代償の肩代わり
「――おおおりゃああぁあぁぁああぁぁあああぁっ!!」
「げぶうっ!?」
――腹にとんでもなく重い一撃を食らって、意識が覚醒した。
気が付けば僕がいたのは、白一色の見慣れた世界。女神様との逢瀬の場所だ。なるほど、さすがにあんな唐突に眠気が襲ってくるなんておかしいと思ったよ。これは女神様が僕を呼んだんだな? 全く、そんなに僕に会いたいなんて、寂しがり屋の子猫ちゃんだなぁ? ハハハ。
「さっさと目を覚まさんか、この鬼畜外道がっ!」
「ストップストップ! もう目覚めてる! あと一撃食らったら永眠する!」
豪奢な金色のロッドでの二撃目が降ってきたから、慌てて身体を転がして避ける。
スカった二撃目は謎空間の謎地面にぶつかって『ドガンッ!』って音を立てたけど、不思議と謎地面には一切の破壊が見られなかった。これは女神様の一撃が貧弱なわけじゃなくて、単に謎地面が破壊できない感じの作りになってるって考えた方が妥当かな? 一撃目を食らった時は肝臓が爆発したかと思うくらいの衝撃と痛みだったし。
「貴様という奴は本当に見下げ果てた屑じゃな! 何故あそこまで非道な真似ができるのじゃああぁぁぁぁっ!!」
「それが分かってて僕を送り込んだんでしょ!? お願いだから落ち着いて! マジで死ぬ!」
今度は三撃目が横殴りに飛んできたから、咄嗟にしゃがんで避ける。掠ったわけでもないのに髪の毛が何本も持ってかれたよ。たぶん掠ってたら毛根どころか頭の上を根こそぎ持ってかれてたな……。
仮にも神様が渾身の力で鈍器を振り回してるんだから、かつてないほど命の危機を感じたよ。速度はそこまででもないとはいえ、その一撃に秘められた破壊力が尋常じゃないからね。そう考えると一撃目は手加減してたんだろうな。女神様が本気だったら僕の胴体千切れててもおかしくないし。
何にせよ女神様は僕を殺したくても死んでほしいわけじゃないみたいで、大体十回くらい渾身のスイングを放った所で物騒なロッドをしまってくれたよ。まだだいぶ肩を怒らせてるけどね。
「いやぁ、それにしても今回は特別荒っぽいというか何というか……そんなにお気に召さなかった?」
僕を夢の世界に引きずり込んだタイミングから考えて、女神様は僕とミニスのやりとりを見てたんだと思う。状況的に考えて、僕がミニスに支払わせようとしてる代価がお気に召さないんだろうね。アレでも譲歩してる方なのになぁ。
「当たり前じゃ! せめてミニスには優しく接してくれと言ったであろう!? それが何故あのような惨たらしい選択を迫っておるのじゃ!?」
「いや、こういうの面白いかなーって」
「この異常者があああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「うーん、やっぱり今日は随分荒れてる。女の子の日かな――ぐふうっ!」
怒り心頭の女神様に胸倉掴み上げられたかと思えば、頬にキツイ一撃を叩き込まれて吹っ飛ばされた。骨は折れなかったけど代わりに顎が外れたよ。
幾らこれが夢の中でもさすがにちょっと暴力が過ぎない? 今どき暴力系ヒロインとか人気でないよ?
「……で、女神様は僕にどうして欲しいの? まさか代償を求めるな、なんて言ったりしないよね?」
暴れに暴れて女神様もようやく大人しくなった頃、改めて話の本題に入る。ちょっと僕の身体がかなりズタボロになったけど、これくらいは安いもんだね。夢の中だから身体が幾ら壊れても大丈夫だし……大丈夫なんだよね?
