アロガンザ到着
⋇残酷描写あり
「ここがアロガンザかぁ……」
ルスリアを乗り合い馬車で出発して五日後のお昼過ぎ。ついに僕らは次の街であるアロガンザに辿り着いた。
道中はクッソ暇なのがお約束なんだけど、今回は持て余すほどじゃなかったね。何せトゥーラの奴が権力とコネを使って、馬車に更に僕ら専用の馬車を接続するっていう驚きの対処をしたから。おかげでお馬さんたちの負担が滅茶苦茶増えたことを除けば、人目を気にせず自由に過ごせる最高の馬車の旅になったよ。
闘技大会の予選に向けて広範囲一掃用の魔法も作ったし、トゥーラから冒険者の何たるかも教えてもらったし、リアに男視点からのエロ知識に対する感想を求められたり、なかなか充実した時間だったね。馬車に乗ってて身体が凝ったらトゥーラがマッサージしてくれたし。何だかんだでしっかり僕に尽くすトゥーラの好感度が微妙に上がって行く……。
「何か、奴隷がいっぱいいる割には悲壮感が少ないっていうか……むしろ奴隷側が幸せそうに見えるなぁ……」
アロガンザの街を見渡して、僕は第一印象をぽつりと呟く。街自体に関しては特筆するべきことは無い感じ。普通に活気があって人がゴミのようにいるくらいかな。
で、特筆すべきなのは聖人族の奴隷がたくさんいるってこと。たぶんこの街は聖人族の街で言う奴隷の街ドゥーベみたいなもんなんだろうね。だから奴隷がいっぱいいても驚く事じゃない。でもその奴隷たちのほぼ全員が天使で、ほぼ全員が奴隷特有の悲壮感溢れる表情をしてなくて、むしろ凄い幸せそうに見えるのがちょっと気になるね。僕が見てきた奴隷は基本的に死んだ魚みたいな濁った眼をしてたのになぁ?
「あ~。主は国のことなどほとんど分からないほど遠い場所の出身だったね~。ではでは、僭越ながらこの私が説明をしてあげよ~?」
街の広場を見渡しながら首を傾げてると、トゥーラがサッと僕の正面に移動して解説を申し出てきた。滅茶苦茶得意げな顔をしてるのが何か腹立つね。指鳴らして電撃バリバリしても良い?
「奴隷が幸せそうに見える、というのは見間違いではないよ~。彼らは私たち魔獣族に仕え、命の続く限り奉仕することに喜びを感じるよう幼い頃から徹底的に教育されているのさ~」
「え、何それ怖い……」
「ほ、奉仕プレイ……? ハードSM……?」
個人的にはそこまで驚くことではなかったけど、幼女コンビはまた違ったみたい。ミニスはドン引きして、リアは得たばかりの性知識に無理やり話を繋げてる。
ちなみにキラの反応は無い。何せグースカ寝てて話も聞いてないからね。馬車を降りる時にぐっすりお昼寝してたから、やむなく僕が背負ってるんだ。背中に当たる柔らかな感触と、しっかり背負うためにがっちり掴んでる太ももの感触が堪らないですねぇ?
