予選第四試合
⋇残酷描写あり
⋇暴力描写あり
魔法が雨あられと降り注ぐ中、ついに余興は終了した。
粉塵が晴れた後のリングは酷い有様だったよ。そこら辺に肉片と化した奴隷が転がってるし、生き残った三人の奴隷たちも血塗れで、身体のどっかが欠けてる感じだったし。まあ結局はその三人も観客席からの魔法で死んだんですがね。これが人間のやることかよぉ!?
まあそれはともかく、余興が終わってリングの修復を挟んだ後、ようやく予選が始まったよ。一ブロック百人規模のバトルロイヤル、なかなか見物で面白かったね。大半は木っ端で見るに値しないのが多かったけど、中には結構強そうなのがチラホラいたし。
何にせよこの調子なら予め立てた対策だけで乗り切れそうだね。本戦はどうか分かんないけど、予選くらいなら十分でしょ。
『では、ニ十分後に予選第四試合を開始いたします! 参加する選手は控室にご移動ください!』
そうして、僕とミニスが参加する第四試合の選手に声がかかった。このままリングに飛び降りたいところだけど、まだ第三試合で出来た破壊跡が修復されてないからね。大人しく控室に行くかぁ。
「よーし、じゃあちょっと行ってくるよ。応援よろしくね」
「うむ! 頑張ってくれ、主よ~! 健闘を祈る~!」
「ふああぁぁっ……ま、精々頑張れよ。ていうか予選で落ちるなんてくだらねぇ真似すんじゃねぇぞ」
無性にはたきたくなる笑顔で応援してくるトゥーラと、あくび交じりに控えめな応援をしてくるキラ。ちなみにキラは予選第一試合が始まる辺りで目を覚ました。たぶん余興は見るに値しなかったんだろうなぁ。余興って言ってもアレだったし……。
「おにーちゃんもミニスちゃんも頑張って! 応援してるよ!」
「はあっ……もう、ここまで来たら覚悟を決めるしかないわね……」
ミニスもようやく覚悟を決めたみたいで、キリっとした目つきで席を立った。でも何かまだ緊張してる感じだし、手を繋いであげようかと手を伸ばしたらベシってはたかれちゃった。相変わらずつれないなぁ?
そんなこんなで、僕らは微妙に距離を開けつつ連れ立って控室へと向かう。厳密に言えば僕は距離を開けてるわけじゃないよ? ただミニスの方がどうしても僕と距離を開けたがってるんだ。恥ずかしがり屋だなぁ?
「……で、お前は自信あるの?」
コロシアム内部の通路を歩く道すがら、ミニスに勝算があるのか尋ねてみる。
正直な所、予選でコイツが勝ち残れるビジョンは万に一つも見えない。確かに選手は木っ端ばかりだったとはいえ、特に鍛えてもいない身体能力頼りの村娘に劣るほどの雑魚じゃなかったからね。コイツより下なのは百人中に数人くらいだけだったし。
「あるわけないじゃない。そもそも私の目標はあんたを一発ぶん殴ることだし、勝つとかそういうことは一切考えて無いわよ」
「思い切りが良いというか、毛嫌いされて悲しいというか……まあやる気があるなら何よりだよ。お互いベストを尽くそうぜ!」
「ふんっ!」
「あっ、酷い……」
握手をしようと手を差し伸べたら、またしても引っ叩かれる。一体どうしてこんなに毛嫌いされてるんだろうねぇ? ハハッ。
「……そういえばお前、武器とかはちゃんと用意してんの? 防御魔法は解除するから、そのコートもただのコートにしかならないよ?」
見た感じ、今のミニスの装いは普段と何ら変わらない。白いモフモフコートに包まれたいつもの愛らしい姿で、武器の一つも装備してるようには見えない。
空間収納にしまってあるならそれでもいいんだけど、正直ミニスの魔力量はお世辞にも高いとは言えないらしいからなぁ。武器があるなら早めに取り出して装備してた方が良いと思う。
「ちゃんと用意してるわよ。それにあのクソ犬にも稽古をつけてもらったし、秘策も用意してあるし、あんたを殴るための準備は十分に出来てるわ」
「僕を一発殴るためだけに頑張りすぎじゃない? そんなに僕の事が憎いの? 命を助けて故郷まで連れて行って家族に再会させて、挙句に馬鹿やった妹を生き返らせてあげたのに……」
「そのことは確かに感謝してるし、恩も感じてるわ。でも魔法の実験台にされたり、村の人たちを虐殺させようとした恨みとはまた別問題よ」
「うーん。お前の好感度はなかなか複雑な設定だなぁ……」
感謝はあるし恩もあるけど、それはそれとして僕が憎いらしい。
おかしいなぁ。僕の知ってる物語なら、親の仇だろうと何だろうとヒロインはすぐに主人公にベタ惚れになって、自分から股を開くようになるのに。やはり現実と空想は違うという事なんだろうか。でもここ空想の極みみたいな異世界だしなぁ……。
