大切な人たちのために
「……で、落ち着いた?」
「……うん」
場所は変わって、ミニス家の屋根の上。雲間から時々月の光に照らされながら、僕は何とかミニスを慰めてた。その甲斐あってか、まだちょっと鼻すすってるけどようやく泣き止んでくれたよ。
ん? 何で僕が泣いてる女の子を慰めてるのかって? そりゃあ確かに僕は泣いてる女の子が大好きだよ? でもそれはあくまでも絶望とか痛みとか苦しみとかで泣いてるのが好きなのであって、安堵や幸福や嬉しさで泣いてるのは別に興奮しないわけ。だからそういう僕にとって嬉しくない理由で泣いてるミニスを慰めるのは当然でしょ? もちろん鼻水とかで汚れないように距離は取ったけど。
「お前女神様にめっちゃ感謝してたけどさ、全ての元凶が女神様だってこと知ってる? 僕をこの世界に送り込んだのは、他ならぬ女神様なんだよ?」
そして泣き止ませることに成功したから、今度は僕好みの気持ちを抱かせるために現実を教える。
ミニスが色々酷い目に合ってるのは、元を辿れば全部女神様のせいだ。女神様が僕をこの世界に送り込まなければ、ミニスは僕の奴隷になって色々な魔法の実験体になったり、自分の意志で故郷の人たちを皆殺しにする決心をつけずに済んだんだからね。ついでに言えばレキも蜘蛛に食われて死ぬとかいう悲惨な目に合わなくて済んだはずだし。
ただそんな現実を教えても、ミニスの瞳は一切曇らなかった。
「改めて言われなくても知ってるわよ。確かに元凶って言えるかもしれないけど、女神様があんたを送り込んでくれたおかげで、私は生きてここにいるのよ。感謝こそすれ、恨むことなんてできるわけないじゃない」
「えー、マジかー。物分かり良すぎん……?」
普通なら女神様に感謝なんてできるはずないのに、コイツは相変わらず女神様への感謝と敬意みたいなものを見せてる。
確かに色々苛めてた僕に対しても故郷に生きて帰ってこれた感謝とかを向けてきたけどさ、単なる一般村娘がここまで物分かりが良くてメンタルが馬鹿強いとか、ちょっと血筋を疑いたくなるね。実は結構な血筋の子なんじゃない?
いや、三千年前から純潔と純血を保ってる奴がクソザコメンタルだったし、やっぱりこれはただの個人差なのか。とんでもねぇな。
「……そんなことより、これからちょっと真面目な話をするわ。だから、できればふざけたりしないで最後まで聞いてくれない?」
「なるべく短く纏めてくれるならいいよ。クソ長い話をするつもりなら無意味に奇声を上げながらブレイクダンスしてやる」
「心配しなくてもそこまで長くはならないわよ。あと近所迷惑だからやめろ」
何だ、てっきりレーンみたいな長話をするのかと思って身構えちゃったよ。アイツは三行で済むことを三ページくらい喋るからね。ピロートークとかそれこそ朝までだって語ってそう。
「……私、今まであんたが言ってる世界平和について真剣に考えたことは無かったわ。どうせそんなの実現しないだろうし、私には関係の無い話だって思ってたから」
クソ長話は嫌いだけど、ピロートークなら聞いてあげるべきかもしれない。なんて明後日の方向の事を考えてると、ミニスは気持ちを切り替えたみたいに真剣な声音で語り始めた。
ていうか今まで自分には関係ない話だって思ってたんすね。僕の奴隷って時点で有象無象よりは大いに関わる立場だと思うんだけどなぁ。
「でも、レキが死んだ瞬間を目の当たりにしてから、つい考えちゃうのよ。万が一大きな戦争が起きたりしたら、レキもお父さんもお母さんも、もしかしたら巻き込まれて死んじゃうんじゃないかって。今度は生き返らせてもらえなくて、永遠の別れになるんじゃないかって……」
そして今度は声音に痛々しさを滲ませながら、絞り出すように続ける。よくよく見れば寒さに自分の身体を抱きしめるみたいに、肩をぎゅっと掴んでるよ。発言から察するに、大切なモノを失うかもしれない恐怖に凍えてるのかな? 確かに今回は特例みたいな感じで蘇生させてやったから、次も同じ対応をしてあげるとは限らないし。
「……私、もうあんな思いをするのは嫌。もう失うのは嫌。大切な人たちを守るためなら、私は何でもするわ。頭のイカれたクソ野郎に、自分の全てを捧げてでも。だから――」
そこでミニスは言葉を切ると、身体ごと僕の方を向いた。覚悟と決意がキマった素敵な目で見つめられて、思わずドキッとしちゃったよ。しかもそんな目をしながら僕の前に跪くんだから堪らないね。
あ、ていうかコイツ、もしかして――
「――お願いします。私を、あなたの仲間にしてください」
「おおっと、まさかの身売りかぁ」
跪いて深々と頭を垂れながらミニスが口にしたのは、僕の仲間にして欲しいっていう懇願。実験動物風情が仲間に昇格して欲しいとか、随分と偉くなったもんだねぇ?
