徒競走
⋇分からされたメスガキの哀れな姿あり
「――というわけで、明日には首都に向けて旅立つよ。さすがにちょっとこの街に長居しすぎた感もあるしね」
「そうか。最近は貴様とくだらない会話をするのが当然になっていた故、貴様が街を離れると少々寂しいものがあるな」
「野郎が寂しがってもキモイだけだぞ。それにその気になれば転移で一瞬で戻ってこれるし、電話もあるから心配ないよ」
「フフッ、確かに。だが貴様の顔立ちなら、寂しさを浮かべれば幾らか女が釣れるのではないか?」
「お、分かるー?」
とっぷりと夜も更けた頃。僕はバールと交わしたくだらない男子トークを旅立ちの報告で締めくくった。
貴重なまとも枠かと思いきや、死体愛好家というイロモノ枠だったバール。ちょっとがっかりしたけど潔癖な常識人よりは話しやすいし馬も合うし、ここ数日でくだらない男友達トークをするくらいには打ち解けたよ。
というわけで、今はバールの部屋でワイングラスを傾けながら駄弁ってる所だったんだ。ちなみに僕らのグラスには赤黒い液体が注がれてるけど、どっちもワインじゃないよ。
「……おかわりをどうぞ」
僕らがグイッとグラスを呷って空にすると、傍に控えてたメイド姿の小悪魔がおかわりを継ぎ足す。
そのメイド小悪魔の肌はびっくりするくらいに青白くて、表情にも瞳にも生気が全く感じられない。それもそのはず、コイツは僕の魔法で死人と見紛う状態にしたメスガキだからね。プレゼントした次の日に様子見に来たらメイド服着せられてんの。本当良い趣味してるよ、全く。
ちなみに角と翼と尻尾は壊したままだよ。クッソ生意気なメスガキがアイデンティティを粉砕された状態のまま、自我を封じられてメイドとして働かされ、挙句自分の意志とは無関係に抱かれたりしてるって考えると最高に興奮するよね? するでしょ? するって言え。
「ああ、ご苦労。これはご褒美だ、ルア」
「……有難き幸せです、ご主人様」
バールがルアの身体を引き寄せキスをする。自我を封じられて改造されたルアは、都合の良い人形染みた反応しか返せない。
うーん、興奮するねぇ? ただ僕としては悔しそうに泣きながら反応を返してくれた方が嬉しいかな。とはいえバールの趣味は尊重して無表情で淡白な反応に設定してあるけど。
「うんうん。気に入って貰えてるみたいで何よりだよ。頑張った甲斐があるってもんだね」
「ああ、これは本当に素晴らしい。貴様には感謝しているぞ、クルス。我に頼みがある時は何でも言うと良い。我が全力で力となろう」
「ん? 今何でもって言った?」
お約束の言葉を聞いて、ついつい反応してしまう僕。
でも野郎相手に変な要求をする気は一切無いよ。僕は根っからの異性愛者だからね! 女の子が大好きで女の子が苦しむ様に興奮する一般的な男性だから!
「じゃあ、そうだね……実はちょっと次の街――の事は置いといて、色々聞きたいことがあるんだ。具体的には魔将の事とかね」
「ふむ。我らの事か。何が知りたい?」
「そうだねぇ……今生きてる魔将は何人いるの?」
とりあえず僕はそれを聞いてみた。世界平和を実現するにあたって、女神様の寵愛を得た僕にとっては有象無象なんて障害にならない。ただ大天使や魔将レベルになってくるとちょっと話が違ってくる。
何せ国境ではルキフグスにそこそこ痛い目を見せられたからね。刀の刃に魔法無効化を付与して斬りかかってくるってマジ? 魔将や大天使が皆あのレベルの事をやれるなら、情報を集めておくに越したことはないでしょ。そんなわけで情報収集のために聞いてみました。
「我を含め、四人だ。国境を守護する始原竜人の魔将ルキフグス、ルスリアを守護する淫魔女王の魔将リリス、ここアロガンザを守護する真祖吸血鬼の我、そして――首都の魔将が一人だ」
「ちょいちょい。何で最後だけ適当なの? 種族も名前も言ってないじゃん」
バールは素直に答えてくれた。でも何故か最後の一人だけ酷く曖昧に答えて、言葉を濁してた。しかも何か言いたくない理由があるのか、口元を押さえて青い顔をしてるし……いや、吸血鬼だし青い顔はデフォルトか?