まあ反骨心を忘れないのは良い事だ。そんなわけで、ミニスにそれ以上ちょっかいは出さず、僕らは控室へと移動した。
「おおっ、いるいる。人がゴミのようだ」
「ゴミはあんたよ、クソ野郎……でも、余興のアレを見る限り、あながち間違ってないかもしれないわね……」
ベンチやロッカーが並ぶ控室の中は、当然ながら次の試合の選手たちでごった返してた。少しとはいえ女の子もいる感じだし、そこまでむさ苦しくはないかな。人が多くて吐きそうになるけど。
「よし、防御魔法は解除したぞ。正々堂々頑張ろうな?」
「くたばれ」
「おっ、辛辣ぅ……」
お互いにかけてた防御魔法を解除すると、ミニスは僕に中指を立てて罵倒してから人混みの奥へ消えて行った。
何かここまで嫌われてるといっそ気持ちいいよね。どっかのクソ犬みたいに変な性癖に目覚めちゃったらどうしようか……。
「まあいいや。僕も準備をしようっと」
新しい扉を開いてしまったら、その時はその時だ。なので特に気にせず、僕も試合のために準備を整えることにした。といっても、武器と服を取り出して身に着けるだけなんだよね。作戦に関しては大会始まる前までに立ててあるし。
「――よし、これでオッケー!」
そんなわけで、装いも新たに準備完了。
今までの落ちぶれた盗賊紛いの格好から、黒いローブを纏った魔術師然とした恰好にチェンジしたぜ。もちろん武器も魔術師に相応しいものだぞ。具体的にはレーンにプレゼントしたら失敗作だってことが判明して、空間収納に死蔵してた金色の蛇の杖<ウロボロス>(レーン命名)。せっかくだからここで使おうかなって。
え? 何で魔術師として戦うのかって? そりゃあ魔法をバンバン使うためよ。少なくとも予選は百人規模のバトルロイヤルだし、広域殲滅で素早く済ませるのが妥当でしょ?
「さーて、あとは開始を待つだけだ。三位入賞のために頑張るぞー」
準備を終えた僕は、適当にその辺のベンチに座ってその時を待つ。
でもさすがに何もせずに待つのは暇だし、よくよく考えたら<ウロボロス>は僕にあったサイズじゃないから、少しずつ長さや太さを調整しながら時間を過ごしたよ。
しかしミニスの奴はどんな過ごし方をしてるんだろうなぁ? 大丈夫? 屈強な男たちに絡まれてトイレに連れ込まれ、性的暴行を受けたりしてない?
『――時間になりました! それでは皆さん、リングに上がってください!』
「おっと、出番か。じゃあ行こうかな」
しばらく待ってると放送がかかり、更にリングに続く大きな門が開かれた。途端にその向こうから大きな歓声が聞こえてくる。
我先にと飛び出していく選手たちは見送って、僕は普通の足取りでリングへと向かった。門を出た途端、差し込んできた日差しの強さや馬鹿でかい歓声に思わず足が止まったよ。緊張とかそういうわけじゃなくて、ちょっと圧倒されたとかその辺かな?
「うおおぉぉぉおおぉおぉおっつ!」
「みんな頑張れええぇぇえぇぇぇぇっ!」
「頑張れ主いぃぃぃぃぃぃぃ~っ!! 全てを蹴散らせええぇぇぇえぇぇぇ~っ!!」
「うわ、凄い人……まるで見世物にされてる気分――いや、実際に見世物なのか」
円形の観客席には、見渡す限り蔓延る観客の姿。当然と言えば当然だけど、見世物にされるっていうのはあんまり良い気がしないね。まともな人間性を持つ人ならともかく、屑ばっかりっていうのはもう分かり切ってることだし。
あと何かさっき特別デカい声援が聞こえましたね。まあアレは無視しよう。そもそも予選なのにそこまで本気で応援する必要ある?
「さて、リングの材質は……普通に石材かな? 表面はなめらかで凹凸も無いし、これなら問題なく出来そう」
正方形のだだっ広いリングに上がった僕は、しゃがんでリングに敷き詰められたタイルを叩いたり撫でたりして素材を確かめた。
うん、これなら問題は無さそうだ。下手に凹凸があったりするとちょっと困ったことになるからね。何にせよこれなら予め立ててた作戦を実行するのに支障は無いね。よし、それじゃあリングの中央に行こうっと。
「ミニスは……どこにいるのか分からんな。まあ初手で沈むなら所詮それまでってことで」
百人いても狭くはないけどだだっ広いこと、そしてバトルロイヤルという都合上、リング中央が激戦地になりかねないこと。そういう理由が重なったせいか、リング中央はあんまり人がいなくて外周部に偏ってるね。まるでドーナツ化現象みたいだぁ……。
だから僕は悠々と中央を陣取ることが出来たよ。今、全ての中心に僕がいる!
