心がスッキリ
⋇残酷描写あり
⋇拷問描写あり
「ギルマスから離れやがれ! このクソ野郎がっ!」
一番最初に動いたのは剣を構えた獣人。獣人らしい素早さで一気に僕に向かって駆けてきた。模擬戦の最中に邪魔をするなんて、これって冒険者の規約的にどうなのかな? 他の冒険者への妨害行為にならない?
なんて首を傾げながら、僕が剣の柄を叩きつけてトルトゥーラの指を先端から一本一本バキバキに砕いてると、ついにその獣人の一撃が振り下ろされて――
「――そいつはこっちの台詞だ。せっかくうちの大将が楽しんでるってのに、水を差すんじゃねぇよ」
「ぐっ……!?」
間に割って入ったキラの鉤爪が、甲高い音を立てて剣を弾いた。衝撃で呻きながらよろめく獣人は、剣を後方に弾かれて隙だらけの状態。いつものキラなら遠慮なく心臓を突くなり喉を掻っ捌くなり、致命傷を与える一撃を繰り出すところだ。
でも今回は半殺しにしろって予め言ってあるから、キラが取ったのはもっと別の行動。顔面に膝蹴りでもかますように飛び上がったかと思えば、その太ももで獣人の頭部を挟んでガッチリと固定して――
「なっ!? や、やめ――ごぼぁっ!!」
「うわ、えげつないなぁ……」
そのまま自分の身体を支点にバク転するようにして、獣人の身体を持ち上げて頭部を床に叩きつけた。板張りの床が砕けて、獣人は首の辺りまでめり込んで動かなくなる。
確かフランケンシュタイナーだったかな? 随分とまあ惨い技をするもんだ。でも殺人猫とはいえ女の子の太ももで挟んで貰えたんだから、この獣人も本望でしょ。僕だって挟んでもらったことないのに。
おっと、もうトルトゥーラの右手は砕ける骨が無いな。じゃあ次は左手にしようっと。この指先から骨を一本一本砕いていく感覚が、プチプチを潰すみたいで楽しいんだ。ハハッ。
「クソッ! おいガキども! そこを退きやがれ! 退かねえってんならガキでも容赦はしねぇぞ!」
キラがサクサクと冒険者を無力化していく傍ら、臆病者は幼女二人の方を狙ってる。でも臆病者らしく幼女を痛めつけるのは抵抗があるみたいで、必死に威圧して退かせようとしてた。
でも残念。うちの幼女コンビはそれぞれ違う方向にメンタルが突き抜けてるから、そんな貧弱な威圧と脅しが効くわけもない。
「本当は退いてあげたいし、むしろ私の手でアイツをボコボコにしてやりたいけど……その気持ちを堪えてでも、守りたいものがあるのよ。だから私の息がある限り、絶対ここを退かないわ」
「最初に酷いことをしてきたのはあのギルマスって人なんだよ? おにーちゃんはやり返してるだけだよ? それの何がいけないの? 大人しく痛めつけられてれば良いって、そんなリアを苛めてきた奴らみたいなこと言うの? ねぇ?」
「ひっ……!」
不退転の意志を見せるミニスと、深淵よりも深い闇を垂れ流すリアに、逆に怯えて後退る冒険者たち。臆病者らしく精神がクソザコ過ぎる。まあ怯えてんのは間違いなくリアのせいだろうけどね。見た目愛くるしい幼女サキュバスが突然ヤンデレ化したら誰だってビビる。
「みんな僕のために誠心誠意働いてくれる素敵な仲間たちだなぁ。ねぇ、ギルマスもそう思わない?」
「………………」
左手の骨も砕き終わったから、髪の毛引っ掴んで無理やりに顔を上げさせながらそんな問いを投げかける。
もう完全に死んだ目をしてるし、表情もピクリとも動かないみたい。面白く無いなぁ。もっと全力で嫌がって泣き叫んで欲しいのに。
「あれ? 聞こえてないのかな? もしもーし? その耳は飾りですかぁ?」
「………………」
フサフサの犬耳を力の限り引っ張ってみるけど、やっぱり反応は無いね。ちょっとボコりすぎたかなぁ? 触って見ると全体的に身体が腫れ上がってるのか所々熱を帯びてるし、骨を全部砕いたお手々はボクシングのグローブでも嵌めてるんじゃないかってくらい、パンパンに腫れ上がって紫色になってるし。
まあだからって止める気はないけどね? 真の仲間候補とはいえ、僕にやった事がやった事だし、最悪死んでも別に良いかなって。
「うん、飾りみたいだね。じゃあいらない耳は削ぎ落しちゃおう」
「や、やめろっ!!」
僕が長剣で犬耳を削ぎ落そうとした瞬間、今まで遠くで機会を伺ってたっぽい冒険者が動いた。何人かがすでに引き絞ってた弓を射って、僕に向けて高速で矢を三本ほど飛ばしてくる。まあ今の僕には欠伸が出るくらいの速度なんですがね?
