エキシビジョンマッチ
『長きに渡る激戦の果てに、ついに決着ぅー! 強敵ひしめく獣魔最強決定戦を制し、頂点に上り詰めたのは――鬼畜外道魔術師、クルス選手だー!』
「うわああぁぁあぁぁぁぁぁぁっ!!」
「チクショオオォォォォォォッ!!」
「ふざけんなあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「最高だよおおぉぉぉぉぉっ!! 主いぃぃぃぃぃっ!!」
翌日、黄色い満月が輝く夜更け。ついに優勝を果たしたのが僕だったせいか、コロシアムに阿鼻叫喚の悲鳴や怒号が響き渡った。一部滅茶苦茶感極まった感じの声が聞こえたけど、まあそれは聞こえなかったことにしよう。
相手がヴァンパイアなのに弱点攻めちゃいけないとかいう謎ルールがあったとはいえ、僕には無限の魔力といまいち影の薄い特殊能力がある。それに試合の勝敗条件は殺す以外にも気絶・場外も含まれてるから、特に苦も無く倒せたよ。どっかの消える子とかメスガキみたいに、驚くような事をしてきたわけでもないし。
とはいえあっさり倒しちゃうとそれはそれで変に目立つから、できる限り拮抗勝負を演じつつギリギリで勝利した風を装ったよ。おかげで身体は傷だらけになったし、ローブもボロボロだぁ……さすがにすぐ治療しちゃうのはダメかな? もうちょっとだけこのままでいよう。
『優勝おめでとうございます、クルス選手! まさかこんなお方が優勝してしまうとは、色々な意味で予想外でした!』
「ハハハ、誉め言葉として受け取っておくよ。僕もちょっと予想外だしね。優勝したってのに観客席からは怨嗟の叫びと罵詈雑言しか聞こえてこないし。優勝者を称える言葉とかないの?」
『いやー……私もこれほど嫌われている優勝者は初めて見ましたよ。とはいえクルス選手の場合は色々やらかしたので仕方ない部分もあると思います。それに賭け事の結果云々もあるでしょうし……』
「あー、僕が勝ったから賭け金が……」
どうやら特に僕を目の敵にしてる連中は、僕以外の選手に金を賭けて大敗した奴ららしい。特に僕は全く無名の選手、しかも調べてもろくに情報が出て来ないっていう怪しすぎる経歴の持ち主だ。その上悪魔なのに角しかないニカケ。
そんなポッと出の弱そうな奴に金を賭ける奴がいる? 当然答えはノーだね。幾ら予選で活躍を見せたとはいえ、僕の倍率は相当高かったらしい。
「愚民共ー!! お金をドブに捨てた気分はどうかなー!?」
「死ねええぇぇぇぇぇぇっ!!」
「くたばれえええぇぇぇぇぇっ!!」
「金返せええぇえぇぇえぇぇっ!!」
『やめてください! ゴミを投げないでください! 警備兵、排除をお願いします! それとクルス選手も煽らないでください!』
ちょっと愉快な気分になって観客を煽ると、大音量の罵声と共にたくさんのゴミが飛んでくる。賭けに負けて文句言うなら最初からギャンブルなんてしなければいいのにねぇ? いやぁ、馬鹿どもを煽るのは楽しいなぁ!
「……ん?」
などと投げつけられるゴミを避けつつ楽しんでると、僕の目の前にゴミとは違うものが飛んできた。
それはバサバサと羽ばたく小さなコウモリだ。まるで影から切り取られたみたいに余すところなく真っ黒で、よくよく見れば目も口も何にも無くて、厚みも全く感じさせない。影絵がそのまま抜け出て動いてるみたい、って言えば分かりやすいかな?
