インビジブル
⋇変態注意
『さあ! いよいよ本戦第二回戦、第三試合の開始が近付いてまいりました! 皆さん、観戦のご用意はよろしいですか!?』
「うおおおぉぉぉぉぉおぉっ!!」
「早くしろおぉおぉぉぉぉぉっ!!」
「主の雄姿を早く見せろ~っ!!」
二日後、さんさんと日の光が降り注ぐ真昼間。僕は本戦第二回戦、第三試合に挑むため入場口に立って待ってた。ここからでも観客のテンションと熱量がひしひしと感じられるね。
え? 第一回戦はどうしたって? 特に面白みも無かったからカットしたよ? だって対戦相手は何かスカした感じの、魔法も武術もオールマイティにできる感じの野郎だったからね。何でもできるってことは突出したものが一つも無いってことと同義だから、特に目を見張るようなものは無かったし。強いて言えば自分の強さに対する自負だけは無駄に突出してたかな。
そんなわけでちょっとだけ苦戦した風を装ってからぶっ倒して、今は本戦第二回戦。一応僕はまだ魔法が得意な魔術師と思われてるみたいだから、本戦への仕込みはしっかり機能してるね。尤もこの仕込みが役立つ時が来るのかは疑問だけど……。
『今回雌雄を決するのはこの二人! 微笑みの魔術師とインビジブル・マジシャン! どちらも魔法特化の選手のようで、面白い試合になりそうです! では選手入場!』
「やーやー、どうもー?」
「ひっこめー!!」
「くたばれー!!」
入場を促され、僕は入場口から出てリングの上へと上がった。とりあえず観客に軽く挨拶をすると、途端にゴミがポイポイと飛んできたよ。コロシアムという場所を考えても、ちょっと民度悪すぎん?
『はい、ゴミを投げるのは止めてください! 警備さん! マナーの悪い客を追い出してください!』
さすがにもう看過できなくなってきたのか、司会サキュバスはついに警備兵に指示を出した。鎧を着込んで槍を携えた兵士たちがわらわらと出てきて、特にマナーの悪い観客を締め出そうと追い回す。どうにもマナーの悪い奴らは予選で僕に負けた敗北者が多いみたいだからね。兵士さん頑張って。
「あ、うぅ……!」
などと観客席の騒ぎを眺めてると、それに乗じた感じでこっそりとリングに上がってる人影。フードを目深に被った巨乳の魔術師こと、インビジブル・マジシャン。名前は確か……ミラだったかな?
人の視線が怖いのか、長い杖を抱え込むように縮こまりながら、リング中央へとびくびく歩いてきたよ。大丈夫か、コイツ……フード剥がしたら緊張で失神してそれだけで倒せそうな感じがする……。
「どうも、こんにちは。ミラさん、でいいのかな?」
「ひぇ……! は、はい。こに、こん、こんにち、は……」
僕が渾身の微笑みと共に挨拶をすると、やっぱりビクッと怯える。
何だろうね、この感じ。もっともっと苛めて泣かせたくなるような、守ってあげて自分にたっぷり依存させてから捨てたくなるような……不思議な感じがするね?
「正々堂々、悔いを残さないように戦おうね?」
「は、はいぃぃ……!」
まあこれはとんでもない数の観客に見られながらの試合だ。さすがにちょっと変な事はできないし、できる限り普通に戦うかぁ。できる限りな。
『えー、マナーの悪い客がいまして申し訳ありませんでした! さて、それでは試合を始めましょう! 両者ともに準備はよろしいですか?』
「うん、大丈夫」
「は、はいっ……!」
僕とミラは五メートルほど離れた状態で向かい合い、お互いにそれぞれ杖を構える。少なくとも杖の豪華さなら僕の勝利だ! 見ろ、この豪華な金色の杖の光を!
対して向こうは古ぼけた木製の杖。これはもうどっちが勝利してるか一目瞭然だね。
『それでは本戦第二回戦、第三試合――開始いぃぃぃぃぃぃぃっ!!』
「い――インビジブル!」
司会サキュバスが試合開始のシャウトを響かせると同時、ミラが真っ先に魔法を行使した。
本当は僕が先に動こうと思ったんだけど、揺れ動く巨乳に目が行ってちょっと行動が遅れちゃった。男の心理を巧みに突いた真似をしやがる。これはとても大きな強敵だね。間違いない……。
『さあ、ミラ選手が即座に姿を消しました! クルス選手、見えない相手にどう戦う!?』
「……消えた。さて、どうするかな?」
そしてミラは空気に溶けるように姿を消した。さては透明になる魔法かな?
