚への拷問だからね。ミニスの反応も致し方なし。
「信じられないかもしれないけど、コイツは本当に魔将だよ。僕が魔法でこの姿にしてるだけで、本当の姿は似ても似つかない上に相当ヤバいからね。ミニスは見ただけで錯乱して僕に助けを求めて来たし、声を聴いただけでゲーゲー吐いたしね」
「うむ。あまりにも無礼な反応だったが、アレでも比較的マシな方だったな。私の姿を見て声を聞いた者は正気を失い廃人になる者が多いというのに。貴様は凄まじい精神力の持ち主だ。誇っていいぞ、小娘」
「やめて、思い出させないで……」
どうやらあの時のミニスの反応でもかなりマシな部類だったらしい。魔将直々の誉め言葉にミニスが顔を赤く――いや、青くしてるよ。あの時見た姿と聞いた声を思い出しちゃったんだろうね。軽くトラウマになってるな、これ……。
「ふ~む。まあ主はすでに他の魔将を仲間に引き入れているから、もう一人魔将がいても驚く事でもないかな~?」
「わーい! 新しい仲間ー!」
とはいえ真の姿を目の当たりにしていない奴らは、仲間として歓迎するムードを醸し出してる。特にリアなんか大喜びだ。ソイツは魔法でロリになってるだけであって、真の姿は化け物なんだよ?
「あ、一応言っておくとコイツは厳密には仲間じゃないからね? この屋敷の管理その他を任せる使用人扱いだから」
「おいおい、そんなバケモンに屋敷の管理とかさせんのかよ。大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。取引はしっかりしてあるしね。でしょ?」
「うむ! ずっとこんな可愛い姿でいられるのなら、私はご主人様のために誠心誠意尽くそう! 掃除洗濯家事炊事、全部私に任せるがいい!」
ミニス譲りのペタンコ胸をドンと張って、高らかに言い放つベル。
凄いでしょ? 語って聞かせたからコイツは僕の正体も目的も知ってるのに、その上でメイドとして僕に仕えて一生懸命にお仕事してるんだよ? いかに同族がどうでもいい存在かって事が分かるよね。確か魔将って魔獣族を守護する存在のはずなのにねぇ……。
「なるほど~。主の力で本来の姿から今の姿にしてやる代わりに、屋敷の管理と仕事を任せるという事なんだね~? 察するに本来の姿は自分でも嫌いなのかな~?」
「うむ。あんな醜悪で冒涜的な姿、自分の身体でなければ八つ裂きにして塵も残さず燃やし尽くしているところだぞ」
妙に鋭い所のあるトゥーラがズバリ言い当て、ベルが頷く。
客観的に見れば仕事量と対価が全然釣り合ってないだろうけど、本人からすればこれでも破格の条件だって言ってたからね。まあ自分にとってどうでもいい物が、他人にとってもそうであるとは限らないわけだし。少なくとも僕らはお互いに納得した上で取り決めたんだから別に良いか。
「……ところで貴様、なかなか愛嬌のある顔をしているな?」
「えっ、リアのこと?」
ここでベルは獲物を見定めるような目をリアに向け、つま先から角のてっぺんまでじっくりと眺めた。キマシ……ではないね、たぶん。
「うむ。貴様、とても愛らしいな。気に入ったぞ。よし、変身!」
一人納得を示したベルは、突如として右腕を高く掲げて高らかに叫んだ。その瞬間、ベルの右手首に嵌ってた腕輪が眩い光を発する。生じた光はベルの全身を包むように広がり光のシルエットを形作ると、徐々に形を変え――
「――うむ、素晴らしい! とても可愛らしいぞ!」
「わーっ!? リアが二人に増えたー!?」
光が弾けた後には、リアの2Pキャラと化したベルがそこに立ってた。髪の色と瞳の色が水色な所以外は、完全に本人と瓜二つ。
もちろんこれはベルの能力や魔法じゃなく、僕が渡した腕輪型の魔道具による変身能力だ。これを装着してる限りベルはいつでも好きなように他者に変身できるし、その姿を保ってられる。ベルからすれば自分の命を差し出しても欲しいものだったんだろうね。作って渡して試させたら、狂喜乱舞して僕の靴でも舐めそうなくらいへりくだってきたよ。
「うんうん、腕輪はしっかり機能してるね。僕に尽くしてくれる限り、その腕輪はお前のものだよ。だからお仕事よろしくね?」
