冒涜的な生物
⋇SANチェック注意
「これは、また……今世紀最大の兵器だね……」
魔王城の地下四階で見つけた巨大魔法陣の上で、さしもの僕も苦笑い。
なるほどねぇ。聖人族側は勇者っていう使い捨て兵器を送り込んでるのに対して、魔獣族側は何もしてないって思ったけど、これがあるから待ちの戦法でも問題なかったってわけか。確かにこの魔法陣が発動できれば、全ての聖人族はそのまま死に絶えるだろうし。
それに考えようによってはこの魔法陣は素晴らしい代物だ。何せ核兵器みたいに放射能ばら撒いたりしないから、土地が毒される事は無いしね。聖人族のみを殺すから、聖人族の土地は再利用できるってわけだ。環境に配慮した実にクリーンな兵器ですね。
「ちょっ、何? 何が分かったの? これは一体何なのよ?」
足元の魔法陣のヤバさが分からずとも、僕の表情から何かを敏感に察したみたい。ミニスはちょっと怯えた表情で尋ねてきた。
「あー、うん。どうやら僕は勘違いしてたっぽい。女神様は地下で眠る魔将を何とかして欲しいんだと思ってたけど、そうじゃなくて本当はこの魔法陣を何とかして欲しかったみたいだ」
「この魔法陣を? え、じゃあもしかして、これ相当危ない魔法……?」
「いや、お前には一切危険はないよ。ただこの魔法陣が発動すると、聖人族はみんな心停止して死ぬってだけだから」
「ああ、何だ。じゃあ安心ね……待って、今何て?」
ほっと胸を撫で下ろした後、一拍置いて顔色を変えるミニス。鋭いツッコミを行うツッコミ役の貴重なノリツッコミだねぇ……。
「まあ分かりやすく言うと、対象が聖人族にのみ限定された大量殺戮兵器って認識で良いよ。発動すれば戦争は終わりだね。でも核兵器よりはクリーンだしそこは好感が持てるかな」
「好感持ってないで何とかしなさいよ!? これ今すぐ破壊しなきゃマズイんじゃないの!?」
「まあマズイっちゃいマズいけど、そこまで差し迫った脅威でもないかな。発動に必要な魔力が溜まるまでまだ十パーセントあるし。それに壊しちゃうと絶対大混乱が巻き起こるからね。女神様も対処を頼むとは言ってたけど、別に壊せとは言ってなかったよ?」
そう。女神様はあくまで対処をお願いしてきただけで、破壊をお願いしてきたわけじゃない。とはいえあの女神様がどっちか一方の種族に加担するってのは考えられないし、もしもの時に使わせて聖人族を滅ぼして良いよっていうメッセージじゃないはずだ。
つまりこれは僕に対してのメッセージ。単純に破壊して終わりにするんじゃなく、何かに利用しろって事だね。その何かが今の所あんまり思い浮かばないのが悔しいな。
「で、でも、今も魔力が込められてるっぽいわよ? 本当に放っておいて大丈夫なわけ?」
「ん? 何で進行形で魔力が込められてるって分かるの?」
「え? いや、だって真下から魔力が来てるし……」
「へー、そうなんだ?」
ミニスの言葉に、僕は真下――恐らくこの下の階を見る。
頑張って感じ取ろうとしたけど、全然駄目でした。無限魔力の弊害でどうにも自分以外の魔力を上手く感じ取れないんだよなぁ。肉眼でノミを探してるような感じですっごい疲れる……。
「うん、さっぱり分からん。僕にとってはあまりにも微量過ぎて全然分からないや。お前を連れて来た甲斐があったね」
「何か腹立つ言い草ね……」
軌道修正役とツッコミ役に連れて来たけど、思わぬところで役立ったなぁ。よし、新たに魔力観測役という役職をあげよう。何かご機嫌斜めな顔してるけど。
「しかし、真下かぁ……もしかして、眠ってる魔将から吸い上げてる感じなのかな?」
幾ら効果がシンプルとはいえ、これだけデカい魔法陣なら必要な魔力量も膨大なはず。だとしたら地下で眠りについてるらしい魔将の魔力を遊ばせておくなんてもったいない。まず間違いなく利用してるって考えて差し支えないはずだ。
それに意外とこの部屋は埃が積もってるし、少なくとも頻繁に人が出入りして魔力を充填してるって事も無いだろうしね。
「……じゃあ、魔将の方を何とかするとか?」
「そっちはそっちで問題ありそうなのが何ともねぇ。ひとまず魔将のツラを拝んでから決めるとしようか」
ひとまずこの魔法陣は放置する方向で決定して、僕は更に地下へと進むために床に穴を開けた。
ちなみに魔法陣の紋様部分を消したり削ったりしなければ、余白部分に変な事しても問題無いらしいよ。この巨大魔法陣は紋様がシンプルだからその辺に穴を開けられたとはいえ、複雑な紋様をしてたら一旦外周まで行かないと駄目だったね……。
「よし、それじゃあ――」
「もう落とされるくらいなら自分で落ちるわよ……」
早速高さを計測しようとした所、ミニスが諦め顔で自ら穴に身を投げた。何て潔い。これぞ正に奴隷の鑑だね。あ、今は仲間だったか。
それはともかく、ミニスが穴に身を投げてから一秒……二秒……三秒……四秒……五秒で着地。高さは百二十メートル弱ってところか。聴覚を強化してるとはいえ、そろそろ着地音が聞こえなくなりそうな高さだ。
「今回も結構深いな。よーし、それじゃあ僕も――」
「――い、嫌ああああぁあぁぁぁぁぁぁあぁっ!?」
「……ほえっ?」
僕も穴に身を投げようとしたその時、穴の中からミニスの悲鳴が聞こえてきた。しかもかなりガチな悲鳴だ。具体的にはリアに拷問されたサキュバスが上げてたみたいな、尋常ならざる恐怖に晒された女の子が上げる感じのやつ。
鋼メンタルなミニスがそんな悲鳴を上げるなんてちょっと驚きで、一瞬変な声を出しちゃったよ。一体何があったんだろ?