一応僕の予選が始まるまでの間にあった試合は見てたし、ミラが参加してた予選も見てはいたよ? でも開始時点で百人いたせいもあってか、戦い方はろくに見れてないんだよね。正直決着も良く見てなかった。決して僕の肩に寄りかかって寝てたキラの胸元を覗くのに忙しかったわけじゃないからな。
まあ何はともあれ、見えなくなったなら探すのが道理でしょ。というわけでまずはこれだな――熱検知。この魔法を使うことで、僕の視界は某狩猟宇宙生物みたいな赤外線ヴィジョンになる。
幾ら透明になって姿が消えたように見えても、体温までも消せるわけじゃない。だからこの魔法でリング上を見れば、どこにいるかは一目で分かるって寸法だよ。さーて、どこにいるのかなー?
「……って、あれ? おらんぞ?」
でもリング上を見回しても、人型の熱源はどこにもなかった。泥でも身体に塗って熱源感知から逃れてるのかと思ったけど、そもそもリング上に泥なんて無いし、向こうはこっちが赤外線ヴィジョンになってるなんて知らないはず。
じゃあ何で見つからないんだろう? たまたま熱源感知は対策してあるとか? もしくはリング上にいると見せかけて、本当は場外にいるとか? よし、だったらこれだな。探索。これならどこにいたってすぐに分か――あれれ?
「マジでおらんぞ。どういうことだ、これ?」
不思議な事に、探索でもミラを発見できなかった。リング上はもちろんのこと、場外からコロシアム全体、果ては街全体に範囲を広げても発見できなかった。
ここから導き出される結論は、ミラはただ単に透明になってるだけじゃないってこと。たぶんいかなる方法でも発見できない状態になってて、僕の消失と同じような効力って考えれば分かりやすいかな。
だから試しに色んな方法で索敵をしてみた。動体検知、振動検知、魔力検知とかね。でも結果は同じ。どこにもミラと思しき反応は見つからなかった。
「凄いな、これ。物理的に見えないだけじゃないぞ。あらゆる方面から捉えられなくなってる……」
これにはさすがの僕も舌を巻いた。
だって女神様の寵愛と祝福を受けてるわけでもないのに、僕と同レベルの不可視化魔法を使ってるんだよ? ほんの一瞬くらいなら驚かないけど、試合始まってもう三十秒は経過してるしね。どういう魔力量してんだ、コイツは……。
「こういう手合いを相手するには、まずこれだな。無差別攻撃――旋風刃」
探すのを諦めた僕は、全域を薙ぎ払う方針に転換した。暴風で押し出すだけの旋風じゃなくて、暴風と共に無数の鎌鼬を飛ばす魔法でリング全域を攻撃。僕を中心にしてリングの床がメッタメタに傷ついてくけど気にしない。
『クルス選手、リング全域を攻撃することで対処しようとするー! その結果は――』
「……効いてない? いや、分からんなこれ……」
僕が魔法でリング全域を薙ぎ払っても、特に何か異常は感じなかった。何も無い空間から鮮血が迸ったり、服の切れ端が現れたりすることも無し。
少なくともあのインビジブルって魔法を維持しつつ、他の魔法を使って防御や回避もできることは分かったね。あるいは攻撃すらも透過するとか……?
