変態VS狂人(上)
⋇いつものバトル回
⋇長いバトルを二分割した影響で、今回は少し短め
⋇キラちゃん視点
日が暮れて夜の闇が辺りに広がって来た頃、ようやくあたしとクソ犬は目的地についた。そこは街から離れた森の中にある、円形の広場みてぇな場所だ。ペラペラとクソ犬が語る所によると、コイツはいつもここで鍛錬を重ねてたらしい。その影響でこんな綺麗に開けてるんだとか。
場所を移したのは、街中でやりあうと絶対に衛兵が出てきて邪魔されるからだ。クソ犬なら前みたいにギルド内での揉め事って事にして誤魔化せるだろうが、クルスの奴が『どっか他所でやれ』って言ったからな。場所を移さないわけにはいかねぇし、ここなら全神経を殺すことだけに費やせそうで良い感じだぜ。
「さて~、それじゃあ準備はいいかな~?」
「チッ。余裕こきやがって……」
「ハハハ。これでもきみの三倍程度は長く生きてるからね~。大人の余裕というやつさ~」
今から本気の殺しあいをするってのに、クソ犬はヘラヘラ笑ってやがる。
けどこの余裕も当然っていや当然だ。何せあたしはコイツに一回負けたんだからな。警戒する必要もねぇって思われてんだろ。心底腹が立つぜ。
「……とはいえ、さすがに今回は少々厳しいかもしれないね~。死んでもすぐに生き返るよう、主に魔法をかけてもらったから、今回は君も気兼ねなく全力を出せるだろ~?」
「……気付いてたか。そのまま油断してりゃ良かったのにな」
チッ、予想外の鋭さに参るぜ。気付いてなかったら、それこそ不意をつけたかもしれなかったのによ。
確かにあたしは一回負けた。けど、それは本気を出せなかった時の話だ。何せあの時は野次馬もいやがったし、クルスに『殺していい』とは言われてなかったからな。だから極力殺さないように気を付けてたし、うっかり致命傷になりかねない場所を狙った時は強引に狙う場所を変えたりしたからな。それでも反射的に致命傷を狙っちまうのが、殺人鬼の性ってやつなのかもな。
「そりゃあ気付くよ~。あれだけ殺意を漲らせていたにも拘わらず、どうにも攻撃にブレがあったからね~? 察するに、殺しても良いと主に言われていなかったからか~い? 猫人にしては随分と従順だね~?」
「うっせぇ、さっさとやるぞ。その鼻っ柱をへし折ってやる」
色んな意味で自分が猫人らしくねぇのは分かってるし、別にそれを気にしちゃいねぇ。けどコイツに言われるとすっげぇムカつく。そういうテメェこそ犬人にしては捻じ曲がった忠誠心持ってる癖によ。クソが。
「ハハハ。威勢も良くて結構だ~。それじゃあ……かかってきたまえ~?」
笑いながらガントレットを取り出して両腕に装着したクソ犬は、唐突に笑顔を消して構えを取った。それだけで周りの気温が一気に氷点下になったみてぇに、肌を刺すほど冷てぇ闘気を感じるぜ。今はクルスに頼んで、前の時みたいに防御魔法も解除してもらってるから余計にな。
こうしてただ向かい合ってるだけで、尻尾の毛が逆立ちそうだ。やっぱコイツもコイツで、あの時は本気を出してなかったってことか。
「……殺す」
こっちも腕を振って鉤爪を両手に装着、脚を広げて腰を沈めて、いつでも戦いに移れる構えを取る。
今回は全力だ。確実に殺す気でやる。ただ……場合によっては、あたしも縛りを科す必要があるかもな。
「………………」
「………………」
そのまま、あたしたちは無言で睨みあう。向こうが先手を譲る気なのは分かるんだが、隙が一切無くて攻め込むタイミングが見つけられねぇ。まあ背後からの無音の不意打ちさえ対処した奴だしな。死角が無いくらいは当然か。
つーことは逆にいつ攻め込んだって結果は同じだな。よし、なら宙を漂ってるあの木の葉が地面に落ちた瞬間に行くぜ。左に揺れて、右に漂って、あと少し――行くぜっ!
「ふっ!!」
木の葉が地面に触れた瞬間、あたしは一気に駆け出した。お互いに結構な距離離れてたが、これくらいなら一息で詰められる。だからあたしは下から救い上げるような軌道で、首を刈り取る一撃を放つ。
「おっと。危ないね~?」
けどその一撃はガントレットで覆われた手の甲で、甲高い金属音を響かせて軽く受け止められた。受け止められるのは分かってたが、コイツ微塵も揺るぎやしねぇ。速度を乗せて叩き込んだ一撃だってのに、そよ風みたいに受け流しやがる。
だが今のは挨拶変わりだ。こっから激しく行くぜ!
