ブチ切れた
⋇残酷描写あり
⋇拷問描写あり
「ぁ……かっ……!?」
「へぇ、丈夫だねぇ。頸椎を砕く勢いでやったんだけどなぁ?」
僕の一撃を受けて、血を吐きながらも素早く距離を取るトルトゥーラ。
さすがに喉だけを潰すなんて器用なことはできないから、首の骨ごと壊す勢いでやったんだけど、どうにもダメージが薄めだ。たぶん拳を叩き込まれた瞬間、自分で後ろに飛んで衝撃を和らげたんじゃない? 咄嗟にそんな反応ができる辺り、やっぱりリアたちを相手にしてた時はだいぶ手を抜いてたんだと思う。
「お、おにーちゃん? 喉の怪我は、どうしたの……?」
「魔法……使えない、はずよね……?」
「それについては秘密。まあ隠し技があるとだけ言っておこうか」
目を丸くしてる幼女コンビに、それだけ言って真実は教えない。
実際の所、今の僕は確かに魔法が一切使えない。でも使えないのは魔法だけで、異能に関してはその限りじゃない。だから女神様から授かった自分の時間を操る力は問題なく使用できる。
今までは加速にしか使わなかったけど、あくまでも時間を操る力だから加速も減速も自由自在。ついでに言えば巻き戻すことだってできる。今回はそれを利用して喉の負傷を無かったことにしたってわけ。ある意味切り札を切らされたようなもんだからかなり屈辱だったけどね。
「……ねぇ、キラ。もしかしてお前、コイツがそういう奴だってこと気付いてた?」
「まあな。何かあたしと同じような匂いもしたしよ」
「気付いたなら言えよ。まったく……」
たぶん模擬戦前に何か言いかけたのがそれなんだろうね。確証が無かったのか、それとも意図的に隠したのか……何にせよ気付かなかった上に油断してた僕も悪いから、特にお仕置きはしないことにしよう。今大事なのはもっと別の事だからね。
「まあいっか。今大事なのはこのクソ犬にお灸を据えることだからね。腸が煮えくり返りそうなこの怒り、余すところなくぶつけてやらないと気が済まないよ」
「お前が本気でキレてるとこ初めて見たぜ。今のお前、何か無性にそそるぜ?」
「はいはい。僕今忙しいから後でね」
何か微妙に息を荒くしてるキラから視線を外して、正面の敵を見据える。あえてキラ達の方に視線を向けて隙を作ってたのに、警戒してたのか襲いかかってこなかったね。まあ自分がやったのと同じことをいきなり返して来たら無理もないか。
「っ……ぅ……!」
「やあやあ、ギルマス。喉を押さえて随分苦しそうだね~? 立場が逆転した気持ちはどうかな~?」
苦悶の表情を浮かべてるトルトゥーラに、僕は当人と同じような口調で喋りかけながら歩み寄った。そしてあと少しで長剣の間合いに入るってところで――
「っ……!」
トルトゥーラの姿が一瞬で掻き消えた。
動体視力を始めとして加速できる類のものは全部数倍にしてたけど、さっきはそれでも何が起きたのか分からなかった。ただ向こうも間違いなく魔法が使えない以上、これは純粋な速さか技術によるもの。だから今回は一気に数十倍に引き上げて、警戒は一切怠ってない。
その証拠に僕の視界の隅に、回りこむようにしてこちらへ駆けてくるトルトゥーラの姿があった。今気づいだけどこれはたぶん、僕のまばたきに合わせて動いたんじゃないかな? 他にも何か色々小細工を弄してそうだけど、もう僕には通じない。