「水の刃よ、我が敵を切り裂け! アクア・エッジ!」
「燃え上がれ! ファイア・ボール!」
それに続いて、魔法も幾つか飛んでくる。床に散乱してた酒のボトルの中から弾けるようにして、液体の丸ノコが三個ほど。人の頭くらいの大きさのある火の玉が五個ほど。そしてその内の二つが組み合わさって、燃え上がる液体ノコギリとかいう謎の合わせ技になって飛んできた。意図してやったんなら素直に賞賛したいところなんだけど、どんだけ度数の高い酒なんですかね?
「スプリント・クロウ――っと。わりぃ、ちょっと抜けた」
何故かやたらに仕事熱心なキラはそれに対処してくれた。でも襲ってくる冒険者たちに対処しながらなせいか、幾つかはこっちに抜けてきた。さすがにそれを怒る気にはなれないね。そもそも三本の矢の内二本を手で掴み止めて、噛みついて止めて、燃え上がる液体ノコギリ二つは鉤爪の斬撃を飛ばして相殺して、他は倒れてる冒険者の身体を盾にしてできる限り対処してたんだからさ。むしろ矢が一本と普通の液体丸ノコ一つだけが通るなんて、滅茶苦茶頑張ってる方だし。
それにこれくらいなら僕も動かず対処できるし、キラの頑張りには満足しかないよ。
「大丈夫大丈夫。これくらいなら僕も何とかできるから」
だから僕は飛んできた矢の軌道にトルトゥーラの頭を滑り込ませて、更に位置を調整した結果――その右の目玉にグサリと矢が突き刺さった。ナイスショット!
「なっ……!?」
図らずも自分の一撃がトルトゥーラに突き刺さったことに対して、弓を射った冒険者は顔を青くして驚愕に目を見開く。
でもこれで終わりじゃないぞ。だってまだ液体の丸ノコが飛んできてるんだからね。こっちにも軌道に頭を滑り込ませて、微調整して――トルトゥーラの左の犬耳が、ギロチンで首を刎ねたみたいに切り裂かれてポーンと飛んでった。アッハッハ、ウケる。
「きゃああぁぁぁぁぁぁっ!?」
そして自分の一撃を利用された魔術師の女が、耳に響く悲鳴を上げる。
うるさいなぁ。そんなに心配しなくても酒を使った一撃なんだから、消毒はちゃんとされてると思うよ? めっちゃドバドバ血が出てるけどね。
「……そうだ。こっちの耳もあるんだった。じゃあこれは僕が削ぎ落しておくね? 目玉も片方残ってるし、こっちは僕が抉ってあげる」
「ヒイッ……!」
片方だけ無いのはバランス悪いし、僕は親切にも整えてあげたよ。右の犬耳を長剣で削ぎ落して、左目に指を突っ込んで目玉をグチャリと抉り出してね。冒険者たちは何かドン引きしてたけど。
しかしここまでやってんのにもうピクリとも反応してくれないなぁ。もしかして痛みに慣れてきた? じゃあもっと激しく痛めつけないとな! よーし、今度は脚の骨を砕いていくぞ!
