大会の後
魔将の乱入とかいう予定されたエキシビジョンマッチがあったけど、大会自体はつつがなく終了した。しめやかに表彰式も行われて、何か優勝の証みたいな実用性皆無のゴッテゴテ装飾な長剣も貰ったよ。とりあえず微塵も使わないから空間収納の奥底に放り込んでおきました。
そういえば表彰式では八位までを表彰するのに、何故か人数が圧倒的に足らなかったよ。そりゃあ死んだから出られないってこともあるのかもだけど、僕を含めて三人くらいしかいなかったからね? しかも別に殺したわけじゃないメスガキも透明少女もいなかったし、出席率があまりにも低すぎる。
まあ何にせよ試合が終わって、心なしか解放された気分だよ。魔将との戦いではボロボロに負けて情けない姿も晒したし、これでマナーの悪かった奴らに追い回されることもない。だから僕は大会が終わった翌日、ルンルン気分で奴隷市場でも見に行こうとしてたんだけど――
「アレだけボロボロになって負けたんだから、僕への興味も敵意も薄れるだろうなー……そう考えてた時期が、僕にもありました」
「むしろ絡んでくる奴ら増えたわよね。今も外に結構な人数いるし……」
「ご主人様、襲ってきた人たちをわざわざ挑発するからー……」
何故か前よりも絡んでくる奴らが増えて、宿屋に待機せざるを得なくなりました。いやもう、本当にしつこい上に数が多くてね。『金返せー!』だの『このクソ野郎!』だの言いながら襲い掛かってくるんだもん。
魔将にボロボロにされた姿を見せれば留飲が下がるかと思ってたんだけど、どうやら逆効果だったみたいだ。むしろ『コイツも魔将には勝てないんだから、俺達と同じだ!』って低く見られたらしい。これはちょっと想定外だなぁ……。
「キラとトゥーラに処理させてるけど、いい加減面倒になってきたなぁ。もう僕が直々に出てって吹っ飛ばそうか? 街が少しくらい削れるけどそれくらいは許容範囲でしょ」
「どの辺が許容できんの!? 良いからあんたは大人しくしてなさいよ!」
「ちぇー」
ウザったい奴らを街諸共吹っ飛ばしたいけど、ミニスにストップをかけられる。略してミニストッ……いや、何でもない。
というわけで、犬猫コンビが宿の前のゴミを片付けるまで、ベッドでゴロゴロするしかないんだ。消失使えば出歩けるとはいえ、姿を現した途端に変な奴らが群がってくるから。いやぁ、モテる男は辛いなぁ?
「……ていうか、何でまだこの街に留まってるわけ? まさかまだ何かこの街ですることあるの?」
「まあね。新しい仲間の勧誘をしたから、今は返事待ちってところかな。そろそろ招待状の一つくらい届くと思うんだけどね」
「本当!? また仲間が増えるの!? わーい!」
「新しい、仲間……ああ、また変なのが増えるのね……」
仲間が増えることに喜びを露わにするリアと、頭を抱えて蹲るミニス。どうにもミニスは変な奴が仲間になるって決めつけてるみたいですね……。
それはともかく、極力宿屋に留まってるのは魔将と改めてお話をする機会を得るため。あの試合で僕が力を見せた後、向こうが詳しい話はまた後日って言ってたんだよ。さすがに僕も闇の中で会話したい気分でもないし了承したんだけど、昨日は招待状が届かなかったからさぁ……まあ、たまにはこんな風にゴロゴロするのも良いかな?
「――主~! 邪魔者は全て片付けてきたよ~!」
などと思ってたら、一仕事終えたトゥーラが晴れやかな笑顔で部屋に入ってきた。久々に暴れられたおかげか、その後ろに続くキラも心なしかスッキリした顔してるね。
「あ、お疲れ。どうだった?」
「どいつもこいつもクソ雑魚だったな。あんなの鍛錬にすらならねぇわ」
「そっかぁ。まあ大半は予選落ちか試合に参加しなかった観客だろうからね。クソ雑魚なのも仕方ないよ」
若干不満気な顔をするキラを、適当な言葉で慰める。
予選すら勝ち抜けなかった雑魚共がうちの犬猫に敵うはずがないからね。本戦参加者ならあるいはとも思うけど、本戦の選手は何人か死人が出てるみたいだしなぁ。かといってメスガキと透明少女は未だに出て来ないし、奴らは一体どこで油を売ってるんだろう? 僕に復讐したり、杖を取り返しに来たりはしないのかな?