「速いねぇ。だけど――もう食らうわけないだろ」
「がっ……!?」
横合いから飛び掛かってきたところを、加速した回し蹴りで迎撃する。トルトゥーラは血を吐きながらぶっ飛んで、一度も床につかないまま修練場の壁に激突した。
うーん。迎撃したはいいけど僕の身体の耐久力は据え置きだから、加速した蹴りに足の方が耐えられなかったみたいだ。すねの辺りがバッキリ折れて滅茶苦茶痛い。まあ負傷は直せるから別に良いか。今はあのクソ犬に制裁することの方が大事だ。
「やっと分かったよ。何でギルドにいた冒険者たちがあんなに品行方正だったのか」
時間を巻き戻すことで折れた足を治療。震えて吐血しながら立ち上がるトルトゥーラの下へ歩み寄って行く。
獣人だけあって身体は丈夫みたいで、こっちの足が折れたのに向こうはまだ動けるみたいだ。苦悶と敵意が入り混じった表情でこっちを睨んでくる。これはやりすぎなくらい痛めつけても大丈夫そうだね。
「っ……!」
そうしてだいぶよろめきながらも、素早く駆けて接近してくる。微妙に距離感を図りにくいのは、足さばきに変な緩急がつけられてるせいかな? 素のままの動体視力だったら絶対かく乱されてたと思う。
「ごぁ……!?」
でもそんな小細工は今の僕には通じない。騙されてる振りをして近づけさせて、渾身の前蹴りでトルトゥーラの顎を打ち抜く。骨が砕ける感触が伝わってくると共に、何本か歯が天井に向けてぶっ飛んでく。
頭がもげてもおかしくないくらいの速度を出したのに、ダメージは顎の骨を砕いて歯が抜ける程度になってた。やっぱりコイツが直前でインパクトを和らげてるんだろうな。まあ完全に対応はできなかったみたいで脳震盪を起こしたのか、酔っぱらいみたいにふらついてるけど。
「大方登録の時に僕にやったことと同じことをやったんだろ? そして冒険者が何か規則を破る度に、罰と称してまた痛めつける……そりゃあ荒くれ者も矯正されるってもんだ。教師の素質があるんじゃない?」
「っ……!」
こんな状態でもまだ戦意は消えてないみたいで、ふらつきながらも足払いをかけてくる。ただし今の僕からすれば遅すぎて欠伸が出る速度の足払いだ。こんなの食らってやる義理は無いね。
「――っ!!」
だから――グシャリ。迫ってきた足、その大腿骨を加速した踏みつけで粉砕した。喉が潰れたトルトゥーラは、声にならない声を上げて悶えてる。やっぱりこっちの足もイカれたけど、それは即座に巻き戻して治療した。
「もちろんお前のやってることを責めたりはしないし、止める気も無いよ。薄暗い欲求を抑えられない気持ちは十分に理解できるからね」
「~~っ!!」
そしてもう片方の大腿骨も踏みつけて砕く。太い骨が壊れる痛みは相当な物だろうねぇ? 悲鳴が聞けないのが残念だなぁ。でも声が出るならすぐに降参されるだろうし仕方ないか。
「でもそれはそれとして、僕にこんな真似をしたことは許せないんだ。だから存分にやり返させてもらうね? 元々はそっちが始めた事なんだし、構わないでしょ?」
「ぁ……が……!!」
大腿骨が砕けてもう立ち上がれないトルトゥーラの両肩に、ダメ押しの踵落としを叩き込んで粉砕する。これで両手両足はほぼ無力化された。もう心配はいらないだろうけど、さっきは油断してたせいで酷い目にあったからね。一瞬たりとも気は抜かないよ。
