新しい扉
※変態注意
『フハハハハハハ~! 私の邪魔をするからこうなるのだ~!』
そんな高笑いに椅子から腰を上げてもう一度窓の外を見てみれば、広がってたのは地獄絵図。気が付けば十人以上に増えてた冒険者たちは皆返り討ちにされて、そこかしこにゴミみたいに転がってた。
そしてその中心で高笑いする変態クソ犬ことギルドマスター。戦場とかならともかく、これ早朝の宿の前の光景なんだよなぁ……。
「あーあ。善意で止めようとしてた冒険者の皆さんが死屍累々でいらっしゃる」
「えぇ……どうすんのよ、この状況……」
これにはさすがのミニスも開いた口が塞がらないみたいで、窓の外の光景にただただ困惑してた。
仮に衛兵とかが来るにしても、もう少し後になりそうだしなぁ。少なくともトルトゥーラが僕の所に来るまでにはやってこないだろうし。やっぱり僕がぶちのめさないと駄目かぁ。
『これでもう私の邪魔をする者はいな~い! いざ、行か~ん!』
「ちょっと! もうすぐにでもこっち来るわよ!? 本当にどうすんの!?」
障害を排除したトルトゥーラは満を持して走り出し、窓から姿が見えなくなる。どうにも匂いで僕の泊まってる宿を突き止めたみたいだし、部屋の場所を突き止めるくらいは余裕だろうね。ミニスの言う通り、すぐにでもこっちに来るかな。
「どうすんのって、そりゃ先に一発殴らせて正当防衛を成立させてから、返り討ちにしてぶっ殺すに決まってんじゃん? 半殺しにしたって諦めないのはもう分かってるしね。面倒はさっさと片付けようよ」
「あぁ……もう無理ね、これ。死んだわ、あのギルマス……」
何かがっくり肩を落とすミニスを尻目に、僕は再び椅子に座り直した。そしていつ仕掛けられても問題ないように長剣を取り出して、切っ先を床に立てて柄頭に両手を重ねた状態で待機する。見当違いな復讐とはいえ、挑まれる側としては余裕も無いといけないしね。カッコよく待機してるよ。
『ここか~!? とりゃ~っ!!』
「うひぃっ!?」
そして十秒も経たずに、扉が荒っぽく破られた。というか枠から外れて吹っ飛んできた。真っすぐぶっ飛んできた歪んだ扉に、ミニスは変な声を上げて椅子の後ろに隠れたよ。お前、仮にも主人を盾にするとかさぁ……。
あ、扉は魔法で横方向に吹っ飛ばして対処しました。せっかくカッコいいポーズ取ってるんだから崩したくないし。
もちろん扉が無くなった部屋の入口に立ってたのは、さっきまで外で大立ち回りを演じてたトルトゥーラ。その両手は赤い手甲で武装されてるし、良い感じに身体も暖まったみたいだし、準備はバッチリって感じだね。憎き怨敵であるこの僕を視界に収めたことで、ニヤリと嬉しそうに笑ってるよ。何はともあれ、余裕を示すためにもまずは歓迎の意を示さないとね。
「ようこそ、ギルマ――」
「――ああっ! やっと見つけたぞ、我が主よ~!」
「……は?」
そうして荒っぽい来客をもてなそうとしたら、何故かトルトゥーラはその場に跪いた。おまけに僕をやたらキラキラした目で真っすぐ見つめながら、『我が主』とか口走ってる。
うん? これは一体どういう展開? しかも何か四つん這いになって僕の足元まで這い寄ってきたし。油断させて近付く作戦、とか……?
「私が君に働いた不敬の全てを謝罪しよう! 頭を下げろと言うなら、地にめり込むほど深く下げよう! 誠意を示せというのなら、私の持てる全てを使って君に奉仕しよう! だから――私の、主となってくれ~! 君こそ、私の生涯の伴侶なのだ~!!」
困惑する僕の足元でそんな風に叫びながら、脚に抱き着いてくるトルトゥーラ。尻尾は千切れんばかりにブンブン振られてて、どこからどう見ても主人に甘える飼い犬にしか見えない。鎧の上から直接人体にダメージを与えられる技術を持ってる癖に、僕の脚に嬉しそうに頬ずりするだけで、攻撃する気配が全くない。
どうにも信じたくないけど、これは本心からの言動と行動なのでは……?