「……すまんが、口にしたくはない。アレは、そういうものなのだ」
「なるほど?」
とりあえず頷いてみたけど、もちろんさっぱり分からない。何かトラウマでもあるんですかね? 女性関係といい今回の事といい、コイツ思いのほかメンタルが弱いのでは……?
「……まあ、アレに関しては気にする必要は無かろう。魔王城の地下最深部にて眠りについている故、下手に突かなければ決して表には出て来ない。有事の際であろうとそれは変わらん。精々国が正に滅亡を迎えるその時、死なば諸共で解き放たれるくらいであろうな」
「あ、ふーん……」
どうやらトラウマがあったわけじゃなく、正に危険物だから口にする事すら躊躇ってたらしい。完全に核兵器みたいな扱いじゃないか。
眠りについてるのは魔王城の地下最深部って話だし、もしかして女神様はコイツを何とかしろって言いたいのかな? 対策も任せるって事は必ずしも殺したり生かしたりする必要も無いって事だし、これは本人を確認しないと始まらないな。
「よーし、それじゃあ首都に行ったらその魔将にご挨拶してこようっと」
「興味本位ならやめておけ。絶対に後悔するぞ」
「うん? それって僕でも勝てないってこと? それなら最優先で始末しないといけないなぁ」
「勝てる勝てないの問題ではないのだ。アレと顔を合わせれば、必ず後悔することになる」
「クソぅ、さっきから思わせぶりな事ばっかり言いやがって……」
どうにも詳細を口にしたくないのか、青い顔で曖昧な事ばかり抜かすバール。そんなことばかり言われると逆に気になってくるんだよ。やっぱりこれは魔王だけでなく、地下で眠る魔将のツラも拝まないといけませんね……。
「まあいいや。ともかく僕はご挨拶してくるよ。人生なんて後悔してなんぼだし、そもそも世界平和の障害になり得るなら排除しておかないといけないでしょ?」
「やれやれ、人の助言は素直に聞いておくべきだぞ? だが、貴様の言葉は間違っていないな。我も恥と後悔の多い人生を送ってきたからな……」
「主に女性関係だねぇ。まあ、初めてを変態と狂人に襲われて3P逆レイプにさせられた僕も、人の事は言えないけどさ……」
「………………」
「………………」
程度に差はあれお互い悲惨な女性関係なせいか、相手に同情の目を向けながら沈黙してしまう。考えてみると本当に悲惨だよね、僕ら……。
不幸な目にあったのは自分だけじゃない。そんな気持ちと仲間意識を感じた僕らは、無言でグラスを軽くぶつけあった。ちなみに中の赤黒い液体はバールが美少女の血液。僕はぶどうジュース(百パーセント)だよ。でもちょっと美少女の血液が呑んでみたい気もする……。
「はい。それじゃあ皆、出発の準備は良いね?」
「ばっちりだよ、おにーちゃん!」
「もちろんさ~! いつでも行けるよ~!」
翌日の早朝。まだ日も上り切ってない時間帯。僕は仲間たちと共に街の外に出た。
何故こんな朝早くに出発するのかって? そりゃあ僕が闘技大会で有名になったせいで、絡んでくる輩が死ぬほど増えたからだよ。握手とかサインくらいならまあ良いけど、ほぼ全てが僕に襲いかかってくる奴ばっかりなんだもん。そんなんまともに構ってられないわ。
「ふわああぁぁ……」
「……ねぇ、何で出発するのに街の外に出てるわけ? 馬車には乗らないの?」
眠たげに欠伸を零すキラと、僕に胡乱な瞳を向けてくるミニス。
基本この世界の移動手段は馬車だから、次の街に行くっていうのに街の外に出てたらちょっと変に思われるのも仕方ない。
「そうです、今回は馬車に乗りません。というのも大会で目立ちすぎたから、馬車になんか乗ったら道中で百パー絡まれるからね。面倒だからそれは避けたいんだ」
「え、じゃあどうやって行くわけ? 前みたいに転移するの?」
「お馬鹿が。幾ら何でもそんな長距離の転移は規格外過ぎて駄目に決まってるだろ」
横着者のミニスに対して、珍しく僕がツッコミを入れる。試合で見せた位置を交換するだけの転移でもわりと怪しいのに、街から街まで転移はさすがに怪しさが爆発だ。だから今回は転移は使わないし、もちろん馬車も使わない。
他に移動手段が思い浮かばないのか、ミニスは首を傾げて難しそうな顔をしてた。
「じゃあどうすんのよ? まさか、歩いて行くとか言わないわよね……?」
「当たり前だよ。歩いて行ったらどれくらいかかると思ってるんだ。軽く十日はかかるぞ。常識ないのか?」
「あんたに常識を問われるとクッソムカつくんだけど……それはともかく、歩きでも転移でもないのならどうやって行くのよ?」
「走っていく」
「は?」
簡潔に答えたのに、ミニスから返ってきたのはボケた感じの声だけだった。そんなに理解できない事を言った覚えはないんだけどなぁ?
