変態VS狂人(下)
⋇暴力描写あり
⋇引き続きキラちゃん視点
「ハハハハハハ! いいねいいね~! 私もテンションが上がってきたよ~!」
「馬鹿が! テメェは元からテンションたけぇだろ!」
脚の痛みを無視して飛び掛かって、極限まで回転率を上げた連撃で攻め立てる。今度は鉤爪だけじゃなく、足だの肘だのも使って打撃も織り交ぜながらだ。こっちは本気でやってるってのに、クソ犬は変わらず流れるような動きで対処してきやがる。あまつさえ楽しそうに笑ってやがるし、コイツ頭おかしいんじゃねぇのか?
しかも今回は防御だけじゃねぇ。ちょっとでも隙を見せるととんでもなく鋭い拳や蹴りが飛んでくる。コイツの一撃がまともに捌けないほど重いってのは、宿屋の前での一戦で嫌ってほど思い知った。だから多少無理のある体勢になろうと躱すしかねぇんだ。まともに食らえば内臓の一つや二つが吹っ飛ぶからな。
「――くたばりやがれっ!」
火が出そうな打ち合いの中で隙を見つけたあたしは、鉤爪での一撃をフェイントに使って懐へと入り、渾身の肘打ちを奴の鳩尾に叩き込んだ。
肉をぶっ叩いた感触があたしの肘に伝わってくる、間違いなくクリーンヒットした一撃だ。並みの奴ならこれだけで失神するか、膝を突いて悶絶するに違いねぇ。それくらいの力を込めた一撃だ。
「――アハッ、残念だったね~?」
「ぐっ……!?」
けどコイツには効かなかった。あたしの渾身の一撃は、代わりみてぇにまたクソ犬の足元の地面が弾け飛んだだけ。
驚きや悔しさを感じる間もなくカウンターとして放たれた鋭い手刀を、全力で後ろに飛んで直撃を避ける。首が少し裂けたが、太い血管は切られてねぇから問題ねぇ。手刀でここまで切れるとかどうなってんだよ、コイツは……いや、それよりもだ。今の攻防で読めたぜ、コイツの技術が。
「テメェ……衝撃を操ってやがるな」
「ご名答~! そうとも、これぞ私が長年の修行と研鑽の果てに辿り着いた拳の極みさ~!」
クソ犬はパチパチと拍手をしながら、あたしの言葉を肯定してくる。
渾身の一撃を叩き込んでも一切負傷しねぇで、代わりみてぇに地面が弾ける理由にようやく納得がいった。どういう原理と技術でやってんのかは知らねぇが、コイツは自分の身体に叩き込まれた衝撃を地面に逃がしてやがる。だから脛を蹴り砕く一撃も、鳩尾に叩き込んだ渾身の一撃も効いてなかったんだな。
ふざけんなよ。何だよそれは、ありえねぇだろ。目の前の人間を殴ったら隣の人間が吹っ飛ぶくらいに理不尽だろうが。しかも魔法でも武装術でもねぇとか、人は鍛えりゃ本当にここまでの高みに至れるってのか?
「さ~、見抜いたご褒美に応用編を見せてあげよ~。まぁ、見ることができればの話だがね~?」
「っ!?」
瞬間、クソ犬の姿が掻き消えた。完全に見失っちまったが、あたしは自分の勘に従って自分の左に鉤爪を振るう。そしたらいつの間にかほぼ射程圏内にいたクソ犬に弾かれたぜ。どうなってんだよ、テメェのその移動速度は。
そしてクソ犬は空いてる方の手であたしの顔面に掌底を叩き込んできて――
「――ぐおっ!?」
その結果、あたしの左肩の骨が脱臼した。
掌底を食らった顔面自体は全くの無傷だ。鼻も折れてねぇし、歯が折れたりもしてねぇ。むしろ打撃を食らった痛みすらねぇ。その代わりみてぇに、左肩に激痛と衝撃が走ったことを除けばな! 何で顔殴られて肩にダメージがくんだよ! おかしいだろうが!
「このように、こちらの攻撃で発生する衝撃を操作することで、全く別の部位にダメージを与えることもできるんだよ~? 素晴らしいだろ~?」
「う、ぐっ――!?」
左肩が脱臼したせいで動きにくくなったところで、クソ犬の回し蹴りが胴体にぶち込まれた。大天使をほぼサシで倒したどっかの魔術師みてぇに身体が千切れるかと思ったが、回し蹴りの衝撃の大半はあたしの左肩を襲って、外れた骨を無理やりに嵌めた。クソいてぇな、チクショウ! けど自分で嵌め直す手間が省けたぜ! ありがとな!
