デートのお誘い
トイレで用を足してすっきりした後、僕は寝室に戻ってレーンと一緒にリビングへ場所を移した。
僕の分の椅子が無いから、できれば寝室のベッドの上で語り合いたかったのになぁ。まあお茶を淹れ直してくれたからいっか。今度はやたら辛くて舌が焼けそうだけど。
「さて、それでは気を取り直して……本当に君は疑似的な無限の魔力を持っているのかい?」
テーブルを挟んで向こう側に座るレーンが、行儀悪くも肘をつきながら身を乗り出して聞いてくる。明らかに目に狂気的な光が見えるんですが。やっぱマッドだな、コイツ。
「そうだよ。女神様は色々ドジをやらかすけど、これに関しては本当だぞ。何なら証明するための方法を言ってみろ。実践してやるから」
「ふむ……では、そうだね。これを具現化してみてくれるかい?」
一瞬考える素振りを見せた後、レーンは虚空に腕を突っ込んだ。さすがにちょっと驚いたけど、これはいわゆる異空間を保管庫代わりにしてるアレでしょ?
ところで腕を突っ込んでる状態でその開いた空間を閉じたらどうなるんですかね? ギロチンみたいに綺麗に切れるのか、それとも異空間に腕の先っぽがあるだけで厳密にはまだ繋がった状態になるのか……。
僕がそんな疑問を抱いていると、特に何事も無くレーンの腕が引き抜かれた。いや、別に腕が切れて欲しいって思ったわけじゃないよ? ともかくその腕に握られてたのは一本の杖。年老いた魔術師とかが持ってそうな木製のアレね。膨らんだ持ち手の部分にデカくて赤い宝石っぽいのが嵌ってるみたい。
「……この杖を具現化しろって?」
「いいや、違う。この先端部分に埋め込まれた水晶――魔石だ。これは長い年月を経て大気や土壌に含まれる魔力が寄り集まり、結晶化したものなんだ。当然その性質上、大きければ大きいほど含まれる魔力は膨大だ。といっても、この大きさでは私の保有する魔力と同等かそれ以下というところだがね。とりあえずこれを具現化してみてくれるかい?」
「なるほど。魔力が圧縮されてる物体だから、作り出せば僕の魔力が減らないのかどうかすぐに分かるってことか。ふっ、借り物の力でイキってる僕を舐めるなよ?」
イメージするのは具現化する物体の情報! 赤い魔石! 魔力たっぷり! 以上、終わり!
いや、待て待て。こんなんじゃ面白くないしレーンの度肝は抜けないぞ。もっとこう、捻ってみよう。同じ大きさじゃなくてもっとデカい魔石を創り出して、あとはそうだな……魔石、石……石像! そうだ、石像として具現化してやろう!
魔力がたっぷり詰まったありがたくてご利益のありそうな石像なら、何をモチーフにするかなんて決まってるよなぁ? というわけで、とくと見やがれ! これが僕の愛の形だ!
「なっ……!?」
練りに練って膨らませた会心のイメージを具現化させた結果、僕の隣に出現した物体を目にしてレーンが驚愕の声を上げる。ふふ、もっと驚け。そして敬え。
そう、僕が具現化したのは僕の敬愛する女神様の石像。スケールは当然等身大。両手を胸の前で合わせ、瞑目して平和のために祈りを捧げる愛に溢れた姿だ。
惜しむらくは目の前の小さな魔石の色にイメージを引っ張られて、赤色のみの単色になってしまったことかな。でも女神様の御威光は毛ほども損なわれてないぜ! 今夜からこの石像に祈りを捧げようかな?