「はああぁああぁぁああぁっ!!」
気合を入れるために雄たけびを上げながら、出せる最高の速度で鉤爪の連撃を回す。狙うは首、二の腕、大腿部とかの太い血管が走る場所。そして斬撃に紛れさせて刺突で心臓や頭部を狙い、急所しか狙わないと見せかけてから胴体や足を狙う。
ここまでやれば、大体どんな奴でも死ぬか手傷を負う。実際今まではそうだった。どいつもこいつも弱っちくて、まともにあたしと渡り合える奴がいなかったからな。
「ハハハハ~! うん、良いね~! 烈火の如き激しく熱い攻めだ~!」
「……クソがっ!」
それを目の前のクソ犬は、笑いながら捌いてくる。あたしの怒涛の連撃をガントレットに覆われた手で弾き、最小限の動きでいなし、緩やかに流して無力化してきやがる。おまけにその場から一切動いてねぇし、何より反撃できるはずだってのに防御だけしてきやがる。舐め腐りやがって!
「しかし疑問だね~? 何故魔法も武装術も使わないんだい~? 君はどちらかと言えばそういったものを扱った方が輝く性質だろ~?」
「テメェが使ってねぇんだから、こっちも使わねぇよ! じゃなきゃテメェの鼻っ柱をへし折れねぇだろ!」
弾ける金属音と火花の中でそんな疑問を投げかけてきたクソ犬に、更に回転率を上げながら答える。
そもそもあたしの目的はコイツに勝つことじゃねぇ。鼻っ柱をへし折って一矢報いることだ。癪だがコイツとあたしには万が一が起きない限り絶対勝てないくらいの実力差がある。その差は魔法や武装術を使えば埋まるかもしれねぇが、向こうだって使ってこないとは限らねぇ。
何よりあたしは、魔法も武装術も使われずにコイツに負けた。だったらこっちも同じ条件で一矢報いなきゃ気が収まらねぇ!
「ん~、思ったよりも熱い性格だったんだね~? それともこれが若さなのかな~? しかし、あ~……君のように若くて活きが良い子を見ていると――嬲りたくなってしまうな~?」
「――っ!?」
瞬間、奴は邪悪な笑みを浮かべた。反射的に連撃を中断して飛び退ろうとしたが、寸前に足先を踏まれて無理やり体勢を崩される。クソッ、いちいち嫌らしい行動しやがって!
「はっ!」
「くおっ……!?」
体勢を崩したあたしの肩を穿つように、無茶苦茶鋭い貫手が走る。それをあたしは強引に身を捻って、地面に倒れる形で何とか避ける。
たかが貫手、しかもガントレットに覆われてない指先での一撃。けどその一撃のヤバさは、一度戦って負けたあたしが良く知ってる。コイツの貫手は容易く人体を貫通するクソヤベェ一撃だ。魔法も武装術も一切使ってねぇのに、何なんだよそのイカれた鋭さは。
「ふんっ!」
「っ、くあぁっ!」
地面に倒れた所で迫ってきた追撃の踏みつけを、身体を転がして回避する。無様だとか何だとか言ってる場合じゃねぇんだよ。コイツは一撃一撃がヤバすぎる。まともに食らったらそこで終わりだ。
何せ踏み固められて岩盤みてぇに固いここの地面を、ただの踏みつけで足首まで埋まらせてやがるからな。その癖地面には僅かなヒビが入ってる程度で無駄な破壊はほとんどねぇ。あんなもんまともにくらったら身体に穴が開くっつーの。
「――オラァッ!」
けどアイツの右足が地面に埋まってる今はチャンスだ。だからあたしは転がった勢いを加える形で、アイツの埋まった右足に足払い気味に回し蹴りを叩き込む。こっちの脛もひび割れるかもしれねぇが、向こうが砕けりゃ御の字だ!
そうしてあたしが放った回し蹴りは、クソ犬の地面に埋まった右足、その脛を横合いから打ち据えて――
「――おっ、と。危ないね~。骨が折れたらどうしてくれるんだい~?」
はぁ? 何だよ、今の。クソ犬の足の骨の代わりに、足先が埋まってた地面が弾け飛びやがった。
どういうことだよ。こっちは脚の骨にヒビまで入る一撃を叩き込んだってのに、何で地面が弾けるんだよ。見た感じ足の方は無傷じゃねぇか。しかも魔法も武装術も使ってる気配もねぇ。何だよそれは、ふざけてんのか?
「驚いているね~? 意味が分からないかい~? 原理を理解しなければ、私の鼻っ柱をへし折るなど夢のまた夢だよ~?」
「……クソがっ!」
幼稚な挑発に乗ったわけじゃねぇが、あたしは身体を起こしてクソ犬に向けて突撃する。さっきの意味の分からねぇ現象を理解するためにも仕掛けなきゃ話になんねぇ。骨にヒビの入った足が馬鹿みてぇに痛むが、こんなもんはどうだっていい。是が非でも鼻っ柱をへし折ってやる!
⋇トルトゥーラの強さと戦闘スタイルに関しては、作業用BGMにしていた「魔星狂乱」という曲の影響が滅茶苦茶出ました