「任せろ! 千年以上眠っていたからな。今の私は数百年くらい不眠不休で活動できるぞ!」
「いや、お休みは普通にして良いんだよ。誰も超ブラックな環境で働けとは言ってないよ。僕もそこまで外道じゃない」
少なくとも労働には対価が不可欠だし、休息も必須だ。数百年不眠不休で働けなんて人でなしな事は僕だって言わないぞ。
ただ、奴隷に関しては……うん。擦り切れてボロボロになるまで働かされて衰弱死する女の子とか、結構そそるからアリだね。可哀そうで可愛い。
「む、そうか。では適度に休息を取りながら働くとしよう。というわけで、まずは昼食だ! 貴様らは席に着いて待っているがいい!」
そう言い放ち、リアの2Pキャラと化したベルは台所へと走り込んでいった。
メイドにしてはちょっと高慢な物言いだけど、僕はそんな細かい事気にしないから別に問題なし。それに仕事自体はもの凄く真面目にやってくれてるしね。口調が乱暴な働き者と、口調が丁寧なサボり魔だったら誰だって前者を選ぶでしょうよ。
「……というわけで、メイドもいる屋敷になったわけだよ」
「さすがは主~。魔将をメイドにしてこき使うとは、転落系プレイがお好きなのかな~?」
結論をみんなに話すと、トゥーラが酷く失礼な事を言ってくる。
別に転落系プレイが好きとかそういう事は無いぞ? 確かにこう、一国のお姫様が奴隷落ちとかは最高に興奮するシチュエーションだけどさぁ……あれ、もしかして否定できない?
「なあ、何でアイツだけ仲間じゃねぇんだ? 魔将って事はそこのクソウサギよりも強いんだろ?」
「それはアイツが自分の姿と声の醜さのあまり、自分以外の全ての種族に嫉妬して皆殺しにしたいって思ってるからだよ。ああしてずっと別の姿に変身してられる今だからこそちょっと嫌い程度に落ち着いてるだけで、真の仲間としての適性は全く無いね」
クソウサギことミニスを指差しながら尋ねてくるキラ。人に指を向けちゃいけませんって教わらなかったの? まあ子供の頃から殺人を犯すような奴には倫理的な事説いても無駄か。
それはさておき、ベルが真の仲間になる事は絶対にない。だってコイツは嫉妬から全ての種族を殺したいと思ってる奴だよ? 今でこそ可愛い姿と声を手に入れたから大人しくなってるけど、僕がこの世界からいなくなった時の事を想像してごらんよ?
僕がこの世界からいなくなれば、恐らく僕が維持してた魔法も全部消えるはず。そうなればベルは元の冒涜的な姿と声に逆戻り。一度は可愛らしくいられたのに元に戻っちゃったら、間違いなく絶望は深まるはずだ。そうなったら今度こそ嫉妬と怒りと悲しみに狂って、地上の全生命を皆殺しにしかねない。そんな時限爆弾を真の仲間には加えられないよ。
「なるほどな。どっちかっつーと、あくまでも一時的な協力者ってところか」
「そうそう、そんなところ。でも契約魔法はちゃんと済ませてるし、そもそもあの腕輪がある限りは僕を裏切ったりすることも無いだろうしね。ある意味信頼のおける協力者だよ」
たぶん腕輪を取り上げるって言えば、それこそ文字通り何でもしてくれると思う。それくらいベルにとっては今の環境を手放したくないはずだ。
とはいえ時限爆弾である事には変わりないし、僕がいなくなった後でも元の姿に戻らずに済む方法を考えないとね。ダメだったら最後には後腐れなく始末しよう。
「ふぅん。まあ、そういう事なら良いんじゃね?」
「そうだね~。メイドとして誠心誠意尽くしてくれるのなら、私としても文句は無いかな~?」
「リアも文句なんて無いよ! ベルちゃんと一緒に遊びたいな!」
みんなも納得してくれたみたいで、やっぱり歓迎ムードだ。言い聞かせる必要も無くて助かるね。まあメイドがいれば生活は楽になるだろうし、わりかし生活能力の低そうなキラ辺りは邪険にする理由も無いでしょ。
何にせよ、メイドとの顔合わせが上手くいって助かった。
「……コイツらがアレの真の姿を見た時、どんな反応するか楽しみね?」
「こらこら、お前がそんな悪い顔をするな。それは僕がするべき顔だぞ」
ただし、ベルの本当の姿と声を知ってるミニスが妙に悪い顔をしてるのが気になったね。一般村娘がするような顔じゃないよ、その邪悪な笑み……。