お勉強開始
「ふんふんふ~ん♪」
僕の隣で鼻歌を奏でながら、スキップしつつ飛んだり跳ねたり宙で一回転したりするリア。もう見るからにご機嫌だって分かるよね、これ。何でもいいけどスカートで空中を縦に一回転するのはオススメしない。
今の時刻はお昼過ぎ。昨日の約束通り、これからリアはリリスに性のお勉強をしてもらうことになってる。だから僕は幼女コンビを引き連れて、リリスの城があるであろう街の中心部に向かってるんだ。ミニスを連れてるのはふとした時のツッコミ役が欲しいからだね。
「めっちゃご機嫌だねぇ、リア?」
「うん! だって昨日はとっても楽しかったし、これからリアは一人前のサキュバスになるためのお勉強ができるんだもん! すっごく気分が良いよ!」
幸せいっぱいって感じに答えつつ、リアは僕とミニスの周りをふわりと回る。
通行人も何か微笑ましいって感じの笑顔を浮かべて見てくるけど、コイツ昨日はサキュバスを滅茶苦茶に拷問してたからね。それを知ったらあの笑顔は一体どうなることやら。
「幸せそうで羨ましいねぇ。僕の方はちょっとヤベー奴に目をつけられちゃったからなぁ……」
「完全にロックオンされてたわよね、あんた……」
僕がため息と共に呟くと、ミニスが珍しく同情を見せてくれた。
ヤベー奴っていうのは、もちろんどこぞのギルドマスターのこと。去り際に聞こえた執念の叫びからして、絶対に僕を主とすることを諦めてないからね。そのために朝から今に至るまで、一体どんな手段を用意しているのやら……。
「ま、いよいよ全てが面倒になったら僕も手段は選ばず対処するよ。具体的にはぶっ殺して僕に関する記憶を抹消するとかね。拷問とかはちょっと効果無さそうだし……」
「そうね。絶対アレはどれだけ痛めつけても喜びそうだし……」
「あー、リアを送り届けた後は冒険者ギルド行かないと駄目なんだよなぁ。行きたくないなぁ……」
「気持ちは分かるけど、行かないと冒険者プレート貰えないんでしょ? だったら行くしかないじゃない」
「あーあーあー、何も聞こえなーい」
ミニスの惨たらしい指摘を、耳を塞いで変な声を上げることで聞き流す。
僕は一体どこで間違ったんだろうねぇ? 模擬戦で多少やりすぎなくらいお仕置きをしたこと? ランクを上げるために模擬戦を受けた事? そもそもあの冒険者ギルドを利用したこと? さすがの僕も過去を変えることはできない、っていうかやったら女神様に怒られそうだから、今となっては考えても無駄なことかぁ。
「お、見えてきた。アレがサキュバスの女王が住む城かぁ……」
そうしてしばらく歩いてると、徐々に視界が開けて目的地が見えてきた。群を抜いて大きな建造物だから目立つのは当然なんだけど、ちょっとそれ以外にも目立つ要素があるお城だね。
「何か、こう……カラフルね?」
「すっごーい! キレー!」
「……ラブホテルかな? こんなもん街の真ん中に置くとか、街の支配者だけあって好き勝手してるなぁ」
幼女コンビ、主にミニスの感想から分かる通り、遠目に見えるお城はものすっごいカラフルだった。具体的にはピンクがベースのドギツイ色合いね。
まあサキュバスの女王が住んでるお城だから、確かにそういう感じの方がふさわしい気もするね。そもそも街全体が夜になると色街になるし。
「らぶほてるってなーに? ミニスちゃん、知ってる?」
「えっ!? いや、えっと……その……」
「はいはい、無自覚に友達を辱めないようにね。気になることはリリスに聞こう?」
「おにーちゃんがそう言うってことは、エッチな感じの何かなんだよね? 分かった、聞いてみる!」
無知なリアに尋ねられてタジタジのミニスに助け舟を出すと、勉強熱心なリアはやっぱりメモ帳を取り出して『ラブホテル』の単語を書き込む。
ていうか個人的にはクッソド田舎に住んでたミニスにラブホテルの知識があることが驚きだね。案外ムッツリなのかな?
