大会の目的
「お、電話だ。レーンからかな?」
アロガンザについて約数時間後。宿屋のベッドで一人まったりしてた僕は、電話の着信を受けて身体を起こした。
携帯の液晶を確認すると、レーンからの着信だった。ほぼ六日ぶりくらいの着信だね。ちょっと諸事情あってこっちから連絡を入れるわけにはいかないし、向こうから連絡するわけにもいかなったからね。おしゃべりするの久しぶりでお話に飢えてそう。
「――ハロー、スウィーティ? 僕の声が聞けなくて寂しかったかい?」
『………………』
「……あっ、切りやがった。酷い」
恋人に甘く囁くような優しい声音で語りかけたのに、数秒ほどして突然ブツリと通話が途切れた。間違い電話しちゃったと思って無言で切っちゃったのかな? それとも僕の対応があまりにもキモかったんだろうか。
首を傾げつつ考えてると、しばらくしてもう一度電話がかかってきた。仕方ない、今度はちゃんとした返事を返すか。
「――はーい、どうも。みんな大好き屑の極みの外道野郎、人間性最底辺のクルスだよ」
『……うむ。今回は間違い電話ではなかったようだね。先程は途轍もなく気持ちの悪い事を言う人物に繋がってしまって、反射的に電話を切ってしまったよ。万が一面と向かってあんなことを言われていたら、反射で攻撃魔法を叩き込んでいたかもしれないくらいだ』
うん。今回は問題なく返事してくれた。
やっぱり僕の対応がキモかったっぽいね。トゥーラにベッドで囁いた時は大絶賛されたんだけどなぁ……?
「そうですか。何でも良いけど間違い電話をしたらせめて謝ってから切ろうね? 一言も発さずブチって切られると、丑三つ時辺りに非通知でかけ直して叫び声を聞かせてから切りたくなるから」
『いきなり切りたくなるような事を言う方にも問題はあると思うんだが? 大体君はいつもおふざけが過ぎる。そもそもの話――』
そこから始まる、説教染みたレーンのおしゃべり。潤滑油でも塗ったのかってくらい、いつになく舌が回ってるよ。やっぱりおしゃべり出来なかったことが相当堪えてるみたいだね。
「――はいはい、それで? こんな真昼間に電話してきたってことは、もう大丈夫な感じ?」
『ん? ああ、そうだったね。そうだ、その事で連絡をしたんだったよ。君のせいで話が逸れてしまったじゃないか』
「逸らしてベラベラ喋ってたのはそっちなんだよなぁ……」
仕方ないから五分くらいお説教に付き合ってあげた後、話を元に戻した。長話の嫌いな僕がこんなに長話を聞いてあげるなんて相当だぞ。感謝しろよな?
『護衛と言う名の邪魔者がいた、非常に窮屈で息苦しかった馬車の旅がようやく終わったよ。今はアリオトの街で宿を取り、しばしの休息を取っているところだ。なるべく早く首都に戻りたいところだが、今日と明日はここで羽を伸ばそうと思う』
「うん、本当にお疲れ様。ゆっくり休んで?」
『ああ、そうさせてもらうよ……』
お互いにしばらく連絡が出来なかった諸事情、それは聖人族の砦からアリオトに向かう道中、レーンに護衛がつけられたから。戦犯はもちろん、ドチャクソエロ天使のザドキエルお姉さん。過保護にも馬車の旅に四人も女性兵士の護衛をつけたらしくて、そのせいでレーンは一切の連絡を絶つしかなかったんだ。七日くらい前にレーンがそういう旨の連絡をしてきたのが最後の電話かな。
元々レーンは砦からアリオトまで徒歩で向かうつもりだったらしいけど、過保護なザドキエルのせいでそれは叶わなかったみたい。心の壊れたハニエルを連れてるから徒歩での旅は大変なこと、そして砦で物資補給の馬車を待って帰りに乗せてもらった方が、早くアリオトに辿り着けること。そういう論理的なおせっかいを受けてね。
結局強引に押し切られたレーンは護衛付きの馬車の旅で帰るしか無くて、護衛の目があるせいで携帯電話も使えなかったっぽい。まあ僕お手製のイカれた性能の魔道具だからね。人に見られるわけにはいかないでしょ。
いやぁ、ハニエルの介護ってだけで厳しそうなのに、本当にレーンには負担を強いてるなぁ。心からの感謝と誠意を送ってあげよう。お疲れさまでした。
『……ところで、君の方は今どこにいるんだい?』
「今はアロガンザって街にいるよ。分かりやすく言うと奴隷と剣闘の街かな? ちょっと色々あってここで開催される闘技大会に出て、三位以上に入らないといけないんだ。応援よろしくね?」
『別に応援は構わないんだが……何故そんなことになったんだい?』
「うん、話せば長くなるんだけどさ――」
個人的にはゆっくり休んで欲しいところだけど、今のレーンはおしゃべりしたくて堪らないっぽい。僕も今は暇だから付き合ってあげることにしたよ。