とりあえず蚊を叩き潰すみたいに両手で挟んでみようとしたけど、そのコウモリは手の間からぬるりと滑り出て空へと飛んでった。それと同時にコロシアムの外から同じようなコウモリが何百、何千と現れ、さすがのマナーの悪い観客たちも罵声を引っ込める。
『おーっとぉ!? 突如として大量のコウモリが現れたぞー!? これは一体何事だー!?』
そして司会サキュバスが妙に楽しそうにこの異常事態を実況する。
突然の事態にもしっかり対応できる辺り、ベテランの実況だね! いやまあ、たぶんこの展開は普通に流れ通りなんだろうけどさ。観客たちの大半も別に困惑もしてなければ怯えてるわけでもないし。
『コウモリたちが一カ所に集まり、人の姿を形作って行くー!! こ、これはまさかー!?』
司会サキュバスの言う通り、現れたコウモリたちは空中の一カ所に集まって、真っ黒な人型を形成しつつあった。
さて、勘の良い人ならもう何が現れるか分かるよね? え、分からない? 鈍いなぁ。この試合でどれだけとある種族が優遇されてたか忘れたの? おまけに今は綺麗なお月様が輝く夜だよ? おまけに現れたのは三次元上に抜け出た影絵みたいなコウモリだよ? そりゃあ何が出てくるかなんて考えるまでも無いでしょ。
しばらくして人型に凝集した闇が弾けて、現れたのはたぶん大方の予想通りの人物。闇そのものみたいな黒マントに身を包んだ、長い金髪がムカつくイケメンだ。その瞳はミニスよりもまっ赤っ赤で、まるで血液そのもの(動脈血)みたいな色をしてるよ。金髪赤目のイケメンとか敵認定待ったなしなんだよなぁ……。
「――我が名はバール。さあ、跪け。愚民どもよ」
宙に浮かぶイケメンことバールは、やたらに冷めた声音で言葉を放った。別段大きな声じゃなかったのに、大観衆は一斉にその場に跪いた。何万もの人々が一斉に同じ動作をしたからもの凄い大きな『ザッ!』って音が聞こえたよ。まるで予め決められてたような動きをしてますねぇ? いや、ていうか予め決まってたんだろうけどさ。
『現れたー!! このアロガンザの支配者であり、夜の支配者であらせられる、魔将バール・ツァーカブ様の登場だー!!』
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「……解析」
跪きながらも実況を続ける司会サキュバスと、興奮に満ちた声を上げる大観衆。そんな奴らを尻目に、僕はバールに対して解析を実行した。
名前:バール・ツァーカブ
種族:魔獣族(魔将:トゥルー・ヴァンパイア)
年齢:2183歳
職業:領主
得意武器:血液
物理・魔法:3対7
聖人族への敵意:無し
魔獣族への敵意:無し
ふむふむ、吸血鬼の真祖ってとこか。やっぱり魔将は大天使と違って、種族が色々なんだね。たぶん他の魔将も始まりの一体とかそういう感じの奴なんだろうなぁ。
得意武器は血液……いや、血液って武器なんだろうか? どうやって使うのかなかなかに気になるね。空気に触れると発火して燃え上がる血液をぶっかけるとか、血液を杭のように形成して打ち出す、とか……?
まあそれらはさておき、一番重要なのは敵種族に対する敵意だ。そう、バールは聖人族に対して敵意を一切抱いていない。どっかのロリサキュバスみたいに同族に対しても抱いてるわけじゃない。つまり立派な真の仲間候補ってわけなんだよ。
ぶっちゃけ女の子以外はいらないって気持ちもあるんだけど、発覚した以上はさすがに無視もできないね。それに一人くらい野郎がいればエロトークで楽しめるかもしれないし、とりあえず仲間に引き込めるか頑張ってみよう。
「貴様が今大会の優勝者か。この厳しい戦いを勝ち抜き、よくぞここまで辿り着いた。褒めて遣わそう、クルスよ」
「ありがたき幸せ……光栄です、バール様」
素直に褒められたので、僕は跪いて頭を垂れる。
何だろうね? クッソ偉そうなのに、それを特に煩わしく思ったりしない印象があるよ。これがカリスマってやつなのかな?
「さて、貴様に二つ問おう。まず一つ。貴様は大会の優勝者に与えられる褒美を知っているか?」
「はい。一つは優勝賞金の金貨三千枚。そしてもう一つは――魔将への挑戦権」
頷き、僕は答えを返す。
そう、実は僕は優勝したら魔将に挑戦する権利が得られるって事前に知ってた。何で知ってたかと言うと、それはトゥーラに本戦の事を色々吐かせたから。本人は本戦でレッドカード食らって永久追放くらったとはいえ、それ以前にも大会を観戦してたらしいし。
この情報を知った時には優勝したら絶対面倒になるから、バリバリに三位で敗退することを決めてたんだけど……トゥーラの奴が『魔将は自分と同じ匂いがする』って言いだしたからさぁ……それがSM気質や変態性の事なのか、あるいは敵種族への敵意の事なのかは分かんないっぽかったから、こうして直に確かめに来たわけだよ。変態性の方じゃ無くて本当に良かった!