「これは……素晴らしい! これほどの大きさの魔石を創り上げるとは! だが……何故人型なんだい? それもこれは王妃に似ているね?」
「は? 僕の女神様があんな売女に似てるわけないだろ、はり倒すぞ」
「あ、ああ、すまない……そうか、これが君の信仰する女神様なのか。なるほど、王妃への怒りにはそういう事情が……」
ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえてイラっと来たけど、幸いレーンはすぐに謝ってくれた。
でも王妃への怒りはあんまり関係ないんだよなぁ。僕を幼女の姿で騙したってことが万死に値するってだけで。
「とりあえずこれはしばらく維持しておくから、それを確認して判断するといいよ。それで旅立ちの準備に関してなんだけどさ、もしかして魔力で創り出せるから必要なかったりする?」
「ああ。君が与えられた力が本物なら何の必要もないね。あとは物品を異空間にしまうことができる空間収納の魔法を使えるかどうかだが、それくらいなら余裕だろう?」
そう答えるレーンは女神様等身大魔石像を興味深そうにぺたぺたと触ってる――っておい、どこ触ってんだ。そこは僕だってまだお触りしたことないんだぞ。
それにしても何だろう、この感じ。女神様が女の子――女性? に身体をお触りされてる光景を見てたら、何かまた催しそうになってきた。この話しあい終わったらまたトイレ行こうかな。レーンの下着持って。
「んー……たぶん、こんな感じかな?」
とりあえず空間に小さな裂け目ができて、それが円形に広がるイメージを思い浮かべつつ魔法を使う。問題なく発動してくれたみたいで、僕の目の前に頭が入りそうな真っ黒な穴が開いた。
いや、頭入りそうなだけで実際に頭は突っ込まないよ? 万一頭突っ込んだら反射的にギロチンをイメージしそうだし、そしたらイメージ通りに僕の首が飛ぶよ。絶対。
「ああ、それでいい。ただこの空間収納の魔法に関しては一つ注意点がある。どうも開く空間の座標は皆同じなのか、異空間は他の者たちと共有されているんだよ。ただしこの魔法に名前を付けてイメージを変化させることで、開く空間の座標は変化する。自分だけの異空間を使用したいなら、個性的で誰とも被らないであろう名前を付けるべきだね」
「はーん。まあそれは後で考えるよ。となるとあと問題になるのは、僕の武器だね……」
レーンがまだ女神様魔石像にご執心でこっちを見てないから、開いた異空間に辛いお茶を流し捨てる。ジョバジョバー。
誰かがこの共有されてる空間から何かを取り出そうとしたら火傷しちゃうかもだけどまあいいや。見知らぬ誰かがどうなろうと僕は全く気にならないし。
「君はいかなる武器でも扱える力を授かれなかったからね。勇者として振舞うなら最低限何か一つでも武器を扱えると良いんだが、何か心得はあったりしないのかい?」
「無いよ、そんなもん。せいぜい修学旅行で木刀買って振り回したくらいだよ」
「シュウガク……? 聞き覚えのない言葉だが、それはさておき困ったね。私たちパーティは君を除くと前衛が二人に後衛が二人のようだから、バランス的には君が前衛職として動くのが一番なんだが。魔法で肉体を強化することはできても、武器を扱えるようにすることはできないからね……」
「ん? ちょっと待った。魔法で武器を扱えるようにはできないなら、何で寿命削るとはいえ勇者は扱えるようになるの?」
魔法でどんな武器でも扱えるようにすることはできない、っていうのは何となく理解できる。この世界の魔法はイメージが全てだから、どんな武器でも手足のように扱える自分をイメージできない以上、実現させるのは不可能だと思う。
もちろん詳細にイメージできてたら不可能ではないと思うよ? 足の運びや重心の位置、握り方や力の入れ具合とかまで詳細にイメージできればね。でもそこまでイメージできるくらい完璧に把握してるなら、それもう魔法使うまでも無く武器使えるレベルじゃん?
たださっきレーンが内部構造を知らないのに懐中時計を創り出してたことや、ハニエルの足りないイメージを魔力が補うって説明から考えるに、また違うシステムというかルール的なものがあるのかも。もしかしたら僕自身が不可能だってイメージしちゃったからできないんじゃない?
というかいつまで女神様にお触りしてるんだ! 女神様は僕のものだぞ!
