おうち訪問
レーンと寄り添いつつ城下を歩いていく傍ら、僕は街並みや通行人を観察していた。
やっぱりというか何と言うか、予想よりも文化や技術が進んでるみたいだ。鐘楼付きの時計台を見れば分かるだろうし、さっきはスケートボードや自転車に乗ってる人がいたぞ。さすがに車とかバイクは見当たらなかったけど、ファンタジーな異世界にしては技術レベルが多少近代に近くない?
「文化水準と技術水準が予想と違う、とでも言いた気な顔だね」
「まあぶっちゃけるとその通り。もっとこう、よくある中世的な感じだと思ってた」
「召喚された勇者たちが口を揃えて言うその具体例は、私には抽象的過ぎて分からないから何とも言えないな。とはいえ君たちの予想外に発展している理由なら説明はつくがね」
「なるほど。年の功ってやつ?」
「……今代の私はまだ十八歳だ。年寄り扱いはやめてもらおう」
さすがに年寄り扱いされるのは嫌だったみたいで、レーンはどこかむっとした表情を浮かべた。可愛いなぁ、食べちゃいたいよ、性的に。
「君も知っての通り、この世界の魔法はとても自由で幾らでも応用の利く素晴らしい奇跡の代物だ。魔力とイメージが組み合わさり形作る可能性は無限大で、不可能など何もない。尤も、消費魔力の問題で有限どころか酷い縛りを受けているようなものだがね。嘆かわしい限りだよ」
前半は恍惚と、後半は酷くがっかりした感じに語るレーン。
そういえばコイツは魔獣族を虐殺するためと、魔術を極めるために転生を繰り返していたんだったか。技術とかイメージ力とか関係なく、魔力量っていうどうしようもない問題のせいで魔術を極められないんならめっちゃ悔しいだろうなぁ。まあ僕は実質無限の魔力を持ってるわけですが?
「じゃあさ、もしも無限の魔力を持つ奴がいたら?」
「無限の魔力だって? ふふっ……ははっ、あはははははははははっ!」
「え、いきなり笑い出した。こわ……」
後で自慢して煽るための布石を撒こうとしたら、レーンは突然狂ったように笑い始めた。人目もはばからずに笑ってるから通行人が冷めた目をしていらっしゃる。十メートルくらい離れてくれない?
「いや、すまない。あまりにも荒唐無稽な話で少々腹が捩れてしまったよ。こんなに笑ったのは一体何百年ぶりかな? ははっ」
やっと笑いが収まった時には、レーンの表情はそれはもう健康的なものになってた。頬は上気して笑いのあまりに涙を零して、呼吸もだいぶ荒い感じ。
ぶっちゃけエロくて堪らないんですが? 誘ってるんですかね?
「真面目に答えるとすれば、その人物にできないことは何もない。時間を操り、空間を従え、運命と奇跡を我が物とし、それこそ神にすら至れるだろう。どのような途方もないイメージも無限の魔力で以て具現化し、永劫維持することができるのだからね。もしも私がそのような存在に至れるのなら、何を引き換えにしても惜しくは無いよ」
「あっ、ふーん」
今良い事聞いたよ。何を引き換えにしても惜しくないって言ったね。僕は絶対その言葉を忘れないからなぁ?
「ああ、話が逸れてしまったね。技術水準と文化水準の発展には、魔法が大きく貢献しているのさ。これを見たまえ」
「これは……懐中時計?」
そう言って唐突に懐中時計を見せてくる。やっぱりこの世界にも時計があるんですね。
でも懐中時計にしてはちょっと異質だ。だって全体が白塗りで模様も無くて、時計盤も時計の針も真っ白だから正直何時なのか全く分からん。疑問形になったのはそのせいで一瞬コンパクトか何かに見えたからだよ。塗り絵でもしろってことかな?
「そうだ。これはたった今魔法で作り上げたものだが、繊細な作りであるが故に魔力の消費が凄まじい。私でも十分間維持しておくのが限界だね」
どうやら魔力節約のために模様や色合いを統一してたみたい。こんな分かりにくい時計でも十分しか保たないのか。持たざる者は可哀そうですねぇ?
「さて、ここで質問だ。私はこの懐中時計の中の構造を全て理解していると思うかい? 歯車の配置や噛み合う歯の数、ネジの本数に至るまで。当然答えはノーだ。私は漠然と、手の平大の懐中時計をイメージしたに過ぎないのさ。だが仕組みや構造を知らずとも、実際に時を刻む物体を作り出すことは可能であり――」
「レーン」
「ん、何かな?」
「話が長い」
気持ち良く語ってるところ悪いけど、話が長くなってきたから即座にぶった切る。僕の好みの女の子――女性? だけど、いちいち発言がクソ長いのがちょっとキズだね。
「……簡潔に言うと、理論や発想があれば魔法が設計をしてくれるのさ。この世界の技術水準や文化水準が高いのはそういった理由だよ。何せ成功例や実物をすぐに作り出せるのだからね。とはいえイメージが曖昧であればあるほど魔力による埋め合わせが増大するから、魔力の消費量の問題で今はこれが限界という所だ」
「なるほどね。何かカンニングみたいなことしてんな……」
例えば自転車を作りたいなら、魔法で創り出してからその構造を解析して魔法無しで作ればいい。
何というかアレだ。海外の未知の発明品を輸入して、解体して仕組みを理解して一から作り上げる感じ? 確かに延々と試行錯誤を繰り返して作り上げる手間が無い分、遥かに楽で効率的だね。言ってしまえばカンニングだけど。
まあカンニングくらいは皆やってることでしょ。やるわけないって言った奴は、夏休みのドリルの答えを丸写ししたこと忘れてるよ?