「そして、先ほども少しやってみせたが――こんなこともできるよ~?」
「ごふっ……!」
回し蹴りで浮いた身体、その鳩尾にクソ犬の貫手が突き刺さって、あたしは血反吐を吐く。しかも指二本の貫手だ。固い地面を踏み抜いたことといい、衝撃を集束させることで人体を指で貫通できるようになってんのかよ。本当イカれてやがる。
けど、舐めんなよ。イカれてんのはこっちも同じだ!
「――おっ!?」
深々と鳩尾に突き刺さった貫手、それをむしろ更にあたしの身体に抉りこませるようにクソ犬の右腕を掴み、両脚でホールドする。喉の奥から血が零れてくるが、もうそんなのは関係ねぇ。鼻っ柱をへし折る一撃を入れる。それさえできりゃ良いんだよ!
「おおおぉぉぉっ!?」
そのまま重力も利用した身体の捻りで以て、バックドロップ染みた挙動でクソ犬を地面から引っこ抜く。これにはさすがのクソ犬も面食らってたぜ。まあ当然だよな。空中じゃあ衝撃を逃がす地面がねぇからなぁ!
「――死ねっ!!」
「がふっ!?」
クソ犬の頭が地面に叩きつけられる寸前、その顔面に渾身の蹴りを叩き込んだ。クソ犬は血と叫びを撒き散らして吹っ飛んで、何度か地面をバウンドして転がって行った。
よし。これで目的は達成したぜ。けどこれ以上はまともに身体が動かねぇな。バックドロップの最中に無理やり体勢を変えて蹴りを入れるために、全身の筋肉と骨が悲鳴を上げるくらい強引に身体を捻ったからな。正直呼吸すらろくにできねぇし、全身が張り裂けるみたいに激痛が走りやがる。
「――フフフ、ハハハハハハ~! 見事! 見事だよ~、キラ~!」
しかもここまでやって、クソ犬は鼻から血を流してる程度の負傷だぜ? しかも嬉しそうに笑ってやがる。理不尽だっつーの。こちとら満身創痍だぞ、ボケが。
「即座に弱点を見抜く洞察力、それを実行するために犠牲を厭わない決断力、私に一撃入れる強さ! 何もかもが素晴らしい~! 君もまた、主の伴侶に相応しい女性だ~!」
ウゼェ口調であたしを賞賛しながら、一歩一歩近づいてくるクソ犬。ぶっちゃけコイツに賞賛されたって嬉しくも何ともねぇが、アイツに相応しいってのは悪くねぇな。しかしあたしも、本当にアイツに入れ込んでるもんだよなぁ……。
「そんな君に敬意を表して、一瞬で終わらせてあげよ~。とても楽しかったよ~、キラ~?」
そしてあたしの元までたどり着いたクソ犬は、笑いながらゆっくりと手刀を形作る。
さすがにもう身体が駄目で抵抗できねぇし、そもそも抵抗できたとしても未だ本気を出してねぇコイツに勝てるとは思えねぇ。悔しいが完敗だな。
だからあたしは首筋に手刀が叩き込まれる寸前、最後に中指を立てて精一杯の抵抗をした。
「あーあ、また負けちまった……」
一旦意識が飛んで、気が付いた時にはあたしは地面に仰向けに転がってた。二度目の敗北、しかも今回は魔法も武装術も使ってないとはいえ全力でやった。向こうも同じ条件、その上明らかに本気を出してなかったにも拘わらず、負けた。
全力でぶつかって鼻っ柱をへし折ることだけはできたせいなのか、もうクソ犬に対する怒りはどっかに消えちまったみたいだ。今はあたしの視界に広がる夜空みたいに晴れ晴れした気持ちだぜ。気に入らねぇって気持ちだけはあんま変わんねぇけどな。
「ハハハ、大人としては簡単に若人に負けてやるわけにはいかないさ~。尤もかなり危ない所だったがね~。私ももっと精進しなければいけないな~?」
「そうかよ。クソが」
そんなあたしの隣に座りこんでるクソ犬は、ケラケラ笑いながら思っても無いことを言いやがる。
いや、待てよ? コイツは確かに自分の身体に叩き込まれた衝撃を操作して地面に流すことで、打撃はほとんど完全に無効化してやがった。けどあたしの鉤爪での一撃だけは、防ぐなり捌くなりしてたな。もしかすると対処できるのは打撃だけで、斬撃はまだ流せないのかもしれねぇな。精進ってのはそっちも無効化できるように、って意味か。どこまで人間やめるんだ、コイツは。
