悪魔との取引
※残酷描写あり
「はあっ……はあっ……! し、死ぬかと、思った……」
ミニスが一目散に駆けて行った洞窟の前で、僕は地面に這い蹲る感じで荒い呼吸を零してた。
ん? 何でそんなグロッキーな状態になってるんだって? うん、分かるよ。今まで余裕でミニスについてきてた僕がこんな状態になってたら疑問だよね。
その原因はとっても単純。大っ嫌いな虫が正面から迫ってきたから。ミニスを追いかけて洞窟に入ろうとしたら、洞窟の奥からクソデカキモキモグモがしゃかしゃか走ってきて死ぬほどビビったんだよ。思わず女の子みたいな悲鳴上げて逃げたわ。
それでその大蜘蛛が走り去って一安心、さあ改めて洞窟に入ろう――ってしたら今度は軽く百匹以上のミニミニキモキモグモが怒涛の如く押し寄せてきたからね。油断した所にとんでもなく重たい一撃を叩き込まれた感じ。そもそもミニミニって言っても普通に僕の手と同じかそれ以上の大きさあったし。
ちなみに虫除けの魔法は常時使ってるけど、アレは厳密には虫じゃなくて魔物だから適用範囲外なんだよねぇ。かといって魔物の昆虫も対象に含めちゃうと、色々ヤバい事態が起きそうだから下手にやれないし……というかそもそもアレを虫と認めたくない。まだ魔物と思ってた方が幾分マシ。
「何か中から悲鳴とか絶叫とか雄たけびとか聞こえたけど、もう僕は絶対こんな所入らないからな……」
大蜘蛛と小蜘蛛がこっちに向かって走ってくる直前、中から尋常でない叫びが聞こえてきたんだよね。想像でしかないけど、たぶん中にいた蜘蛛たちをミニスが死に物狂いで追い出したんじゃない? あんなキモイのを素手で相手にできるとかスゲェなぁ……。
ていうか、洞窟の中にはレキがいるはずなんだよね? それなのにあんなにいっぱい魔物がいたってことは、もしかして……。
「――むっ!?」
そこまで考えた所で、僕の第六感が洞窟から何かが出てくるのを捉えた。即座に立ち上がって両手に短剣を構え、周囲に何本もの武器を浮遊させ、反射神経を始めとする肉体の強化倍率を百倍に引き上げる。
えっ、過剰だって? またまたご冗談を。もう一回馬鹿でかい虫が出てきたらどうするんだ。というかこれでもまだ足らないくらいだよ。欲を言えば周囲一帯を炎で埋め尽くしたいくらいだし。山火事になるからさすがにそれはやらないけどさ。
「………………」
「なんだ、ミニスか。驚かせやが――あっ」
洞窟の入り口をじっと睨んでると、やがて姿を現したのはご存じウサミミ奴隷ミニスだった。
そこは別に驚きではないんだけど、ミニスの表情とその両腕に抱えてるモノが問題だね。だってミニスの表情は僕も初めて見るくらい感情が抜け落ちたような絶望顔になってたし、抱えてるのがどう見ても小柄な女の子の身体なんだよね。しかもその身体は至る所がボロボロになってるし、ウサミミなんか途中で千切れてるし……どうやらレキはさっきの蜘蛛たちに食い殺されたみたい。できれば遠慮したい死に方だね。
そんな風に姉妹揃って変わり果てた状態で、ミニスは僕の前までフラフラ歩いてきた。間近で見るとレキの身体の損傷度合いが本当に酷いなぁ。所々肉やら骨やらが剥き出しで、可愛いお顔もほぼゾンビみたいになっちゃってるし……。
「……いや、まあ、うん。ご愁傷様? さすがにその状態は不憫だから傷くらいは治してあげるよ――治癒」
あんな気持ち悪い昆虫に食い殺されるっていう死に方には同情の余地があるし、とりあえず身体の傷だけは治してやったよ。暖かい光に包まれたレキのボロボロの身体は、あっという間に穢れの無い幼女の瑞々しい肢体に戻った。服は直してないから穴あきだらけの服から白い肌が覗いてて、心なしかエッチな感じがするね。
