先生の助言
「うーむ……」
バールの城から帰ってきた翌日。僕は朝っぱらから宿の部屋で一人頭を悩ませてた。
悩ませてる理由はもちろん、バールの望みを叶えるための実験が上手く行かないから。朝食もそこそこに部屋で色々実験してるんだけど、全然上手く行かないんだ。ゾンビになりそうゾンビになりそう考えてたせいもあってか、死体を死体のまま動かそうとすると本当に腐ったゾンビになっちゃったし……。
「難しい。実に難しい……」
もちろんゾンビにならない方向で死体を動かすことも考えたよ? 具体的には操り人形みたいな感じで、本体そのものじゃなくて別方向から死体を動かすっていう方法もね。
ただバールが望んでるのは動くだけじゃなく、受け答えもできる限りなく生者に近い死体だ。それとたぶんエッチな事もできるやつ。操り人形で動かせても受け答えはできないし、そもそもこの方法だと自然な動きを取らせることができない。これは本当に難しい依頼を引き受けちゃったなぁ?
「こうなったらいっそゾンビでも良いかなぁ――おや、電話だ」
もう面倒だからゾンビでもよくね? なんて事を考え始めた時、僕のポケットで携帯が鳴った。
一瞬びっくりしたけど、電話の主はレーンみたいだったから安心したよ。バールがゾンビはやめろってかけてきたのかと思ったからね。昨晩バールにも携帯を渡したから、もうこの電話はレーンと二人きりのやり取り用じゃないし。いや、その気になればミニスの家族も僕の電話にかけられるはずだから、元々二人だけの通話用じゃなかったか……?
「はい、もしもし?」
『私だ。朝の電話はどうしたんだい? いつまで待っても電話をかけてきてくれないじゃないか』
「あ、ごめん。忘れてた。今ちょっと難しい問題に直面しててさ……」
どうやら実験に夢中になるあまり、朝の電話ノルマを忘れてたみたいだ。ちょっと不機嫌そうな声音のレーンに怒られちゃったよ。反省反省。
『難しい問題? 何だい? 公衆の面前で魔将でも殺害したのかい?』
「さすがの僕もそこまで向こう見ずじゃないわ。確かに魔将とは二人ほど顔を合わせたけど、どっちとも良好な関係を築けてるぞ」
『よくもまあ魔将と、それも二人と顔を合わせられたものだ。こっちで言う大天使のような存在で、そうそう容易くお目通りが叶うはずはないんだがね……』
何でか呆れたような口調でそう口にするレーン。まあ僕の人徳によるものじゃない? と言ってもリリスに関しては完全に偶然って言うか、リアがいたからこそ接触出来た感じか。バールに関しては大会優勝っていう正攻法で会っただけだし。
『それで? 難しい問題とは何だい?』
「ああ、うん。実はね――」
とにもかくにも、お喋り大好きなレーンは僕の話に付き合ってくれる気満々だった。元々相談するつもりでもあったし、遠慮なく知恵を求めることにしたよ。ついでに魔将が仲間になったって報告も一緒にしておいた。
しかしレーンの奴、僕に話をぶった切られることが多いのに、自分は僕の話をぶった切っては来ないんだよなぁ。しかも相談に乗ってくれるとかマジ? 心広すぎない?
「――というわけで、どうやったらゾンビさせずに動く死体にできるかってのを考えてるんだ。何か良い方法無い?」
『ふむ。なるほど。魔将の性癖が腐っていることに少々ドン引きだが、それは一旦脇に置いておこう。それよりも君がわざわざ私に知恵を求めてきているのか。なるほどなるほど、これは愉快だ』
「あー。聞く相手間違ったかなぁ、これ……」
あまり覚えが無いレベルで機嫌良さそうな声が聞こえて、僕は自分の失策を悟った。
これは絶対、知恵を貸す代わりに何か莫大な見返りを要求されるパターンだぞ? だって口調から滲み出る愉悦が、魂を代価に力を授ける悪魔のソレだったもん。
『良いだろう。知恵を貸してあげようじゃないか。その代わり、これからは私の話を遮らずにしっかりと聞いてくれるね?』
予想通り、対価を求めてくるレーンさん。電話越しで映像が無いのに、凄まじいドヤ顔をしてるのが手に取る様に分かっちゃうね。そんなに僕とおしゃべりしたいとか、僕のこと好きすぎん?
