約束と代償
⋇性的描写あり
山に向かった時とは打って変わって、僕らはゆっくり歩いて下山の真っ最中。何でかと言うと、ミニスが背負ってるレキの身体を揺らさないようにゆっくり歩くから。
本当は僕が背負ってあげようとしたんだけど、頑なに自分で背負うって言って聞かなかったんだよね。せっかく幼女を背負って感触を楽しめるチャンスだったのになぁ。残念。
「ん……うぅ……?」
しばらく歩いてると、ミニスの背中から小さな呻き声が聞こえてきた。どうやらレキが目を覚ましたみたい。
さてさて、記憶改変は上手く行ったのかな? 混乱が酷いようならもう一回記憶を弄らないと駄目だから手間だけど、死んでる時に契約魔術を使って一方的に契約を結んでおいたから、殺さなくても記憶が弄れるんだよね。あ、これミニスには内緒だよ?
「あ、起きたの? おはよう、レキ。もうっ、本当にねぼすけなんだから」
寝坊した子に対するお母さん的な発言をしてるミニスだけど、その瞳の端にはうっすら涙が浮かんでる。レキがしっかり目覚めた事で、妹が生き返ったっていう喜びがぶり返してきたっぽい。
でもそれを妹に悟られないためにか、歩きは止めずにレキを背負ったままにしてる。やっぱりお姉ちゃんは泣いてるところを妹に見られたくないんですかね?
「おねーちゃん……? あれ、レキ、どうして……?」
やっぱり記憶の混濁、というか混乱があるみたいで、レキは首を傾げてる。気が付いたら何故か姉に背負われ、とってもカッコよくて頼りがいのあるナイスガイと一緒に山道を降りてるんだからね。混乱するのも仕方ないよね。
「……レキ、どこまで覚えてるの?」
「えっと、おねーちゃんと仲直りするために山に野イチゴを摘みに来て、それでおっきな蜘蛛に追いかけられたから洞窟に隠れて……あれれ?」
「あははっ。きっとそこで安心して寝ちゃったんだね?」
「うーん……そうなのかなぁ?」
よし、記憶の改編は上手く行ったみたいだね。本人は微妙に納得行ってない感じだけど、これくらいならたぶん大丈夫でしょ。
「いやぁ、無事に見つかって良かったよ。これからは絶対に一人で危ない場所に入っちゃいけないよ? 今度そんなことをしたらお尻ペンペン一万回だからね」
「いちまんかい!?」
僕が笑いかけながらそう口にすると、レキはお尻ペンペンの回数にぎょっとしてた。一万回もペンペンしたらやられる方はもちろん、やる方もかなり痛くなりそうだよね。幼女のお尻を合法的に触れるチャンスとはいえ、さすがに一万回のペンペンと引き換えは僕もちょっと遠慮したいかな……。
「そうよ、レキ。また一人で危ない所に行ったりしたら、キツイお仕置きをするからね?」
「でも、おねーちゃんと仲直りしたくて……」
「私は何にも怒ってないから、大丈夫だよ。むしろレキが私のことを許してくれるかが心配だよ。私、ずっと一緒にいるって嘘をついちゃったから……」
レキからは見えないだろうけど、ミニスは凄く沈んだ表情を浮かべる。
ぶっちゃけコイツがそんな嘘をつかなければ、レキが取り乱すことも、小蜘蛛たちの晩ごはんになることも無かったんだよなぁ。これは虚言罰則を解除したのが裏目に出たか?
「ううん。私もおねーちゃんのこと、怒ってないよ? だって、おねーちゃんも本当は私と一緒にいたいのに、どうしてもまた行かないといけないんでしょ?」
「うん……本当は、いつまでもレキと一緒にいたいんだけど……」
「……また、帰ってきてくれるよね?」
「………………」
不安げなレキの問いに対して、ミニスは僕の方をちらりと見る。帰ってこれるかどうかは僕次第だって、ちゃんと理解してるみたいだね。
よし、とりあえずここは頷いておこう。僕は優しいから、最低でも腕の一本くらいは帰らせてあげようと思ってるし。いや、どうせ再生するんだし頭部にした方が喜ばれるかな?
