変態との顔合わせ
※性的描写あり
リアのお迎えを終えた僕は、その足で今度はキラを探しに行った。居場所とかは魔法で簡単に探れたから、そこまで大変では無かったよ? 大変なのはキラを連れて帰る事だったね。やっぱりトルトゥーラに正面から挑んで敗北したのが悔しかったのか、街の外で汗水垂らして修行してたし。連れて帰ろうとしても修行するんだって駄々こねるしね。
何とか連れて帰ることができたとはいえ、トルトゥーラが真の仲間に加わったことを知ったらどうなることやら……。
「はい、それじゃあ皆に重要な連絡事項がありまーす。まずは好きなとこに座って?」
というわけで、若干不安に思いながらも報告を行う時間。宿屋の僕の部屋にトルトゥーラ以外の真の仲間たちを集め、ひとまず座るよう促した。
リアは僕が腰かけてるベッドの端にこっちを若干恥ずかしそうにチラチラ見つつ座って、ミニスは僕からだいぶ離れた所にある椅子に座った。どっちもそれぞれ別の意味で僕を警戒してるねぇ……。
「……あの、キラさん? 確かに僕は好きなとこに座ってって言ったよ? でもだからって僕の上に座るのは反則だと思うんだ」
「た、対面座位……!」
そしてキラはあろうことか僕の膝の上に座るという奔放ぶり。しかもリアが真っ赤になりながら呟いた通り、僕と向かい合う形で。さっきまで汗水たらして修行してたせいで、もの凄く良い匂いがするからやめて欲しいなぁ。芳しいメスの香りにテント張りそう。
「うっせぇ、いいから童貞寄越せ」
「もうなりふり構わなくなってきたな、この殺人猫!」
そうしてミニスとリアの目があるにも拘わらず、僕の顔を掴んで無理やりに唇を奪おうとしてくる。助けて、犯されるー!
「いいから一旦離れろ! 僕の童貞にも関係ある話だから!」
「チッ……」
首根っこ引っ掴んでその身体をぶん投げてやると、キラは舌打ちしながら空中で体勢を変えて、壁に一旦足を付けて勢いを殺してから床に降り立った。結構な勢いと強さで投げたのにこれだよ。これだから身体能力の高い獣人は困る。
「モテモテね、クソ野郎? 良かったわね?」
「全然嬉しくないのが本当に不思議……」
そしてすっごい皮肉めいた笑顔で祝福してくるミニス。
女の子たちにモテモテっていう状況自体は嬉しいんだけど、その女の子たちが猟奇殺人鬼とSM二刀流だから死ぬほど嬉しくないわ。どうしてまともな子は僕に恋愛感情抱いてくれないんです? そもそもコイツらも抱いてるのは恋愛感情じゃない気がするし。
「で、重要な連絡事項ってのは何なんだよ? くだらねぇことだったらシメるからな。アイツを」
「何で私っ!?」
「いやー、正直くだらないけど重要な事ではあるからね。というわけで――入ってきていいよー」
ご機嫌斜めなキラととばっちりを受けてるミニスを尻目に、パンパンと手を叩いて部屋の外に合図する。本当はベッドの下にでも待機させようかと思ってたんだけど、キラが匂いで気付きそうだからやめておいたんだ。
「――やーやー、これで顔を合わせるのは何度目かな~? というわけで、改めて自己紹介をしようじゃないか~! 私の名はトルトゥ~ラ! この街の冒険者ギルドの長にして、主の忠実なる下僕! そして君らの新たなる仲間さ~! 以後、よろしくね~?」
「は?」
「ええーっ!?」
そして今回はちゃんと扉を開けて入ってきたトルトゥーラが、殴りたくなるような笑顔と抑揚のある口調で自己紹介を行う。
予め知ってたミニスは驚きも見せないしむしろ嫌そうな顔をしてたけど、何も知らないキラとリアはびっくりしてたよ。いや、キラの方はどっちかっていうと殺意を漲らせてる感じかな?
