救護室にて
⋇クソ犬視点
『さあ、依然としてリング上には濃密な闇の領域が形成されています! 音も光も飲み込む暗黒の中で、果たしてどのような攻防が繰り広げられているのかー!?』
「う~……主は大丈夫かな~? やはりとても心配だよ~……」
リングの上が闇に覆われてからというもの、主の戦いの様子が全く分からず私は気が気でなかった~。何せ濃密な闇は全く中の光景を見通せず、一切の物音もこちらに届いて来ないからね~。幾ら主が無限の魔力を持つ尊き存在とはいえ、そのお姿がこうして隠れてしまっては不安に思うのも仕方ないよ~。
「別に心配する必要はねぇだろ。あいつが簡単にやられるタマかよ」
「それは分かっているんだが、姿が見えないというのが不安でね~……」
キラは主の事を全く心配していないようで、毛ほども動揺が見られないね~。私も信頼はしているんだが、やはり姿が見えないのが不安で堪らないな~……。
しかしこんなことになると分かっていれば、主に対して魔将の情報を提供するべきではなかったかもしれないな~。元々優勝には興味が無かった主がわざわざ優勝を目指す事にしたのは『優勝者には魔将との戦いというエキシビジョンマッチが用意されている』、『魔将は私とどこか似ている気がする』と私が教えたせいだろうからね~。
いや、でも主に聞かれたのだから話さないという選択肢はなかったかな~? うむむ、忠義と愛のどちらを優先するか、なかなか難しいところだね~……。
「あっ、何か闇が薄れてきたよ!」
「おおっ!? 主は!? 主はいずこに~!?」
揺れ動く二つの感情の間で頭を悩ませていると、リアが唐突にそんな声を発した~。見ればリングを覆い隠していた闇が徐々に薄れていき、少しずつその下の光景が白日の下に晒されている所だったよ~。尤も空に輝いてるのは綺麗なお月様なんだがね~?
『唐突に闇が薄れていきます! さあ、最後にリングに立っているのは――』
徐々にリングの上の光景が明らかになり、ヤジを飛ばす観衆たちも固唾を飲んで見守っているね~。もちろん私もごくりと唾を呑んで見守っているよ~。早く我が主が勝鬨を上げる姿を見せてくれ~!
『――我らが魔将、バール様だー!! クルス選手、傷だらけで倒れているー! というわけで勝者はバール様だー!!』
「やったぜ!!」
「ざまあみろ、ハーレム野郎がっ!!」
「いい気味だぜ、そのまま死んじまえ!!」
などと期待していたら、何という事か~!? リングの上に現れたのは無傷で堂々と立つ魔将と、ボロボロになって倒れている主の姿だ~!! 挙句そんな主に大観衆が心無い罵倒を投げかける~っ!? ああぁぁぁぁぁ~っ!!
「クソ~っ!! よくも主を~っ!! こうなったら私が魔将を殺し――あばばばばばっ!?」
怒りのままに目の前の観客席を乗り越えてリングに突撃しようとした瞬間、私の首を起点にして甘く激しい電気が身体に走った~!!
あ~っ!! この痛み、この痺れ!! 間違いなく主によるものだ~!! 全身に主の愛が走る~っ!!
「お、電撃。てことは気絶した振りか、アレ?」
「おにーちゃん生きてるんだ。よかったー……」
「……チッ」
私が激しい電流にイきそうになってガクガク悶えていると、仲間たちも主が無事だという事が分かったようだ~。ホッとしているリアはともかく、何やら残念そうに舌打ちしている奴がいたが……まあ、主はこういう反応も楽しんでいるようだから、別に指摘する必要は無いかな~?
「ふうっ……あの状態でわざわざ私に電撃を浴びせるとは、手を出すなという事なのかな~? だったらしょうがない。私は救護室に先回りするぞ~!」
「じゃあ私も一緒に行くね。おにーちゃんのこと心配だもん。それにトゥーちゃんが暴走しないように見張っててって、おにーちゃんに頼まれてるから」
私に続いて、何やらお目付け役を頼まれたらしいリアも席を立つ~。
うーむ、しかし何故私が暴走すると思われているのかな~? 別に私は暴走したことなど無い気がするのだが~? いや、主への愛が溢れた事はあったね~?