「さあ、この無知な幼女が一体どこまで変貌するか……僕も何かワクワクしてきた」
「相変わらず趣味悪いわね、コイツ……」
何にせよ、リアが無知なのは今日で最後。無垢な幼女がどれだけ穢れるかを想像すると、無性に滾って来るね! そして軽蔑染みた視線を向けてくるミニスにも若干滾ってくるよ! お前もすぐにヒィヒィ言わせてやるからな!
「いやー、やっぱり全体的にサキュバスが多かったね……」
ところ変わって、リリス城の応接間。ラブホテルみたいな外観のせいで中身がちょっと心配だったけど、意外と中は普通だった。まあもしかしたらそういう部屋もちゃんとあるのかもしれないね。
一般人が街の支配者のお城に入れるのか少し疑問だったけど、門番にもしっかり話が行ってたみたいで、特に問題も無く通して貰えたよ。ただし、ここまで案内してくれたのはメイド姿のサキュバス。というか門番以外で見かけた奴は大体サキュバスだった。右も左もサキュバスサキュバス。男にとっては夢みたいな場所とはいえ、リアにとっては……ねぇ?
「えっと……リア、大丈夫?」
「うん……胸がムカムカするけど、何とか大丈夫だよ?」
控えめに尋ねるミニスに対して、少し硬い笑顔を返すリア。
やっぱり昨晩衝動をこれでもかと発散したおかげで、何とか殺意や憎悪を我慢できてるっぽい。それでもサキュバスを見かける度に一瞬身体を固くしてたから、反射的に襲い掛かろうとするのを理性で堪えてたのかもしれない。見てるこっちもかなり冷や冷やしたよ。
「ちなみにどれくらいの間なら我慢できそう?」
「んー……二日くらいなら、何とかできそうかな?」
「アレだけやって二日かぁ。分かった。いよいよ我慢できなくなってきたら教えてね。また昨晩と同じ対応をしてやるから」
「うん。ありがとう、おにーちゃん」
にっこりと笑ってお礼を口にするリア。
凄いよね。昨日あれだけ拷問の限りを尽くしたってのに、二日くらいしか殺意や憎悪を抑えられないんだって。激しい感情で発電できる技術があれば、リアは無尽蔵の発電機関になれそう。こうしてる今もちっちゃな胸の中ではどす黒い感情がふつふつと沸き上がってるんだろうし。本当に歪みまくってるよなぁ。
そんなこんなで幼女コンビと他愛のない話をしてると、しばらくして応接間の扉がガチャリと開いた。
「――ようこそ、ボクの城へ。三人とも、心から歓迎する」
現れたのはリアのドッペルゲンガー――じゃなくて、リアそっくりの魔将リリス。そして扉を閉める勘違いおばさんことレタリー。
しかし魔将直々のお出迎えとは随分な好待遇だね。それだけリアが目をかけられてるってことなのかな?
「ありがとうございます、リリス様」
「あ、ありがとうございます」
「こんにちはー、リリスちゃん!」
僕とミニスはほぼ同じタイミングでソファーから立って頭を下げたのに、リアは手を振って笑いかけるだけ。
お前友達が来たくらいの対応してるけど、アイツはお前の母親みたいな存在なんだからね? ちゃんと分かってんのかな、コイツ……まあ咎めるでもなく、嬉しそうに微笑んで手を振り返すリリス側にも問題はあるか。
ただリリスは僕ら三人を見渡すと、何故か微妙に不安そうな顔をした。いや、これは不安というか、心配かな?
「一人、足りない? 猫人の子は?」
「ああ、彼女――キラは少々、虫の居所が悪いようで。失礼になるといけませんので、宿に置いてきました」
「そう。ボクはそんなこと気にしないのに。でも、不幸があったわけじゃないなら、何より」
僕がそう答えると、僅かにホッとした様子を見せる。
うーん、キラが目をかけられてるってわけではないだろうし、これは純粋に心配されたってことで良いかな。となると昨晩の件はもうリリスの耳に届いてるのかもしれないね。聞くところによると昨晩は女性が男集団に性的暴行を加えられた事件があったらしいですからねぇ?