「はい。というわけで、非常に不本意ですがコレも仲間に加わりました。とりあえず皆も自己紹介よろしく」
「……私はミニス。何の取り柄も職業も無い、ただの村娘よ」
「よろしく~。何の取り柄も無いと言っているが、君の脚力は立派な取り柄さ~。鍛え上げれば立派な武器となるんじゃないかな~? 良ければ私が手解きや特訓をしてあげようか~?」
「ふん。機会があったらね。私、脅迫されたことをまだ許してないわよ」
脅迫されたせいでクッソ機嫌悪いものの、一番の常識人であるミニスが率先して自己紹介をする。ただトルトゥーラの方は別にミニスを嫌ってはいないっぽいね。自分から握手のために手を差し出してるし。まあ無視されてたけど。
「えっと、リアはフェリア! サキュバスの面汚しとか、出来損ないとか言われて育ってきたサキュバスだよ?」
「よろしく~。君は随分と酷い環境で育ってきたんだね~? だが私は差別などしたりしないから、安心してくれたまえよ~?」
「うん、よろしくね!」
特に確執の無いリアは普通に――いや、ちょっと闇が見えたか。とにかく自己紹介をしてる。トルトゥーラがリアの頭を撫でてあげると、満面の笑みが広がった。うん、この二人は仲良さそうだな。問題は――
「………………」
「う~ん。最後の一人は自己紹介をする気が無いようだね~? あるいは別の方法で語りたがっているように見えるな~?」
キラは一切言葉を発さず、無言でトルトゥーラを睨みつけてた。
そりゃまあ自分をコテンパンにのした奴が『新しい仲間になりました~』ってなったら、内心穏やかじゃないだろうなぁ。いや、内心どころか殺意が外に溢れ出てるんだよなぁ。
「こらこら、自己紹介くらいまともにしなよ。初めて会った時の明るいお姉さんキャラとまでは言わないからさ」
「お前、こいつを仲間にするとかマジかよ。分かってんのか? コイツはお前を嬲り殺しにしようとしてた奴なんだぜ? その上お前の童貞を狙ってんだぜ?」
「それは知ってるよ。ていうか盛大なブーメラン刺さってるの自覚してる? お前も僕を殺そうとしたし、今現在は童貞を狙ってるよね?」
「とにかく、あたしは反対だな。率直に言って気に入らねぇ」
ぶっちゃけ似た者同士なのに、自分を棚上げにして反対するキラ。猟奇殺人鬼はこれだから困るよ、全く……。
「おや~? 随分嫌われてしまったものだね~。ひょっとして私に負けてしまったことが悔しくて堪らないのかな~? かな~?」
「あ?」
無自覚なのか素なのか、トルトゥーラはキラを容赦なく煽る。キラの猫耳が不機嫌そうにピクリと動いて、猫尻尾もご機嫌斜めに叩きつけるような動きになってるね。
何でも良いけど部屋の中で暴れるのは止めてね? 壊された扉は直したとはいえ、トルトゥーラの一件で宿の人に警戒されてるんだから。
「コイツ、前にも威勢よく挑んで何もできずに負けたことがあるのよ。その分の八つ当たりもあるんじゃない?」
「なるほど~。一度や二度の失敗で周囲に当たり散らすほど不機嫌になるとは、まだまだ子猫ちゃんだね~?」
「テメェら……死ぬか?」
「ひぇっ!?」
「ひゃうっ……!?」
調子に乗って煽ったミニスは、手加減一切無しの殺意をぶつけられて小さく蹲った。直接ぶつけられてないリアでさえ、引っくり返るみたいに驚いてたからね。まあサイコの純粋無垢な殺意を叩きつけられたら仕方ないか。
しかしぷるぷる震える子ウサギの姿は愛らしいねぇ。今のは自業自得だから助け船は出さないけどね。
「ハハハ。別にやり合っても構わないが、君は私に勝てるのか~い?」
なお、そんな殺意を直接ぶつけられてるにも拘わらず、トルトゥーラは心底涼しい顔をしてた。特に危険を感じてないのか、犬耳も犬尻尾も別段変な動きはしてない。ちょっと度胸ありすぎじゃない? 僕でさえ多少居心地悪くなってるのに……いや、この居心地の悪さは殺意とは関係ないかもしれないな。ある意味修羅場みたいな状態だし。
ちなみにトルトゥーラの挑発を受けて、迸る殺意がまた一段と増した。でも敵わないってことは本人も分かってるみたい。少しずつ殺意が収まって行ったよ。
「うん、理解はしているようで何よりだ~。だ~が~、これは一度やり合わなければ収まりがつかないだろうね~? 後で付き合ってあげるから、せめて自己紹介をしてくれないかな~?」
「……あたしはキラ。人をぶっ殺して目玉を抉り出し、瓶に保存して眺めるのが趣味の異常者だよ。今一番欲しいのはテメェの目玉だな」