『――リング上には何の変化もありません! どうやらミラ選手、先ほどの暴風を乗り切った模様! さあ、どうするクルス選手!?』
「うーん、どうしよう……む?」
僕が頭を捻って考えようとした時、突然足元の石材が砕けて石礫が顔面に飛んできた。
魔力検知でもミラを発見できなかったこと、そして特に魔法の兆候は感じなかったことを考えるに、魔法の行使に伴う魔力の反応すらも隠蔽されてるみたいだ。正直凄すぎて言葉も無いね。
ただまあ、あらゆる反応速度を加速させてる僕にとっては遅すぎて欠伸が出る攻撃だね。そんなわけでさっと後ろに跳んで石礫を躱したわけなんだけど――
「おっ?」
着地した瞬間、後頭部にドカっと打撃を受けた。特に前兆も何も感じられなかったし、もしかして不可視化した状態で直接殴りに来たのかな? 確かに打撃力ありそうな杖を持ってたし。
何にせよ自分から位置を教えてくれるなら好都合だ。だから僕は後頭部で炸裂する前に衝撃を操作して、足元からリングに流した。元々そこまでの衝撃でも無かったし、リングに目立つ破壊も起きなかったよ。
「――もーらった」
「っ!?」
そして打撃をノーダメにした僕は、後頭部に触れてると思しき杖をわしっと掴む。そのまま力づくでぶんどろうとしたら、大事なものなのか結構な抵抗があった。
でもこのままだと居場所を察知されちゃうって思って手放したみたいで、抵抗が止んだと思ったら僕の手にはミラが持ってた古臭い杖が現れたよ。いけない、つい綱引きに夢中になって本体への攻撃を忘れちゃったぜ……。
『おおっと!? これはどういうことだー!? クルス選手がミラ選手の魔法を躱したかと思えば、突如としてミラ選手の杖を手にしているー!? まさか姿を消している彼女から奪ったのかー!?』
突然僕の手に現れたように見えるミラの杖に、司会サキュバスも驚愕してる。
何にせよ、ミラから離れた物は不可視化の影響を脱するってことか。まあ手元から離れても不可視化を維持するなら、実は女神様の寵愛を受けてんじゃないかってくらいにチート過ぎるからね。この結果は当然と言えば当然か。
「……別に特別製の杖ってわけでもないのか。やっぱり魔力が滅茶苦茶多いのかな?」
じっくりと杖を眺めてみるけど、何の変哲もない木製の杖だ。先っぽに小さい魔石が埋まってる程度で、変わった所はどこにもない。強いて言えば凄く使い込まれてて、胴体部分がえらくすり減ってることくらいかな。
「まだ温かい。それに何か良い匂いするな、この杖……」
ミラが愛用していて、なおかつ胸の谷間に挟むような状態にもなっていたせいか、杖にはとっても甘い匂いと優しい温もりが残ってた。
ふむ……ミラのあの反応、やっぱりこの杖は大事なものなんだよね? それなら、こうすれば出てきてくれるかな?
「よし。じゃあ対抗策その二。自分から出てきてもらう。というわけで――いただきます」
そんなわけで、僕は杖の胴体部分に舌を這わせた。具体的には使い込まれて妙にすり減ってる部分にね。ネチョネチョペロペロと、じっくり味わうように。
『あーっとぉ!? クルス選手、突如としてミラ選手の杖を舐め始めたー!? 一体何をしているんだこの男はー!?』
「変態野郎おぉぉぉぉおぉぉっ!!」
「頭イカれてんじゃねぇのかテメェえぇぇぇぇぇぇ!!」
この行動には司会も観客もドン引きしてる感じだ。何かいつになく罵声が聞こえる。
でも勘違いしないで欲しい。これは不可視化してるミラを引きずり出すために必要な行動なんだ。決して女の子が使ったリコーダーを舐めるような変態行為じゃないんだ。
しかしそれはともかく、これはなかなか深い味わいだ。若干不快な木の味わいを、ミラの手汗と思しき僅かな塩味と、女の子特有の甘い香りが彩ってる。この味わいは例えるならそう、メープルシロップが採れる楓の樹。見た目は何の変哲もない木製の杖だけど、その中にはミラっていう一人の少女の甘さが詰まってる。これは実に堪らない……僕が草食動物なら杖をモグモグと食らっていた所なのに……ペロペロ。
「あ、ああぁぁぁっ……! や、やめて、やめてぇ……! 私の大切な杖、汚さないでぇ……!」
『ああっ!? ミラ選手が姿を現したぁ! 愛用の武器を辱められて耐えられなくなったのかー!?』
そのまま杖を丹念に舐って味わってると、唐突に涙声のミラが目の前に現れた。
やっぱり大切な杖だったんすねぇ。それを壊そうとすれば出てきてくれるかなと思ったけど、大切な物を壊すのはちょっと酷いからね。やむなくペロペロしてるってわけ。決して舐めたいから舐めてるわけじゃないよ? 本当だよ?
