初めての殺し
※ちょっとだけ残酷描写ありなので注意
レーンから情熱的なデートに誘われたけど、さすがに明るい内から実行する気はないみたいで結局は夜までお預けになった。一応他にもしなくちゃいけないことがあるし、準備の必要もあったからね。
そんなわけで僕らはしばらく別行動。レーンは僕の心を射止めるために城の人たちに配ったラブレターの回収に向かって、僕は夜のデートに向けた装いと魔法――じゃなくてエスコートの方法を、レーンのベッドの上でゴロゴロしながら考えてたよ。良い匂いがしたからうっかり昼寝して枕に涎零しちゃったけど、まあいっか。
あ、ちなみにお昼頃になったらレーンが帰ってきてお昼ご飯作ってくれたよ。米の国出身の僕に配慮してかわざわざお米でね。致命的なメシマズかと思ったら普通に美味かったし。何だコイツ、良妻賢母の鏡じゃないか。たまげたなぁ……。
そして色々と悪だくみ――じゃなくて一緒にデートプランを考えた後、とっぷり日も暮れて暗い夜になった頃。ついに僕らは仲良くデートに向かった。
僕の装いは勇者様っぽい鎧姿って言えばイメージはできるかな? 最初は金属鎧だったけどぶっちゃけガショガショうるさかったから、見た目は金属っぽくて強度も同じくらいなのにうるさくない謎物質で作り直したよ。普通の人はよくあんな騒音鎧着てられるな……。
「――さて、来たようだ。いけそうかい?」
街の路地裏に隠れて、人気の少ない表通りをレーンと一緒に覗く。
そこには暗い夜道を三人で談笑しながら歩く女の子たちの姿があった。快活そうな元気っ子と、マッチョな俺様っぽい子と、穏やかそうなゆるふわっ子。
一般人に見えなくも無いあの三人は、俗にいう冒険者のパーティだ。パーティの名前は『ビューティフル・ローズ』だったかな? 綺麗なバラには棘があるってことですね、分かります。
それはともかく、何でもこの街ではかなり有名で実力のある冒険者たちらしいから、間違いなくそれぞれ武器の扱いを心得てる。技能を奪うにはこれ以上ないほど打ってつけの存在だね。ついでに命も奪っちゃうけど、必要な犠牲と割り切ろう。うん。
「左の子と右の子は余裕でイけそう。真ん中のマッチョでガサツそうな子はちょっと無理かな。さすがに僕も好みの子以外で気持ち良くなるのは無理だよ……」
「誰もそんな下世話なことは聞いていないよ。君は女性を見てまずそういったことしか考えないのかい? まあいい。手はず通りに行くよ」
僕の発言に心底呆れた感じのため息を零すレーン。
でも男なんて皆そんなもんだと思うよ? というか逆に何を考えればいいわけ? どうやったら殺せるか、とか? 初対面の女の子に対して殺害方法考える方がヤバい……ヤバくない?
「――す、すまない! 君たち、助けてくれないか!?」
「どうした!? 何があった!?」
路地裏の奥に引っ込んだ僕とは対照的に、レーンは血相を変えて表通りに出る。
もちろん周囲にあの三人以外誰もいないことは確認済みだ。目や耳だけじゃなくて、無限の魔力を使ってレーダーっぽいことをして確認したよ。本当便利だな、魔法……。
「そこで私の姉が暴漢に襲われかけているんだ! 助けてくれ、このままでは……!」
「それは許せないねぇ? というわけで、皆行くよ!」
「おう! ぶちのめしてやろうぜ!」
「あっ、ま、待って下さい、二人とも!」
演技派らしいレーンに騙されて、三人分の足音が駆けてくる音が聞こえる。
しかし誰が暴漢だ、誰が。まだそんなことはしたことないぞ。いずれするけど。
「おいこら、この変態野郎! その薄汚い手を離しやがれ――って、あれ?」
「……ん? 女の人は?」
「はぁ……はぁ……! 早いです、二人とも……あれ?」
メスゴリラ、元気っ子、ゆるふわの順に裏路地に入ってくる。だけどもちろんここには女の子を襲う暴漢はいなかったから、三人とも目を白黒させてた。
有能で実力のある冒険者パーティにしてはちょっと油断しすぎに思えるけど、考えてみればこの子らも魔獣族死すべし慈悲はないって感じの過激派なんだよね。そりゃ周り全部味方みたいな自分の国、それも中核の街で油断するなって方が無理な話だわ。
まあ僕らに目を付けられたのが運の尽きだと思って、諦めてもらうしかないね。
「ようこそ、僕の掌の上に――欲望の牢獄」
さりげなくレーンも裏路地に入ってきたところで、僕は昼の内に考えておいた魔法を発動させる。
作り出すのはこの場の全員を取り込む結界。効果は内部の敵の動きと魔法を封じて、外に一切の音を漏らさないこと。ついでに内部の時間の流れを弄ってるから、外界と隔絶された空間でもある。もちろん破壊や侵入、脱走もできないぞ。
「なっ!?」
「ぐっ……!」
「っ……!?」
僕に敵と認識されてる三人は、動きを封じられてその場に崩れ落ちる。
もちろん何とか身体を動かそうと頑張ってるけど、全身が麻痺したみたいに全く動かせてないね。これで後は何でもかんでも好き放題できる状態だぜ! ちょっとテンション上がってきた!