「幼い頃からっていうことは、もしかしてどっかに学校みたいな専用の教育所でもあったりするの?」
「うん、あるよ~。正式名称は『聖人族奴隷繁殖牧場』、別名『人間牧場』~。この街の外れにも幾つかあって、そこで聖人族を繁殖させ教育を施し、出荷しているのさ~」
「うわぁ……」
「えぇ……」
「は、繁殖……せ、セッ……クス……!?」
この答えにはさすがに僕もミニスと揃ってドン引きする。あと今回はリアの性知識は何も間違ってないね。繁殖させるんだからそりゃあ無理やりさせてるんでしょうよ。
しかし人間牧場かぁ。久しぶりにこの世界のドギツイ闇を直視した気分だね。倫理的にそれどうなの? いや、敵である聖人族に人権は無いって判断かな。聖人族だって魔獣族を奴隷にしてるし。
「アハハ、確かにそういった反応も無理はないね~。でもこれは必要なことなんだよ~。我々魔獣族は魔将を除けば最低三百年、最高でも千年という長い寿命がある~。だが聖人族の場合、最低八十年から最高千年だろ~? 天使はともかく、人間は寿命が短いから戦争で捕えてもすぐに死んでしまうんだよ~。そこで捕えた人間と天使を交わらせ、天使を生ませることで長持ちする奴隷を創り出す、というわけさ~」
ああ、なるほど。長持ちする奴隷を創り出すために繁殖させてるってわけか。確かに人間は他の種族と比べたら驚くほど寿命が短いし、最盛期もすぐに過ぎちゃうからね。それでせっかく繁殖させるなら、従順な奴隷としての教育もついでにやっちゃった方が効率も良さそうだしね。
「でもそれって採算取れるの? わざわざ生ませて育てるって言っても、人間も天使もクソザコ身体能力じゃん? 身体能力は獣人の方が高いんだし、労働力にはならないんじゃない?」
「そうでもないよ~。気の遠くなるような単純作業などをやらせたり、汚くて辛い仕事をやらせたりと、仕事は幾らでもあるしね~。それに聖人族の国ではどうか知らないが、こちらでの奴隷の主な用途は愛玩、剣闘、食用の三つだからね~」
「あ、愛玩……エッチなオモチャ!?」
「しょ、食用!?」
奴隷の用途を聞いた幼女コンビが揃ってギョッとする。ただしリアは顔を赤くして。
というかそもそも魔獣族でも無ければ聖人族でもない僕と違って、君らは純粋な魔獣族でしょ? 何で今初めて知った感じの反応してんの? やっぱ田舎住みは遅れてるってことなのかな。
「愛玩はもちろん、剣闘も何となく分かるから置いといて……食用ってどういうこと? まさか獣人って、人間のお肉を食べるの? もしかしてお前も僕のお肉を……?」
「ハハハ、確かに主のフランクフルトはとっても美味しかったよ~?」
サッと股間を隠しながら尋ねると、トゥーラは舌なめずりしながら答えてきた。
ちなみに何でトゥーラが味を知ってるのかというと、それは初めての時に色々とご奉仕してきたからだね。一応その時は食い千切られたりはしなかったけど、食用奴隷とかの話を聞いた後じゃちょっと怖いね。犬って一応雑食寄りの肉食だし。
「しかし、食用と言うのは少々語弊があったね~。要するにヴァンパイアが血を補給するための存在、という意味さ~。別に食肉加工して食卓に並べたりはしないよ~」
「ああ何だ、そういうことか。びっくりしたわ」
どうやらさすがに取って食ったりはしないっぽい。あくまでも吸血鬼の養分扱いの食用なのね。そういうわけで安心した僕は股間から手を離しました。食い千切られたりすることがないなら安心して口に突っ込めるな!
「すまないね~。まあそういうわけで、ヴァンパイア的にも愛玩的にも剣闘的にも、健康状態や見目が良くないと問題だからね~。奴隷と言っても待遇はそこまで悪くはないのさ~。まあ悪かったとしても、それを最高の幸せだと思い込むように教育されているんだがね~?」
「うーん、これは鬼畜の所業……」
人としての尊厳を保ったまま、地獄みたいな劣悪極まる状況の奴隷に落とされる魔獣族。そもそも人としての尊厳すら強引に捻じ曲げられて歪められた状態で、最高の幸せだと認識させられて奴隷に落とされる聖人族。
当人たちからすれば満足感や幸福度は天と地ほど差があるとはいえ、果たしてどちらの方がより惨たらしい扱いなのか……これは意見が分かれる所ですね。とりあえずどっちの種族もクズってことでOK?
