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悪逆非道で世界を平和に  作者: ストラテジスト
第6章:童貞卒業の時
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人違い




「あー、やっともうすぐ僕らの番だ。しかし本当に時間かかったなぁ……」


 ようやく僕らの番が近づいてきた街に入るための列の中で、僕は大きく伸びをした。

 街の近くの人目のない場所に転移した僕らは、そのままルスリアの街の正門から伸びる列に並んだんだ。今回は勇者っていう便利な立場も無いから、列をスルーして街に入ることもできないしね。魔法を使えばやれないこともないけど、万が一街の中で問題起こした時に不法入街したことがバレると面倒だし。

 そんなわけで、聖人族側の街と同じようなデカい砦みたいな外観の街を眺めつつ、列が進むのを待ってたんだ。でもまさかこんなに時間かかるとは思わなかったなぁ。軽く一時間は経ってるじゃないか。

 そもそも前線基地扱いの街に入る奴らが何でこんなに多いわけ? 見た感じ行商とかそういう奴らよりも一般人が多いし、九割方野郎だし……せめてこれが可愛い女の子の列だったらなぁ……。


「前の奴らを片付ければ待ち時間が短くなるって、もう何度考えたか分かんないよ。行動に移さなかった僕を誰か褒めて」

「よしよし、偉い偉い!」

「うんうん、全然届いてないぞ?」


 リアが僕の頭を撫でようとしてくれたけど、悲しいかな身長差のせいで全然届いてない。精一杯背伸びしてるのが何とも愛らしいね。背中のデカい翼は飾りなのかな?


「大人しく待つことすらできないのね、この屑は……こっちの屑は曲がりなりにも待ってるってのに」

「あ? 誰が屑だ。もういっぺん言ってみやがれ、ウサギ畜生の分際で」

「誰が畜生よ。自信満々に突撃して行って結局あっさりやられた役立たずの子猫の癖して、私を罵倒できるような立場なわけ?」

「は? 殺す」


 そんな微笑ましいリアの様子とは対照的に、何か残り二人の真の仲間は異様にピリピリしてた。殺意を振りまきながらキラは腕を振って鉤爪を装着して、ミニスもさりげなくファイティングポーズを取る。

 いきなりヤバ気な空気になったせいか、僕らの後ろにいた冒険者と思しきグループが明らかに後退りましたね……。


「はいはい、喧嘩しない。ここで騒ぎ起こしたら街入るのに更に時間かかるからね。そんなことになったら僕がお前らを直々にしばくぞ」

「……後で覚えてやがれよ、クソウサギが」

「ふん。そっちこそ、クソ猫が」

「あーもう、本当にコイツら仲悪いなぁ……」


 二人の首根っこを引っ掴んで僕が仲裁したけど、二人は相変わらず親の仇でも見るような目で睨みあってる。お互いに中指立てたり、首を掻き切るジェスチャーしたり。

 キラはともかくとして、ミニスってここまで好戦的だったかなぁ? 僕の真の仲間になって立場がキラとほぼ同じになったから、わりと気がデカくなってるのかも。まあキラには何十回も目玉を抉られた恨みがあるだろうし、噛みつくのもやむなしだ。別にそれは良いんだけど、後で分からされないように気を付けてね?


「おにーちゃん、列進んだよー?」

「おっと、それじゃ行くぞー」


 とりあえずこの二人はお互いに離しておいた方が良さそうだから、僕の右側とリアの左側にそれぞれ置いておく。そんなわけで僕はリアと肩を並べて、獣人の門番が待つ正門へと足を踏み出した。


「ようこそ、ルスリアの街へ。ここにはどのような目的でいらっしゃったので――っ!?」

「おん?」


 そしたら、何故か門番は驚いたような表情で固まった。犬みたいな尻尾と耳もピンと立ってるし、そんな反応してるのは他の門番も同じみたいだし、一体どうしたんだろうね? キラの身体に染み付いてる血の臭いでも嗅ぎ取ったか? 大丈夫? 口封じする?