「僕は大会で凄腕の魔術師として認知されたし、幸いにもここにいるのは脚に自信のある奴と飛べる奴だからね。転移で一瞬で次の街に行くよりは、魔法で強化して自分たちの足でぶっ飛ばしていく方がまだ現実的に見られるでしょ。それに何より、もう馬車の旅は飽きた」
「えぇ……」
僕が考えた最高の案に、何故かミニスはドン引きする。
でも普通に良い考えだと思うんだよなぁ? だってここにいるのは犬人と猫人と兎人とかいう、足に自信がある奴ばっかりだし。リアに至ってはデカい翼があるし。そこに更に僕が魔法をかけるわけだから、そこまで非現実的な提案ではないと思う。
「ほ~? つまりは皆で競争ということかな~?」
「面白れぇじゃねぇか。さっさと始めようぜ?」
「むむっ! リアも負けないよー!」
「何でコイツら皆乗り気なの……?」
実際ミニスを除いて、仲間たちは普通に乗り気だったよ。キラも眠気が一気に覚めたみたいだし、リアも元気いっぱいに翼を羽ばたかせてるし。
「あ? 何だ、自信がねぇのかクソ兎? だったらテメェは大人しく馬車にでも乗ってろよ」
「は? 誰もそんなこと言ってないけど? そういうあんたこそ、足では私に敵わなかったこと忘れたわけ?」
ドン引きしてたミニスも大嫌いなキラに煽られて闘る気……じゃなくてやる気を出したみたいで、滅茶苦茶挑戦的な瞳でキラと睨み合い始める。
まあ足の速さっていうか、脚力は唯一ミニスがキラに勝てる所だからね。ここで退くほど馬鹿では無いし、腰抜けでもないでしょ。
「よしよし、良い感じに皆やる気だね。せっかくだし、一番に首都に辿り着いた奴にはご褒美をあげよう。何でも一つだけ願い事を叶えてあげるぞ?」
「本当ー!?」
「今、何でもと言ったね~!?」
「へぇ?」
「………………」
もっと闘争心を煽るためにご褒美を提案すると、途端に全員のテンションが上がる――いや、無言のミニスは良く分からんな。ただ靴の調子を確かめてるし、やる気は間違いなくあるはずだ。
「うんうん、更にやる気が出たみたいだね。みんな現金――じゃなくて元気で何よりだよ。じゃあ速度強化と無限スタミナの魔法をかけるね。速度強化、無限持久力」
魔法をかけて全員の速度を強化し、更に無限に走れるように体力などをほぼ固定する。
これで道中に変な事さえ無ければ、コイツらの足なら一日もあれば次の街に着けると思う。馬車でも五日はかかるからもの凄い短縮になるね。もうクッソ暇な馬車の旅には戻れないぜ……。
「おっと。それからお前らの防御魔法は解除しておくよ。代わりにミニスと同じ自動蘇生と再生の魔法をかけておくから」
ついでに全員にかけた防御魔法を一旦解除し、ミニスにかけてるのと同じ魔法をかけておく。
え? 何でわざわざそんなことをするのかって? そりゃあこの方が面白い競争になるからだよ。
「ルールは簡単。最初に首都に辿り着いた奴が勝ち。妨害も何もかも好きなようにどうぞ。勝者こそがルールで正義だ!」
要するに殴り合いもアリ、足の引っ張り合いもアリ、自動で再生と蘇生もするから考えられ得る限り何でもアリのフリーダムな競争になる。実際ルールを口にした途端、若干二名ほどがニンマリと笑ったよ。誰と誰なのかはご想像にお任せします。
「はーい。では、位置について……」
靴の踵で地面に線を引くと、全員がピリピリした空気を漂わせながら位置に着く。やる気十分で何よりだね! 何か派手に睨み合ってる奴らがいるけど気にしないでおこう! これはスタートと同時に殴り合いが始まる可能性もありそうだ!
「よーい――ドン!」
そして、何でもアリの徒競走が始まった。さあ、一体誰が一番になるのかな?
次の街への妨害有り徒競走開始! 誰が一位になるのか当てよう! なお、クルスは審判なので参加はしません。