「アハハ。ねぇ、どんな気持ち? 今までやってきたことが自分に返ってくるって。楽しい? 嬉しい? 喜ばしい? ねぇ、返事くらいしなよ。クソ犬は人の言葉も喋れないの? じゃあ犬語でも良いからさ。ほら、ワンワン言ってみなよ?」
「っ……!」
そんな風に促しながら、僕はトルトゥーラの後頭部を鷲掴みにしてその顔面を何度も壁に叩きつける。ハンマーで壁をぶっ叩いてるみたいな凄い音がする速度でね。
というかこれは良いな。これなら僕の腕を壊さず速度を速められるし、素手で殴ったり蹴ったりはこっちのダメージが大きいからなぁ。
「き、キラちゃん……おにーちゃん、怖いよぉ……」
「そうか? ていうかお前もあんな感じじゃね?」
「もしかして私、だいぶ優しく接してもらってた……?」
僕がトルトゥーラの顔面を修練場の壁に激しく叩きつけてると、後ろで微妙に怯えた感じの話し声が聞こえてきた。キラだけは平常って言うか、むしろ昂ってる感じだったけど。
まあ幼女コンビがあんな反応してるのも分かる気はする。僕はいつもは張り付いて滅多に取れない仮面を被ってるからね。このクソ犬はそれを剥がしてくれちゃったから、今は僕の素が出ちゃってるんだよ。だから仮面をもう一度被り直すためにも、こうして痛めつけてるってわけ。
「ぁ……ぅ……」
何十回か壁に叩きつけてやった顔面を覗き込むと、それはもう酷い有様になってた。目は死んでるし、前歯は無くなったり砕けたりしてるし、鼻は折れてるし。そして擦り傷切り傷だらけで、なかなか愛嬌のあった顔は見るも無残な状態だよ。その上鼻からも口からも血が大量に流れてて結構汚い。
見れば壁の方も血で汚れてるね。しかもかなりヒビ入ってて、そろそろ崩れそう。壁の向こう側がどこなのか知らないけど、今のギルマスのクッソ情けない姿を他の奴に見てもらうのも良いんじゃないかな。
「どうしたの? さっきまでみたいに楽しそうに笑いなよ。それともこの程度じゃまだ楽しくない? しょうがないなぁ、じゃあもっと痛めつけてあげるよ」
そう言って掴んでた頭を離すと、もう抵抗する気力も無いのかバタリとそのまま倒れる。まあ僕の怒りはまだ収まってないから、泣こうが喚こうがやめるつもりなんて当然ないけどね。
だから今度はトルトゥーラの両足首をぎゅっと掴んだ。気分はハンマー使い、あるいは斧使いってところかな。でもさすがに小柄とはいえ人一人を素の身体能力で、しかも足首を持って持ち上げるのは難しいね。だからこう、足首を掴んだ両腕を振り被って、加速して――
「そーれっ!」
「っ――!!」
速度で無理やり持ち上げて、ヒビの入った壁に背中を思いっきり叩きつけてやった。『ドゴッ!!』って感じの鈍い音が鳴って、苦悶に満ちた感じの表情をしてたトルトゥーラが目を見開いて声なき悲鳴を零す。
きっと衝撃が身体を突き抜けたせいで、息ができなくて苦しいんだろうねぇ? まあ僕としては苦しんでくれた方が有難いから、手加減はしないし躊躇もしない。
そんなわけで、僕は何度もトルトゥーラの身体を壁に叩きつけていった。内臓とか骨とかイカれてるかもだけど、知ったこっちゃないね。むしろ苦しみ抜いた末に死ねば良いんじゃない?