「どうかしたんですか?」

「あ、いえ、何でもございません! その、どうぞお通り下さい!」

「お通り下さい!」


 そして何故か街に訪れた目的の聞き取りも、簡単な手荷物検査も一切すっ飛ばして、街に入ることを許可される。しかも門番全員が跪いて頭を垂れるというおまけつき。この対応、どう見ても目上の者に対するそれだよね。

 でもまあ通って良いなら通っておこう。滅茶苦茶釈然としないが。


「……どうも」

「お疲れ様です!」

「うん、おじさんもお疲れ様ー!」

「お疲れ様です!!」


 通る時にねぎらいの言葉をかけると、体育会系みたいな強い返事が返ってきた。特にリアの労いの言葉に対しては、耳を塞ぎたくなるほどうるさい返事が返ってきたよ。一体何なんだろうね、この対応……。


「ここがルスリアの街かぁ……」


 何はともあれ、僕らは無事に街の中に入ることができた。外観もアリオトと同じ要塞みたいな感じだったけど、やっぱり内部も似たような物だね。ここは兵士たちのための街、って感じがするよ。

 でも不思議なことに、アリオトほど張り詰めた空気は無かった。ていうかむしろ、今まで訪れた街の中で一番空気が柔らかい感じだ。ある種理想の空気なんだろうけど、国境に一番近い街にも拘わらずこんな柔らかな雰囲気を保ってるのは、一体どんな秘密があるんだろう。


「……さて。街に入れたわけだが、何か釈然としないのは僕だけ? さっきの兵士たちの反応は何?」


 この街の秘密も気になるとはいえ、今一番気になるのはこっち。

 あれが聖人族からの対応なら納得はできるよ? 僕は曲がりなりにも聖人族たちに平和をもたらす勇者だからね。でも今の僕は一般魔獣族に扮してる身だから、魔獣族の兵士たちから見れば立場は遥かに下の者。間違っても礼を尽くされる側じゃないんだよね。それなのにあんな対応してくれるなんて、もしかして僕の溢れ出るカリスマに当てられちゃったのかな?


「さあな。お前に怯えてたってわけじゃなさそうなのは確かだぜ」

「そもそもあんたよりリアを見てたような気がするけど? もしかしてこの子に何かあるんじゃない?」


 キラとミニスに指摘されて、皆でじっとリアを見つめる。確かに兵士たちはリアの方を見てた気がするんだよね。ゴスロリ姿の幼女サキュバスが珍しくて見てたのかと思ってたけど、ミニスの言う通りコイツに何か原因があるのでは?


「えー? リアはこの街入るのは初めてだよ? 誰も信用なんてできなかったから、人がいる所は通らなかったもん」

「地味にキッツいこと言うね、お前……」

「リアに思い当たる節が無いっていうなら、一体どういうことなの? 何か明らかに目上の人に対する態度だったわよ?」


 本人は思い当たる節なんてないみたいで、闇が深いことを言って首を横に振ってた。

 うーん、実はこの辺ではサキュバスが神聖視されてるとか? あとはよく似た目上の人と勘違いされてるとか、その辺かな。だとするとその目上の人に思い当たる節が無いわけでもない。ていうかあんまり歓迎したくない展開だな、これ……。


「……僕の予想が正しいなら、ここで無駄話してる時間は無いね。一刻も早く人目のつかないところに行かないと駄目だ。というわけでさっさと移動するよ」

「えー? どういうことなのー?」


 話してる時間も惜しいから、リアの手を引いて小走りに人目のつかない場所に向かう。この際裏路地でも建物の陰でも構わない。一刻も早く対策しないともの凄く面倒な事態になりそうだからね。


「おっと。もう遅いみたいだぜ、クルス? アレを見ろよ」

「あちゃー……」


 でも、どうやら一歩遅かったみたい。キラが視線で示す方向を見ると、真っすぐこっちに駆けてくる人の姿が見えた。

 何かスーツみたいな黒い服に身を包んだ、角と尻尾のある悪魔の女の人だね。そして眼鏡。あと女の子じゃなくて、女の人ね。ここ重要。何というかこう、有能な秘書って感じの雰囲気がひしひしと伝わってくるよ。僕もあんな感じの秘書が欲しいかな。それで息抜きにエッチなセクハラするんだ。胸は大きくないけど、そこそこあるみたいだし。