「た、助けてっ!! お願い、クルスっ!! ご主人様っ!! お願いだから助けてえぇぇぇっ!!」
「えー……?」
しかも続いて聞こえてきたのは、僕に助けを求める切羽詰まった声。
いつも僕をクソ野郎って罵るミニスが僕の名前を呼んで、その直後にご主人様呼びしながら助けを求めてくるという驚愕の展開。これには驚きを通り越していっそ不気味に思えてきたね。さっき僕をギャフンと言わせるって言ってたし、案外これは演技で下で罠を張って待ち構えてるのでは……?
「……まあ、アイツも今や僕の仲間だ。助けを求められたんなら行くしかないね? よっと」
多少不審に思ったけど、僕は躊躇いなく穴の中に身を投げた。
一応ミニスは真の仲間になったわけだし、助けを求められたら応えるのは当然だからね。仮に罠だったとしても僕の心は大海原のように広いから、多少の報復は大目に見て上げるつもりだし。じゃなきゃ尻を一回蹴られた時点で分からせてるわ。
そんなわけで階下に向けて落下中。しかし、何だ? 特に何も見当たらないぞ? ただただアホほどデカい重厚な門が見えるだけじゃないか。あ、もしかして反対側? 良く見ると眼下で腰を抜かしてぶるぶる震えてるミニスが見てる方向、僕と真逆じゃないか。
「お待たせ。助けに来たよ――って、おっと」
着地して後ろを振り向こうと思った瞬間、僕の胸にミニスが飛び込んできた。そしてその手に握ったナイフを僕の腹に突き刺す――なんてことは無く、そもそもナイフも何も持ってなかった。しかもミニスの両手は僕の背中に回されて、力強く服を掴んでぎゅっと抱き着いてきてる。おいおい、マジでどうした?
「う、ううっ、ううぅぅぅううぅっ……!」
しかも何か泣いてるし、涙とか鼻水で汚れるのが嫌だから押しのけようとしても必死に抱き着いてきて離れないし……コイツ、今クソ野郎に抱き着いてるって事が分かってるんですかね?
ていうか、僕の背後にはミニスがこんな普通の女の子みたいな反応をする何かがあるってことだよね? これは非常に気になる反面、ちょっと躊躇いが出てくるね……だが僕は退かない! さあ、後ろに何がある!?
「――何だこの化け物!?」
そんなわけで、必死に抱き着いて離そうとしないミニスを抱えたまま後ろを振り向いたら、そこには巨大な化け物がいた。あまりにも醜悪で見るに堪えない姿してたから、さすがの僕も声を荒げちゃったよ。
ちょっと説明が難しいんだけど、うーん……全体的には、蛇とナメクジと毛虫を足して三で割った感じって言えば伝わりやすいかな? ぬるぬるしてて身体が滅茶苦茶長くて、全身から夥しい数の突起が出てて毛虫みたいになってるんだ。そしてその突起一つ一つの先端部分に鋭い牙の並んだ口と、閉じられた単眼があって……うん、端的に言ってキモイ。
しかも本体の頭部に当たる部分、人間で言えば口から上にもこのキモイ突起が生えまくってるからね? これ眠ってるからまだマシに見えるけど、目覚めたら全部の瞼が開いてよりキモイ事になるんだろうなぁ……。
「見ただけで正気度喪失しそうな冒涜的な外見してんなぁ? ここまで醜悪な生き物は昆虫以外じゃ見たこと無いよ」
あまりにも精神的に嫌悪が沸き上がるその姿に、ミニスがこんな状態になってるのも納得だ。たぶん正気度がゴリっと削られて一時的狂気に陥ってるんでしょ。僕が平気なのは……元々狂気だから影響ないんじゃない?