「その通り。では二つ目の問いだ……我に、挑むか?」
「ええ、もちろん。私の力が、どこまで貴方様に通用するか。それを確かめることが出来る機会など、今を置いて他にありませんから」
戦意を漲らせながらの問いに、僕は杖を構えて答える。
ぶっちゃけ戦う必要は無いんだけど、仲間に勧誘するなら多少は力量を示した方が良いだろうからね。あとここで戦わないって言ったら、観客から『腰抜け』だの『チキン』だの言われそうだし。そう罵られたら結局戦わないといけないから、結果的にはどっちを選んでも変わんないね。
『クルス選手、バール様への挑戦を決めたー! この男、怖い者知らずかー!?』
「そうでなくては。では、二時間待ってやろう。その間に休息を取り、存分に戦術を練るがいい」
「いいえ、今始めて頂いて結構です。貴方様を二時間も待たせることなど無礼が過ぎますからね」
ちょうどいい感じのタイミングだったから、魔法でパパッと傷を癒す。
戦術に関しては特に練る必要もないしね。トゥーラの話だと対バールに関しては銀とかニンニクも解禁されるみたいだし、それを使えばいい感じに戦うことはできるでしょ。まあ今まで挑んだ奴らはそれらを使ってもコテンパンにされたみたいだけどね。
「ほう? 随分と余裕があるものだ。まさか弱点を突けば容易に倒せる、などと思い上がってはいるまいな? 確かに我は銀やニンニクは苦手だが、致命的な弱点とまではいかんのだぞ?」
「ハハッ。どのみちそれらが通用しなければ、体力や魔力が回復していようと無意味では?」
「ククッ、尤もだな。良いだろう、貴様が望むのなら今この場で始めようではないか――実況、合図を出せ」
リング上に降り立ったバールがマントを翻して、司会サキュバスにそう命じる。
ていうか銀もニンニクも致命的な弱点にはならないのか。そりゃあ今までの優勝者もやられるわけだよ。
『かしこまりました! それではこれより、エキシビジョンマッチを開始いたします! 鬼畜外道魔術師クルスVS夜を統べる魔将バール! 試合、開始いぃぃぃぃぃぃっ!!』
「うおおおぉぉぉぉおぉぉぉぉっ!!」
場外のお立ち台へと移動した司会サキュバスが、高らかにエキシビジョンマッチの開催を宣言する。それと同時に響き渡る歓声。魔将の戦う姿が見られる事に興奮してるのか、はたまた僕がコテンパンにやられる姿に期待してるのか。一体どっちなんだろうね?
何にせよ、魔将が相手なら僕ももうちょっと実力を出さないとマズそう。とりあえず身体能力その他を全て二十倍くらいにしておこうか。あとはもうわざわざ魔術主体で戦う必要もないし、接近戦闘も解禁しよう。
「――斬撃」
そんなわけで空間収納に杖を突っ込んで代わりに長剣を取り出した僕は、一息にバールへと接近して鋭い斬撃を放った。
狙いはとりあえず右腕。まずは再生能力がどんなもんかを見てみたいからね。ちなみに狙い通り右腕を肘の辺りから斬り飛ばすことには成功したけど、バールは普通にこっちの動きも太刀筋も目で追ってたよ。これはたぶん斬らせてくれたってことなんだろうなぁ。
『なっ!? く、クルス選手、いきなり杖を手放したかと思えば、いつのまにか剣でバール様の腕を斬り飛ばしていたー!? クルス選手は魔術師ではなかったのかー!?』
驚愕に満ちた実況をバックに、バールの右腕が宙を舞う。
でも不思議な事に、血の一滴も流れて無い。バール当人の腕の切断面からも、斬り飛ばされてる方の腕の切断面からも。もしかして銀の武器で斬らないと血が出ない系? じゃあ斬りまくっても失血死は狙えそうにない感じかな。
「ふむ、素晴らしい速さ。それに美しい太刀筋だ。とても魔術師のものとは思えんな」
「ええ。ただの魔術師だと思わせておいた方が、色々と都合が良かったもので」
腕をぶった切られたにも拘わらず、バールは顔色一つ変えずに僕の事を賞賛してくる。ちょっと憧れる強キャラムーブだね。役目的に僕もこういうのができるようにならないといけないんだよなぁ。
「なるほど。それほどの力量を隠しながらも優勝まで辿り着くとは恐れ入る。だが――」
そこで言葉を切ったバールが、斬り飛ばされた右腕を水平に掲げる。その瞬間、リングに転がってた肘から先が弾かれるように飛び上がり、クルクル回って切断面へと張り付いた。接着剤とかそういうのは使ってないのに完璧にくっついたみたいで、滑らかに五指を動かしてたよ。
「――その程度では、我には勝てんぞ?」
そして、僕に向かって薄く微笑む。
うーん。これはそこそこ実力を出さないと本当にマズそうな感じだね。四肢の欠損が一秒もかからずに再生したぞ。
ところでこういう再生能力持ちの奴を見ると、どうにも再生能力の検証をしたくなるのは僕だけかな? 腕を切り落とした後燃やしても再生するのか、左右に真っ二つにしたらどっちから再生するのかとか気にならない?