バールとのお話
招待状が届いた日の真夜中。僕は犬と猫を引き連れて魔将のお城の前まで来てた。
ぶっちゃけ真夜中にこの二人と一緒にいると、性的に襲われた時の事を思い出して若干縮み上がりそうになる。かといって残りの二人を連れてくるのもアレかなぁって。リアもミニスも子供だし、睡眠は大事だからね。
「うーん……ここが魔将のお城かぁ。前のはラブホテルみたいだったけど、今度のは曰くありそうな中世の古城って感じだね」
そうして訪れた城の外観は、正にそういう感じの怪しさが漂ってた。
さしずめ湖の傍の断崖絶壁の上にありそうな感じの不気味な城。霧がかかってて全景が見えないのが、余計に怪しさを掻き立ててるね。これ絶対何か出そうな雰囲気だし、何なら地下で毎夜の如く凄惨な拷問とかが行われてそう……。
「う~ん。私も主と一緒にラブホテルに行きたいな――はぷうっ!」
とりあえずは、擦り寄って僕の下半身に触ろうとしてきたトゥーラをビンタで張り飛ばしておく。
こんな不気味な雰囲気漂うお城の前で脳みそピンクな事言えるとは……本当に救いようないな、コイツ……。
「あたしは前のを見てねぇから知らねぇな。けど何か不気味って感じがすんのは分かる」
「まあヴァンパイアが住んでるからねぇ。しかも本家本元。どうせ城にいる奴らもヴァンパイアばっかりだろうし、血を吸われないように気を付けてね?」
「吸われそうになったらさすがに殺して良いよな?」
「ふむふむ。ヴァンパイアは身体能力が高いからそこそこ楽しめそうだね~?」
「まあ、うん。向こうから手を出してきた場合はね? 絶対こっちからは手を出しちゃ駄目だよ?」
やたらに好戦的な僕の犬猫は明らかにやる気満々だ。上機嫌でそれぞれの獲物の調子を確かめてるし、これから城にカチコミにでも行く気分なのかな? 僕らは招待されてここに来たんだからね? たぶん手荒な歓迎とかは無いよ?
「あいよ。分かったからあたしの鉤爪、銀でメッキしてくれ」
「了解だ~。あ、私の手甲も頼むよ、主~」
「君ら本当に分かってんのぉ……?」
頷きつつ、吸血鬼対策をお願いしてくるアホ二人。
どう見ても殺る気満々です。やっぱこの二人じゃなくて、ロリコンビを連れてくるべきだったかなぁ……?
「――では、主をお呼び致しますのでしばしお待ちください。くれぐれも、粗相の無いように」
「はい、了解しました」
アホ二人の動向に若干ハラハラしながらも、奇跡的に何事も無く玉座の間っぽい場所へと通された僕。
残念ながら城の中で見かけた人たちは、顔色の悪い吸血鬼ばっかりで可愛いメイドさんとかはいなかった。エッチなサキュバスがいっぱいいたリリスのお城が天国に思えるね。
ただ考えてみると今は真夜中だ。もしかしたら可愛いメイドさんたちはお昼に働いていて、今は就寝中なのかもしれない。それならまだ希望は捨てずに済むね。
それはそうと、僕が通された玉座の間はめっちゃ暗かったよ。ただでさえ真夜中で暗いのに月明かりが入ってこないし、明かりは壁に等間隔に設置されてる燭台の灯だけだし。一瞬客人たる僕を馬鹿にしてんのかって思ったけど、考えてみれば吸血鬼は夜の種族だ。自分たちはこれくらいの明るさで十分だから、配慮するって考えがそもそも出て来なかったのかもしれない。
「……何か、めっちゃ警戒されてない?」
ただ、配慮はしなくても警戒はしてるみたい。どうにもそこかしこの暗がりから人の気配と敵意がするんだよ。魔法で確かめてみたらこの玉座の間に十人くらい潜んでるみたいだし。
「そりゃそうだろ。お前試合で魔将を何度ぶった切ったよ」
「ぶった切った上に燃やして感電させてと、色々やっていたからね~……あっ、天井の方にもいるようだ~」
「ああ、それのせいかぁ。試合の話をプライベートに持ち込むなんて、公私混同する奴らだなぁ……」
命を賭けた試合の最中にも、無礼を働いちゃ駄目ってことなんですかね? じゃあどうやって戦えばいいの? いちいち『斬ります!』とか『蹴ります!』とか言わないといけないってこと? 馬鹿かな?