「言うに決まっておるじゃろうが。そもそもお主の力はわらわが与えた物。他人から与えられた力を我が物顔で振るい、代価を求めるなど片腹痛いというものじゃ」
「ふむ。一理ある」
元々自分のものではない力を振るって、恥知らずにも対価を求める。正直そんなことする奴は最低だね。親の顔が見てみたいよ。
「じゃろう? そういうわけじゃから、さっさと現実に戻りミニスに撤回を――」
「――だが断る。僕は世界を平和にするっていう無理難題を実現させなきゃいけないんだから、息抜きとか休息が必要なんだよ。それを奪う権利は女神様にも無いはずだよ」
でもそれが分かってても、止める気はさらさらなかった。
だって僕はあのクソの極みみたいな世界を平和にするっていう使命を負わせられてるんだよ? そのために日々一生懸命頑張ってるんだよ? だったらたまの息抜きくらい許されるはずだよね? ブラック企業でもあるまいし。
「な、何じゃと!? 幼子の精神を苛め倒して何が休息じゃ! ふざけるのも大概にせい!」
「別にふざけてなんかいないんだよなぁ。僕はとっても真面目です」
可愛い幼女の精神が壊れそうになる瞬間からしか摂取できない、特別な栄養素っていうものがあるんだよ。そして僕はその栄養素が必須な身体なんだ。
他にも泣き叫ぶ女の子からしか摂取できない栄養素も必要だし、女の子が死ぬ直前にしか摂取できない栄養素も必要だ。だからこれは仕方のない事なんだよ。
「あっ、そうだ! どうしてもミニスに対価を払わせたくないって言うなら、代わりに女神様が対価を払ってくれても良いよ?」
でもこのままだと話が平行線になりそうだし、大人な僕が妥協してあげることにした。そういう栄養素は後々いっぱい摂取できるだろうし、欲を言えば女神様にご奉仕してもらいたいしね。グヘヘ……。
さすがの女神様もこんなあっさりと僕が妥協するとは思わなかったのか、あるいは僕が何を求める気なのか分かってないのか、心底意外そうな顔をしてた。
「む……それでも、良いのか?」
「良いよ良いよ。むしろ女神様からの対価の方が僕は嬉しいし」
「ふむ……良いじゃろう。ミニスの代わりに、わらわがお主に対価を支払おう。汚れるのはわらわだけで十分じゃ」
「やったね! それじゃあ何してもらおうかなぁ? ウヘヘ……」
女神様も同意してくれたことだし、ここはやっぱりオーソドックスに身体で支払わせるべきかな? でも女神様の全てを僕のモノにできるのは世界を平和にしてからって話だし、さすがに処女を寄越せっていうのは受け入れてくれなさそう。
それならやっぱり軽いご奉仕かな? しなやかな手とか、愛らしい口とか、慎ましやかな胸とかを使ったご奉仕……これは堪りませんねぇ?
「相変わらず嫌らしい笑いじゃな……むっ!?」
「お、どうしたの?」
僕が桃色の想像に耽ってると、女神様は唐突に何やら顔色を変えた。
まさか今更自分の失言に気付いたのかな? いや、でも女神様だしそんなことはないか?
「ま、マズいぞ! ミニスの奴、ついに決心を固めおった! 村人を殺すつもりじゃ!」
「おお、随分早いなぁ。二、三時間くらいは悩みに悩むと思ってたのに」
何かと思えば、現実世界の方に動きがあったみたい。女神様はかなり焦った表情でミニスの様子を伝えてきた。
まあ僕としては別に驚きじゃないけどね。ミニスのことだから途中で躊躇ったりしたとしても、絶対にやることはやるって思ってたし。
「クルスよ、早く現実に戻るのじゃ! このままでは間に合わなくなるぞ!」
「そうだね。で、女神様は対価に何を支払ってくれるのかなぁ?」
何か女神様は滅茶苦茶焦ってるけど、そんなことより今は対価のお話の方が重要だ。ここで踏み倒されたりしたら絶対に困るからね。しっかり言質を取っておかないと。
「そんな話をしている場合か! 事は一刻を争うのじゃぞ!」
「仮に殺したとしても後で復活させればセーフだよ。そんなことより、契約条件を明確にすることの方が大事だね。さあ、女神様は代価に何を支払ってくれるのかな?」
「人の心が分からぬ冷血漢め! ならば――わらわの身体を触らせてやる! それで良いから、今すぐ現実に戻りミニスを止めるのじゃ!」
「何、だと……?」
マジかよ、今何て言ったこの人? 身体を触らせる? 尊き女神様が、下賤な俗物の僕に身体を触らせてあげるって? これはますます内容を確認しないといけないな。
「その身体を触らせる、っていうのは具体的にどの部分? 複数個所ある場合はどうなるの? 触るのは片手だけを使って? それとも両手でもオッケー? そもそも手じゃなくてもオッケー? 触っていられる時間は? 服の上から触るの? それとも直接素肌を――」
「この異常者が! えぇい、何もかもお主の好きに決めるがよい! それで構わぬから、さっさと現実に戻るのじゃ!」
来た! 女神様お得意のガバガバ契約だ! よーし、言質は取ったぜ! 喜べ野郎共!
