マイホーム購入
「さて、それじゃあ不動産屋に向かうわけだが……人めっちゃ多いな!!」
宿屋から一歩出た途端、僕はあまりの人混みに辟易して回れ右したくなった。
皆のマイホームへの希望を聞いて、朝食を摂った後にいざ不動産屋へ向かおうとしたらこれだよ。首都って事を考えても人が多すぎる。そして喧騒も凄くて耳が痛い。そういえば宿を取った時は真夜中だったから、ここまで人がいなかったんだな。都会の人混みをちょっと舐めてた。
しかしこんなに人がいるのに、闘技大会優勝者の僕に誰も気づいてないっぽいな。そういえば魔術師っぽいローブを着てフード被ってたし、武器もエキシビジョンマッチ以外は杖を使ってたから、今の落ちぶれた盗賊みたいな姿じゃ分からないのも無理はないか。絡まれないのは助かるとはいえ、ちょっと寂しいものがあるね……。
「ハハハ、仮にもここは首都だからね~。人が多いのは当たり前じゃないか~。その分スリとかも多いから、貴重品には注意した方が良いよ~?」
などと朗らかにスリを注意してくるトゥーラ。
でも僕は別に貴重品なんて持ってないしなぁ。大概のものは空間収納の中に入れてあるし、盗まれそうなものって言ったら精々腰に下げてる長剣くらいか。これも別に盗まれたって困らないんだけどね?
「家を買いに行くだけってんなら、あたしは宿に残ってても良いか? こんなクソほど人で溢れた中を歩きたくねぇ」
「いいよ。どうせお前は希望さえ通ってれば、家の外観とか建築様式とか風水とかには拘らないでしょ?」
「ああ。全部お前に任せる。そんじゃな」
キラも人混みを見てげんなりしたのか、全部僕に丸投げして宿に戻ってった。僕も戻りたいけど、僕が行かないと話が始まらないんだよなぁ。さすがにこればっかりは誰かに任せるわけにもいかないし。
「じゃあ私も別行動する。あんたの傍にいるよりは人混みの中の方がまだマシ」
「別に良いけど、お前を一人で放逐するのはちょっと心配だなぁ。リア、できればついて行ってやってくれない?」
「いいよー。じゃあミニスちゃん、一緒にお買い物したり、美味しいもの食べたりしよー?」
ロリっ子のミニスを一人で都会に放つのはちょっと不安だからお願いすると、リアは笑顔でミニスに駆け寄ってお手々を繋いだ。というか君は普通に手を繋げるんだね。おかしい、僕がミニスと手を繋ごうとすると手を叩かれるのに。
「良いけど、サキュバス見かけても変な事するんじゃないわよ?」
「……それじゃあ行ってくるねー、おにーちゃん! バイバーイ!」
「ちょっと? 返事は?」
ミニスの注意を華麗にスルーするリア。これはサキュバスを見かけたら変な事をしそうですね。間違いない……。
「はい、いってらっしゃーい。リアの手綱はしっかり握っておいてね?」
「はぁ……分かったわよ……」
街中で凶行に走りかねないリアの手綱はミニスに任せて、二人を都会の人混みに送り出す。
しかしよく考えたらリアを一緒に行かせるのは完全に悪手だったかもしれないなぁ。だってロリっ子を一人で放逐するのが心配だから一緒に行かせたのに、ロリっ子が二人になってるじゃん。子供好きな男なら放っておかないでしょ。僕なら間違いなく誘拐して監禁してエロエロな事しまくるぞ?
とはいえリアには防御魔法がかけてあるし、ミニスも再生や自動蘇生をかけてあるから、余程の事が無い限りは大丈夫でしょ。そこまで心配する必要は無いかな。
「さて、それで残ったのは……」
むしろ心配なのはこっちの方。キラとミニス、リアがいなくなったから、ここに残ったのは僕と――
「フフフ、主と二人きりで新居を探す~。いや~、まるで新婚みたいで胸がときめくね~?」
――だらしなく頬を緩ませたクソ犬だけ。何でよりにもよってお前が残るんですかねぇ?
