お約束……?
⋇129話目にして初めての冒険者ギルド(2度目)
⋇呪詛BOT注意
「あっ、さっきの人……ようこそ、冒険者ギルド! ルスリア第二支部へ!」
リアに念を押してから再び冒険者ギルドに足を踏み入れると、サキュバス受付嬢がもう一度笑顔で声をかけてくれた。この様子だとさっきの一幕は良く分からなかったのかな? それともおかしいと分かっててもお仕事を全うしてるだけなのか……いずれにせよ怯えた様子は無いから、リアに殺意を向けられたことは気付いて無さそう。
「ううぅぅ……殺したい……」
「抑えろ抑えろ」
そして当のリアは僕の横から腰元をぎゅっと掴んで、溢れ出る殺意を必死に抑え込もうとしてた。傍目から見ると人見知りで怯えてるようにも見えるね。実際はそんな可愛いもんじゃないが。
ただその無垢な子供が怖がって縋ってるように見える光景のせいか、バーの方にいる冒険者たちが全然絡んで来ないな。明らかに視線はこっちに向けてるのに、席を立つ様子も見当たらない。ここはもう一押しするべきかな?
「わっ!? ちょっ、ちょっと……!?」
仕方ないからミニスの肩に腕を回して無理やり引き寄せて、両手に花の状態を演出する。ミニスはすっごい嫌そうな顔してるけどね。
あとキラは何も言わずとも僕の後ろから抱き着いてきた。コイツ人の後ろ取るの好きだね?
「さて……」
たっぷりと挑発をしてから、冒険者たちの方を見る。
さすがに見慣れない男がギルドに入ってきていきなりハーレムを見せつけてくれば、遠くから見守るだけじゃ我慢できなくなったみたい。二人くらいのムサイ筋肉の獣人が立ち上がって、僕の方へとやってきた。
「――よう、兄ちゃん。お前みてぇなシケたツラした奴がこんなとこに何の用だ?」
「しかも随分な別嬪を連れてやがるじゃねぇか。羨ましいぜぇ?」
「うわ、本当に来た……」
よっしゃ! コッテコテの三下の台詞! お約束の絡み方だ!
まさか本当に来るとは思わなかったのか、ミニスもびっくりしてるよ。この後は粋がってる優男に上下関係を教え込むために、暴力を振るってくるんでしょ? さあ来い! そのご自慢の筋肉が二倍に腫れ上がるくらいの手痛い反撃をしてやるぞ!
「何の用かは知らねぇが、まずはあの受付の美人さんのとこに行きな。基本はあそこで対応してもらえるぜ?」
「ああ、けど冒険者登録したいってんなら……悪いことは言わねぇ。この支部での登録だけはやめとけ。他の支部に行った方が良いぜ」
「……あれ? 何か思ったような絡み方と違う……」
「何か、普通に優しくない……?」
おかしいな? 顔は明らかに強面なのに、発言は明らかに親切な人のそれだったぞ? からかってんのかと思ったけど、別にそういうわけでもないっぽいし……ううん?