「ふむ。主が気に入らないというのなら……殺るかい?」
「殺るのか?」
「殺らないから。君ら本当に血の気多いね? 確かに暴力は大概のことを解決してくれる素敵な手段だから、それを好むのは分かるけどさ……」
僕がちょっと不機嫌になったせいか、犬猫コンビは僅かに声を潜めて聞いてくる。
これ頷いたら躊躇いなくその辺の奴に襲い掛かるんだろうなぁ。やっぱコイツらにはリードが必要なんだって良く分かるよ。ペットの不始末は飼い主の責任だからね。
「……んっ? 来たかな?」
などとペットたちが走って行かないように抑えつけてると、どこかからコウモリの大群が現れた。コロシアムで見た時と同じ、のっぺりした感じの影絵みたいなやつだ。それらは玉座へと集まって人の姿を取り、弾けた後にはそのまま玉座に腰かけた姿のバールがいた。こう、片肘を付いて頬杖をついた状態の、悪役みたいな座り方でね。
「……よく来た、クルスよ。まずは非礼を詫びよう。このような夜更けに呼び出してすまない」
「ご冗談を。魔将たる貴方様からの呼び出しを光栄と思いこそすれ、無礼などとは思いませんよ。お呼び頂ければ、何時いかなる時でも馳せ参じましょう」
「出たな、やたらに腰の低い態度……」
「目上の者には、主はいつもこうなのかい~……?」
とりあえず膝を付いて下手に出ると、犬猫コンビも同様に続く。
何か僕のこの行動はお約束みたいに思われてるみたいだ。でもとりあえず丁寧にへりくだって接すれば、余計ないさかいは怒らないじゃん? これはお約束じゃなくて処世術だよ、処世術。
「ふっ、嬉しい事を言ってくれる。とはいえ夜行性の獣人でも無い貴様には辛い時間であろう。前置きは無しにして、早速本題に入るとしよう。兵士共、我はコイツと話がある。全員、外で控えろ」
「なっ……!?」
「なりません! 護衛を排し、どこの馬の骨とも知れぬ下郎と御身を残すなど!」
「下郎扱いはさすがに草が生える」
バールの命令にそこかしこの物陰から兵士っぽい奴らが飛び出てきて、僕に罵声を浴びせてくる。
兵士って言っても鎧をガチガチに着込んだアレじゃなくて、どっちかっていうと黒衣を纏った暗殺者っぽい感じの格好だ。こいつらもたぶん吸血鬼なのかな? あんまり言葉が過ぎると太陽の光を浴びせちゃうゾ?
「我の命令が届かなかったか? そもそも護衛などいようがいまいが特に変わらん。三度は言わんぞ。下がれ、兵士共」
「……はっ。御心のままに」
何かもの凄い不服そうで、何なら僕らに対して睨むような目を向けてきた奴らがいたけど、兵士たちはバールの命令に従って退出していった。さすがに命令に背いてまでこっそり残ろうとする奴はいなかったみたいで、魔法で調べても反応は無かったよ?
ただ、明らかにこの玉座の間への巨大な扉の前に陣取って、中の様子を窺ってる感じの反応が多数あったね……とりあえずさっさと結界で内と外を隔絶しておこう。
「……さて、これで邪魔者はいなくなったな。あとは――」
「防音その他の結界はこっちで展開したよ。これで外に会話がバレることは無いし、誰かが踏み込んでくることもないね」
「上々だ。では、改めて名乗ろう。我が名はバール。アロガンザの支配者たる魔将にして、夜を統べる吸血鬼たちの真祖なり」
内緒のお話ができることを伝えると、バールは玉座から降りて僕らと同じ目線での自己紹介を始めた。
「僕はクルス。異世界から召喚された勇者にして、田舎出身のニカケの悪魔にして、世界の平和を願う女神様に送り込まれた使徒ってところ」
「勇者……ああ、そういえば国境でルキフグスが勇者を仕留めたと聞いたが……もしや、それが貴様か?」
「うん、そうだよ。ちょうど勇者の立場を捨てたかったし、一計を案じて死を偽装させてもらったってわけ。その様子だと、ちゃんと勇者は死んだって話が伝わってるみたいだね。良かった」
実は生きてるかもしれない、なんて情報が届いてなくて何よりだ。まあアレだけ切り刻まれた後、ほとんど自爆に近い真似をしたんだから、さすがに死んでると思われて当然か。アレで死亡を疑われてたら、件のルキフグスはよっぽど疑り深い性格だよ。
「随分と派手な真似を仕出かしたようだからな。我の元にも情報はすぐに届いた。尤もルキフグスに本気を出させてはいない辺り、木っ端の勇者程度にしか思われていないようだがな」
「木っ端は酷いなぁ。僕をそこらの勇者と同じ程度だと決めつけるなんて……」
どうやら僕はルキフグスには雑魚勇者と思われてたらしい。勝利するわけにはいかなかったから、ほとんど防戦一方になったのが裏目に出たのかな? これはいつかお礼参りに行かないといけませんね……。
「まあそれはともかく、まず大切な事を聞こうか。僕の仲間になってくれるのかな、バール様?」
「バールでいい。無論、我の答えは是だ。我としても、無益な争いを続ける日々に嫌気が刺しているところだ。平和な世界が実現するというのなら、それが一番だろう」
改めて僕の仲間に加わるかを尋ねると、凄く前向きな頷きが返ってきた。
何だろうね? 今の所、僕の仲間たちで二番目くらいにまともな理由じゃない? だって他の奴らは『面白そうだから』とか『復讐する力が欲しいから』だとか、『主の役に立ちたいから』とかだし……。
「……その平和な世界を実現するために、一度この世界の人々を滅亡の瀬戸際まで追い込むとしても?」
「実際に滅亡させるならばともかく、あくまでも瀬戸際なのだろう? ならばその程度は許容範囲だ。今まで血で血を洗う戦いを繰り広げてきた種族同士が、何の犠牲も代償も無く手を取り合い平和を手に入れられるなどありえんことだろう?」
「うーん。凄くまともな答えだ……」
それでいて、ハニエルみたいなお花畑な事は考えてないのがもの凄く好印象だ。やっぱり真の仲間の適性があるね、コイツは。
ただ、今までの仲間がどうにも変な奴らばっかりだから、もしかしてコイツもそういう所があるのでは? 僕の考えすぎなら良いんだけど……。