「ほ~? ということは、もしや君が数年前に世間を震撼させたチャーマーなのかな~?」
「……ああ。そういやこっちじゃそんな呼び名だったな」
おっと、ここで『ブラインドネス』に変わる恥ずかしい二つ名が出てきたぞ。『チャーマー』……魅了する人、っていう意味かな? ぶっちゃけクッソ似合わない二つ名だね。そもそもキラに魅了される点ってある? 確かに顔は良いし、小柄なのにスタイルも良いし、戦闘能力も高いしで、いいところばっかりだよ? でもそんな魅了って言うほど目を奪われる点は――あ、いや、そっか。なるほど。被害者が『目を奪われる』から、加害者であるキラが『チャーマー』であると。二つ名で言葉遊びするなし。
「まあこれで自己紹介は終わりで良いかな? 本当はあと一人真の仲間がいるんだけど、そっちに関しては出会った時にしようか。かなり先の話になるだろうけどね」
などと、レーンのことを思い浮かべながら言っておく。
実際レーンとトルトゥーラの相性はどうなんだろうねぇ。レーンは突っ込み属性だから、案外相性がバッチリかもね。ツッコミ役の負担が増えるなぁ。
「で、仲間たちに共通する点としては、敵種族に対する敵意は欠片も無い、ってことだね。まあ、同じ種族に対して殺意を抱いてる奴とか、敵種族に抱いてた憎悪がそのまま僕個人への憎悪になった奴とかはいるけど……」
「リアとミニスちゃんのことだね!」
「………………」
元気いっぱいのリアの声に幼女コンビに目を向けると、何故か自信満々な笑みを浮かべてるリアと、こっちを冷めた目で見つつ中指を立ててるミニスの姿が目に入る。まあコイツらは特別枠だよね。敵種族よりも自分の種族の方が憎い奴とか、敵種族全体よりもその中の個人の方が憎いって奴はそうそういないし。
「ほ~? それはまた、随分と奇特な者たちだね~。ハハハハ~」
などと笑う新たな真の仲間は、僕に拷問紛いの責め苦を受けて死の一歩手前くらいまで追い込まれたはずなのに、僕に対する敵意は一切無いという奇特な者。しかも逆に好意を抱いてくるんだから、端的に言って異常だよね。お前はリアたちを笑えるような存在じゃないぞ。
「何にせよ、私もその一員となったわけだ~。不束者だが、これからよろしく頼むよ~?」
「うん、よろしくね!」
「頭のイカれてない仲間が欲しい……私一人だけまともとか、辛い……」
何にせよ、真の仲間の顔合わせも無事終了。リアも笑顔で受け入れてるし、ミニスは何か切実な呟きを零してるけど、拒絶してはいないようだしね。一人だけまともなのが嫌なら、お前もこっち側に来ればいいんじゃないかな。
「よし。これで顔合わせは無事終了だね。他にも細かいお話とか色々あるけど、ちょっと我慢の限界って人がいるし、それは追々にしようか。殺意が尋常じゃないんだよなぁ……」
一回殺意を収めてたキラは、話の終わりが近づいてくると共に段々と殺意を解き放ってたっぽい。またしても背筋が凍りそうなほど鋭く濃密な殺意を放ってるよ。これはクーラー要らずだなぁ。
「ん~。さすがは連続殺人鬼。研ぎ澄まされた刃のような、鋭く冷たい殺意だね~? 新しい扉を開いた私としては、少々ゾクゾクしてくるよ~?」
「……その鼻っ柱、へし折ってやる」
そしてそんなヤバい殺意を一身に受けながらも、むしろ気持ちよさそうな顔をして身体を震わせるトルトゥーラ。尻尾もご機嫌そうに振ってるあたり、マジで叩きつけられる殺意を快感に変換してるんだろうなぁ。無敵すぎる。
「はいはい、やり合うならせめて人の迷惑にならない場所でやってね。ただどっちかが死ぬ可能性もありそうだし、自動で蘇る魔法とかだけかけといてあげるよ。自動蘇生、再生」
「ほ~!? 主はそんな魔法が使えるのか~い!? どれどれ――うっ……」
「え……何やってんの、コイツ……」
僕が二人に自動で生き返る魔法と怪我が治る魔法をかけると、目を見張ったトルトゥーラは何を思ったのか自分の胸をトンっと叩き、小さく呻いてその場に崩れ落ちた。
これにはさすがの僕もドン引きだよ。僕の言葉を信じてほぼノータイムで自殺をする精神もだけど、肩叩き程度の弱い一撃で心臓を止める技術にも驚きだわ。どうして何の躊躇も根拠もなくそれをやれる?
「もうやだ。何でこんな頭のおかしい奴しかいないわけ……?」
狂気の極みみたいな一幕に、ミニスが頭を抱えるようにして悲哀の呟きを零す。珍しいことに僕とミニスの意見が一致した瞬間だったね、これは……。