「――うおっ!? 誰かぶっ飛んできたぞ!?」
そして七回目くらいかな? ついに壁がドカーンとぶっ壊れて、向こう側に繋がった。勢い余ってトルトゥーラの足首が手からすっぽ抜けて身体ごと飛んでったよ。そのせいか向こう側にいたらしい人が心底ビビってるね。ちょっと壁が崩れて発生した土埃的なのが凄くて向こう見えないけど。
「うわっ!? ぎ、ギルマスじゃないですか!? 大丈夫ですか!? 酷い怪我ですよ!?」
「誰がこんなことを……とにかく治療してやらねぇと!」
おっと、これはいけない。僕らは今模擬戦の真っ最中なんだから、勝手に治療されたら困るよ。
というか壁が崩れてギルマスが瀕死でぶっ飛んできたってのに、結構冷静だな。まあ壁をドカドカ叩いてたし、その内崩れるっていうのは向こう側でも分かってたんだろうなぁ。
「――はい、ストップ。今僕とギルマスは大事な模擬戦の最中だから、邪魔しちゃ駄目だよ」
「うわっ!? 何だっ!?」
治癒魔法を使わせないために、土埃から抜け出て長剣をぶん投げて妨害しようとした。どうも隣はギルドの入り口だったみたいで、さっき見たばっかりの景色が広がってたよ。でも今は冒険者どころかバーのマスターすら驚愕に目を見開いてたね。受付嬢に至ってはカウンターに隠れてるし。
あ、ちなみに投擲した長剣はちょっと狙いが逸れてトルトゥーラの腰の辺りにぶっ刺さったよ。刀身の半ばくらいまで。まあ肺に刺さるよりはマシかな。出血もそこまでないみたいだし、群がってた冒険者たちもドン引きするように後ろに下がったし。
「模擬戦だと!? 何が模擬戦だ! ただ痛めつけてるだけじゃねぇか!」
「まあそうだね。でもこれは向こうが先にやってきたことだから、責められる謂れは無いよ。それに君らだってこのクソ犬に地獄を見せられたんじゃないの?」
「そりゃ……確かに、そうだが……!」
歩み寄りながら投げた僕の問いに、凄い苦い顔をして言葉に詰まる筋肉冒険者。
やっぱりこのクソ犬は他の冒険者にもやってたみたいだね。見れば他の奴らも似たような顔をしてる。でも何のことか分からないって顔をしてる奴らもいるみたいだ。もしかして相手はある程度選んでるのかな? まあいいや。それでも僕がやることは変わらないし。
「だったら君らも見学して楽しむと良いよ。ほら見て? 今まで自分を痛めつけてきた奴が、同じ目にあって悶えてるよ? 素晴らしい光景だと思わない?」
「っ……!」
そうしてトルトゥーラの下に辿り着いた僕は、その頭を踏みつけてゴリゴリと踏みにじりながら、刺さった剣を引き抜いた。やっぱりもう反撃する気力が無いのか、身体がビクビクと震えてるだけだ。でもまだ意識はあるから痛めつけられるね。魔法が使えないから気絶を封じることも、痛覚を強化することもできないのが難点か。
何にせよ自分たちを笑いながら痛めつけたギルマスが、こうして地に付してゴミのようになってるんだ。きっと被害にあった冒険者たちも喜んでくれるだろうね。
「……ふざけんな! 確かに俺は屑だが、女が苦しむ姿を見て楽しむほど良心捨てちゃいねぇんだよ!」
「どうしようもない悪ガキだった俺は、ギルマスのおかげで心を入れ替えることができたんだ。だからギルマスは俺の恩人なんだ……恩人がこんな目にあってるのを見過ごせるかよ!」
「ギルマスの趣味は噂には聞いていました。特に素行の悪い冒険者を罰則と称して痛めつけている、と……確かにそんなギルマスが同じ目に合うのは因果応報と言えるでしょう。でも……こんな酷い光景を見て見ぬ振りをすることなんてできません!」
「……何だ、マゾばっかりじゃないか。面白くない」
せっかく喜びを分かち合えると思ったのに、誰一人として『もっとやれ!』と叫んでこなかった。みんな明らかに僕に敵意を向けてきてるし、中には実際に武器を手に取ってる奴らもいる。まさか僕の邪魔をする気なのかな?
「キラ、リア、ミニス。僕の邪魔をしようとする奴らは半殺しにしろ。特に最後の頭が花畑の女は念入りに痛めつけろ」
「あいよ、任せときな」
「は、はーい……」
「……ごめん。やりたくないけど、やらないといけないから」
邪魔はされたくないから、仲間たちに排除を命令する。ノリノリなのはキラだけだったけど、やることをやってくれるなら特に問題は無いかな。
さ、マゾの相手はキラ達に任せて、僕らはじっくり楽しもうじゃないか。ギルマス?
※ちなみに時間を操作できる能力を持っていなかった場合、ボコボコにされていました。珍しく女神様のドジが役立った貴重な場面