 で、その暫定秘書は真っ赤な目をリアに向けながら、長い黒髪を揺らして走ってくる。うーん、面倒の予感しかしないけど、ここで逃げたらもっと面倒になる予感もするんだよなぁ……。


「――ようやく見つけましたよ、リリス様!」

「ふえ?」


 駆け寄ってきた暫定秘書――いや、もう秘書でいいや。ともかく秘書はリアを聞き覚えの無い名前で呼ぶと、逃がさないとでも言うように手首をがっしり掴んだ。当然そんな名前に覚えもないであろうリアは、ただただ困惑してたよ。僕はもうこの時点で完璧に事情が把握できたけどね。


「仕事を抜け出し、朝帰り……お身体の事も考えて多少は大目に見てきましたが、今日という今日は許しません! さあ、帰りますよ! 仕事が山積みなんですから!」

「えっ、えっ? えーっ!?」


 そうしてずるずると秘書に引きずられていくリア。僕と違って何にも分かってないみたいで、目を丸くして引きずられて行ってるよ。相手がサキュバスじゃないせいか強く出る気も無いみたいだね。


「……これさ、無視して行っちゃ駄目?」

「良いんじゃね? どうせその内人違いだって分かんだろ」

「駄目に決まってんでしょ、クソ野郎共が。人違いだって分かってるんだからちゃんと誤解を解きなさいよ、ゴミ屑が」

「お前無茶苦茶暴言増えてきたね。まあ良いんだけどさ……」


 かなりキッツい言葉を吐いてくるミニスに尻を蹴られる形で、やむなく僕は真摯に対応することにした。すっごい面倒事の予感しかしないけど、仮にも僕の女を連れてかれるのは愉快な気分じゃないしね。できるだけ丁寧に誤解を解くかぁ。


「――ち、違うよー! リアはフェリアで、おばさんの言ってる人じゃないよー!」

「誰がおばさんですか! しかも何ですか、そのあざとい喋り方は! プレイを楽しむのは個人の自由なので構いませんが、終わったならちゃんと普段通りにしてください!」

「お、おにーちゃあぁぁぁああぁん……!」


 歩み寄って行くと、泣きそうになりながら僕に助けを求めてくるリア。そんなゾクゾクする目で見るなよぉ……興奮しちゃうじゃないか。


「あー、はいはい。ちょっと良いかな、お姉さん。その子は僕の連れで、君の知ってるリリスって子じゃないんだよ。だから誘拐しないで?」

「はい? ああ、そういうことですか。あなたが昨晩のリリス様の……あなたもプレイの余韻が抜けきっていないようですね。一度頭を冷やすことをお勧めしますよ」


 さすがにこんな公衆の面前でテント張るわけにもいかないし、ちょっとそそる反応をしてるリアから視線を逸らしつつ秘書の人に声をかけた。でも秘書の人は僕を見ると憐れむような顔をした後、そのままあっさりと視線を外した。何だコイツ、話聞いてんのか?


「いや、頭はイカれてるけど現実と妄想の区別はついてるよ。勘違いしてるのは君の方なんだって」

「そうですか、良かったですね。では私は仕事がありますので」


 人違いだってやんわりと二度も教えてあげたのに、全く聞いてない感じの答えが返ってくる。人の話はちゃんと聞けって母親に教わらなかったの?


「待って、僕の話聞いて? 本当にその子はリリスとかいう子じゃないの。君の恥ずかしい勘違いなの」

「さあ行きますよ、リリス様。朝帰りをしたんですから、しばらくは仕事に専念できますよね?」

「だからリアは違うってばー!」


 三度も丁寧に教えてあげたのに、今度は完全にスルーしやがった。仏の顔も三度まで。もう四回目入るしさすがにこれはキレていいよね?