「じゃあ、早速お勉強の時間。リア、準備は良い?」
「うん! ちゃんとノートも鉛筆もあるよ!」
「準備万端で偉い。それじゃあクルス、ボクとリアはお勉強に入る。日暮れまでかかるから、君はその間城で好きに過ごすといい。もし気に入った子がいたら、お互い合意の上なら愛の営みに励んでも構わない」
「お気持ちはありがたいのですが、今回は遠慮させていただきます。これから冒険者ギルドで冒険者証――冒険者プレート? を、受け取りに行かねばなりませんので」
「そう。それなら、またの機会にするといい。いつでも歓迎する」
メイドを食えるのは嬉しいとはいえ、残念ながら僕には用事があるし、初めてはリアにするって決めたからね。後ろ髪引かれる思いを感じながら丁重に断ったよ。
リリス自身もそう答えるのは分かってたみたいで、特にそれ以上勧めてはこなかった。まあ他ならぬコイツが『リアを初めての相手にしたら?』って提案してきたんだもんね。もしかすると僕がリアの初めての相手に相応しいか、理性と誠意を試してきたのかもしれない。油断ならない奴だなぁ。
「それじゃあ、リア。ついてきて?」
「うん! おにーちゃん、行ってくるねー!」
「はい、いってらっしゃい。頑張ってね?」
そうしてリリスはリアを引き連れて、いずこかへと向かった。身長もほぼ同じ幼女二人だから、やっぱり遊びに来た幼女とその友達みたいにしか見えないんだよなぁ。一応は魔将なのにねぇ。
ともかくリアが何か変なこと口走ったり、失礼極まることをしないのを祈ろう。リリスは寛容っぽいし、大概の事は許してくれると信じたい。
「……それで、何かあったんですか? リリス様、妙に心配した様子を見せてましたけど」
「ええ。実は昨晩、サキュバスが性的暴行を受けた事件がありまして……」
何故かこの場に残ってた――いや、リアに聞かせずこの話をするために残ってたのかな? ともかく僕が尋ねるとレタリーは悲し気な顔をして、凄く聞き覚えがある事件の話をしたよ。どうして聞き覚えがあるのかなー?
「それはまた、随分と酷い話ですね……風俗店でのお話ですか?」
「いえ、それがどうにも街の目立たない裏路地で犯行が行われたようです。被害者が落ち着くのを待って聞き取りをしたいと思いますが、縛られ目隠しをされた状態だったらしいので、犯人たちの情報を得るのは難しいでしょう。目下捜索中です」
よしよし、特に僕に繋がる証拠や証言は出なさそうだな。まあ記憶操作やら何やらを使ったんだから出るわけもないか。
というかこの状況凄く楽しいよね。だって犯人を探してる奴の目の前に、真犯人である僕がいるんだよ? あまつさえ普通に会話してるんだよ? できる秘書って感じのレタリーがもの凄く滑稽に見えて笑えるよね?
「なるほど……僕にお手伝いできることがあれば、何でも言ってくださいね。リア本人はどうでもいいと思うかもしれませんが、リアと同じサキュバスが恐ろしい目にあったのですから、僕は絶対に許せません。犯人を捕まえるための協力は惜しみませんよ」
「ありがとうございます、クルス様。初対面では私が無礼千万な真似を働いてしまったというのに、まさか協力の申し出もしていただけるとは……あなたのような人格者に保護されて、リアはとても幸せ者ですね?」
「いやぁ、僕が人格者など、買い被り過ぎですよ。ハハハ」
あまつさえレタリーは微笑みながら僕を人格者と賞賛してくる。いやぁ、本当に滑稽で笑えてくる。出来る事ならお腹を抱えて爆笑したいよ。真犯人は目の前にいるのにねぇ?
「……………………」
もちろん真犯人が分かってるであろうミニスは、何も言わずに冷め切った目で僕をじっと見つめてたよ。そのゴミを見るような目、本当に好き……。