「……え。じゃあ私、コイツと居残り……? えぇ……」
私とリアが観客席を離れるとキラと二人きりになってしまうせいか、ミニスはとても嫌そうな顔をしていたよ~。ならば私たちと一緒に主の元へ馳せ参じれば良いと思うのだが、きっとそれも嫌なのだろうね~。いや~、なかなか難儀だね~。
「んだよ。あたしだってテメェと二人なんかごめんだぜ。文句あんならどっか行けよ」
「は? あんたがどっか行きなさいよ。何で私が移動しなきゃいけないわけ?」
「あ?」
「は?」
どうにも反りが合わないようで、ミニスとキラはお互いに殺意のこもった目で睨み合う~。
う~む。私は途中で仲間に加わったせいか、何故彼女たちがこんなに険悪なのか良く分からないね~。それにミニスはいつもボコボコにされるというのに、懲りずに反発する理由も不明だ~。もしや、私と同じ人種なのかな~?
「ハハハ、君たちは仲が良いね~? それじゃあ私たちは主の所へ行ってくるよ~。さ、行こうかリア~?」
「うん!」
何にせよ、今大事なのは主の事だ~。そんなわけで、取っ組み合いを始めた二人は無視して、私はリアと共に救護室へと向かった~。
しかし今正に主が担架で運ばれている辺り、どうやら先回りは失敗しそうだね~。クッ、私としたことが~!
駆け足で救護室へと向かった私たちだが、何故か主の姿はどこにもなかった~。
職員に話を聞いてみると、どうやら主はランクの高い個室の救護室へと運ばれたらしい~。まあ、主は大会の優勝者だからね~。有象無象と相部屋というのはあまりにも失礼だろう~。
そんなわけで私たちは主が待つ個室の救護室へと向かった~。主は大丈夫かな~? 心配だな~?
「――大丈夫かい、主~!? 怪我は……あー、もう治っているようだね~?」
「よかったー。おにーちゃん元気そうで安心したよー?」
そうして救護室に飛び込んだ私が見たのは、五体満足で一切の負傷も無くベッドに腰かけている主のお姿~。
いや、待て。まだ負傷が無いかどうかは分からないよ~? 服の下は傷だらけ、ということもあり得るんじゃないかな~? だとしたら何とかして服を脱がさなければ~!
「当然。向こうに花を持たせるためにわざとボロボロになっただけだしね」
「ん~、もうちょっと怪我をしていても良かったんじゃないかな~? そうすれば私がおはようからおやすみまで、下の世話も含めて付きっ切りで看病してあげたというのに~……何なら今からもう一度重体になってくれないかい~?」
「サイコ発言やめろ。看病したいから重傷に追い込むとか、完全にヤバい思考回路だぞ」
擦り寄ってさりげなく服を脱がそうとするが、主に片手で押しのけられてしまう~。
むむっ!? それなりに白熱した戦いだったのか、主のお手々は若干汗ばんでるね~。ふんふん、何と芳しい香り~……!
「でもおにーちゃん、あんなにボロボロになる必要あったのー? 言ったら悪いけどすごく情けない姿だったよー?」
「それくらいでちょうど良いんだよ。何でか分からないけど、僕は観客から親の仇みたいに嫌われてるからね。そんな僕がボロ雑巾みたいになって敗北する姿を見れば、大体の人は溜飲が下がるでしょ。これで街で追い回されたりすることもなくなるかもだし」
「なるほどー! さすがおにーちゃん、いろいろ小賢しい事考えてるね!」
「ハッハッハ。お前その言い方はやめような?」
「あーっ!? いたいいたいいたい! グリグリしないでー!」
主はリアの発言が若干気に障ったようで、両の拳でリアの頭を挟んでグリグリとしている~。
う~む。主の考えを否定する気は無いが、もしかすると逆に因縁を付けてくる輩が増えるかもしれないな~。魔将に敗北したことで、所詮はその程度と思われているかもしれないし~……まあ、その時は私が無礼な輩をしばき倒せば良いだけの話だね~!