「人の話は聞けよ、ババア。年取ると耳が遠くなるの? 確かに腐った果物の皮みたいなきったねぇ小じわが目立ってるけど」

「丁寧に誤解解こうとしてたのに、いきなりキレ散らかしてて怖いわ、コイツ……」


 もう我慢ならなくなったから罵倒を交えて尋ねると、後ろの方で何故かミニスがビクビクしてた。

 でも効果はあったみたい。秘書のババアはぴたりと動きを止めると、引き攣った感じの笑顔を浮かべてこっちをゆっくりと振り返ってきた。何だ、ちゃんと聞こえてるじゃないか。


「……失礼。確かに、耳が遠くなったようですね。今、許しがたい罵倒を、受けた気がするのですが?」

「気がするも何も普通に罵倒されたんだよ? 覚えてない? ついに老化が脳まで進行して記憶に障害が……顔の皺は増えたのに脳の皺は無くなっちゃったかぁ……」

「よくもまあ罵倒の言葉がスラスラ出てくるわね……」


 僕が哀れみの表情を向けながら言うと、やっぱり後ろからミニスによる地味なツッコミが入ってくる。こういう反応があると嬉しいよね。これだけでもコイツを真の仲間にして良かったと思うよ。

 あ、ちなみに秘書のババアは変わらず笑顔を浮かべてるけど、額に青筋がビキビキ走ってたよ。何で怒ってるんだろうね? 怒りたいのは三度も丁寧な訂正をしたのにスルーされたこっちの方なんですが?


「ふ、フフフ……なるほど。どうやらリリス様と一夜を過ごして、随分と気が大きくなっていらっしゃるようですね……良いでしょう、私が直々にあなたの頭を冷やして差し上げます」

「えー、僕は別に熱くなってないよ? 熱くなってるのは更年期障害で体温上がってるそっちの方じゃない?」

「あのさ、もうその辺で……」


 やっぱり後ろからビクビクした声をかけてくるミニス。でももう遅いんじゃないかな。秘書のババアもさすがにキレたみたいで、ゆっくりとリアから手を離して、僕の方に向き直ったし。


「……リリス様、しばしお待ちを。あの失礼極まる輩を殺してきますので」

「だからー、リアは違うんだってばー……」


 もう疲れ切って返すリアを背後に置いて、冷めた目をした秘書のババアが前に出る。といってもお互いにまだ結構距離はあるけどね。二メートルくらい?

 ちなみに剣呑な雰囲気なのが一目瞭然なせいか、遠巻きに結構一般魔獣族たちに見られてる。まあここ正門前だし仕方ないよね。でもどっちが勝つかっていう賭け事の対象にするのはやめろ。あとキラは楽しそうに笑って見学するのやめろ。


「……一応、名前を聞いておきましょうか。墓石に刻むためにも必要になりますし」

「僕の名前はクルスだよ。でも聞いたって無駄じゃない? 衰えた記憶力じゃ人の名前も顔も覚えてられないでしょ?」

「そうですか。ではあなたには墓石は必要ありませんね。代わりに家畜のエサにでもしてあげましょう」


 冷たい表情のまま右腕を虚空に沈めた秘書のババアは、そこから自分の獲物を引き抜いた――何か随分禍々しいねじくれた槍ですね。持ち主の性格でも反映してるのかな?

 なんて思ってると、秘書のババアは感触を確かめるみたいに槍を二、三度振るって、巧みに振り回してから構えた。使いにくそうな長物なのに、まるで自分の手足みたいに振り回してたぞ。これは僕が聖人族の冒険者から奪った槍の習熟度合いよりも高いんじゃない? 何とかその技術を僕のモノにしたいなぁ……でもそのためには殺す必要があるし、さすがにそれはダメかな……?


「魔将リリスが右腕、レタリー。参ります」


 そんな風に悩んでたら、いよいよ秘書のババアが名乗った。

 あー……やっぱり件のリリスってのは魔将なのね。これもう面倒の臭いしかしないな?






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