「あぁ? 何だお前。もしかして荒っぽい歓迎でも期待してたのか?」
「うん。そして絡んできたむさ苦しい筋肉を半殺しにするっていうお約束がしたかったんだ。登録前なら冒険者に絡まれる一般人っていう状況だし、正当防衛になるだろうから殺してもまあ許されるだろうし」
「何だコイツ、イカれてんのか……?」
思わず本音で答えちゃうと、何故かドン引きされちゃう謎。大丈夫、確かに僕はイカれてるけど、周りのコイツらも大概イカれてるよ。まともなのはミニスくらいだし。
「まあ、そりゃあ俺らだって新人いびりくらいはしてぇけどよ……ここじゃそれは自殺行為だからな……」
「えぇ? 何、もしかして規則が滅茶苦茶キツイの? それはちょっとやだなぁ……」
苦い顔をして答える筋肉に、僕は少し冒険者登録を躊躇いたくなってくる。
自由奔放を信条とする僕としては、規則でガチガチに縛られるのはごめんだからね。ましてやこんな巨漢たちが品行方正になってる辺り、罰則も相当キツイんじゃないだろうか。
「いや、そういうわけでもねぇよ。むしろ規則は他の支部と比べりゃ緩い方だ。ただ、ギルマスがちょっとな……」
「おい、やめろ! それ以上喋るな!」
「そ、そうだな……悪いが、これ以上は話せねぇ……」
「ふーん……」
何かを喋りかけた筋肉を、顔を青くした他の筋肉が必死に止める。止められた筋肉も自分が何を言おうとしてたのか気付いたみたいで、青を通り越して白い顔で口を噤んだ。
どうも規則じゃなくてギルマスがヤバいらしい。お上には逆らえないってやつかな? いや、でも荒くれ者の集まりのはずなのに、ここまで大人しくなることってある? 一体どんな恐ろしいギルマスなんだろうね? 逆に気になってきたよ。
「まあいいや。面白そうな情報ありがとう。これお礼ね」
「おっ! マジかよ、金貨じゃねぇか! ありがとな!」
とりあえず有益というか愉快な情報が聞けたから、筋肉たちにはお礼に金貨を渡しておいた。もちろん偽造通貨だから僕の懐は一切痛まないぞ。
「……さて、それじゃあ冒険者登録しようか」
「え、さっきの話を聞いたのにマジでここでするの?」
僕の正気を疑うような目で見てくるのはミニス。あんな巨漢たちが怯えるくらいここのギルマスがヤバいって分かったせいか、微妙に怖がってるっぽいね。何かウサミミが微妙に垂れてる。
「うん。だって件のギルマスがどんなのか気になるし。お前らは気にならないの?」
「そりゃ……ちょっとは気になるけど……」
「いや、あたしは別に」
「殺……死……苦……叫……」
みんなに尋ねてみると、肯定的な意見はミニスしか返してくれなかった。キラは興味なさげだし、リアは……うん。僕の腰にしがみ付いたまま、じっと受付のサキュバスを睨んで呪詛を垂れ流してるよ。意思を持った呪いの武器が零してそうな、物騒な単語が聞こえてくる。
「なるほど……一般的な好奇心をもってるのは僕らだけみたいだね?」
「あんたと一緒にしないでくれない? 私はいくら気になっても自分から火に飛び込むつもりは無いし」
「うーん、その冷め切った目と物言いが堪んない……」
この蔑むような瞳、軽蔑が入り混じった冷たい声。これで真の仲間だっていうんだから恐れ入るよね。まあ僕の事憎んでるみたいだし、むしろこれでも対応は柔らかい方かな?
「まあいっか。じゃあ早速登録に行こう。あとミニスはリアがやらかさないように監視よろしく」
「はいはい……」
この中でまともな人間性を持ってるのはコイツだけだから、今にも受付嬢に襲い掛かりそうなリアを腰から引き剥がしてミニスに任せる。たぶん大丈夫だとは思うけど、これから受付嬢とお話しに行くから、一応ね?