「よし。これで身体は綺麗に戻ったよ。まるで眠ってるみたいな穏やかな顔をしてるように見えない? キスしたら目を覚ましそうだよね」
でもさすがに死体に興奮する性癖は持ってないから、あくまでもエッチな感じがするだけ。僕は血の通った暖かい女の子でしか興奮しないからね。だから僕は死体にキスする危ない王子様にはならないよ。
前にしたことがあるような気もするけど、アレは初めての殺人でちょっと気が昂ってた故の行動だからノーカウントってことで。あぁ、でもあの血みどろなキスの味は忘れられないなぁ、ウヘヘ……。
「……い……ます……」
「うん? 何て?」
ちょっと僕がトリップしかけてたら、ミニスは何やらぼそぼそと呟いた。もっと腹から声出せ聞こえねぇぞ。
聞き返したらレキの死体を優しく地面に横たえて、何と美しいフォームの土下座をしてきたよ。額はもちろん、ウサミミの先まで地面につける完璧な土下座をね。こんな真似するなんて、もしかしてコイツ……。
「……お願い、します……レキを、生き返らせてください……!」
あー、予想通りのお願い来たー。困った時の神頼みみたいな扱いだよ。確かに僕はいずれ女神様の伴侶になるわけだから、神扱いでもおかしくはないんだけどさ。でもこんなお願いしてくるなんて正直失望したね。
「……あのさぁ。確かに僕なら蘇生はできるよ? でも、それをやってあげて僕に何のメリットがあるわけ?」
僕は困ってる人を見過ごせないとかいう正義感の持ち主じゃないし、ただでお願いを聞いてやるつもりはさらさらない。
そもそも可能か不可能かは置いといて、死んだ人を蘇らせて欲しいなんてとんでもないお願い、ただで引き受ける馬鹿はいないよね。自然の摂理に反することを実現するんだから、それ相応の対価を貰わなきゃやってらんないよ。こちとら慈善事業じゃねぇんだぞ。
「何でも、します……お願いします……!」
「それは心躍る言葉だけどさ、お前は自分の立場を理解してる? お前は僕の奴隷なんだから、元々僕の命令には逆らえないんだよ? ぶっちゃけお前の意志なんて関係なく、命令一つでお前に何でもさせることができるんだよ? というかその気になれば、お前の意志すら捻じ曲げることだってできるんだよ? そんなお前が、僕に一体何を支払えるっていうわけ?」
ミニスはひたすらに土下座を続けて、それこそ顔面を地面に擦りつけて必死にお願いしてくる。
でも僕にはレキを蘇生させてあげるつもりなんてさらさらない。だってミニスは僕に支払えるものなんて何も無いから。僕の奴隷になった時点で心も身体も僕の所有物だから、例え身体で支払うって言ってもすでにその身体は僕のモノ。僕のモノを僕に対価として支払うとか物理的におかしいよね? そんなんじゃ取り引きは成立しないよ。
「お願いします……お願いします……!」
「あーあ、壊れたレコードみたいになっちゃったよ……」
でもたぶんミニスもそれは分かってる。分かってるからこそ、ひたすらに平身低頭で誠心誠意お願いしてるんだと思う。何にも支払えるものが無いなら、後は情に訴えかけるくらいしか道は残されてないもんね。ぶっちゃけ僕には無意味だけどさ。この程度で痛むようなまともな心は持ってないんでね。
「……爆発」
「――っ!! ギッ、が、アアアァァァァアァッ……!?」
壊れた電化製品は叩けば直る。そんなわけで、土下座を続けるミニスの右腕を魔法でぶっ飛ばしてみた。弾け飛んだ温かい血肉が破壊不能のコートからドバドバと出てきて、ミニスは人とは思えない絶叫を上げてその場で転げまわる。
前にも腕を吹っ飛ばしたことはあったけど、今回は更に痛覚十倍になってるからなぁ。もうこれ痛みで狂死するんじゃない?
