理想のおうち
「皆おはよう。よく眠れたかな?」
「ばっちり!」
「もちろんさ~!」
一日がかりの耐久徒競走(妨害あり)を終えて、無事に首都であるセントロ・アビスに辿り着いた僕たち。ただ到着したのがもう夜更けも良い所だったから、その日は首都に入ってすぐに手近な宿で休むことにしたんだ。ろくに街も見てないから今日色々見てみる予定だよ。
昨日あんな激しい競争があったとは思えないほど、みんな元気満々だ。確かに持久力が無限になる魔法をかけてたとはいえ、リアもトゥーラも疲労を感じさせない煌めく笑顔を浮かべてるよ。
「………………」
「………………」
「うんうん、何かバチバチ睨み合ってる奴らがいるねぇ? 朝っぱらからケンカ腰なのはさすがにやめない……?」
ただ、若干二名が今にも取っ組み合いを始めるんじゃないかってくらいに敵意バリバリに睨み合ってた。村娘風情に一撃入れられたキラと、その千倍はやり返されたミニスだね。コイツら一応仲間なのに、本当に仲悪いなぁ……。
「まあまあ、喧嘩するほど仲が良いというじゃないか~。それよりも主、私たちを呼び集めた理由は何なんだい~?」
二人の間にぬっと身体を滑り込ませて仲裁したトゥーラが、僕にそんな疑問を投げかけてくる。
まあ宿の朝食を摂る前に皆を呼び集めたからね。何か話があるんだろうと思うのは当然か。実際話があるし。
「うん。とりあえずこの街での予定を話しておこうと思ってね。何だかんだで世界を自分の目で観て回るっていう旅も、ここで最後だし」
「ほ~? となると、ついに動くのかい~?」
「本格的な活動はもうちょい後になるかな。そういうわけでまだ表向き一般人を装ったりしなきゃいけないんだ。そのためにも拠点――要するにマイホームを買おうと思う」
「……マイホームだぁ?」
「おうち!? リアたち皆のおうちを買うの!?」
不可解な顔をするキラと、何故かお目々をキラキラに輝かせるリア。
リアは家族関係っていうか故郷での扱いが最悪で、むしろ僕らの方が本物の家族感あるからね。みんなで仲良く暮らせるマイホームを買うっていうのは、一定の憧れがあったのかもしれない。
「うん。宿屋暮らしも悪くは無いけど、そろそろ活動拠点を設けて一カ所に腰を落ち着けたいからね。それにどうせなら自分の家が欲しいんだよ。あとどっかのクソ犬のせいでAランク冒険者になっちゃったし、そんな高ランクの冒険者が宿屋暮らしとかちょっと世間体が悪そうだしね」
「大会であれだけ観客を煽ったあんたが、世間体とか言う……?」
ミニスがお役目のツッコミをしてくるけど、それはあえてスルー。アレは試合を頑張ってる僕に罵声を浴びせてきた観客が悪い。好意的な歓声を利かせてくれたなら、こっちだってあそこまで挑発することはなかったのにねぇ。
「ふむふむ、表向きの活動拠点を作りたいという主の考えは理解したよ~。だが、本当にこの街で良いのかい~? 仮にも魔王のお膝元だよ~?」
「表向きには一冒険者としての活動拠点を作るだけだから、別に良いかな。ここより条件が良い街も無さそうだしね。聖人族の首都は奴隷禁止なんだよ……」
「おやおや、聖人族の国の首都にはそんな決まりがあったのか~。それでは確かにこちらの国に拠点を設けるのが賢明だね~」
そう、マイホームの設置を魔獣族の国の首都に決めたのはこれが一番の理由。聖人族の国の首都と違って、ここは奴隷の立ち入りが禁止されてないんだ。
たぶん理由としては奴隷がしっかり繁殖と調教をされてるから不測の事態が起こりにくい事。そして万が一不測の事態が発生しても、肉体のスペックで獣人が簡単に抑え込めるからそこまで危険視する必要が無い、とかがありそうだね。
いずれにせよ聖人族の国の首都にマイホームを建てちゃうと、もれなく魔獣族のキラ、トゥーラ、リア、ミニスが出禁になっちゃうからね。こっちなら見た目奴隷扱いにすればレーンやハニエルも連れて来れるだろうし、悩む必要も無く立地はここが一番だ。
「そういうわけで、マイホームを買うに当たって皆の希望を聞いておこうかなって。これこれこういう感じの部屋が欲しいとか、こういう設備が欲しいとかね。ただ不必要にデカい屋敷を買うと目立ちそうだから、城みたいなクソデカい屋敷はダメだよ? と言っても、人数的にある程度大きな屋敷にはなるかな」
というわけで、みんなを集めたのはこれが理由。マイホームを買うに当たって、設備とかの希望を聞いておこうって思ったんだ。みんなで暮らす家だからみんなの意見を聞くのは当然でしょ?