「よし、僕たち別れよう」
「あ~!? それはないよ~! 一緒に愛の巣を探しに行こうよ~、主ぃ~っ!」
「えぇい、本当に面倒な奴が残ったなぁ……」
メロドラマのワンシーンみたいな台詞で単独行動をしようとすると、トゥーラは恥も外聞も無く僕の足に縋りついて情けない声を出し始めた。よくもまあ天下の往来で躊躇なくそんな真似ができるもんだ。いっそ感心したくなるね。
もう仕方ないから縋りついてくるトゥーラを引きずる形で歩きながら、僕は不動産屋を探しに人混みの中へと向かったよ。変なものが引っ付いてるせいか通行人に微妙に避けられて、ちょっとだけ歩きやすかったです。
そんなこんなで、僕らは屋敷を買うために不動産屋を探して歩いた。ムカつく事に有能なトゥーラが良さげな不動産屋の場所を知ってたから、とりあえずそこに行ってみることにしたんだ。
しかしコイツをそこらの泉に落としたら、変態じゃないけど有能な綺麗なトゥーラとか貰えないかなぁ?
「――いらっしゃいませ。アンブラ不動産へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
そうして不動産屋に辿り着いて、僕を迎えてくれたのはクール系の犬耳青年。丁寧な接客で好感が持てるね。
でも僕としては、向こうの方で接客をしてる朗らかな感じの猫耳女性の方が良かったかなー。
「は――」
「私と主の愛の巣を買いに――あばばばばばっ!!」
「……はい?」
僕の言葉に被せて変な事を口走ったトゥーラに対して、即座に首輪の電撃をお見舞いして黙らせる。
さすがにこの展開には犬耳青年も目を丸くしてたよ。まあ客の片割れが変な事を言ったかと思えば、突然雷に打たれたように痙攣してぶっ倒れたんだから無理もないか。申し訳ない。
「はい。実は僕はこういうものでして、そろそろ腰を落ち着ける場所が欲しいと思い、この度新居を購入することに決めました。予約などは取っていないのですが、構いませんでしょうか?」
アホは無視して、とりあえず冒険者プレート(Aランク)を出して様子を窺う。
ぶっちゃけ不動産屋なんて入るのは初めてだし、予約が必要なのかどうかも分かんないからね。予約が必要ならまた改めて来よう。
「あ、ああ、高ランクの冒険者の方でしたか。となると、予算の方は……?」
「そうですね。お金に糸目は付けないつもりです」
ついでに金の力も誇示しておく。どうせ偽造通貨だからね。どんだけ高価でぼったくられようと些細な問題だよ。
「なるほど。そういうことでしたら問題ありません。では、こちらへどうぞ」
金の力と高ランク冒険者の肩書きが効いたのか、無事に僕らは個室へと案内された。結局予約って必要だったんだろうか?
それはともかく、個室で僕は犬耳青年から希望の物件の条件を色々と根掘り葉掘り聞かれた。細かいことも色々聞いてきてちょっと時間がかかったけど、まあそこら辺大雑把で適当に流すよりは良いよね。この人仕事ができる方だ。
条件を聞いた犬耳青年はしばし個室を出て、条件にあう物件のリストを手に戻ってきた。一つ一つの物件の情報が数枚くらいの用紙に記載されてるとはいえ、国語辞典と同じくらいの厚みがあったよ。無駄に広い首都だけあって物件もなかなか多いみたいだ。これはなかなか期待できそう。
「――ありがとうございます。では少し二人で相談しながら決めたいと思いますので、申し訳ありませんが外していただけませんでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。それでは、何かご用の場合はこちらのベルをお使いになってください」
丁寧な口調は疲れるから、遠回しに『邪魔だから出てって?』と伝える。丁寧な言葉で言ったおかげで犬耳青年は気を悪くした様子も無く、にこやかに笑って頷いてくれたよ。言い方は大事だってはっきり分かんだね。
「さてさて、それじゃあ主が気に入りそうな物件を探そうか~。費用は度外視で良いんだね~?」
「うん。お金には困ってないし、そこはどうでもいいよ。それよりも設備とかの方が重要だ」
邪魔者は追い出したので、後は二人でダラダラと駄弁りながら良さげな物件を探す。
何気にトゥーラもしっかりリストを確認して、ちゃんと物件を探してるのが好印象だね。キラやリアならこうは行かないだろうなぁ。ミニスなら嫌々ながらも探してはくれそうだけど、ただの村娘に書類の仕分けとはキツそうだし……一応はコイツを連れてきて正解だったんだろうか?