「え、やだ。じゃあいいよ、自分で何とかするから。それじゃあね、バイバイ」
だから僕は躊躇いなく電話を切った。
そもそも絶対に必要な知恵ってわけでもないし、そんな代償を支払う価値のある情報でも無いしね。何より交渉っていうものは強気に行かないといけないし、弱みを見せたらそこで終わっちゃうんだよ。
そんなわけで電話を切ったんだけど、数秒ほどしたらすぐにまた向こうから電話がかかってきた。
『――待て、待ってくれ。分かった。譲歩しよう。時々でいい。時々で良いから、私の話を遮らずに聞いてくれ。頼む』
「交渉クソ雑魚すぎん? 自分でやっといてなんだけど、もっと強気で行かないと駄目だよ?」
七コールくらい待ってから出てやると、わりと切ない感じに懇願された。これは交渉もクソも無いね。どんだけ僕とお喋りしたいんだよ。
ただ相手はレーンだし、もしかしたらここ一番って所で確実に交渉を有利に運ぶために、今は交渉能力クソ雑魚であることを装ってるのかも……いや、さすがにそれは考え過ぎかな? うーん……。
何にせよ、今のレーンは交渉能力クソザコ。というわけで、いつかは話を遮らずに聞いてやることを条件に、レーンの知恵を借りた。いつかっていうのは例え三十年後だろうといつかなんだよ。こういう条件で期日を明確に指定しないのは悪手だぞ?
しかしレーンだってそれくらいは分かってるだろうに指定してこなかった辺り、やっぱり今はクソ雑魚交渉能力を演技してる可能性が高いな。というか僕に知恵を貸すことを言い訳に、長いお喋りをしたかっただけってのもありそうだね?
『――というのは、どうだろうか? こちらの方がむしろ容易く実現できると思うのだが』
「……採用! それならたぶんいける!」
裏事情はさておき、レーンが提案してくれた方法は正に画期的なものだった。これなら間違いなく腐ったゾンビにならずに、動く死体を作れるぞ。やっぱり魔法関係の助言はレーンに求めるのが一番だね。
「いやぁ、その手があったか。盲点だった。さすがはレーン。頼りになる女だねぇ? 愛してるぅ!」
『世辞はいい。それよりこっちの話をしても構わないかな? 実は昨日、ついにテラディルーチェへと帰り着いたんだ』
「テラ……何?」
最高の賛辞と愛の言葉を送ったのに、返ってきたのは全く動じた感じが無い声音の報告。そして聞き覚えのない言葉。いや、どっかで聞いたことはあるような気がする。何だっけ?
『首都の名前だ。君が召喚された街だよ。もう名前も忘れてしまったのかい?』
「うん、忘れた。あと王様の名前は首都を出る前に忘れたよ。どうしても興味のない事は頭から抜け出てくんだよね……」
『随分と難儀な脳みそをしているね……』
首都ってそんな名前だったっけ。確かにそんな名前だったような気がしないでもない。
それから興味の無い事柄をさっさと忘れちゃうのは当たり前じゃない? 頑張ってテスト勉強しても、テストが終わったら勉強したこと全部忘れるでしょ? それと同じだよ。まあ一回しか確認してなくても、レーンのスリーサイズとかは覚えてるんだけどね? 確か身長百六十センチに対して、上から七十五、五十、七十六だったかな? バストはキラと一センチ差だったはず。
『まあ、君がこの世界に召喚されてから三ヵ月近く経過しているんだ。見知らぬ世界での興味のない物事など、忘れて当然かもしれないね』
「三ヵ月……もうそんなに経ってたのか……」
言われて初めて、そんなに時が経ってることに気が付いた。
考えてみれば街を幾つも渡り歩いて、人を殺したり悪事を働いたりと濃密な日々を過ごしてるんだ。三ヵ月でもまだ短い方かもしれないね。そもそもその三ヵ月の間に色々ありすぎたんだよなぁ。初めての殺しを経験したり、大人の男にさせられたり、闘技大会に出場したり……何にせよちょっと感慨深い物があるね?