「それじゃあ何か欲しい設備とかそういうものがある人は挙手をしてね」
「はいっ!」
真っ先に手を挙げたのはリア。手と一緒に尻尾もピンと立ってたよ。さてさて、一体どんな希望が出てくるのかな?
「牢屋と拷問部屋が欲しい! サキュバスを監禁して、いっぱい拷問して遊ぶの!」
「おっ、それは私も欲しいな~? リアと一緒にサキュバスを拷問するのも楽しいだろうし、主に私を拷問してもらうのも良さそうだね~? グヘヘ……」
「それはあたしも欲しいな。殺す前に拷問すれば目の質も良くなるだろうしな」
「えぇ……」
まさかの希望に、ミニスが心底ドン引きする。何が酷いってリア他二人も賛同してるのがまた始末に負えないよね。あとクソ犬が僕に拷問されたいとかいう猟奇的な事口走ってるのがもう本当に手遅れ。
「ああ、うん。そういうのが備え付けになってる屋敷は、たぶんないかなぁ? というわけで、それは僕が魔法で増築して作っておくよ。僕も拷問部屋とか欲しいしね」
「えぇ……」
僕の発言に再度ミニスがドン引きする。
しょうがないじゃないか。僕だって拷問道具を山ほど置いた拷問部屋に女の子連れ込んで、欲望のままにその身体を破壊し尽くしたいんだもん。性癖には寛容じゃないといけないよ?
「で、ミニスは何か希望ある?」
「特にない……って言いたいところだけど、防音だけはしっかりしといてくれない? 寝てる時に地下から悲鳴が聞こえて来るとか、正直嫌よ?」
「それは言われなくたって対策するよ。ご近所さんに通報されるのも嫌だしね」
とりあえず手帳に『拷問部屋』と『牢屋』、『防音』の三つをメモしておく。この時点でもう普通の屋敷じゃないな? スプラッタ映画に出てきそうな狂人の屋敷みたいな要素が出てきてる……。
「はい、それじゃあ他に何かある人ー?」
まあそれはさておき、他のみんなにも希望を聞いていった。一応ここからはまともな希望も出てきたから一安心だね。
ちなみにここにはいないレーンにも、話し合いが終わったら聞く予定だよ。さすがにアイツは拷問部屋欲しいとかは言わないだろうけど、研究室とか実験室とかは欲しいとか言いそう。言いそうじゃない?
「――ふむふむ、大体こんなところか。思ったよりもまともな家になりそう」
「地下に牢屋とか拷問部屋があるのにまともな家……?」
「わー! 楽しみー!」
「部屋ん中に目玉ばら撒いて眠れるようになんのか。あたしも楽しみだぜ」
「うむうむ、私も実に楽しみだ~! 主との愛の巣~!」
希望のマイホームが実現するからか、みんなとっても上機嫌だ。白い目でツッコミを入れてる奴がいるけど、それが役目だから気にしないでおこう。拷問部屋はともかく、地下牢があるのはロマンじゃない?
「しかし主~、屋敷を手に入れるのはとても難しいと思うよ~? 仮にもここは魔獣族の国の首都だからね~。よさそうな物件は引く手数多だろうし、この街では何の繋がりも無い主が屋敷を手に入れるのは困難を極めるんじゃないかい~?」
ここで唐突にトゥーラが極めてまともで現実的な事を口走る。コイツ自体はふざけた存在だけど、一応は年長者のせいかまともな事を言う時があるんだよね。そして屋敷を手に入れるに当たって、トゥーラの心配は尤もだ。
「大丈夫だよ。いざとなればAランクの冒険者プレートを不動産屋の顔面に叩きつけて、闘技大会優勝の剣で心臓を刺し貫いて、バールの印籠を目に抉り込んだ後、大量の金貨が詰まった袋でぶん殴るから」
「滅茶苦茶なゴリ押しね……」
ただしそれは一般人や普通の冒険者の場合の話。この街での繋がり自体は皆無だけど、色々と手札は持ってるからね。最悪不動産屋を金貨の山に生き埋めにしてやれば、どんな物件でも紹介してくれるでしょ。
「う~……私の権力とコネが入る隙間が無いじゃないか~……」
何の心配もいらない状態なせいか、トゥーラは逆にしょんぼりしてた。そこまで僕に尽くしたいとか、本当に奴隷精神が凄いよね。
まあトゥーラの権力もコネもバールの完全下位互換だから、別にトゥーラに頼る必要は無いんだけどさ。正直コイツが男だったらもう捨ててたかもしれんな……。