「違いない。そんな方法で発展してきたせいか、現状はどちらも停滞しているようだよ。私の知る限りでは四百年ほどどちらの水準も変化していないね」
「さすが四百二十七歳。まるで見てきたようなことを言う」
「……何故私も正確には把握していない、全ての生を合わせた年齢を君が知っているんだい?」
おっと、つい口が滑った。何か酷く胡乱な目を向けてきてるぞ。
でもこの後契約して主従――じゃなくて真の仲間になるわけだし、誤魔化しは特にしなくていいや。それより奴隷にしたらどんなエロい命令をするか考えておかなきゃね!
「ここがレーンの家かぁ。お邪魔しまーす」
「全く遠慮なく上がっていくね。まあ別にいいんだが……」
自分の家にずかずか土足で踏み入る僕を見て、どこか呆れた感じの呟きを零すレーン。この世界は土足で入るのが普通みたいだし、一体何を呆れてるんだろ?
結局僕らは魔術ギルドには行かなかった。だって僕が自分で契約魔術を使えることが分かったんだから、第三者に任せるよりも僕自身が行った方が安心できるからね。あと必要なのは行う場所だけど、ちょっと気になってたレーンの家を選んだってわけ。
どうも転生しても毎回同じ家に住み着いてるのか、他の家屋よりもかなり古めの感じだった。違いはそれだけで、見た目は何の変哲もない一軒家だったよ。もっとこう、マッドサイエンティストが住んでそうなおどろおどろしい研究所をイメージしてたのになぁ。
「ここが寝室かな? ふむふむ。壁一面に怪しげなメモが貼ってあって、儀式にでも使いそうな怪しげな道具がたくさん置いてありますね、ベッドの下には何があるのかな?」
「前言撤回だ。少しは遠慮を覚えたまえ。仮にもレディの寝室に無断で入って物色し始めるとは何事だい?」
「勇者なら不法侵入と窃盗は当たり前でしょ。それよりこの家はお客様にお茶の一杯も出さないんですかね? もてなしが足りんよ、もてなしが」
「君は人を怒らせるのが上手いと言われたことはないかい? 私の薄れたはずの怒りという感情に火が付きそうな感覚を覚えているんだが」
「感情戻りそうで良かったね! お、タンスの中にエッチな下着発見! 紫に黒に赤……嫌らしい色ばっかりだな、お前!」
「……私はこんな男の奴隷となる契約を結んで本当に大丈夫なのだろうか? やはり考え直すべきかもしれないな」
おかしいな、何でだろう。僕は勇者らしく振舞ってるだけなのに、レーンが頬を引きつらせてるぞ。しかも契約まで躊躇いそうな発言をしてる。一体どんな心変わりが?
「まあ悪ふざけはここまでにして。そろそろ真面目にやろうか」
「ふざけていたのは一貫して君だけじゃないのかい? まあいい。真面目にやるのは賛成だよ」
これ以上弄ると魔法攻撃の一つでも飛んできそうだし、そろそろふざけるのは止めることにした。レーンは何か意外とノリの良い反応と突っ込みをしてくれるから、ついついからかっちゃうんだよね。きっと好きな子は苛めたくなるアレだよ。
そんなわけで真面目にやることにした僕は、リビングに移って小さな机を挟んでレーンと向かいあった。僕の分の椅子が無いのはきっとレーンが独り暮らしだからだな。
あっ、出されたお茶はもちろん毒が入ってないか解析で確認したよ。何も毒物は入ってなかったから遠慮なく飲んだけど、何か無性にしょっぱかったなぁ。まともにお茶も入れられないなんて、女神様みたいなおっちょこちょいですね?
「とりあえず僕の契約魔術を受けてもらうよ、レーン。内容は『僕の命令には絶対服従。従わない場合、強制的に身体が動く』だ」
「構わないが……随分と大雑把な内容だね? 例えば人伝に君の命令を聞いた場合などはどうなるんだい? 君からの命令かどうかが判断できない場合も勝手に身体が動いてしまうのかな? それは少々よろしくないと思うよ」
「あっ、ヤバい。忘れてた……」
そんな指摘を受けて、僕は自分の失敗に気が付く。
考えてみればハニエルと結んだ契約はこの大雑把な内容だった。とりあえず行動と言動を縛れるようにとしか考えてなかったから、人伝の命令とか全く考慮してなかったよ。
ということは見知らぬ男がハニエルに対して性行為を求めた場合、僕からの命令だって言ったらハニエルは逆らえないのかな? それはとても不味いね。ハニエルの純潔は僕が奪ってやるんだから、見知らぬ男に奪わせるのは面白くない。
「良ければ私が内容を考えてあげようか? 被術者の私が考えると言うのもおかしな話だが」
「……お願いします」
少なくとも僕より頭が回るであろうレーンに任せた方が賢い判断なのは分かる。
そんなわけで僕は契約条項をレーンに丸投げしました。完全に信用してるわけではないけどお茶に毒は入れてなかったから多少はできるし、後でしっかりその条項を僕が確認すればいい話だ。
そもそも実際に契約を行うのは僕だから、そうそうおかしな真似はできない……と思う。そうだと信じたい。
ただ待ってるのも暇だから寝室でレーンの下着を漁りつつ待ってると、しばらくしてから契約条項を記した用紙を手にレーンがやってきたよ。ちなみに紙はよくあるコピー用紙みたいな感じ。本当に文化進んでるなぁ。ところで何かまた頬が引きつってるけど大丈夫?