『――さあ、選手が全員リング上に揃いました! それでは開始前にもう一度ルールの確認です! 三十分間、気絶も死亡もせずリングに留まった一名だけが勝者です! 何をやっても構いません! 持てる力を全て振り絞り、死ぬ気で生き残ってください!』
しばらくして、場外にあるお立ち台みたいな場所に立った司会サキュバスが声を上げる。
それと同時に、周りにひりつく感じの空気が漂い始めた。選手たちが一斉に自分の獲物を構える音が折り重なって、轟音みたいな金属音が聞こえてきたよ。とりあえず僕も適当に構えておこう。
『それでは予選第四試合――開始いぃぃぃぃぃぃっ!』
「――摩擦抵抗消失」
司会サキュバスのシャウトが聞こえた瞬間、僕は魔法を行使した。その結果巻き起こったのは――
「うおおぉぉぉぉおおおぉぉっ!?」
「おいぃいぃぃっ、何だこりゃ!?」
「うわっ、すべ……滑るぅううぅぅぅっ!?」
僕を除いて、リング上の選手たちが全員足を取られたように転倒した。そしてその勢いのままつるつると滑って、次々と場外に落ちていく。
この結果から賢い人ならもう分かるよね? そうだよ、僕はリング全体の摩擦抵抗をゼロにしたんだ。摩擦が存在しなければ人はそもそも地面に立つことすらできないし、当然慣性のままに滑って行くことも止められない。場外で終了のバトルロイヤルなら、これ以上無いくらいに効果的な魔法でしょ? 難しくて分かんない人は、そうだね……リング全体をスケートリンクにするって言ったら分かるかな? 普通の靴じゃまともに立ってられないでしょ?
『おおーっと、これはどうしたことだー!? 選手全員が――いや、一人の選手を除いて全員がその場ですっ転んだー! しかもそのまま滑って次々と場外へ落ちていくー!』
外周にいる奴らが多かったせいか、効果はとっても抜群だ。というかそもそもこのブロックの選手は総じて雑魚ばっかりなみたいで、碌に対処も抵抗もできずに場外に落ちて行ってる。まあ二千三百人も参加してるし、ゴミみたいな奴らが何百人いてもおかしくはないか。
「だけど飛べる奴もいるから、追撃だ――旋風」
「くっ、良く分からんが飛べば――うああぁぁぁあぁっ!?」
「きゃああぁああぁぁぁっ!?」
僕を中心として周囲に烈風を生み出すことで、今正に翼で空へ逃げようとしてた悪魔どもを吹き飛ばす。翼を広げてる所に強風を受けて、なおかつリングの床は摩擦抵抗がゼロになってるから面白いくらいに高速でぶっ飛んでったよ。マジ笑える。
「アッハッハ、面白いくらいあっさり片付いた。これで本戦出場とか楽勝過ぎん?」
そうして気が付けば、リングの上に立ってるのは僕一人。リングの周囲の地面にはゴミ山みたいに積み重なった雑魚の方々。開始から二十秒も経ってないのに、もう勝敗着いちゃったよ。もうちょっと頑張ってくれた方が面白かったのになぁ?
「ふざけんな! こんなの無効だ! 俺はまだ負けて――うぐっ!?」
「そうだ、あんなの卑怯だろ! やり直しを要求する――ぐはっ!?」
挙句に一部の雑魚の方々が反則だ何だと騒いでる。あんまりにも滑稽で凄い笑えてくるね。場外に落ちた癖にリングに上がってこようとするから、圧縮した空気の塊をぶつけて撃ち落としていったよ。こんなのも避けられない癖に何でそんな自信満々なんですかね?
『おおっと、往生際の悪い方々がいらっしゃいますねぇ? 残念ですがあなたたちの敗北は覆りません。それに何より――ちゃんと生き残っている方がいらっしゃる以上、対処できなかったあなたたちが弱かったというだけのことですよ?』
「ん、何? 生き残ってる奴がいる……?」
呆れた感じの司会サキュバスの言葉に、周囲を見渡す。でもリング上に人の姿は見当たらなかった。
まさか透明化でもしてる? いや、それだと摩擦への対抗策を取りつつ透明になる魔法を行使してることになる。女神様の寵愛を受けてる僕ならともかく、魔力が有限の一般人にそんなことができるはずはないか。
いや、でも万が一ということがあるか。とりあえず今度は全周に向けて鎌鼬を飛ばす魔法を使って――うん。特に何かに当たった感は無いな。精々またしてもリングに上がろうとした奴らの髪がごっそり切り飛ばされたくらいか。もうちょっと上がってたら首ごと行けたのにねぇ?
「前にも後ろにも、左右にもいない。ということは……上か!?」
リングを見回しても姿が無いのなら、考えられるのは上空のみ。だから僕は日の光の眩しさに目を細めつつ空を見上げた。そこに広がっていたのは綺麗な青空と――
「――死ねええぇぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇっ!!」
憤怒の表情を浮かべ、渾身の蹴りを放ちながら落下してくるモフモフコートのウサミミ幼女――ミニスの姿だった。
ていうか生き残りはまさかのお前かよ!? 一体どうやって生き残ったし!?
⋇毎回悲惨な扱いしてるけど、私はミニスちゃん好きです