「まあサンドバッグ程度には役立ったから、私としては文句はないよ~。主の役にも立てたからね~?」
「はいはい、よくやった。えらいえらい」
「フヘヘヘ~……」
甘えた顔で擦り寄ってきたトゥーラの頭を優しくナデナデすると、途端にデレッデレの表情に歪む。
顔はともかく、触り心地は実に素晴らしいな。モフモフでいつまでも撫でていたい気分だ。何より肉厚の犬耳が堪らないんだな、これが。
「あっ、ずるい! リアもリアも!」
「はいはい、よしよし」
「えへへー……」
何を思ったのかリアも飛びついて催促してきたから、仕方なく頭を撫でてあげる。
リアは満足気に笑ってるけど、こっちは正直撫でにくくて堪らんわ。どれだけ気を付けてても一撫でする度に『ガッ!』ってデカい角に手が当たるんだもん。コイツの角こそ壊すべきなのでは?
「………………」
「あおぉっ!? 撫でて欲しいなら口で言え! 無言で抉り込むような頭突きをしてくるな!」
そうして二人の頭を同時に撫でてると、いつのまにか背後に回り込んでたキラが肩越しに頬へ頭突きをかましてきた。これは自分にも構えって意味なんだろうね。そういうのは肉体言語ではなく口頭言語で言って欲しい……。
「何かコイツら、普通に仲睦まじいのよね……やっぱりイカれてる奴ら同士で波長が合うのかしら……」
そんな風に三人と触れ合ってると、やや離れた場所に座るミニスがぽつりと呟いた。
酷く失礼な発言だなぁ。その言い方だとまるで僕がこの三人と同レベルの異常者みたいじゃないか。確かに異常な自覚はあるけど、コイツらほど尖ってはいないはずだぞ。たぶん。
「……おっと、忘れる所だった~。主~、こんなものを主宛てに届けに来た奴がいたよ~?」
「うん? 何? って、わー……いかにもなお手紙……」
三人を代わる代わる撫でてると、唐突にトゥーラが懐から手紙を取り出した。そしてそれを見て僕は送り主を一瞬で理解した。だってまともな奴なら真っ黒な封筒に赤い蝋封なんてしないよ。どう見ても夜の住人とかそっち系の方々が出すような奴じゃん。
「どれどれ……あー、やっぱり招待状だ。今夜お城に来て欲しいってさ」
封筒から取り出したこれまた真っ黒な便箋に赤字で書かれた内容を要約すると『今夜零時に城に来い』って感じかな? 本当は長ったらしい前文とか季節の挨拶とか入ってて、やたらに回りくどい書き方されてたけどね。
「ん~、それは大丈夫なのかい~? 主の仲間になるのを断り、罠を張って待ち受けているということも考えられるんじゃないかな~?」
「それは大丈夫。一回アイツを星の光で消し飛ばした後、身体だけ蘇生させてから契約を結ばせてもらったしね。僕に害を与える行為はできないよ」
若干不安げな顔をするトゥーラだけど、僕はその辺りは特に脅威は感じてない。一方的な契約で僕を害する事ができないように縛ってやったからね。
「星の光って……あの闇の中で何やってたんだ、お前……?」
「そりゃあ太陽を作り出してその光で吸血鬼を浄化してやったんだよ。さすがの真祖でも至近距離から太陽光を浴びたら耐えられなかったみたいで、一瞬で塵になったよ。ハハハ」
恒星創造で創り出した恒星の輝きは、吸血鬼にはあまりにも眩しすぎたみたいでね。僕の手の中にバスケットボール大の太陽が生まれた瞬間、その光に焼かれて声を出す間もなく死んじゃったよ。
まあ吸血鬼でなかろうと目の前に太陽が生じたら一瞬で死ぬだろうけどさ。僕が死ななかったのは魔法でガチガチに防御してたからだね。もちろん光も一定以上の強さは遮断するようにしてたし、そうでもしなきゃ完全に自爆だ。
「ちょ、ちょっと、それってかなり危ない事してない……?」
「かなりどころかクソヤバいよ。色々な対策をした上でやったから平気だったけど、仮に何の対策も無しに同じことをしたら……まあ、最低でもこの街は蒸発しただろうねぇ……」
「えぇ……」
「すごーい! さすがご主人様!」
ドン引きするミニスと、素直に賞賛してくれるリア。
何がヤバいって、バスケットボールくらいの大きさなのにしっかり恒星してるところがヤバいんだよね。その小ささで、お空の向こうで輝いてる太陽と質量とかは丸っきり同じだろうし……単純に圧縮した太陽があるようなもんかな? だとしたら小さかろうが何だろうが、破滅的なエネルギーを秘めてるのに変わりは無いな、これ……。
「いや~、本当だね~。さすがは私の主だ~。ちなみに、わざわざ星を作り出した理由はあるのかい~?」
「いや、無いよ? 強いて言えばお前の力を見せてみろとか言われたからかな。あとは闇の中だったから光を使うのが礼儀かなって思って」
「だからって太陽創り出す? 本当に頭おかしいわ、コイツ……」
うーん、相変わらずミニスは僕に対して辛辣だなぁ。星を創造するっていう神の如き力が使えるって教えたのに、相変わらず狂人判定だよ。もしかしてさすがにホラだと思われてるのかな?