「やれやれ、本当に規格外だね。こんな結界を展開すれば、私なら五秒と持続させられないというのに。君のその力が羨ましくて堪らないよ」
「逆に四秒くらいなら持続できるのが凄くない?」
もちろん真の仲間のレーンは対象外だから、呆れた顔をしながら近づいてくる。
めっちゃイキってる僕だけど、これでもちゃんと安全面は色々と考慮してたりするよ? 常に僕自身に他者からの魔法・物理的攻撃を防ぐ結界を張ってるし。
ただ正直これでもまだ安心できないんだよね。魔法はイメージ次第だから、もしかしたら僕の思いもよらない方法でこの守りを突破してくる奴がいるかもしれないし。やっぱり防御面ももっと念を入れておいた方がいいかもなぁ。
「さて、外界との時間差は千倍だったかな。時間があるとはいえ無限ではない。手早く済ませてしまおう」
「はいよ。さて、この子らは……」
レーンに促されて、僕は倒れてもがく三人に解析を使う。
あ、ちなみにやろうと思えば時間差は無限にできたと思うよ? ただ女神様が時間停止はダメって言って、代わりに自分自身の時間を操作する力をくれたわけだし、たぶんやっちゃダメなんだろうね。正直世界の理どうこうはどうでもいいけど、やりすぎると女神様が怒りそうだから自重しておいたってわけ。
「ぐっ、動けねぇ……! テメェ、騙しやがったな!」
名前:アニエス
種族:人族
職業:斧術師
年齢:23
魔獣族への敵意:大
聖人族への敵意:無し
レーンを睨んでるメスゴリラの情報はこんな感じ。明らかにどうしようもない状況なのにとんでもない敵意を撒き散らしてるよ。魔獣族への敵意も凄いし、さもありなん。
「私たちに一体何するつもりなわけ!? 変なことしたら噛み千切ってやる!」
名前:アネット
種族:人族
職業:短剣術師
年齢:18
魔獣族への敵意:中
聖人族への敵意:無し
歯をむき出して唸る元気っ子はこんな感じ。
戦いが生業にしては意外と敵意小さくてびっくりだね。それでも『中』は敵意だから、分かりあうのは難しいだろうけど。これが『小』だったなら見逃してあげたかもなんだがなぁ。
「ま、魔法が使えない……どうして!?」
名前:シルヴィ
種族:人族
職業:魔術師
年齢:20
魔獣族への敵意:極大
聖人族への敵意:無し
そして最後のゆるふわ――ってお前が一番敵意高いな!? あの筋肉ダルマと同レベルじゃねぇか! 大人しそうな見た目してるくせにとんでもない激情を内に秘めてますね、コイツ……僕の大好きなタイプだ。勿体ない。
「右から短剣に斧、そして杖か。斧はないね。あの筋肉ダルマを思い出して不快だし。それに杖もちょっとそぐわないか」
「ならば一択だね。君としては残念なことかもしれないが」
「そうだね、せっかく好みの子だったのになぁ。まあ運が無かったってことで諦めるよ」
真の仲間になれる素質があったならともかく、残念だけどこの子らは救いに値しないね。
というわけでちゃっちゃと始めて終わらせよう。今夜はレーンがお風呂入ってるところに乱入して慰めてもらおうかな?