そんなわけで、僕は以前レーンに話した所から今に至るまでの状況を語った。内容が内容だから、トゥーラが真の仲間に加入したことも含めてね。さすがにこれにはマジで驚かれたよ。まあ散々いたぶってボロボロにした奴が、好き好き大好き言いながら擦り寄ってくるんだから驚くのも無理はないわな。
「――というわけで、僕は大人の階段を無理矢理に登らされたってわけだよ。初めてのエッチが変態と狂人相手の逆レイプ3Pってマジ?」
『それは、また……まあ、うん……災難? だったね?』
何か携帯の向こうから言葉に詰まってる感じの声が聞こえるな。何故に疑問形? 確かに途中から楽しんじゃったのは事実なんだけどさ……。
『しかし、君が童貞を卒業したという事は、ついに強姦も解禁かい?』
「そうだね。でもしばらくは変態と狂人相手に地道なレベル上げに励むよ。そもそもアイツら、獣人なだけあって体力も性欲も凄くてね。今はちょっと他に手を出す余裕が無いかな……」
獣人は身体能力が高い。だからベッドでも凄いんじゃね? なんてヘラヘラ考えてた時期が僕にもありました。
実際凄かったよ? こっちが体力の限界を迎えそうになっても、向こうはようやく身体が温まってきたって感じだったもん。対抗するために魔法で色々底上げして何とか打ち勝てた感じだからね。僕が何の取り柄も無い一般人だったら、たぶん初めての時点で何もかも搾り取られて死んでたんじゃないかな。
『世の男性たちが聞いたら憤死しかねない贅沢な悩みだね。まあそれなら今夜処女を寄越せとも言われないだろうし、私としてもしばらくは安心できる。心置きなく彼女らと励むと良いさ』
「それはどうも。できれば魔法無しでやり合えるようになるのが理想かな。魔法使わないと相手にならないって、何か猛烈に悔しいんだ……」
僕は立派なオスだ。なのに魔法でバフをモリモリ受けた状態じゃないとメスを分からせられないとか、正直悔しくて堪らないよ。せめて体力や身体能力を獣人基準程度までに強化した最低限の状態で、自分の腕だけでメスを分からせたいね。魔法に頼るのは正直邪道だし。
『そこは身体能力が違うのだから仕方ないのではないかい? そんなくだらないことより、どうして闘技大会に出場することになったのかを教えてくれ』
「くだらなくないもん! まあそれはさておき、実は――」
話が闘技大会から逆レイプ3Pにずれたから、催促してきたレーンに改めて事のあらましを語った。
しかし幾らお喋りが好きだからって、よく僕の長い話を聞けるよね。立場が逆なら三行で簡潔に説明しろってぶった切ってるよ。それをせずにじっくり聞いてくれるんだから、実に話がいのある相手だね。
「――ま、そういう理由で大会出なきゃいけないんだ。というわけで、大会頑張って来るよ」
『ふむ。まあ君ならば油断しなければ問題は無いだろう。それより私としては、その闘技大会が開催される理由の方が気になるね』
「理由? そんなの最強を決めるためとかじゃないの?」
『平和な世界ならそれでもおかしくはないだろう。だが今は仮にも戦争中――いや、元々戦争中でなかった時期が無いか。ともかくそんな状況だ。にも拘らず高額の賞金を用意した闘技大会を開催し、最強の魔獣族を決める? 何らかの狙いがあると考えた方が自然だろう?』
「うーん、言われてみれば確かに……」
闘技大会のチラシを見た感じだと、優勝者には何と金貨が三千枚も贈られる。もちろん二位や三位も、多少少なくなるとはいえ結構な賞金が出る。最近は偽造通貨のせいで貨幣価値がぶっちゃけ良く分からないんだけど、なかなか太っ腹な高額賞金だと思うよ?
でも確かにこの世界は戦争中だから、そんなに賞金出すくらいなら軍備に当てろとは思うね。あと四年に一度のお祭りでまず開催の理由を勘ぐってしまうレーンがちょっと心配だ。お祭り行っても素直に楽しめ無さそう。
「もしかして強そうな奴を見つけて兵士として引き抜く、とか?」
僕が考えられるのはその辺りかな。軍備増強のために、強そうな奴を見つけて兵士に取り立てるとか。
ただ金貨を数千枚も使う辺り、あんまり割に合わないと思うんだよなぁ。それとも金を大量につぎ込んででも、有能な人材が欲しいんだろうか?
『可能性としては十分にあり得るね。ただ私としては、他にもっと重要な目的があると思っているよ。尤もあくまで推測の域を出ないがね』
「推測でも予測でも良いから教えて。ホウレンソウは大事だよ?」
『他に考えられる重要な目的。それは――』
そうしてレーンが語った推測。確かにそれは極めて重要と言える目的だった。長年戦争が続いていて、未だに決着のついていないこの世界ならなおさらね。
とりあえずネタバレになるから詳しくは言えないけど、万が一レーンの推測が正しかった場合、優勝すると面倒な事になるってだけ言っておくよ。うん、優勝はしないように気を付けよう。