「ア、が、ぐぅ……! お、ねがい……します……お願い、しますっ……!」
お、すげぇ。激痛に耐えながらまた土下座の体勢に移行したぞ。本当にどうなってんだコイツのメンタル……。
「今みたいに、ひたすら手足を爆散させられる拷問を受けることになっても、妹を生き返らせて欲しいの? 何なら今度は痛覚を百倍にしてからやるよ?」
「お、ねがい、します……! お願い、します……! 私は、どうなっても構わないから……どうか……!」
口だけじゃなく間違いなくやるってことはミニスも分かってるはずなのに、一貫して僕へのお願いを続ける。どうも本当に何をされても構わないから、レキを生き返らせて欲しいみたいだね。
うーん、美しい自己犠牲の精神だ。こんなに愛されてたらレキも幸せだったろうねぇ。この愛情の百分の一でも某ロリサキュバスが与えられてたら、あそこまでイカれることもなかっただろうに。
さて、それはともかくどうしようかな? さすがにもう一生分の『お願いします』を聞いてお腹いっぱいだし、これ以上聞いてると段々腹が立ってきそうだ。でもマジに拷問しても絶対折れないだろうし、絶対僕が頷くまでひたすら連呼するに決まってるしなぁ……もしかして、これ僕が折れないと駄目なの?
「……どんなことでも、するんだよね?」
「はい、します! 何でもします! だから、どうか……どうか……!」
それは何か悔しいから、僕のメリットになる事が無いかを考えてみる。
でもなぁ、別にコイツの処女を奪ったり拷問したりするのにコイツの許可は必要ないしなぁ。後はコイツの意志で何かをさせるくらいかな? 気の強い女の子が脅されたりして悔しそうにご奉仕するのって確かに興奮するしね。
でも今のコイツの様子を見ると、どんなに嫌でも誠心誠意ご奉仕してくれそうで何か違うんだよなぁ……もっとこう、親の仇を見るような怒り狂った目で、屈辱と恥辱に打ち震えながらご奉仕してもらいたい……。
「……いいよ。それじゃあ特別にお前の願いを叶えてあげるよ」
「あ……」
壊れたレコードのBGMをバックに少し考えた結果、とってもいい感じの取引内容を思いついたから、優しさ溢れることに対価は後払いでレキを蘇生させてあげることにした。いい加減『お願いします』はもう聞き飽きたからね。
「出血大サービスで、死の直前の記憶は消してあげるよ。さすがに僕も蜘蛛に食われて死んだのは不憫だと思うしね」
「あ、あり、がとう……」
そんなわけでレキの死体の頭の前に座り込んで、ちっちゃな頭を両手で包んで記憶を弄る所から始めた。
ミニスはかなり不安そうな顔をしてたけど、僕の邪魔をしても良い事が無いって分かってるのか何も言わずに待ってくれた。記憶の改竄は正直かなり神経使う作業だから、大人しくしてくれて助かるよ。何ていうか、こう……素材の一つ一つを組み合わせて動画編集してるみたいな感じだからね。横からピーチク言われながらじゃ集中できん。
そうして大体十分くらいかな? ようやく動画編集――じゃなくて記憶の改竄が終わったよ。前のショタ大天使の時も結構時間かかったし、こればっかりはどうにもならんな。
「……よし、記憶の改竄は終了。最後の記憶はあの蜘蛛の魔物から逃げ隠れて、洞窟の中でそのまま眠ったって感じに変更したからね。ちゃんと話を合わせろよ?」
「う、うん……」
「それじゃあ魔法名は、えーっと――完全蘇生」
少し悩んだ末に、また新しい魔法を創った。肉体に生命活動を再開させるだけなら蘇生で良いけど、魂を肉体に戻す降霊術も使わないとただの肉人形になっちゃうからね。でも、それはそれで需要がありそう。
おっと、忘れない内に魔法の名前と効果をメモ帳に書いておかなきゃな。最近物忘れが激しくて……。
「はい、蘇生完了。お前の大好きな妹は生き返ったよ」
「っ……」
固唾を飲んで見守ってたミニスは、僕の言葉を受けて震える手でレキの脈を取った。別に脈を取らんでも生き返ったのは分かると思うんだけどな。明らかに血色が戻ってきてるし、ちっちゃなお胸も上下してるし。
「みゃ、脈、ある……!」
「お、僕に惚れたってこと? そりゃ大切な妹を蘇らせてあげたんだから惚れるのも当然だよなぁ?」
「良かった……良かったぁ……! レキいぃぃ……!」
「あっ、スルーされた……」
大切な妹が生き返ったことで緊張のタガが外れたみたいで、ミニスは大泣きしながらレキにすがりついてた。ここは普通僕への好感度が急上昇して、ミニスルートに入れる展開じゃないの? まあ後で大いに楽しませてもらう予定だから、これくらいは大目に見てあげるよ。フッフッフ……。