「……うん。必ず帰ってくるわ。これだけは、絶対嘘じゃない」
「本当?」
「うん、本当よ。何があっても、絶対に帰ってくる」
「……約束、する?」
不安半分、期待半分って感じに尋ねるレキ。ミニスもようやく涙が引いたみたいで、ここで初めてレキの方を向いた。僕には見せたことない、とびっきりの優しい笑顔でね。
「約束する。絶対帰ってくるから、良い子にして待っててね?」
「……うん! 良い子で待ってるから、なるべく早く帰ってきてね! おねーちゃん!」
ミニスの答えと笑顔にレキもようやく不安が無くなったみたいで、それはもう眩い笑顔を浮かべてた。そして二人で頬を擦りつけ合って、まるで指切りするみたいにウサミミを絡ませ合って……何だそれ、何かエッチだぞ。僕も混ぜろ。僕のに絡ませろ。
「一体何を考えてるの!? 山は危ないから入っちゃ駄目だって、あれほど言ったでしょう!?」
「下手をしたら魔物に襲われて死んでたかもしれないんだぞ!? どれだけ危ないことをしたか分かってるのか!?」
無事に山を下りてミニス家に戻ってきた僕らを玄関で迎えたのは、お養母さんとお養父さんによるもの凄い剣幕のお説教だった。
いや、僕がお説教されてるわけじゃないよ? 二人が怒ってるのは一人で山に入ったレキだからね。でも何だろ、怒られてるのは僕じゃないのに、まるで自分が怒られてるようないたたまれない雰囲気を感じるのは……。
「ご、ごめんなさい……! ごめんなさい、ママ、パパ……!」
ウサミミの毛を逆立てて怒る二人に、レキは泣きじゃくりながら謝ってる。
実際の所、レキはマジで魔物に襲われて死んだからね。あんな危険な場所に一人で行くなんて、二人が烈火の如く怒るのも仕方ないよ。あ、ちなみにマジで死んだことはもちろん伝えてないよ? 色々面倒なことになりそうだし、最悪口封じしないといけなくなるからね。
さすがに泣きじゃくりながら素直に謝る娘をこれ以上怒る気にはなれないみたいで、二人は少し顔を見合わせた後、今度は打って変わって優しくレキを抱きしめた。
「……無事でよかったわ。もう、あんまり心配させないで? あなたが山に一人で入ってたって聞いた時、心臓が止まるかと思ったんだから」
「ああ、本当に無事で良かった……いいか? もう絶対に山に入ったら駄目だからな?」
「うん……うん……! レキ、良い子になる……!」
そうしてさっきの激しい剣幕が嘘みたいに、優しく声をかけてる。きっとこれが普通の両親が子供に注ぐ普通の愛情なんだろうね。こういうのを見れば見るほど、リアの育った環境はとんでもないんだなってつくづく思うよ。
え、僕? 僕も大体こんな感じの両親だったよ? 本当に何であんな両親から僕みたいなのが生まれたのか不思議でならないんだよね。本当は養子なのでは?
「クルスさん、本当にありがとうございます。ミニスを助けて送り届けてくれただけでなく、レキまでも助けて頂いて……」
「本当に君には感謝してもしきれない。ろくなお礼が出来ないのが実に歯がゆいよ……」
どうもレキを無事に連れて帰ってきたのも僕のおかげだと思ってるみたいで、お養父さんとお養母さんは深々と頭を下げてきた。
ぶっちゃけ僕は助けてなんていないんだけど、ミニスが多くは語らないせいで勝手に僕のおかげだと思われてるっぽい。まあ蘇生させてあげたし、僕のおかげだと言えなくもないかな?
「いやいや、お礼なんていらないよ。娘の内のどっちかを僕のお嫁さんにくれるならね?」
「何っ!? 幾ら恩人でも娘はやらんぞ! 絶対にな!」
「あらあら、片方だけで構わないの?」
とりあえずジョークで流そうとしたらお養父さんはマジギレして、お養母さんは朗らかな笑顔でジョークを返して――いや、本当にジョークなんだよね? この人案外本気で言ってそうだから困る。
「どう? 僕のお嫁さんになってくれる?」
「死んでも嫌」
隣のミニスにプロポーズしてみると、凄い冷ややかな目でバッサリと拒否された。
おかしいなぁ。山での一件で好感度急上昇して、ミニスルートに入れたはずなのに。フラグ管理をどこかで間違えたか?