「やっべぇ。ボコボコにしすぎた後遺症なのか、頭がおかしくなってるぞ……」
「打ち所が悪かったのね、きっと……」
こんな異常事態を引き起こした原因として考えられるのは、僕が冒険者ギルドでトルトゥーラを半死半生までボコったこと。頭部は打ち所悪いと死ぬからそこまでボコった記憶は無いけど、どう考えてもこれが原因だよね。椅子の後ろから顔を出したミニスも同意してるし。
「さあ、主よ! 私と永遠の愛を誓う口付けを交わそうではないか~っ!」
そして突然ガバっと立ち上がったトルトゥーラは、両腕を広げて僕に向かって飛び掛かってきた。
油断させてからの不意打ち――と一瞬思ったけど、これも違うわ。本当に不意打ち狙いならわざわざ目を閉じて唇を突き出した状態で飛び掛かってこないでしょ。とりあえずささっと椅子から立って、横にずれることで飛びつきを躱したよ。トルトゥーラが椅子に衝突して、壁と椅子に挟まれたミニスが『うきゅっ!?』とか言ってたけど、僕を盾にしたんだから自業自得だね。
「はい、一旦落ち着こうね。君はちょっと脳に重篤な障害を負ってるみたいだ。僕に対して恨みつらみを覚えてるなら完全に逆恨みとはいえ理解できなくもないけど、愛に目覚めるのはどう考えても違うと思うんだ」
「何を言う! 私は至って健康で、極めて冷静だ~! そう、私は主にしばかれることで、真実の愛に目覚めたのだ~! 組み敷かれ、抵抗もできずに暴力の限りを尽くされる屈辱と恥辱! 雷に打たれたかの如く全身に広がる衝撃! 燃え上がるような身体の熱さ! 初めて痛めつけられる側になって、私はついに目覚めたのだ~! 蕩けるような甘く激しい痛みの中で、一体何度絶頂したことか~!」
「うっわ、キッツ……」
頬をバラ色に染めて自分の身体を抱きしめながら、トルトゥーラは力強く自らの性癖を垂れ流す。
どうも元々は生粋のドSだったのに、僕が度を越した仕返しをしたせいで反対方面にも目覚めちゃったみたいだ。あるいはMの性癖に目覚めないと僕の仕打ちに耐えられなかったか……いずれにせよドSでドMとか救いようないな、コイツ……ひくわー。
「返り討ちに合い完膚なきまでに敗北し、尊厳を徹底的に踏みにじられた私は、今や主の忠実なる下僕! さあ主よ、この卑しい犬畜生と子作りに励もうではないか~! ウヘヘヘ~!」
明らかに呼吸を荒げて何かに興奮した様子のトルトゥーラが、再度僕に飛び掛かってくる。今までのが全部僕を油断させるための茶番で、本当は――何て期待した僕が馬鹿だったよ。仮にも女の子がしちゃいけないヤベー表情してるし。何だよ、そのスケベな野盗がヒロインを今正に犯そうとしてる感じの顔……。
さすがにこれは正当防衛も成立しないだろうし、とりあえずサッと避けるしかない。でもめげずに何度も飛び掛かって来るぞ、コイツ……。
「いたた……もうやだ、何なのコイツ――って、オイ! ふざけんな!」
丁度いいタイミングで椅子の裏からミニスが這い出てきたから、首根っこ引っ掴んで盾代わりに構える。久しぶりの兎肉の盾だね。何か罵倒されたけど気にしない。
幸いと言って良いのか、間に割り込む形になったミニスを疑問に思ったみたいで、トルトゥーラの足は止まった。
「んん~? そういえば、主の周りには少女が何人かいたね~? もしや君たちは主の情婦なのかな~? 妬ましいね~」
「じょ、情婦って……」
何やらウサミミを丸める兎肉の盾。首根っこ掴んで盾にしてるから表情が分からないのが問題だね。
しかし全くとんだ茶番だなぁ。トルトゥーラはさもMに目覚めて僕に惚れたみたいなこと言ってるけど、そんな馬鹿みたいな展開あり得る? 調子の良い事言いつつ、隙を見て寝首を掻こうとしてるのは明らかだよね? ほーら、その証拠にこうやって解析で調べてみれば――
クルスへの敵意:無し
おい、ふざけんな。てことはアレが全部本心ってか。マジか。本当に正真正銘ボコボコにされて僕に惚れてんの? 本当にドSでありながらドMでもあるとかいう、罪深い存在に成り果てたの? うっそだろ、お前。
「英雄色を好むと言うからね~。世間的にはあまり感心できないことだが、私は女が何人いようが文句は言わないよ~? そういうわけで、私とも冒険者ギルドが運営できるくらいの子供たちを作ろうじゃないか~?」
世の男たちにとって非常に寛大な事を言いながら、じりじりと距離を詰めてくるトルトゥーラ。浮気許容っていうのは僕としても好感触だよ。ただそのヤベー表情と、後半の台詞がどうしてもね……ぶっちゃけコイツと子作りとか、キラと同等かそれ以上に怖いんですが――
「あっ」
なんて考えてたら二人目のヤベー奴当人、しかも何故か武装してるキラが音もなく部屋の入口に現れた。そうして何の躊躇もなく、トルトゥーラの首を刈り取らんと無音で背後から襲い掛かって――ガキィン!