「こんにちは。冒険者登録をしたいんですけど、構いませんか?」
「えっ、登録ですか!? はい、もちろん!」
受付嬢のとこまで行って要件を伝えると、何か凄く意外そうな顔をされた。やっぱりここで登録しない方が良いっていうのは、嘘でも何でもなく事実っぽいな。
あとこの受付嬢、サキュバスなせいか滅茶苦茶エロい恰好してるぞ。何だそのバニーガールみたいな服。誘ってんのか。勢いよく立ち上がったせいで巨乳が凄い揺れたし、後ろから歯軋りのしすぎで歯が砕けるようなビキィって音が聞こえてきたぞ。
「皆さん、えーっと……四名様ですか?」
「んー……これがまだ有効なら三名ですね」
「ん」
そう言ってキラに視線を向けると、キラは受付嬢にドッグタグを投げ渡した。雑だなぁ、ここは普通手渡しでしょ? でも受付嬢もあんまり気にした様子はないな。まあ見た感じ行儀が良いけど、荒くれ者の集まりだからこれくらいは慣れてるのかも。
「拝見しますね……はい、まだ有効期間内ですよ。ただ期限切れまで一年を切ってます。ギリギリでしたねぇ」
「あ、マジでギリギリ……ていうか本当に有効期限とかあったんですね」
「もちろんですよ。ただそこまで厳格な物ではありませんね。どちらかと言えば、いつまでもあなたの情報を保管しておくのは面倒だから、この期間を過ぎたら破棄しますよー、みたいな緩い感じです。基本的には依頼をこなしていればその度に更新されますからねー」
なるほど。じゃあ面倒な更新手続きとかはないわけか。それはとっても助かるね。ギリギリとはいえまだ期間内だったのは……寿命の問題かな? 魔獣族は獣人でさえ三百年くらいは生きるらしいからね。人間と同じ時間のスパンで考えちゃいけないでしょ。
「そうなんですか。では三人分の登録をお願いします」
「はーい、了解しました! ただ、このギルドでは他のギルドと少々異なる手順で登録を致しますので、その点はご容赦くださいね?」
「なるほど。具体的にはどう違うんです?」
「他のギルドでは特に難しいことも時間を取られることも無く登録が終わるのですが、ここではギルドマスターとの面接がございます」
「なん……だと……!?」
今、何て言った? 面接? あの多大なコミュ力と対応力を必要とされる、数多の就活生を震え上がらせる恐るべき試練だと? それを僕がするの?
確かにコミュ力と対応力には自信があるよ? でもなぁ、元いた世界じゃ学校では先輩方が面接のせいで狂人みたいになってたからなぁ。幽鬼のような足取りで廊下を歩きながら、ぶつぶつと呪詛の如く受け答えの暗唱をするあの様子。頭のネジが外れてる僕でもアレは怖かったね。もしこの世界に呼び出されることが無かったら、僕もあの人たちの仲間入りをしていたんだろうか……?
「あ、面接と言っても別に堅苦しい感じじゃないですよ? それに素行が悪くとも落とされる事なんてありませんし。ですからそんな命のかかった決戦に臨むような顔をしなくても大丈夫です」
「何だ、良かった……じゃあ自己PRとか、学生時代に力を入れた事とか捏造しなくても良いな」
「……?」
覚悟を決めてたら受付嬢がそんな感じに不安が和らぐことを教えてくれたから、僕はほっと胸を撫で下ろした。
面接のド定番と言えば『自己PR』と『学生時代に力を入れた事』だけど、僕の仲間たちはいまいち分かってないみたい。リア以外は僕の言葉にみんな首を傾げてたよ。まあリアも頷いてるわけじゃないけどさ。
「特に問題が無いようでしたら、ギルドマスターのお部屋にご案内しますね? あ、全員一緒でも大丈夫ですよー?」
「分かりました。じゃあ行きましょうか……そういやお前ら、学校行った事あんの?」
「村での読み書き算数教室くらいしかないわよ」
「あたしもそんな感じだな」
「死……死……死……」
うん、まあ予想通りだね。三人とも小さな村の出身っぽいし、学校なんて通ってるわけもないか。
というか前線基地代わりのこの街はともかく、もしかしたら他の街には学校があるのかな? だとしたら入学してみるのも良いかもね。女学生とかとっても美味しそうだし、素敵な学園生活になりそうな予感がするしね。
え、変な事考えてないでリアを何とかしろって? やだよ。この深淵よりも深くて闇よりも黒い病み具合が良いんじゃないか。
⋇リアはもの凄く頑張って堪えてます