閑話:冒険者のお仕事2
⋇性的描写あり
「お前ら! 俺のギルドでこんな真似をしておいて、ただで済むと思ってるんだろうな!?」
牙を剥き、怒りを露わにするのは犬獣人のギルマス。
イケメンってわけじゃないけど、そこそこ見た目は良い感じだ。無造作に伸ばした茶色の髪に毛皮の服を着てる所とか、野性的って感じがするね。筋肉はついてるけど筋肉ダルマってわけでもないし、機能性重視って感じかな?
でもやっぱ頭は脳筋なのかなぁ。だって僕らを悪者と決めつけてるし。僕は襲われた側であって、野郎が倒れてるのはあくまでも正当防衛の結果なのになぁ。これはギルマスに対しても正当防衛を行使する必要があるかな?
「――や~や~、相変わらず怒りっぽいね~? カルシウム不足なんじゃないかな、ル~ザ~?」
「と、トルトゥーラ!? 何でお前が!?」
などと考えてると、僕の胸に顔を埋めてたトゥーラがギルマスの方を向いて声をかけた。ギルマス同士知り合いみたいで、野郎――ルーザーは驚愕に目を見開いてたよ。
あと、何か怒りとはまた別に顔を赤くしてる気がするんだけど……まさかね?
「……はっ!? ま、まさか……まさか、そいつが……!?」
とか思ってたら、今度は顔を青くして絶望の面持ちで僕を見る。
やっぱりまさかなのか? もしかしてコイツ、トゥーラに惚れてるのか? 趣味悪いなぁ。もっと良い女の子探した方が良いよ?
「フフフ、この前来た時に教えてやったろ~? 私はついに生涯の伴侶を見つけたんだ~。君もさっさと生涯の伴侶を見つけたらどうだい~?」
「なっ……!?」
そう言って、トゥーラは今度は正面から僕に抱き着いてくる。そして胸板にスリスリと頬ずりをしてきて、幸せそうにだらしなく表情を崩してるよ。
反面ルーザーの方は、世界の終わりを見たようなひっどい顔をしてる。あるいは大好きな彼女が寝取られてる現場を見たような顔か。いずれにせよ、やっぱりトゥーラの事が好きみたいだ。趣味悪いね?
「よ、余計なお世話だ! ていうかこれはお前の仕業か! 幾らお前もギルドマスターとはいえ、やって良い事と悪い事があるだろうが!」
「ん~、心外だな~。私は何にもしていないよ~? そこで伸びてる彼が私の主を殴って、勝手に腕を破裂させただけさ~。私たちは誓って指一本動かしていないよ~? ね~、主~?」
「そうそう。身じろぎ一つしてないですよ。あ、僕はクルスです。よろしくお願いします」
「お、おう、よろしく……」
とりあえずペコリとお辞儀をしておくと、真面目にも向こうもお辞儀を返してくれた。
いや、これはどっちかっていうと大好きな女の子を横からかっさらわれた現実を受け止めきれず、ちょっと混乱してる感じかな? 可哀そうに……。
「……じゃねえ! 反動で腕が吹っ飛んだとでも言う気かよ! 絶対テメェらの仕業だろ!」
やっぱりちょっと混乱気味みたいで、ノリツッコミみたいな感じで再び僕らを糾弾してきた。
しかし自分の想い人云々よりも暴行事件の方の話をする気なんて、随分真面目な奴だなぁ。そういう面白くない奴だからトゥーラに相手にされなかったんじゃない?
「ん~。では仮に私たちの仕業だとして、何か問題があるのかな~? そもそも彼は私の主を殴り飛ばそうとしたのだから、私たちが何かをしたとしてもそれは正当防衛じゃないかい~? それとも何かい~? 君のギルドでは無抵抗主義が流行っているのかな~? 襲われても反撃どころか身動き一つしてはいけないというのなら、女性の冒険者は襲われまくりじゃないか~。随分とふざけた決まりだね~?」
「グッ……!」
まるで煽るようにネチネチと論理的に語るトゥーラに、ルーザーは言葉を詰まらせる。ついでにギルド内にいた女性冒険者も僅かに身を固くしてたよ。何なら僕が襲ってあげようか?