「到着~! ここが闘技大会が開催されるコロシアムだ~!」
とりあえずさっさと闘技大会の選手登録を済ませるため、トゥーラに案内されて街を歩くことに十分ほど。
途中でキラが目を覚まして僕の首元をペロペロ舐めてきたり、ミニスが『おねむしながらおんぶで運ばれるとか赤ちゃんかな?』的な煽りをかましたり、それにイラっときたらしいキラが白昼堂々ミニスと殴り合いを始めたりと、色々なアクシデントはあったけど無事に大会が開催されるコロシアムの前へ辿り着いた。無事っつったらとにかく無事なんだよ。
「おお~。古代でよく見かける感じの闘技場だ……」
コロシアムはよく見かける円形闘技場的なアレに見える。結構離れてるのに無茶苦茶大きいからね。でかくて距離感がちょっと狂いそうだから自信ないけど、高さだけでも五十メートル以上はありそう。
あと本当に円形闘技場かどうかは断言できないね。ここからじゃコロシアムの外壁の一側面しか見えないし、もしかしたらピザの一ピースみたいな先端が尖った形してるかもよ?
「見ての通り、今は中で参加受付の真っ最中だ~。この列は待っていても早々掃けることは無いから、早めに並んだ方が良いよ~?」
「じゃあとりあえず並ぼうか。最悪交代で並んで休憩取るってのもありだしね」
トゥーラの助言を聞いて、まるで遊園地のアトラクション前で見かけるほどの長蛇の列に並ぶ。
全部で五列くらいある長蛇の列は全部コロシアムの中に入って行ってるし、本当にこれが参加受付の列なんだろうね。違ったらとりあえずトゥーラを殴る。
「……ところで、お前らは大会に参加するの? 参加したいなら好きにしていいよ?」
「いや、あたしは参加しねぇ。もっと強くなるために、腕と技術を磨くのが優先だからな。こんなとこで遊んでる暇ねぇんだよ」
「無茶苦茶ストイックになっちゃったね、お前……」
絶対良い所まで行きそうな奴らに聞くと、キラはとっても頑張り屋で努力家な答えを返してきた。
発情してんのかって思うくらい性欲旺盛かと思えば、滅茶苦茶真摯に鍛錬に打ち込んでるし……これ猟奇殺人鬼っていうキャラ必要だった? 別に無くてもキャラは立ってたんじゃない?
「トゥーラはどう? ベストエイトまで行ったことあるんだし、今回はもっと上を目指せるんじゃない?」
「あ~……主の期待は嬉しいんだが、私は参加できないんだ~。実は大会には永久出禁を食らっていてね~……」
「何やらかしたんだ、お前……」
今度はトゥーラに聞いてみた所、ばつが悪そうな表情で予想外の答えが返ってきた。闘技大会に出禁食らうって、よほど悪質な行為でもしないと絶対ならんぞ。
「いや~、本戦は試合に時間制限が存在しなくてね~? フフフ~」
「あ、うん。分かったから詳しい事は良いよ」
その返しと意味深な笑みで、僕は全てを察した。
たぶん対戦相手を欲望の赴くままボコったんだろうなぁ。説明聞いた感じだと本戦の敗北条件は降参を宣言するとかじゃなくて、リングから出たり死んだり気絶したりしてしまうことだったし。つまり相手が場外に行くことを防ぎつつ、気絶ないし死なない程度に抑えれば好きなだけボコれるっていう……で、それがあまりにも悪質だったから出禁を食らったと。これ本当はベストエイト以上に食い込めた可能性もあるな?
「じゃあ、お前らはどうする? 参加する?」
「ん~……リアはいいかな。あんまり戦うの好きじゃないし」
「私も別に。そもそも私、周りの人たちを倒せる気がしないし……」
ついでに幼女コンビにも聞いてみたけど、どっちも気乗りしない感じだね。当然と言えば当然か。
とはいえサキュバスが参加するならリアは参加しそうな気がしなくもない。でも見える範囲にいる参加希望の奴らにはサキュバスはいないみたい。
「……ちなみに僕は変な目立ち方しないよう、恒常的な防御魔法は全部解除して参加するよ。つまり僕と当たることがあるなら、お前でも僕を殴り飛ばすことができるかもしれないよ」
「分かった。参加する」
こう言ったら乗ってくるかな? って思って何となく補足したら、ミニスは真剣な表情でくるっと手の平を返してきたよ。どんだけ僕を殴り飛ばしたいの、君……?