「……うーん、なかなかコレだって思う物件が無いなぁ?」
「まあそういった物件はすでに買い手がついてるだろうからね~。当然と言えば当然の結果だよ~」
そして二人合わせて全体の七割くらいを確認し終えた頃、どれもこれもいまいちな物件ばかりで僕はため息を零した。
確かに予め提示した条件は満たしてるんだけど、ちょっと広すぎだと思えば今度は狭すぎだったり、立地が悪かったかと思えば周辺の環境が悪かったり……どうにも良さげな物件が見当たらないんだよ。
えり好みしすぎって言われるかもしれないけど、本来なら一軒家の購入って相当思い切った買い物だからね? 偽造通貨を使うから懐が痛まない僕でさえこんなに悩むんだから、普通の人ならもっと悩むと思うよ? 何せ一生ものの決断になるし。
「……というかいっその事、土地だけ買って新たに屋敷を建てた方が早いんじゃないかい~?」
「僕もそれは考えたけど、さすがにちょっと目を離した隙に屋敷が建ってるとか怪しい事この上ないから止めといたよ。何より内装とか色々考えるのが面倒だし……」
トゥーラの提案は僕も最初考えてたけど、最終的にボツにした。幾らそこまで急いでないとはいえ、普通に屋敷が建つまで待つのはちょっとね。かといって僕が直々に魔法で一瞬で建てるのも怪しすぎるし。
「それなら内装はその辺の屋敷の内装をそのまま再現すれば――むむ~?」
「ん? どうしたの?」
突然おかしな声が聞こえてリストから顔を上げてそっちを見ると、そこには難しそうな表情で首を捻るトゥーラの姿があった。そうしてペラペラと数ページほどを行ったり来たりして、何かを何度も確認してる。
何だろ。何か良さげな物件でもあったかな?
「いや~、何やらとても怪しい物件を見つけてね~……具体的には前提条件を満たしているにも拘わらず、他の物件の百分の一くらいの値段になっているよ~」
「何だそれ、怪しすぎるでしょ。ちょっと見せて?」
出血大サービスなその物件が逆に気になって、僕はトゥーラからリストを受け取ってその情報を確認していった。
ふむふむ。庭よし、リビングよし、お風呂よし、キッチンよし。客間含めて部屋数は十個弱。何気に風呂・トイレが別なのが素晴らしいね。若干広めな事を除けば僕としても悪くないし、何より一般目線から見ても別段おかしなものは見当たらないが……?
「ふむふむ……ふむ? なるほどぉ?」
ただ、その物件の情報が記載された最後の一枚に目を通すと、何となくクソ安い理由が分かった。一応詳しい話を聞いた方が良さ気だから、とりあえずハンドベルを鳴らして犬耳青年を呼んだ。
するとしばらくして犬耳青年が扉を開け、一礼した後入ってきた。
「どうかいたしましたか? 何か問題でも?」
「問題と言う訳じゃないんですが……この物件、いわゆる事故物件ですか?」
僕はその物件情報が記載された紙束を纏めて渡し、そう尋ねる。
この世界じゃどうか知らないけど、前の世界だと確かその手の物件はしっかり説明しないといけない義務があったはずなんだよね。ただまあ、適当に誰かと契約して住まわせた後なら告知義務は無くなるんだっけ? いずれにせよ今はこの世界に暮らす僕には関係の無い事か。
「ああ、ここは……その、厳密には事故物件ではないのですが、少々血生臭い曰くがあると言いますか……具体的には、前の持ち主は猟奇殺人鬼だったのです」
「ほう?」
奇遇ですね。うちにも猟奇殺人鬼がいるんですよ。こっちじゃチャーマーとかいう恥ずかしい二つ名で呼ばれてる奴なんですけどね。
何にせよこれはなかなか面白い物件かもしれないな。とりあえず話を聞いておこう。
「その話、もう少し詳しく聞かせて貰っても良いですか?」
「ええ。隠し立てして良い情報ではありませんからね。事の始まりは三十年ほど前でして――」
そうして犬耳青年が語ったお話。それはとても愉快で実に可哀そうなお話だった。そしてこの物件は間違いなく僕らに相応しい。よし、ここに決めた! 買っちゃおう!
というわけでマイホーム購入。凄いどうでも良い事ですが犬耳青年にはちょっとアレな性癖の新婚カップルに思われています。心外ですよね