「もちろん私の主が襲われたというのは、純然たる事実だよ~。何なら君の子飼いの冒険者たちに聞いてみれば良いんじゃないかな~? きっと素直にありのままを話してくれるはずさ~。そうだよね~、君たち~?」
「は、はい! 正直に話します!」
「隠し事はしません!」
チラリとトゥーラが目を向けると、冒険者たちは立ち上がって素直に頷いてくれた。何か妙に素直ですね。もしかして威圧でもしたのか、コイツ……。
「ん~、素直で何よりだ~。というわけで、詳しい事情は彼らに聞いてくれたまえ~。私たちは冒険者としてのお仕事をするために来たのであって、事情聴取に時間を取られたくは無いんだ~」
「クソッ……分かったよ。不問にしてやるから、とっとと行け」
「んふふ~、助かるよ~。ありがとう~」
確かに正当防衛である事、そして惚れた弱みもあってか、ルーザーは苦々しい顔で頷いてくれた。
何かあっち行けって感じに手をひらひら振られてるのがちょっと気になるけど、まあ時間を取られないなら良しとしよう。ついでに倒れてる野郎に治癒くらいはかけてやるか――治癒。
「……さて、主~。ちょっと良いかな~?」
「おん? どうかし――むぐっ!?」
「なっ!?」
治癒のために野郎に向けてた視線をトゥーラの方に向けると、何故か僕は不意打ち気味に唇を奪われた。こんな状況下で突然キスしてきたトゥーラにびっくりしたけど、一番びっくりしてるのはルーザーだね。自分の想い人が自分以外の男にキスした瞬間を目の当たりにしたんだし……。
「ん~……ちゅ……んむぅ……!」
「な、ななななな……!?」
しかもトゥーラは僕の唇を奪うだけじゃ飽き足らず、するりと舌先を滑り込ませてディープな口付けを行ってきた。嫌らしい水音が零れるくらいに激しいやつをね。
おまけに僕の右手をガッと掴んで自分の胸に持って行ったかと思えば、鷲掴みにさせて揉ませるんだぜ? ルーザーが感じる衝撃は果たしてどれほどのものか……。
「わぁ……トゥーちゃん、大胆……!」
「嫌なもの見た……吐きそう……」
「………………」
なお、仲間たちはそこまで驚いてなかったよ。リアは何かテンション上がってるし、ミニスは逆にテンション下がってるし、キラは……いや、何か言えよ。判別できないじゃないか。でも僕の左腕を抱くキラの両手に何やら途轍もない握力を感じる……!
「ぷはぁ……!」
左腕の骨の軋みを感じてると、ようやくトゥーラはキスを終えた。舌先からお互いの混じり合った唾液がつーっと糸を引いて、僕らが深い所で繋がり合ったことを証明した。何よりメス犬みたいになってるトゥーラのデレデレの表情が、僕らの関係を如実に語ってたね。
「う……ち……チクショオオォォォォォ!!」
「ぎ、ギルマス!? どこへ行くんですか!? ギルマスぅ!?」
想いを寄せてた女の子が、どこの馬の骨とも知れぬ男のメス犬になってた現実に耐えられなかったのか、ルーザーは悲哀の叫びを上げながらギルドの壁をぶち抜いていずこかへと走り去って行った。呼び止める受付嬢も、まだ倒れたままの野郎も何もかも置き去りにしてね。たぶん脳が破壊されてるから仕方ないとはいえ、職務放棄は感心しないな……。
「アハハ、大成功~。これでアイツも私に微妙なモーションをかけてくることは無くなるだろうね~?」
「あー、やっぱり惚れられてた感じ?」
「うん。私は主一筋だし、変な勘違いをされたら困るからね~。まかり間違っても彼に自分の恋が実るかもしれないという希望を与えないよう、完膚なきまでに砕いておいたやった方が良いだろ~?」
「まあ、気持ちは分かるけどさ……」
やっぱりトゥーラもルーザーの気持ちには気づいてたみたいだ。モーションかけられてたみたいだし、向こうもそれなりに努力はしてたんだろうね。ただ相手が悪かったというか、迫り方が悪かったね。コイツを手籠めにするなら力で捻じ伏せて死の一歩手前くらいまで痛めつけないと駄目なんだよ。あ、これ経験談ね。
「というわけで、今度顔を合わせた時には主とのベッドでの逢瀬を語ってやってもいいかい~?」
「やめてあげて? さすがにそれは幾ら何でも可哀そ――むぅ!?」
笑顔で血も涙もない提案をしてくるトゥーラに苦言を呈そうとしたその瞬間、僕の顔が無理やりグイっと左に引き寄せられたかと思えば、またしても唇を奪われた。ただし今回の相手はトゥーラじゃない。
「ぷはっ……次はあたしだ。ほら、こっち見やがれ」
「待って? 今話の途中――むぐぅ!」
今回の犯人は、公衆の面前で僕がトゥーラとキスしたことが気に入らなかったキラ。がっちりと僕の頭を固定して、それはもう熱烈な口付けをかましてきた。周囲の冒険者たちの視線も何もかもお構いなしだよ。しかも容赦なく舌を絡めて吸い上げてくるぅ……!
「ハハハ、キラはやきもち焼きだね~?」
「んー……リアもああいうキス、してみたいなー……」
「きっっっっしょ……」
こんな状況下でも、仲間たちはマイペース。ああもう、こんなだから異常者しかいないパーティなんだぞ。まともな仲間が欲しいなぁ!!