などと僕が首を捻ってると、レキがトコトコと僕の所に歩み寄ってきた。そうしてくりくりのお目々でじっと見上げてくる。可愛いなぁ、可愛すぎて食べちゃった蜘蛛たちの気持ちもよく分かるよ。僕も食べたい。
「じゃあ、おっきくなったらレキがおにーちゃんのお嫁さんになってあげるね!」
「なあっ……!?」
「ああっ!?」
「あらあら」
そんな風に猟奇的なことを考えてたら、レキはぴょんとジャンプして僕に抱き着くと、あろうことかキスをしてきた。もちろん唇にだぜ? 未成熟な唇の味はまるで野イチゴみたいな甘い味わいで、とっても美味しかったよ。ごちそうさまでした。
何か二人ほどあまりのショックに凍り付いてるけど、とりあえず無視しておこう。
「それは実に楽しみだねぇ。それじゃあ十年くらいしたら迎えにきてあげるから、良い子で待っててね?」
「うん! 待ってる!」
レキは純真無垢な笑顔でそう答えると、感極まった感じで僕の胸板に頬ずりしてきた。おまけにふかふかなウサミミで僕の顔を撫でて来るし……うわぁ、これ気持ち良い。やっぱ一緒に寝るならケモミミ持ちが一番だなって。角は刺さるから駄目だ。
「あらあら、これは将来が約束された感じね? さ、そのお祝いも兼ねてご馳走にしましょう? 冷めちゃったけれど味には自信があるわよ?」
「うん! ほら、おにーちゃんもおねーちゃんも早く家に入ろー?」
完全停止してるお養父さんを引きずって、お養母さんはリビングに向かう。レキも僕の手とミニスの手を引いて続こうとしてるけど、ミニスも完全に停止してるからちょっと動かないっぽい。レキがファーストキスを僕に捧げた光景はそんなにショックだったのかなぁ?
「おっと、ちょっと待ってね? 僕はミニスと少しだけお話があるから」
「お話? なんのお話?」
「それは秘密。ほら、良い子だから先に行っててね?」
「ん……分かった、二人とも早く来てね!」
優しく頭を撫でてあげると、一瞬気持ちよさそうに小さく喘いでから頷くレキ。そうしてパタパタと走ってリビングに消えて行った。
さて、ここでちょっと疑問に思った人がいるんじゃないかな? 幾ら何でもレキが僕に惚れるなんておかしい、って。
確かにそれは否定しないよ。だって別段レキからの好感度を上げるような行動や選択はしてないしね。たぶんフラグも全然立ってないし。命を救ってやったっていうか蘇生してやったけど、本人はその記憶が無いしね。
それなのに僕にファーストキスを捧げて、お嫁さんにだってなってくれるのは何故か。答えは簡単。
「……いやぁ。好意を擦りこむこともできるなんて、やっぱり魔法は素晴らしいね?」
「な……!? あ、あんた、何てことを……!」
そう、死の直前の記憶を弄った時、ついでに僕への好意も擦りこんでおいたから。
正直こんなことするのはちょっと良心が咎めた気がしなくもないけど、つい魔が差しちゃってね? だって死んでるってことは、記憶も思想も弄り放題ってことなんだよ? そしてレキはとっても可愛い幼女。そりゃ誰だって弄るよね? むしろ好意を擦りこんだだけで済ませた僕は控えめな方だぞ、きっと。
「大丈夫大丈夫。僕への好意はお前への愛情と同じくらいの大きさにしておいたから、レキだけでなくお前もお嫁さんにしたってきっと文句は言わないよ」
「そういう事言ってんじゃないわよ! ちょっと見直したと思ったらすぐこれ……! 本当にあんたはイカれてるわ!」
「それ今更じゃない? ていうか僕の事見直してたの、お前……?」
激しい剣幕で返ってきた言葉は、さすがにちょっと驚きだった。一体何をどう間違えば僕を見直すんだろうね? 今まで散々拷問まがいのことされたりしてたってのに、妹を蘇生しただけで見直してくれるのか。じゃあレキを殺して蘇生を繰り返せば、その内僕にメロメロになるって寸法だな!
「ま、何にせよレキを蘇らせてやったんだ。ちゃんと相応の代償は払ってもらうよ? それにお前の頑張りによっては、レキに擦りこんだ僕への好意を取り消したって構わないよ?」
「……何をすれば、いいの?」
僕がこれぞ悪魔の笑み、って感じに笑いかけながら言うと、ウサミミをおっ立てて怒ってたミニスは途端に大人しくなった。やっぱり何よりも妹が大切みたいだね。泣かせるなぁ?
「――今晩零時、僕の部屋に来い」
「っ……!」
詳細はあえて口にせず、それだけ伝えた。お楽しみは直前までとっておいた方が楽しいからね。
僕の発言に一体ナニを想像したのか、ミニスは顔を真っ赤にして絶句してた。またウサミミおっ立てて毛が逆立つくらいにびっくりしてたし、その後は僕を親の仇でも見るような目で睨んできたよ。親はどっちもリビングにいるけどさ。
「は、はい……」
屈辱に塗れた素晴らしい表情をしてたけど、全ては愛する妹のため。最終的にミニスは素直に頷いてくれた。
これは今晩が楽しみですねぇ? グヘヘヘ……。