それはそうと、私もリアのように愛して欲しいな~……。
「何にせよ、これで目的は果たせたという事なのかな~?」
「まぁね。あの魔将も真の仲間の資格があることは分かったし、力を示したから仲間に加わることにも好意的だし、とりあえず後でもっと詳しいお話をすることになったよ。その内招待状でも届くんじゃない?」
「それなら良かった~。ただ、少々意外だね~? まさか主に男色のケがあるとは~……」
うむむ、今考えてもちょっと意外だ~。
何せ主は初めて出会った時には可愛らしい女の子たちを侍らせていたし、聖人族の国の方にも二人ほど仲間がいるらしいから、てっきり普通に女の子が好きなんだと思っていたんだが~……わざわざ大会で優勝してまで魔将を仲間に勧誘した辺り、きっとそういう事なんだろうね~? まあ私は主がどんなに捻じ曲がった性癖や趣味を持っていようと、笑顔で受け入れる覚悟がある~!
などと思っていたのだが、主は冷めた目で私を見ると脳天に軽い手刀を叩き落してきた~。もっと頭蓋にヒビが入るくらい力強くやっても良いんだよ~?
「いや、無いし。僕はバリバリのノンケだから。それに有能なら男でも仲間に加え入れるよ」
「え~? でも主の仲間には女の子しかいないじゃないか~?」
「うんうん。リアでしょー、トゥーちゃんでしょー? それからミニスちゃんにキラちゃんにカルナちゃん。あ、あとハニちゃんも」
私の言葉にリアもわざわざ名前を上げながら頷いてくれた~。
これだけの数の女の子が仲間にいる現状にも拘わらず、有能なら男も仲間に入れるというのは少々説得力が薄いのではないかな~? 確かに男色のケは無さそうだが~……。
「そりゃあ偶然だよ、偶然。それに今回の奴に関しては見逃す理由が無いしね。話した感じかなりまともな性格してるし、サーカスみたいになってきたうちの面子に是非とも欲しい人材だよ。というか魔将だから強さもコネも権力もお前の上位互換だろうし、むしろもうお前いらないんじゃない?」
「なっ、何だって~!?」
主のとんでもない発言が、私の胸にグサリと刺さる~!
そ、そんな馬鹿な~!? 私の上位互換だって~!? そんなはずはない! 私は闘技大会の優勝候補を容易く捻じ伏せることができるほどの実力を身に着け、冒険者ギルドのギルドマスターにまで成り上がった一般人だぞ~! 夜しかまともに活動できない吸血鬼風情に負ける要素なんて無いじゃないか~!
そりゃあ長年に渡る戦争を生き延びている魔将の方が私より強い可能性はあるし、現在は四人しか残っていない魔将という立場の方がギルドマスターより遥かに偉いだろうし、一つの街の領主と冒険者ギルドのギルドマスターではコネも権力も雲泥の差だろうが~……ん~? もしかして、本当に私の上位互換なのでは~……?
「う、ううぅ~!! 主~、私を捨てないでくれ~!! 私はもう、主がいないと生きていけないんだ~!! 主の役に立てるようこれからも研鑽を続けるから、私を見捨てないでくれ~!!」
恐ろしい事実に気が付いてしまった私は、恥も外聞もかなぐり捨てて主に縋りつく~!
主はようやく出会えた運命の人! 理想の男性! そんな主に捨てられてしまったら、私は今後何を支えに生きて行けば良いのだ~!? 何でもするから私を傍に置いてくれ~!!
「ハハハ、冗談だよ。冗談。ぶっちゃけ最初はその辺に捨てて行こうかと思ってたけど、気が利くし忠実に働いてくれるからね。これからもその調子でいてくれるなら捨てたりはしないよ。たぶん」
「うぅ~……本当かい~? 信じてるからね~、主~?」
必死に縋りつく私に対して、珍しいことに主は優しく頭を撫でてくれた~。
その言葉に一瞬安心したが、よく考えれば価値が無くなったら捨てるということかな~? うぐぐ、では主の役に立てるようにより一層頑張らなければ~! 私の夢は最後まで主の隣に立ち、主の死を看取り、最後に後を追う事なのだからね~!
⋇わりとクソ重感情を抱いてるトゥーラさん