なんて喜んだのも束の間、女神様はまた豪奢な金のロッドを取り出すと、それを思いっきり振り被って――
「――はっ!? ゆ、夢か……」
次の瞬間、僕は現実に帰還してた。
思わず飛び起きて辺りを見回すけど、やっぱり時間はさっきまでとほとんど変わってないみたい。窓から差し込む月の光が無いと完全な暗闇になりそうな暗さの部屋に、隣で幸せそうに眠りこけてるリア。そして僕の手にはまだ僅かに温もりの残るミニスのブラ。この温もりから察するに経過時間は大体数分くらいかな?
というか女神様の最後の一撃、視認できないレベルの速度だったんですが? 僕の意識が吹っ飛ぶことで現実に戻ったのか、それとも僕の頭部が吹っ飛ぶことで現実に戻ったのか……いずれにせよ女神様はあんまり怒らせない方が良いかもしれないね。
「……やったぜ。女神様の身体を僕の好きなように、好きなだけ触れる……フヘヘ……」
それはともかく、面白いからっていう理由でミニスに対価を求めた価値があったってもんだ。予想外の収穫だよ。
ただ契約魔術でしっかりと契約できなかったのが痛いかな? 口約束なんて信用ならないし。でも仮にも女神様が自分の発言に責任を持たないなんてありえないし、今回は心配しなくても良さそう。よーし、全身の皮が擦りむけるほど女神様を触り倒すぞー。
「……おっと、トリップしてる場合じゃないな。夢を現実にするためにはミニスの凶行を止めなきゃ。さてさて、どこにいるのかなぁ?」
ベッドから飛び起きて、探索でミニスの居場所を探る。この反応からすると、家の裏辺りかな? 位置的に物置の所だと思う。一体何でそんな所にいるんだろうね? ちょっと疑問に思ったけど、僕はミニスを止めるために物置に向かった。
「あ、いたいた。本当に何やってんだ、アイツ……」
おぼろ気な月明かりの射す裏庭に着くと、物置を漁るミニスの姿を見つけた。いや、見つけたっていうか小屋みたいな物置の中から色んな物音が聞こえてくるから、たぶんそこにいるんだろうなって。金属やら何やらがガチャガチャドカドカキンキン言ってるのが聞こえてくるよ。ままならない現実に対するフラストレーションを暴れて発散してるとか……?
「おーい、ミニス。ちょっと良い?」
だったらもう村人を殺す必要がなくなったって伝えてあげないとね。
そんなわけで、僕は声をかけつつ物置の中に入ったんだけど……。
「……なに?」
ゆらりとこっちを振り向いたミニスは、さっき僕の部屋で脱いだのと同じパジャマ姿。でもパジャマのボタンを留めてなくて、新しいブラも付けてないみたいで、開かれた上着からは真っ白な肌が覗いてた。
うん、普段なら露わになってるその肌を遠慮なくガン見するよ? 当然でしょ?
でも今回僕の目を釘付けにしたのは、露わな肌じゃなくてその赤い瞳。いつも僕を睨んで細められてた瞳は、よく闇を垂れ流してる時のリアみたいな淀んだ色に染まってた。表情も抜け落ちて生気が感じられないし、物騒なことにそんな状態で右手にナタを、左手に手斧を持ってる。
うん、ちょっと苛め過ぎたみたいだ。これは相当キテますね……。