しかしこれ、本当に女神様が作った生き物? 僕の女神様以外の女神様が悪戯して生まれた忌み子か何かじゃない?
「とりあえず、解析」
名前:ベルフェゴール・カイツール
種族:魔獣族(魔将:オリジン・リヴァイアサン)
年齢:2183歳
職業:無し
得意武器:無し
物理・魔法:6対4
聖人族への敵意:極大
魔獣族への敵意:極大
うわぁ……何? この、何……? ちょっとコメントに困る内容が頭に流れ込んできたな……。
まあ城の地下で眠りに着いてたなら、職業が無職っていうのも致し方ないよね。得意武器に関しては武器を使えるような見た目してないし、これも無しなのは納得の行く話だ。
問題なのは種族への敵意。コイツ、自分の種族にも敵の種族にも【極大】の敵意を抱いてるよ? 確かにこれは城の地下で常に眠らせ、そして魔獣族が滅びる寸前までは決して解放しないっていうのも当然だね。姿を見るだけで発狂しかねない化け物が、敵味方問わず襲い掛かって全てを貪りそうだもん。むしろよく城の地下で眠らせるだけで済んでるね。僕なら確実に殺してるよ。
「とりあえず、そうだね……自主規制。よし、これであの化け物見ても平気なはずだぞ」
絶賛僕の胸に縋りついて震えてるウサギに対して、その視覚を弄る魔法を行使する。具体的にはコイツがあの魔将――ベルフェゴールを見るとその姿にモザイクがかかって見えるようにしたんだ。
こんな怖がって抱き着いてくるとか僕の知ってるミニスじゃないから、さっさと元に戻って欲しいしね。こんなしおらしくて大人しいのは何か嫌だ。
「……あ……ほ、本当だ……何か、変な風に見えるけど……」
そろりとベルフェゴールの姿を見たミニスが、若干安堵した表情になる。自分の視界にモザイクがかかるとかなり不気味な光景のはずだけど、それよりもあの醜悪な姿への嫌悪と恐怖が勝ったみたいだ。
「……あ」
そしてここでようやく、ミニスは自分が僕に抱き着いてることに気が付いたみたい。何か徐々に顔を赤くして、さっきとはまた違った感じに身体を震わせて――
「っ!!」
「ぐほぅっ!? お前から抱き着いてきた癖にぃ!」
――回し蹴りを僕の胴に叩き込んできた。今回に限っては僕は何一つ悪くないはずなのにこの仕打ち。ちょっと酷すぎない? 防御魔法が無かったら確実に背骨が折れて内臓が破裂してた一撃だよ?
「はぁ……まあいいや。どうやらこれが魔将みたいだよ。魔将ベルフェゴール。地下深くで眠らされてる理由は――直視したお前なら言わずとも分かるよね?」
「コイツには悪いけど、それは当然ね……見ただけで頭がおかしくなりそうなくらいの恐怖を味わったわ……」
ぶるりと身体を震わせ、更にウサミミを縮こまらせるミニス。コイツを目にした時の衝撃は相当なものだったみたいだね。
しかし確かに冒涜的で醜悪で見るに堪えない姿をしてるのは賛同するけど、別に怖いとは思わないんだよなぁ。もしかしてミニスが感じた恐怖ってある種の魔法的な作用によるものかもしれないな。自分を見たものに恐怖を与えるとか、そういう感じの魔法が常時発動しているのでは?
「……さて、せっかくだからコイツを起こしてお話をしてみようか。何か意外と面白そうな奴だしね」
「じょ、冗談でしょ? 起こすの? このままにしといた方がよくない?」
「良いじゃないか。そっちの方が面白そうだし」
ビビってるミニスを尻目に、僕は自分たちにかけてた消失を解除する。これで僕らがこの場に突然現れたような感じになるけど、魔将は未だに眠ったまま反応しない。やっぱ無理やり起こすしかないか。
「というわけで起きろー! 強制起床!」
『……ッ!!』
その名の通り、強制的に起床させる魔法で魔将を叩き起こす。
一瞬魔将の巨体がビクリと震えて、次の瞬間その身体中の突起の先端にある目玉が全て開いた。うわぁ、真っ赤なお目々が一つ一つ別々な方向をギョロギョロ見てて心底気持ち悪い……。
『誰ダ、私の眠リを妨ゲル者は……せッカく、素晴ラシい夢に浸ってイたトいうノニ……』
「うっ!? おええぇえぇぇっ……!」
そして魔将が言葉と思しき耳障りに過ぎる音を捻り出した瞬間、僕の隣でミニスが膝を付いて盛大に吐き散らかした。
もしかして姿だけじゃなく、声も聞いちゃヤバいとかそういう感じ? 完全に制御できない危険物じゃん……。
⋇姿を見たら成功で1D10、失敗で1D100のSAN値減少です。また声を聞いても成功で1D10、失敗で1D100のSAN値減少です。クソ強メンタルのミニスはむしろ滅茶苦茶耐えた方。