「ああ、それは――いや、そうか。その手があったか。なるほど、盲点だったね」
「お、何か閃いた感じ?」
女神様魔石像にお触りしてたレーンだけど、ようやく満足したのかこっちに視線を向けてきた。
あっ、しまった。どうせならレーンのお茶と取り換えればよかったじゃんか。失敗した。
「ああ、いい方法を閃いたよ。その前にクルス、君は何故召喚された勇者たちがあらゆる武器を扱えるか分かるかい?」
「いや、全然。だって魔法でも無理なんでしょ?」
「そうだね、確かに無理だ。あらゆる武術を修めた自分の姿、というのがイメージできないからね。多少曖昧なイメージなら魔力が補ってくれるが、何事にも限度と言うものがある。だが他にも方法はあるんだよ。武術の才と記憶、経験を魔法で他者から移譲してしまえばいい」
「えっ、そんなことまでできるの?」
この世界の魔法は自由度がとんでもなく高いことは分かってた。でもまさかそこまで何でもありだとは思わなかったね。これは夢が広がる事実だ。
「できるさ。しっかりとイメージできて、それを行えるだけの魔力があればね。実際勇者たちがあらゆる武器を扱えるのはそのおかげだよ。戦場で殺した魔獣族や、捕えて死刑に処した魔獣族。拷問の果てに死を迎えた魔獣族などの死体から全ての記憶を引き剥がし、それらを全て勇者の頭に注ぎ込んでいるのさ」
「えぇ……」
死者の尊厳なんて認めないって言わんばかりの外道の所業じゃん。さすがの僕も開いた口が塞がらないんですが? 何にせよ確かにそれじゃ普通に魔法使ってもできないわけだな。
「ちょっと惨すぎない? というか今全ての記憶って言った? そんなことしたら勇者の頭が爆発しない?」
「実際一度爆発したよ。召喚直後に勇者の頭が弾け飛んだ場面に居合わせた時は、さすがに私も気分が悪くなった。とはいえそんな失敗があったからこそ、今では武器の扱いに関する記憶以外は全て封印しているんだ。尤も封印しているとはいえ脳の容量を限界以上に圧迫している事実に変わりはないから、寿命が削れてしまうんだがね」
「この国って控えめに言ってクソでは?」
勇者を使い捨て兵器にしてるって思ったけど、現状はもっと酷かったよ。これもう聖人族を滅ぼして終わりでいいんじゃない?
いや、さすがにそれは女神様に怒られちゃうか。それに魔獣族だって似たようなことしてるかもだし。やっぱり魔獣族の国も自分の目で見ておいた方が良さそうだね。両方ともクソならプラマイゼロだ。
「君に言われる筋合いは無いと思うが、概ね賛同させてもらうよ。それはともかく、尽きぬ魔力を持つ君なら目的の記憶や技術だけを自らに取り込むことができるはずだ。だから持っていないなら持っている者から奪ってしまえばいいんだよ」
「なるほど。記憶に干渉する魔法だから本当は相手の同意がいるけど……話を聞く限りだと、やりようによっては必要ないんだよね?」
「ああ。相手が死体なら同意など必要ないよ。そもそも物言わぬ骸から同意など取れるわけも無いしね。ただこの場合は脳を損傷していたり、死を迎えてから時間が経過して細胞が劣化を始めていると難しいだろう」
「なるほどね。じゃあ新鮮な死体でも探しに行くってことかな? もしくは――」
「――私たちで、死体を作ってしまえばいいのさ。クルス、これから一緒に殺人を犯しに行こう」
ある種狂気に近い決意を浮かべてレーンが口にしたその言葉は、普通に考えればイカれてるとしか思えない提案だった。
そりゃ論理的に考えればそれが一番なのは分かるよ? 何とかして相手の同意を得ようとするなんて時間の無駄になるだろうしね。僕としては痛めつけたり苦しめたりして同意を迫るのも好きだけど。
まあ何が言いたいかと言うと、レーンの発言には僕も腰を抜かしかけたってこと。だって仕方ないじゃないか。こんなにも情熱的なデートの誘いを受けることになるなんて、夢にも思ってなかったんだから。ああ、やっぱり好きだなぁ、コイツ……。