「こ、これは一体……!?」
「さ、サブマスうぅぅぅぅ……!」
拷問――じゃなくて模擬戦を続けてると、唐突に冒険者とはまた違う雰囲気の男が入り口から現れた。受付にずっと隠れてたサキュバス受付嬢が涙目で迎えてる辺り、たぶんコイツがこのギルドのサブギルドマスターなんだろうね。ギルマスがコレだし、サブマスくらいはまともだと嬉しいんだけどなぁ。
でも見た感じは普通っぽいんだよ。だって今の死屍累々の光景が広がる冒険者ギルドの中の様子を目にして、冷や汗掻きながら顔を青くしてるもん。まあその中心で僕がギルマスを拷問――もとい模擬戦してるんだから無理もないか。もう僕の邪魔をする冒険者はみんなぶっ倒れてるし、邪魔をしない奴らは逃げるように外へ出て行ったし。まだ遠巻きに見てる奴らもいるにはいるけど、キラに牽制されてて身動き取れてないしね。
「あ、どうも。サブギルドマスターさんですか? 僕はクルスと言います。以後お見知りおきを」
「あ、は、はい……クルス、さん? これは一体、どういう状況なのでしょうか……?」
「どう、と言われましても……僕は今ギルマスとの模擬戦の真っ最中なんですよ。なので何もおかしなことはしていませんよ?」
そう答えつつ、トルトゥーラのフサフサの尻尾をなます斬りにしていく。別に引っこ抜いても良かったけど、それだと脊髄ごと引っこ抜いて殺しそうだからね。やむなく先っぽから切り落としていってるわけ。
「あ、ああ、そういうことですか……いつかしっぺ返しを食らうから、やめておいた方が良いと何度も言ったのですが……さすがに、これは……」
「何です? これは正当な模擬戦ですし、止める権利はありませんよね?」
「はい……ですが、それ以上はさすがにギルマスが死んでしまいます。どうか、お怒りを収めては頂けないでしょうか……? この通りです……」
サブマスはその場に跪いて、誠心誠意の土下座をして僕にお願いしてくる。別にサブマスは何一つ悪くないんだけどなぁ……さすがの僕も全く非の無い中間管理職に八つ当たりするほど外道じゃないし。発言から察するに、コイツの悪癖にほとほと悩まされてた感じもするしね。
それにサブマスの言う通り、これ以上やったらさすがにそろそろ死にそう。丈夫な獣人だからこそまだ息があるのであって、普通の人間ならまず間違いなくもう死んでるからね。あと何の反応も無いから僕もいい加減飽きてきたし、怒りももう発散できたから別に良いかな?
「分かりました。さすがにもう反応が無くて飽きてきたので。僕は降参しまーす」
そう宣言して、踏みにじってたトルトゥーラの身体からも降りる。
いやぁ、我ながら随分痛めつけたもんだ。両手両足は肩も含めて完全に腫れ上がってるし、顔は原形無いくらいへこんでるし目玉も犬耳も両方無いし。服の上からは見えないけど散々蹴ったり殴ったりしたし、たぶん胴体の方も似たようなもんだろうなぁ。それでも生きてるとか丈夫過ぎん?
「いやー、それにしてもお前らも随分暴れたねぇ?」
「合法的に暴れられる機会なんてそうそうねぇからな。殺しちゃいねぇが後遺症とかそういうのは一切考慮してないぜ」
「リアも頑張ったよ! おにーちゃん、褒めて!」
「……本当にごめん。こんな酷い真似して、ごめんなさい……」
僕がお楽しみになってる最中、しっかり僕を守ってくれた真の仲間たちにねぎらいの言葉をかける。何か若干一名罪悪感に苛まれてる感じだね。とりあえず子犬のように纏わりついてくるリアの頭を撫でてあげよう。よしよし。
ちなみに邪魔をしようとした冒険者の九割くらいはキラが一人で処理してくれた。床に突き刺さってたり天井に突き刺さったりしてる冒険者は間違いなくキラの仕業だね。幼女コンビもそこそこ頑張ってたみたいだけど、地力が違いすぎてね……。
「……さて、それで僕の冒険者ランクとかはどうなるんですかね? 降参したので僕の負けになってしまったのは事実なんですが」
「あ……そ、そう、ですね。もちろんCランクですよ。お仲間の方々も含めて、すぐにギルドプレートをお作りしますね」
何かやたらビクビクしながら、サブマスが頷く。まるで目の前にイカれた連続殺人鬼がいるみたいな反応してるなぁ。別に僕は殺してないし、本当の連続殺人鬼はキラの方なのに。まあこんな地獄絵図の中心で見た目はあどけない少女をボコボコのボコにしてたんだし、無理もないか。