『……話が逸れたね。それで、私は明日には王に謁見する予定になっている。勇者クルスの旅の顛末を伝える義務があるからね』
「あー、了解。堅苦しいだろうけど頑張って?」
一人で王に謁見して、嘘塗れの勇者の旅の結末を報告するとか、僕ならストレスで頭がハゲそうになるね。その上レーンにはハニエルの介護までさせちゃってるし、ちょっと負担をかけすぎかなぁ? これはその内ムフフなマッサージとかで労ってやらないとな!
『うむ、了解だ。恐らく私はしばしの休暇を与えられた後、職務に復帰することになるだろう。しばらくは普段通りに活動すれば良いかい?』
「そうだね。後は怪しまれない程度に諜報活動をして欲しいかな。また勇者を召喚しそうなら早めに教えてくれると助かるよ」
『了解だ。しかし今のところは問題ないだろう。城の魔術師を総動員しても、召喚の魔法陣に魔力を溜めるには一年はかかるからね』
「それなら良かった。じゃあ新しい勇者に関しては今のところは警戒する必要ないね」
一年は安泰という言葉に、僕は若干ホッとした。
新しく勇者とか召喚されたら、僕にとってはライバルどころか完全に邪魔者だからね。しかも何か怪しげな能力を授かってるだろうし、危険度がその辺の有象無象とは段違いだ。
野郎の勇者が召喚されたらさっさとぶち殺すに限るけど、女の子の勇者が召喚されたら……うん。その時は拉致監禁して洗脳からの性奴隷化も考慮に入れよう。同郷の人間だからって手加減しないゾ?
『ああ。しかし未だ生き残っている勇者たちがいるはずだ。恐らく彼らは脳が限界を迎えほとんど自我が残っておらず、魔獣族に対する敵意だけで動いているはずだ。万が一遭遇した場合には注意してくれ』
「はいはい。少なくとも今まで見た事は無いけどね」
何だっけ? 雷光の勇者と不死身の勇者だったかな? 今は魔獣族の国にいるのに、全然そいつらの話は聞いたこと無いんだよなぁ。本当に魔獣族の国にいるんだろうか?
『それから、これが一番重要な事なんだが……ハニエルはどうすればいい?』
「んー、アイツかぁ……」
未だ決めかねてる事を問われて、僕は頭を悩ませる。
頭お花畑の良い子ちゃん大天使ハニエル。魔獣族にも敵意を持ってない、貴重な真の仲間枠。でも人殺しどころか人を痛めつける事すら忌避感がある、非常にまともな精神性を持つ面倒臭い奴。できれば仲間にしたいんだけど、ちょっと無理やり殺人をさせただけで心が壊れちゃったんだよなぁ。まるで繊細なガラス細工みたいな惰弱なメンタルだなぁ? 少しはミニスを見習え。
「うーん、まだ精神壊れてる感じ?」
『廃人からは辛うじて脱したようだが、自発的に言葉を口にすることは無いね。一応命令しなくとも、最低限の日常生活は送れるようになったが……』
「ふーむ。どうするかなぁ……」
どうやら壊れた心はほんの少しずつ修復を始めてるっぽい。
ただ心が完全に治ってもまたお花畑になるだけで、僕の崇高な理念や猟奇的な趣味に理解は示してくれないだろうなぁ。いっそのことさっさと見切りをつけるべきか? でもなぁ、良く見かける野良猫程度の愛着はあるんだよなぁ。それに貴重なまとも枠だと思ってたバールがアレだったから、間違いなくまともなハニエルを手放すのは惜しいし……。
「……まあ、とりあえずは引き続き面倒を見てくれると嬉しいな。ただあんなんでも一応大天使だし、国で面倒を見るとかになってもそれはそれで構わないよ」
悩んだ末に、とりあえずは現状維持ということでお願いした。
まあ国が引き取ってお世話するならそれはそれでもいいかな。どうせしばらくは碌に使い物にならないし。
『了解だ。しかし、君はまだハニエルを仲間に引きずり込むことを諦めていないのかい?』
「だって多少は愛着があるし、貴重なまとも枠なんだもん。それに頭の中お花畑だけど、スタイルは抜群で美味しそうだし……」
『相変わらず最悪の理由だね。全く度し難い……』
掛け値なしの本音を口にすると、電話の向こうから呆れ果てた感じの声が返ってきた。だってぇ、ハニエルのおっぱい大きいんだもん……確かバストは九十二だったかな……?