「――おいおい、邪魔をしないでくれたまえよ~? 私は今、主と契りを交わそうとしているんだよ~?」
背後からの完璧な不意打ちだったにも拘わらず、手甲で弾かれてあっさりとトルトゥーラに防がれた。状況確認もせずに不意打ちで首を落とそうとする方もおかしいけど、何の気配も音も無かった不意打ちに対応できるコイツも大概だね。何だコイツら。
「邪魔なのはテメェだ。ソイツの童貞はあたしのもんだ。部外者は引っ込んでな」
「は?」
そしてトルトゥーラと対峙するキラが口に出したのは……ちょっと何言ってるのか分かりませんね。何故そこで童貞? お前昨日の事まだ根に持ってるっていうか、狙ってるの?
「ほぅ!? 主は童貞なのか~い!? それは良い事を聞いた~! ではお互いに初めてを捧げられるではないか~!」
「えぇ……」
キラの宣言はむしろ火に油を注ぐものだったみたいで、逆にトルトゥーラのテンションが上がる。
というか人の事を童貞童貞言うの止めてくれませんかね? 確かにそれは事実なんだけど、仮にも女の子たちに言われるのは辛いものがあるんだよ?
「誰がテメェに渡すかよ。そこらの野良犬とでもヤってろ、クソ犬が」
「ハハハ。君には慎みが足らないようだね~、子猫ちゃ~ん?」
そして何故か二人は戦意と殺意をバシバシ漲らせて、部屋の空気が徐々に張り詰めていく。
ねぇ、これどう思う? 二人の女の子が僕の童貞を狙って争おうとしてる、男なら誰でも羨ましがる光景だよ? でもね、何か毛ほども嬉しくないの。何でだろ? 片や目玉を抉り出すのが大好きな猟奇殺人猫で、片やドSでドMな罪深変態クソ犬だからかな? そうなんだろうなぁ……誰か僕と代わってくれない?
「……とりあえずやりあうなら外でやって? 転移」
もう段々と面倒になってきたし、何だか悲しくなってきたから、二人を纏めて宿の外に飛ばした。一瞬後に外から金属同士が激しく打ち合う音が聞こえてきたから、やっぱ殺し合ってるんだろうなぁ。何故か勝手に僕の童貞を賭けて。
おっと、不審に思われたりしないよう、キラにかけてた防御魔法を解除しておくか。さすがに相手が相手だから、キラも一切傷を負わないってわけにはいかないだろうしね。
「――ご主人様、大丈夫!? 何かあの酷い人が来たから、外で寝てたキラちゃんを連れて来たんだけど……色んな意味で大丈夫!?」
ちょっとため息をついたところで、部屋の入り口に慌てた顔のリアが現れ駆け寄ってきた。
なるほど。どうしてあんなタイミングで現れたのか不思議だったけど、また外で寝てたわけか。で、リアは宿の外でトルトゥーラが暴れてるのを見て、キラを呼びに行ったと……まあ、その結果がさっきのアレなんですがね?
「うーん。僕を心配しての行動だったみたいだけど、完全に裏目に出たね。でも心配してくれてありがとう」
「えへへー」
少なくとも外でやり合ってる異常者共に比べれば、リアは普通に良い子で健気だ。だからとりあえず頭を撫でてやったよ。嬉しそうに頬を緩ませちゃってぇ?
「……で? どうすんのよ、あのイカれた犬猫コンビは?」
ミニスの言葉に、三人で窓の外を見る。そこにはようやく現れた衛兵たちが怯えて遠巻きにしてる中、どう見ても殺しあいレベルの戦いを繰り広げるキラとトルトゥーラの姿が!
これは衛兵からの事情聴取とか、二人の戦いの後始末とか、色々クソ面倒なことがありそう。うん、朝っぱらからそんなことやってられんわ。
「知らね。もう寝る。二度寝する。ていうかもう三人で一緒に寝よ?」
「ぶん投げやがったわね、コイツ……でも、正直私も考えるのが面倒だわ……」
「わーい! リア、川の字で寝るの初めて!」
もう何もかも面倒になったから、部屋の扉を魔法で直した後、三人でベッドインしたよ。全く、頭のおかしい奴らには付き合ってられんわ……。
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