「ひゃっ!? な、何する気だよ! やめろ! 噛みつくぞ!?」
「おい、アネットから離れろ! ぶっ殺すぞ!」
「や、やめてください! どうしてこんなことをするんですか!?」
僕が元気っ子ことアネットの身体に跨ると、三人が何やら喚き始める。
まあ身動きも抵抗もできないから怖いんだろうねぇ。ああ、可哀そうに。これはすぐ楽にしてあげなきゃ。
「……ちなみにお前は心が痛んだりとかしないの?」
「そんなまともな心が私に残っていたら、君のような異常者の奴隷になんてならないさ。そもそもここで三人殺したところで、私が過去に殺した人数から見れば誤差の範囲ですら無いよ」
「だから僕はまともだっての。まあいいや、とっとと済ませよう。あ、うるさいからその二人黙らせておいて」
「了解だ」
「っ――!」
「ん――!」
微塵も良心が存在しないらしい極まってるレーンが腕を振ると、石畳が形を変えてメスゴリラとゆるふわの口に纏わりついて猿轡みたいになる。
そっか、魔力が有限だとそういう風にして消費魔力を節約して、なおかつ維持する魔力を使わなくて済むように工夫するわけだ。僕には必要ないけどイメージ力を鍛えるのにわりと参考になりそう。
「さて、それじゃ始めよっか?」
「ふ、ふん! 何されたって私は屈しないぞ! この変態!」
馬乗りになって見下ろす僕に向けて、アネットが牙を剥いて睨みつけてくる。
うーん、実にそそる反応だ。だけど残念ながら今回は屈しようが屈しまいが関係ないし、何よりそんな手間をかけるつもりもないんだよね。
「別にそれでいいよ。殺しちゃえば君からの同意を得る必要が無いしね」
「えっ……」
怒りと興奮に赤くなってたその顔から、さっと血の気が引いて青くなる。
まさか命を奪うことそのものが目的だとは思ってなかったみたいだね。身体が目的だとでも思ってたのかな? うん、できればそっちも目的にしたかったよ、畜生。コイツとメスゴリラの得意な武器が逆だったら良かったのになぁ。
とても残念だし勿体ないけど、仕方ない。覚悟を決めた僕は魔法を使って手の中に小さなナイフを具現化した。そしてアネットの薄い胸に触れて、その奥で脈打つ鼓動の位置を確かめる。早鐘みたいに早く鼓動してるから分かりやすくて助かるよ。ありがとう。
「じゃ、そういうことで。感謝の気持ちとしてせめて一思いに殺ってあげるから、心配しないでよ――貫通」
「ひっ……!?」
せっかくだからキラが見せてくれた武装術を使って、逆手に持ったナイフに『貫通』の概念を纏わせる。本当は敵に攻撃が当たる直前の一瞬に使うんだろうけど、僕には関係の無い話だ。
わりと一般的な技だったのか何をする気か分かったみたいで、アネットは血の気の失せた顔を絶望に染める。その表情にちょっとムラっと来たのは内緒だよ?
「ま、待って! やめてっ、やめてやめてやめてっ! 何でもするから殺さないでっ!」
ゆっくりとナイフの切っ先を薄い胸元に下ろしていくと、アネットは泣きながら懇願してきた。恥も外聞もかなぐり捨てて必死に。
うん、正直に言おう。凄い興奮した。
だってさ、可愛い女の子が恐怖と絶望に顔を歪めて、自分の総てを差し出してでも生き延びようと必死に醜く足掻いてるんだよ? そんなプライドをかなぐり捨てた姿が凄く滑稽で、可愛らしくて、愛らしくて……ああ、とっても壊したくなるよ……。
「かふっ……!?」
だから僕は何の躊躇いも無く、ナイフの切っ先を彼女の胸の中央に沈めた。『貫通』の概念を付与されたナイフは何の抵抗も無く固い胸骨を貫いて、容易く心臓に突き刺さる。
ちょっと場所がずれて肺とか気管も傷つけたみたいで、刺した瞬間アネットの口から赤い血が零れた。もちろんナイフで刺したところからもたっぷりと血が流れてきてるよ。こんなに血が出るんだぁ、へぇ。
「あっ……ぁ……」
そして流れ出していく血の量に比例するみたいに、アネットの顔から生気が失われてく。
揺れ動く瞳から光が少しずつ消えていく様子を、僕はじっくりと眺めて決して忘れないように目に焼き付けた。だって彼女は、僕の記念すべき初めての殺しの相手なんだから。
瞳から光が完全に消え去って嗚咽も聞こえなくなったところで、僕は愛しい初めての相手に優しく口付けた。それは美味しい血の味がして、とっても味わい深い忘れられないキスだったよ。