「まあまあ、そう腐らなくても良いじゃないか~。それに君はしっかり修行すれば、きっと私よりも強くなれるよ~? 見た所動きや技は我流のようだしね~? それで私とあれだけやり合えるなら、素質は十分にあるさ~。何なら私が手取り足取り特訓してあげるよ~?」
「……それでテメェに何の得があるんだよ」
「君が力を付けても私の得にはならないが、主の得にはなるだろ~? 主の喜びと幸せこそ、私が求めるものだからね~。主のためになるのなら、私は手間も労力も惜しまないさ~」
「ケッ。呆れるくらいの忠犬だな。さすがは犬人だぜ」
「ハハハ、それは最高の誉め言葉だね~?」
皮肉で言ったってのに、何故かクソ犬は嬉しそうに尻尾を振りやがる。
なんつーか、案外コイツと話してるのは悪くねぇ気もするな。確かに気に入らねぇところはあるが、それを黙らせる強さがありやがるし。少なくともどっかの兎野郎に比べれば遥かにマシだ。アイツは心底気に入らねぇし、できればあのウサミミを引っこ抜いてやりたいぜ。
「つーかお前、打撃を無効化できるならクルスにボコられることもなかっただろうが。好き好んでボコられるとかどんだけマゾなんだよ」
「失礼だな~。私がそんな節操無しに見えるか~い? 私だって主の一撃を受け流そうとしたさ~。ただ、何と言うべきかな~……主の一撃は衝撃が広がる速度が異常に速くて、対応できなかったんだよ~……」
「あ? 衝撃が、速い?」
模擬戦の時は好き好んでクルスにボコられてたのかと思ってたが、どうにも違ったみてぇだ。衝撃が速すぎて対処が間に合わなかった、って……そんなことあり得んのか? 殴った時とかに相手の体内に広がる衝撃ってのは、普通一定の速度じゃねぇのか? 指で弾かれてもぶん殴られても、痛みを感じる瞬間は同じだろ?
「どういうことだよ、それ。クルスが何かそういう武術を使ったってのか?」
「いや~、そうは思えないな~。もしそれができるなら私だって出来ているだろうしね~?」
クソ犬は難しい顔をしながら、試すように自分の掌に何度も拳を叩き込む。コイツにできねぇってことは技術的な何かって可能性は無さそうだな。となるとクルスが死体から奪った技術って線も薄そうだ。
となると考えられるのは――
「……あの謎の回復能力に秘密があるのかな~?」
「だろうな……」
あたしもクソ犬と同意見だ。
あの模擬戦の時、クルスは喉を潰されて負傷した。けどいつの間にかその負傷は無くなってやがったし、その後も何度かそういう場面を見た。契約で魔法も武装術も使えねぇ状態だってのに、まるで魔法みてぇに。
何か秘密があるとすればそれなんだろうな。けど回復と衝撃に一体何の関りがあるってんだ?
「うーむ、やはり主は一筋縄ではいかないね~。仕方ない、背に腹は変えられないか~……キラ~、ちょっと耳を貸してくれるかい~?」
「あ? んだよ……」
何かいきなりわざとらしく声を潜めたクソ犬に対して、あたしは身体を起こして素直に耳を貸した。ちょっと怪しかったが、今更騙し討ちだの何だの警戒する必要も無いしな。コイツは嬲ろうとせずに殺す気で本気を出せば、あたしなんて三十秒以内に殺せただろうしよ。
「――――――――」
「……へぇ?」
けど疑念やら何やらは、耳元で囁かれた内容を認識した瞬間全部吹っ飛んだ。いいな、コイツ。なかなか面白いこと考えるじゃねぇか。それにちゃんと交渉ってもんを分かってやがる。
「……面白れぇ。その話、乗った」
「フフフ、そう来ると思ったよ~。さすがは主の伴侶だけはあるね~?」
だからあたしはその提案に一も二も無く頷いて、クソ犬――トゥーラと固く握手を交わした。お互いに含みたっぷりの笑みを浮かべながら、な。ククク……。
⋇わりとボコボコにやられたキラちゃんですが、二人の年齢は三倍くらい離れてるのでどうしても経験その他の差が出ます。別にキラちゃんが弱いわけではない