「ハハハ。何ならこの場で創り出してやろうか? ほーら、太陽の力が私の手の中に……!」
「あーっ!? コイツ、本当にやりやがったわ!」
信用されてないみたいだから、実際に目の前で太陽を創り出してあげた。
今回は上向けた手の平の中に、テニスボールくらいの大きさのコンパクト太陽だ。でもどんなに小さくても太陽は太陽。煌々と白色に輝き無限のエネルギーを放ってるし、作り出した瞬間に若干部屋の温度が上がった。何なら小さな埃や紙くずが重力に吸い寄せられてる。
今回はこの小型太陽を包むような形で防御壁を展開させてるからこの程度で済んでるけど、もしこれを展開してなかったら……うう、想像するだけで怖いねぇ?
「わーっ! キレー!」
「いや~、こんな間近で太陽を拝めるなんてびっくり――あ~っ!! 腕が溶けた~!!」
小型太陽以上に瞳を輝かせるリアと、何のためらいも無く指先を突っ込んで肘まで腕を溶かしてるトゥーラ。
魔法で死者蘇生ができると言った時の行動といい、本当にコイツは一体何を考えてるんだ……とりあえず人体が焦げる鼻が曲がりそうな臭いが漂ってきたから、治癒で回復してやりました。
「本当にこれで街一つを蒸発させられんのか? ちょっと試してみねぇ?」
「いや、やめとく。実際のところ街一つっていうのは希望的観測だからね。もしかしたら世界が滅びちゃうかもしれないし、これ魔法で創り出したやつだから下手すると破壊力も僕の考えで決まっちゃうかもだし」
恐ろしい提案をしてくるキラに対して、僕はふるふると首を横に振った。
確かにちょっと試してみたい気持ちはある。でもこれはテニスボールくらいの大きさでも紛れもなく太陽だからね。こんなもん解放したら街一つで済むはずが無いわ。何よりこの太陽はイメージで色々決まる魔法の産物だから、巻き起こる惨状も僕のイメージ次第ってところもあるし。
あとはまあ、試すならもっと別の事を試してみたいっていうか……ほら、ね? あんまり詳しくは言えないけど、太陽を創り出せるってことは核融合を実現できるってことでしょ? 核融合を実現できるなら、核分裂だって実現できるってことで……こう、ね? それを利用した兵器も魔法で再現できるかな、って。世界を平和に出来なかった時はソレを使って全部吹っ飛ばすのもアリかなーって。
「ふーん。レーンの奴に見せたらえらく食いつきそうだよなぁ」
「だよねぇ。見せたい気持ちもあるけど、その後の長話に付き合いたくない気持ちもある……」
何せお星さまを創造できるんだ。こんなの魔法大好きで話の長いレーンに見せたら、それこそ校長の無駄話以上に長い話をしてきそうだよ。あと他にも色々見せろとか言ってきそう。
ぶっちゃけ恒星を創り出す意味なんて毛ほども無いし、さすがにこの魔法は封印かな?
「どうでもいいこと話してないでそれさっさと消しなさいよ!? 何か変なの伸びてきてるんだけど!?」
おっと、太陽表面から噴き上がるプロミネンスがにゅーっとミニスに向かって伸びてる。ミニスの奴めちゃくちゃ怖がってるなぁ。まるでうねうねと動く触手を目の前に顔を引きつらせてるみたいな光景だぁ……。