「ありがとうございます。作成にはどれくらいの時間がかかるんでしょうか?」
「そう、ですね……明日の昼以降なら、お渡しできると思います……」
僕の問いに対して、ギルド内の惨状に一瞬目を向けてから答えるサブマス。
これ本当はすぐに出来るけど、今は後片付けとかを優先するから明日に回されてんだろうなぁ。まあ重傷者がそこかしこに倒れてたり突き刺さってたりしてるし、壁はぶち抜かれて床も天井も荒れ放題だし、この惨状を前にして僕を優先しろと言うほど外道極まってはいないよ。暴れてだいぶスッキリしたから心も広く持てるしね。
「分かりました。それじゃあ明日の昼過ぎにもう一度来ますね。じゃあ行こうか、みんな」
「はーい!」
「久しぶりに暴れられて満足だぜ」
「本当に、ごめんなさい……」
満足気な二人と罪悪感マシマシな一人を引き連れて、死屍累々な光景が広がるギルドを後にしようとする。
おっと、いけない。割れた酒瓶だの壊れた椅子やテーブルだのを避けて歩いてたら、倒れてた冒険者を踏んじゃった。まあ模擬戦邪魔してきたんだから自業自得か。気にせず踏んで行こうっと。
「ああ、そうだ。そこの受付に隠れてる人」
「は、はいっ!? な、なんでしょうか!?」
去り際にそう声をかけると、カウンターから勢いよく受付嬢が姿を現した。必死に笑顔を作ってるけどかなり怯えてるみたいで、どこかプルプルしてるよ。
「今夜は何時上がりですか?」
「え、あ、その、十七時上がりです。はい……」
「そうですか。ありがとうございます」
どうしてそんなことを聞くのか分からないみたいで、怪訝な顔をする受付嬢。
もちろんこれはデートに誘うため――なわけはない。明日のためにリアに発散をさせないといけないから、そのためには活きのいいサキュバスが必要なんだよね。他に見つからなかったら後でコイツを拉致監禁して拷問させる予定だから、上がりの時間を聞いておいたってわけ。別に僕自身はコイツに恨みは無いけど、かといって愛着や好意も無いしね。
「あっ、模擬戦とはいえこの壁壊したの僕なんですけど、修理代払った方が良いですかね?」
あと最後に思い出したのは、トルトゥーラをハンマーにしてぶち抜いた壁の修理代。床とか天井とかは邪魔してきた冒険者たちの自業自得だし、そっちは払うつもりは無いけど、壁に関しては僕が自分の意志でやったからね。必要とあらば修理代を出すよ? 偽造通貨で。
「い、いえ、大丈夫です。お気になさらず……」
「そうですか。じゃあ失礼しました」
幸い模擬戦の最中の破損は向こうが負担してくれるみたいで、特に修理代は求められなかった。
ただ『頼むから早く出て行ってくれ』っていう空気がギルド全体から感じられたね。僕がいるせいか負傷者に駆け寄ることもできないみたいだし。別に模擬戦終わったからもう負傷者の治療始めても怒らないよ? トルトゥーラに関しては早く治療しないとマジで死にそうだし。
何にせよ僕がいたらできないみたいだし、早々に立ち去ってあげよう。もういる意味も無いしね。
「本当にすいませんでした。お騒がせした上、迷惑までかけて本当にごめんなさい……」
僕たちがギルドを出ると、最後にミニスがギルドの人たちに深く頭を下げて謝罪してた。謝罪してる癖に僕の命令は忠実に実行してくれたし、本当に変な所で真面目な奴だなぁ。でも職務に忠実な所は好感触だぞ。
『――治癒魔法に自信がある方は今すぐこちらへ! ギルマスの治療が最優先です! 手の空いている方は怪我人を救護室へ!』
『これは……なんて酷い……! ほとんど全身の骨が砕かれて、顔も、こんな……!』
『ギルマス! しっかりしてください! ギルマス!?』
そしてミニスが扉をパタンと閉めると、途端に扉一枚を隔てて慌ただしい声や足音が聞こえてくる。
うーん、まるでだるまさんが転んだのような反応の速さ。ここで僕がもう一度ギルド内に顔を出したら、みんなピタリと動きを止めるんだろうか? ちょっと面白そう。
でもさすがにそれは外道過ぎるからやめてあげたよ。というか戻ろうとする僕をミニスが全力でブロックしてたからね。忠実なのか反抗的なのか分からんね、君……。