なんてちょっと思ったけど、僕は自主性と個性を重んじるからね。むしろ主人である僕に向かってこんなセリフを口にできるメンタルと成長具合を認めたい。それに最近ミニスを気に入ってきてるし、真の仲間に引き込めるなら引き込みたい気持ちもあるしね。
「うーん。確かに僕は真の仲間には優しいから、仲間になって守ってもらおうって考えはなかなか賢いと思うんだけど……真の仲間になれる条件、ちゃんと覚えてる?」
跪いて頭を垂れたままのミニスとしゃがんで視線を合わせて、それを尋ねる。
さっきの話の流れから考えるに、僕の真の仲間になることで家族を守ってもらおうって考えてるのは分かる。別にそれ自体は構わない。真の仲間に優しく接するのは当然のことだし、最大限望みを叶えてあげるのも当然のこと。だって仲間なんだからね!
ただそれはそれとして、僕の真の仲間になるには条件がある。それは敵種族に対する敵意が、嫌悪以下のレベルであること。
だからそう尋ねたんだけど、顔を上げたミニスは僕を小馬鹿にするように鼻で笑ってきた。何だこら、分からせるぞこの野郎。
「もちろんよ。そして今の私は、ちゃんとその条件を満たしてるわ。疑うなら調べてみればいいじゃない」
「ふーん。どれどれ――解析」
言われた通り、敵意を調べてみる。確か最初に調べた頃は、ミニスの聖人族に対する敵意は『大』の『憎悪』だったかな。アレから特に聖人族との絡みは無かったはずだし、そこまで変わってるはずは無いんだけど――おっ、スゲェ! 『小』の『嫌悪』まで下がってるぞ! 二段階も下がってるじゃないか!
「マジだ。敵意がちっちゃくなってるじゃん。一体どんな心境の変化が?」
「別に何でも良いでしょ。それよりも聖人族に対する敵意が小さくなってれば、私を仲間にしてくれるって言ってたわよね? 忘れたなんて言わせないわよ?」
「そりゃ言ったけど、何でこんな短期間に敵意が小さくなってるんだ……?」
クソ生意気なドヤ顔を披露するミニスを分からせたい気持ちを抑えつつ、心変わりの理由を考える。とりあえず思い浮かぶ理由は二つかな。一つは聖人族の中でもかなり異端なハニエルと接したこと、そして二つ目は無事故郷に戻ってこれたこと。
ハニエルは誰にでも優しいし、僕が命令してミニスを殺させようとした時も、敵種族であろうと殺したくないって喚いてた。その時のミニスの反応も結構好意的な感じになってたし、これが要因の一つになってる可能性は高そうだね。
二つ目に関してはそもそも聖人族との争いのために徴兵されたんだから、故郷と家族から引き離された恨みが聖人族に向くのは当然ってもんだよ。たぶん故郷に無事戻ってこれたから、その向けられて肥大してた恨みが薄れたんじゃないかな。
ん? いや、待てよ? その割には僕には滅茶苦茶感情のこもった目を向けてきてくれてるよね? 百歩譲っても『嫌悪』ってレベルじゃないやつ。ということは、もしかして――解析。
クルスへの敵意:大
あ、うん。はい。やっぱりね。
「あの、何か僕に対する敵意がめっちゃ高いんですが?」
「………………」
僕がそう指摘すると、痛い所を突かれたみたいな顔して視線を逸らすミニス。
うん。どっちかって言うとより憎たらしい存在が出てきたから、他に対する憎しみが薄れたってのもありそうだね。憎まれることをやってる自覚もあるし。
ただその割には『大』の『憎悪』止まりなのがどうにも解せないんだよなぁ。つまり滅茶苦茶憎いけど殺したいほどじゃない、ってことだし。やっぱり代償を求めたとはいえ、レキを蘇生させてやったのが大きかったのかな?