「えー? どうしようかなぁ。ペロペロ」
「か、返して、返してぇ……!」
僕はペロペロしてて隙だらけなんだから魔法で攻撃すれば良いのに、ミラは近寄ってきて泣きそうになりながら返して返して言うだけだった。
まるで苛めっ子に大切な物を取り上げられた可哀そうな女の子みたいだぁ……可愛いなぁ?
「ハハハ、ほーらこっちだ。取ってみろー?」
「か、返してよぉ……!」
ちょっと嗜虐心をそそられた僕は、杖を高く掲げながらリングの上を逃げるように駆ける。ミラはゾクゾクするくらい泣きそうな声を上げて、ふらふらと僕を追いかけてきた。
これは興奮しちゃうなぁ。もしこれが試合じゃなかったら、返す代わりにエッチな事を求める定番の展開でしょ? ハニエルほどじゃないけどミラの胸デカいし。
「はい、捕まえた――岩石の牢獄」
「え、ええぇっ……!?」
でも残念ながらこれは試合。だから僕はある程度追いかけっこして満足した後、ミラが近付いてきたところで魔法を行使した。リングの石材がせり上がるようにして、僕とミラを丸ごと包み込んで牢獄を形成する。もうこれで逃げられないゾ?
『ああっ!? クルス選手が魔法を発動! 自分諸共ミラ選手を石の牢獄に捕えたー!?』
ちょっとくぐもった実況の声が牢獄の外から聞こえる。石材で完全に覆ってるから聞こえにくいのも仕方ないね。中は完全な真っ暗闇になってるくらいだし。
「この距離なら透明になろうが何だろうが関係ないね。というかお互いに何も見えないわけだし、条件は同じだよ。じゃあさっさと決着つけようか?」
「ひっ!? こ、来ないでぇ……!」
暗闇の中、完全に怯え切ったミラの震えた声が聞こえてくる。あまりの恐怖に攻撃も透明化もできないみたいだ。
良いねぇ、そそる反応だねぇ。やっぱり苛める相手はMだと駄目なんだよ。痛いことが苦手で怖がりな子を苛めるから楽しいんだよなぁ。まあ僕は自分と同じドSを苛めるのが一番好きなんですがね?
「ハハハ、どこにいるのかなぁ? ここかなぁ?」
「ひゃうっ……!?」
暗闇の中で手を伸ばすと――むにゅり。僕の掌が何やら途轍もなく柔らかいものに埋まる感触があった。とっても気持ち良かったからそのままニギニギして感触を楽しんだよ。一体何に触ったんだろうなー?
「おっと失礼。何やらとんでもない所を触っちゃった感じ? まあ見えないから無罪ってことで。いやー、何も見えないからどこ触ってるか分かんないなー?」
「や、あ……た、助けてえぇぇぇ……!」
か細い声で助けを呼ぶミラ。
だが残念。そんな声じゃ外には聞こえないし、何より今は試合中だ。横槍が入るわけが無いんだよなぁ。
というわけで、試合を終わらせるためにもミラがどこにいるのか探さないとな! よーし、頑張って手探りで探すぞー!
『――あっ!? 岩の牢獄が崩れ、中から現れたのは……クルス選手だー! ミラ選手、気を失ったのか倒れたまま動かないー!』
大体三分くらい後、僕は岩石の牢獄を解除した。
え? 速すぎだろ早漏? うるせぇ、こちとら碌に何もしてないわ。どうにもミラは辱めに耐えられなかったみたいで、気が付いたら『きゅう……』とか言ってぶっ倒れたんだよ。これからが楽しい所だったのになぁ……。
『今、ミラ選手の容態を確認致します! これは……完全に気を失っています! よって、勝者はクルス選手ー! 本戦第三試合に出場を決めたのは、微笑みの魔術師クルス選手だー!』
「ふざけんなああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっ!!」
「卑怯者がああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「カッコいいよ~、主いいぃぃぃぃぃっ!!」
司会サキュバスの勝利宣言に対して、僕はぐっと右腕を掲げた。でも観客からかけられる声は罵倒ばっかりで辛いね。唯一好意的な声はどっかで聞いたクソ犬の声だし。
何にせよこれで僕は準決勝出場決定だ。あのメスガキもちゃんと準決勝に上がってきてくれると嬉しいなぁ?