ていうか僕を滅茶苦茶憎んでるのに、よく仲間に入れてくれなんて言えたな……こんな寝首を掻いてきそうな奴、普通仲間に入れないよね?
「……まあ、いっか。確かに聖人族に対する敵意は小さくなってるんだしね。僕個人への敵意は関係ないし」
「いいの!? 自分で言うのも何だけど、それは普通ダメなやつじゃない!?」
でも僕は普通じゃないし、仲間に入れてあげることにした。これには仲間に入れて欲しいって言ったミニス当人も目を丸くして驚いてたよ。
「いいよ。だってただでさえ人材不足だし、今はツッコミ不足でもあるからね。お前が両方満たしてくれるなら万々歳だよ」
「はぁ……」
僕がぶっちゃけると、安心したような困惑したような不思議な顔を見せてくる。
正直人材不足もツッコミ不足もマジで深刻だからね。唯一のツッコミ役は精神崩壊した天然と一緒に一時離脱中で、残されたのは生粋の殺人猫と復讐に取りつかれたロリサキュバス。仮にこのまま旅を続けるなら、僕がツッコミ役をやらないといけないんだよ? ツッコミ役が仲間になってくれるなら願ったり叶ったりだよ。役割を押し付けて僕も安心してボケ倒せるしね。
「それに僕、意志力強い子が好みだからね。大切な人を守るために何でもしようとする奴なんか、健気でとっても大好きだよ」
「じゃあ何で凄い嫌らしい笑顔浮かべてるわけ……?」
せっかく好意を告白したのに、もの凄い疑わしい目を向けてくるミニス。
そりゃあ大切な人を守るために苦しみながら、自ら手を汚し泥を被って行く姿がとってもそそるからに決まってるじゃないか。ウチの奴らは殺人に忌避感なんて全然無いから、そういう反応は期待できないしね。何なら息を吸うように殺す奴だっているし。
「というわけで、おめでとう! これでめでたく正式に僕の真の仲間だぞ! 改めてこれからもよろしくね!」
「あ、うん……え? こんな簡単に済むの……?」
何か一筋縄じゃ行かないって思ってたみたいで、ミニスは拍子抜けしたように呟いてた。
本当は真の仲間に相応しいかどうか色々とテストくらいはするんだけど、しなくても結果は分かってるしね。さっきまで家族以外の村の住人を皆殺しにしようと決意してた奴だし、今更一人二人殺せって命じた所でそこまで動じないでしょ。女神様のご機嫌を損ねて代償を貰えなくなったら嫌だからやらんけど。
「あー、でも残念だなー。お前が真の仲間になったなら気軽に苛めたりできないじゃん。お前の悲鳴はそこそこ好きだったんだけどなぁ……」
「そう。私はあんたのこと大っ嫌いよ」
「ハハハ。ツンデレかな? 可愛い奴だなぁ?」
「やめろ触んな! 下ろせ変態!」
脇の下に両手を差し込んでひょいっと身体を持ち上げて、高い高いするみたいに身体を持ち上げてやったら、心からの罵倒とゴミを見るような視線が返ってきた。
うんうん、やっぱり仲間になっても根は変わってないね。ツンツンしてる期間が長ければ長い分、デレた時の喜びもひとしおだから、しばらくは反抗的なままでいて欲しいなぁ。こういう奴をベッドで調教していくのがまた楽しそうなんだ。グヘヘヘ……。
⋇ミニスが真の仲間になった!
現在の仲間たち
・話の長い魔法狂い
・復讐鬼ロリサキュバス
・連続殺人猫
・元実験動物 ←NEW!!